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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第十章 愛が為に
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285 七つの想いと最後の決意

遅くてごめんなさい……!

難産でした……


 一人の少女がいた。


 少女は遠く故郷を離れ、避けえぬ悲劇に見舞われた。


 あり得ない再会の約束を胸に、少女は贄となる。


 少女の名は、ソトナといった。






 一人の少女がいた。


 少女は男と巡り合い、恋に落ちた。


 来るはずの無い未来に愛を願い、少女は贄となる。


 少女の名は、リデアといった。






 一人の少女がいた。


 少女は王に仕え、引き裂かれた。


 絶対ながら貫けぬ忠誠に狂って、少女は贄となる。


 少女の名は、エッフェンティートといった。






 一人の少女がいた。


 少女は無垢に過ごし、真実に触れた。


 世界への憤怒を叫んで、少女は贄となる。


 少女の名は、シャーといった。






 一人の少女がいた。


 少女は家族を失い、姉を想った。


 無価値で無意味な生を嘆き、少女は贄となる。


 少女の名は、シキミアといった。






 二人の少女がいた。


 一人は飼い殺され、ついに解放を夢見た。


 一人はそれを眺め、ついに解放を夢見た。


 不条理に染まらぬまま終わる事に感謝して、少女は贄となる。


 不条理な神に呪詛を唱え、少女は命を絶つ。


 二人の名は、エルザとラインファーンといった。






 そして、七つの想いが取り残された。


 少女らは願った。


 再会を。


 永遠を。


 忠誠を。


 復讐を。


 希望を。


 終焉を。


 反逆を。


 想いはすなわち魂の欠片。


 断片に過ぎないそれらでは、一つの魂足りえない。


 しかして、それらが一つに結びつき、それらが一つの命と足りえたとき。


 最後の少女が生まれたのだ。






 一人の少女が創り出された。


 七つの想いを引き継いで、七つの願いを果たすため。


 誰かがそれを望んだように、下らぬ悲劇に幕引きを。


 誰かがそれを許したように、終らぬ喜劇に幕引きを。


 その、少女の名は――サンタンカといった。





















 魔境と呼ばれる土地がある。


 かつては栄えた大国であり、今や人の手を離れてしまった北の地である。


 ある時大発生した魔物たちによって光に属する生命は追われ、力ある闇の魔物だけが住まう死の土地となったのだ。


 再興を望まれるも長く叶わず、いつしか忘れられて誰もが近寄らぬようになっていた。






 ある夏の日、魔境には変わらぬ弱々しい太陽が南に昇り、涼しい風の穏やかな日だった。


 廃都リデアの中央よりやや南に位置する『捧げの広場』に一人の少女が立っている。広場に作られた石の寝台の前に立つ少女は美しく、崩れかけた家々とひび割れた大地には酷く不似合いだった。


 金の髪はか細い陽光を浴びて儚げに輝き、空色の瞳は本来あるべき快晴を閉じ込めているかのように透き通っている。呪われし魔の地にあって、少女だけがどこか神聖さを漂わせていた。


