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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第十章 愛が為に
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282 贄の王

大変長らくお待たせしました…!

いや本当に申し訳ないでした。上手く時間作れるようにします!


 リデアと第一王子の婚約お披露目パーティは当然の如く中止だった。あれほどの混乱が引き起こされたのだ。王命が下るまでも無く、そうなっていただろう。


 リデアは部屋に戻された。国王たる父に命じられ、リデアは従うしかなかった。見た事も無い程に鬼気迫る様子だった父の姿に、流石のリデアも抗う気にはなれなかったのだ。


 あの異常な世界を目の当たりにしてから三日が経っていた。


 その間リデアに許されたのは精々が中庭に出る事くらいで、それもなるべくなら控えるように、つまりは極力自室から出るなと言われていた。遠ざけようとしているのだろう。何からか、は分からないが。


 しかし、良いもので無い事だけは確かだ。あの日見た闇の恐ろしさを思えば、察するに余りあるというもの。父が娘を離しておきたいと考えるのは仕方の無い事だろう。


 だから、その事自体は理解出来る。多少の不満はあるが呑み込める。


 納得いかないのは――。


「……やっぱり、分からない。何だったっけ、あの人の名前……」


 第一王子、リデアの婚約者。


 当たり前に知っていたはずのその名前が、どうしても、分からない。


 忘れてしまった、という感じでは無い。知らないのだ。知っていたと覚えているのに、知らない。侍従達の誰に聞いても同じで、答えは「分からない」だ。


「……何なの」


 父にも聞いた。父も知らないようだった。だから、それなら本人に会わせてみてくれ、と言った。


 その返答は短く、絶対にダメだ、だった。


 どうして、と聞こうとすれば更に付け加えられた。――婚約は無かった事にする、と。


「……何なの、それ」


 受け入れるつもりだった。婚約すれば、行く行くは結婚だ。リデアはあの人の妻となり、やがて王妃となり、世継ぎを産み育てる。あの人の隣で生涯を生き、あの人と共に終える。その未来を受け入れるつもりだったのだ。そう覚悟すると、もう決めていたのだ。