 広場には、魔物溢れる魔境であるのにその影は見当たらない。ただ地を踏みしめて歩く人の姿があった。


 そのものは寝台の傍まで近寄ると立ち止まる。


 そして、石の寝台を挟んで、そのものと少女が向かい合った。


 そのものこそは、贄の王。


 世界のための生贄として選ばれ、その身を人ならざる存在へと作り変えられたモノ。死ぬことでしか完結しない、哀れなる存在。


 少女こそは、サンタンカ。


 七つの想いより創り出された、人に良く似た歪な生命。選び取るように、導かれるように、今はじまりの場所へ戻った。


 世界の敵たる主従の二人が再会を果たす。


 決まりきった宿命の結末へ向けて、世界は歩みを止められない。


 その先の行く末、物語の終わりを知るは、まだ誰もいない。


 そう、神でさえも。





















「――サン」


 贄の王が、自分の名を呼ぶ。たったそれだけの事で、サンは泣きたい気持ちでいっぱいになった。


「はい、主様」


 震えそうになる声を必死に堪え、応える。


 もう会えないと一度は思った。それでも、それだからこそ、サンは何としても戻ると死力を尽くしたのだ。


 万感の思いだった。


 再びこうして主の顔を見られる事も、こうして主の声を聞ける事も、どれほど夢に見た事だろうか。


 しかし。


「何故、戻った」


 再会を喜んでいるのは、サンの方だけだった。


 当然だろう。贄の王は、サンが戻ることなどまるで望んでいなかったのだから。


 目つきを険しくしてサンを見る主に、サンははっきりと正面から答える。


「私は、主様の従者です」


「……」


「私の居場所は主様のお傍だけ。例え何が待ち受けるとも、私だけは主様のお傍に――」


「帰れ!」


「――ッ」


「それで私が喜ぶと思ったか? お前が戻る事を私が望んでいるとでも?」


「……」


「私がお前を離した理由、分からぬ訳ではあるまい……!」


 分かる。


 贄の王は、サンを死なせない為にわざわざ権能を取り上げラヴェイラに置き去りにしたのだ。迫る【神託者】からサンを逃し、生き延びさせようとしてくれたのだ。


 サンが贄の王を死なせまいと想う一方で、贄の王も同じことを想ってくれた。


 そして、サンがその想いを踏みにじってここまで来たことも。


「私は……! 私は、お前さえ生きていてくれたらと……!」


 嬉しくないと言えば、嘘になる。


 でも。


「――主様!」


 顔を上げて、贄の王の青い瞳を強く見返す。


「それは、私だって……私だって、同じです! 私は主様に死んで欲しくない。そのためならどんな事だって出来る覚悟があるというのに、手も届かぬ遠い場所から指をくわえてただ見ていろと言うのですか!?」


 死んで欲しくない。生きていて欲しい。


 傍に居たい。力になりたい。


 それがサンの偽らざる本心だ。贄の王が宿命と相対せねばならないと言うのなら、それをただ見ているだけなんて絶対に出来ない。


「お願いです、主様! どうか、どうか私をお傍に。決して邪魔になるような事はしません。だから、どうか、どうか!」


 許しを乞う。贄の王の隣にあること、それ以上など何も要らないのだと。


 しかし主は頷いてくれず、無言のままサンに背を向ける。


「主様……!」


「サン、私はな」


 なおすがるサンに、贄の王は静かな口調を向ける。


 そして、絶望的な一言を口にした。


「――私は、死ぬつもりだ」


 サンは息を呑む。開いた口から言葉は出ず、力無く閉じるしか出来ない。


「この忌々しい【贄の王】という繰り返す悲劇。それを私の代で終わらせる。しかしそのためには、私の命が必要なんだ」


「そんな……」


「お前はきっと、私の死を大人しく受け入れはしまい。お前を解放した理由の一つでもある」


 それは、確かにそうだ。サンは贄の王を死なせたくない一心でずっと戦ってきた。その贄の王が自ら死を選ぶなど、到底受け入れられる話ではない。


「お前が私を想う気持ちは嬉しく思う。しかし、だからこそお前を傍には置いておけない。分かってくれ、サン」


 サンは頷けない。頷けるはずがないではないか。


「……可能な限り、安全な移動手段を用意しよう。どうやってここまで辿り着いたかは分からないが――」


 話を進めようとする贄の王。その声を、サンは遮った。


「主様っ!」


 贄の王が口を閉じ、サンへ振り返る。


「それは、どうしても……どうしても、避けがたいのですか」


「……あぁ、そうだ」


「他に方法は、無いのですか」


「……あぁ、無い」


「それは、それは……本当に、主様の望みなのですか」


「……そうだ。例えこの命を費やすとしても、この宿命を終わらせる。それが、私の望みだ」


「そう、ですか……」


 声が震える。それが望みだとまで言われてしまっては、サンは一体どうすればいいというのだろう。


 生きていて欲しい。サンの望みは、ただそれだけなのに。


 それとも、この想いはサンの独り善がりに過ぎないのか。――サンは、迷った。


 迷って、迷って、そして――。


「それが、それが……主様のお望みなら。わ、私は……」


 続かない。どうしても、声が続かない。


「サン」


 そこへ、贄の王の声がかかる。


「お前がまだ、私を主と呼んでくれるのなら。……お前の主として、命ずる。私の死を受け入れ、認めよ」


「――!!」


 いつの間にか俯いていた顔を上げる。するとそこには、酷くやさしい贄の王の笑みがあった。


 思わず、涙が一粒零れる。


 ひどい人だ。本当に、ひどい人だ。


 ――そして、本当にやさしい人。


 ――そうだ。だから、私は、この人を。


 ふぅ、と一つ息を吐く。


 サンは贄の王に向かって臣下の礼を取ると、言った。


「主様の、命ずるがままに」


 密かな決意を、一つだけ胸に持って。






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