 それなのに。


「私は、婚約者なのに……」


 何かが起こっているのだ。あの人に何かが起こっている。それもきっと、良くない何かが。


 だと言うのに、どうして自分はここに居て、あの人の傍に居ないのだ。あの人の名前も呼べないのだ。


 連日重臣や貴族達が慌ただしくしている。きっと一大事なのだ。そしてその中心に、あの人がいる。


 それなのに、どうしてリデアだけが何も知らない。どうしてリデアは何もしてあげられない。


 納得がいかない。何もさせてくれない父も、何も出来ないリデア自身も。


 共に生き共に死ぬと受け入れた。覚悟した。その気持ちは、リデアの想いは、そんなにも軽々しいものだったか。


「このままなんて、絶対いられない。……でも、どうしたらいいの?」


 想いは強く、確かなのに。


 あの人の傍に居たいと想うのに。


「……悔しいよ。私、何にも出来ないの?」


 月の明るい夜、リデアは空に向けて呟く。あの日以来、どこかくすんで見える月に照らされながら、冷たい窓に手を当てながら。


 リデアは一人、己の無力を嘆いていた。


 ――その時、背後で音がした。


 何かと思って振り返ると――果たして。


 そこに立っていたのは、リデアの婚約者たる、その・・・だった。






「あっ――」


 リデアは驚きに声を上げ、彼の名前を呼ぼうとした。しかし次の瞬間には名前が分からないという事実を思い出し、そのまま口を閉じる。


「――ど、どうしてここに? ううん、そもそもどうやって……」


 扉が開いた音はしなかったと思う。それに、如何に婚約者と言えど未婚の娘であるリデアの寝室に男一人で入るなど、侍従や兵士が絶対に止める。


「少し、な。……父上が言っていた。お前が婚約の取り消しに頷かないと」


 彼が話を切り出す。自分の説得に来たのか、とリデアは少し警戒をした。


「それは、だって。……全部全部置いてけぼりで、何一つ教えてくれない。んそれでいきなり婚約は無かったことになんて、納得いかないもの」


 それを聞くと彼は一つ頷いて理解を示す。


「父上もお前には教えたくなかったのだろう。悪意あっての事ではないはずだ」


「それは、分かってるけれど」


 何も教えてくれないのは、父なりの気遣い、または優しさ。それは分かっているつもりだ。


「でも、お父様はあなたに会う事もダメだって」


「あぁ。私も会わぬように言われた。勝手に来たんだ」


「そうなの!? でも、なんで……」


「知る権利があると思った。無論、知らないままでいる権利も」


 彼は印象を残すように間を置いた。それから、その青い瞳でリデアをまっすぐに射抜く。


「知れば、お前は傷つくだろう。悲しみ、苦しみ、悪い夢に苛まれるだろう。……どうだろう。知りたいと望むか」


 彼がとても真摯に話してくれているのが分かる。知れば傷つくと気遣ってくれていることも。


 でも、リデアの腹はとうに決まっていたし、心を変えるつもりもなかった。


「知りたい。私一人だけ何も知らないなんて、嫌だから」


「――分かった」


 そうして男は語り始めた。





















 かつて、世界は幸福に満ちていた。


 四柱――【龍】、【星】、【精霊】、そして【神】。これら大いなる存在らは大地において人と共に在り、平穏と幸福を守っていたのだ。


 しかし、始まりあれば終わりあるように、光あれば闇があるもの。


 永遠のようだった幸福も終わりを迎える。


 世界の北より滅びが訪れた。


 太陽は陰り、大地は腐り、人々は病魔に侵される。


 火は絶え、水は淀み、風は病み、土は膿み、雷は欠ける。


 それは大いなる邪悪が現れたとき。


 それは光を憎む闇の化身。


 それは大地を呪う悪の王。


 それは病と厄災を纏う影。


 それは神を殺す偽りの神。


 すなわちそれは、【大いなる邪悪】。






 大きな戦いが始まった。


 【大いなる邪悪】に抗わんと、全ての人と四柱は北へ向かって戦った。


 数多の人が倒れ、大地に屍が満ちた。


 そして長き戦いの果て。


 【神】が【大いなる邪悪】をかき抱いた。


 【星】がそれを呑み込んだ。


 【精霊】がそれを眠らせた。


 【龍】がそれに蓋をした。


 四柱は自らを省みない手段によって、ついに【大いなる邪悪】を封じたのだ。偉大なる四柱の力をもってしても、【大いなる邪悪】を滅ぼす事は出来なかったから。


 残された人々に封印の守りと未来を託して、四柱は眠りについた。そして今も、【大いなる邪悪】を封じ続けている。


 いつか、人が未来を手にする事を夢見ながら。





















「――封印の要は当時の人の王に託された。私達の父の父、前王がその人だ。それは人の王に託すに相応しく()()の形をしていて――」


「ちょ、ちょっと待って!」


 リデアは声を上げて、話を強引に遮った。


「それは一体、何の話なの? ……その、おとぎ話とか、神話とかじゃ……ないの?」


「歴史だ。私たちが生まれる少しだけ前の歴史。父やその父たちが現実に歩んできた過去だ」


「そんな……」


「話を戻そう。【大いなる邪悪】は封じられたが、その封印は完璧なものではなかった。いや、完璧なものにする訳にはいかなかった。故に時が経てば封印は綻び始め、【大いなる邪悪】の闇が大地を侵し始める。我ら人は封印を守るため、その度に封印を結い直さねばならん」


 封印。なんとも現実とは思い難い話だが、それでもリデアの中で一つ繋がった。先日のパーティで目にしたあのおぞましい闇。あれは、その【大いなる邪悪】というものの一部なのだ。


 そして恐らく、その封印を結い直す、というその時がまさに今なのではないか。


 あの日、天へと立ち昇った闇を思い出す。思い出すだけで震えが走るあの恐ろしさ、とてもこの世のものとは思えない光景。神話のようなこの話も、あの闇を目にしていればこそ信じざるを得ない。


「……封印は綻びを見せた。今はまだ、封印を解けるに任せる時ではない。世と人を守るため、これは私の使命だ」


「じゃ、じゃあ。その封印というのはどうやればいいの? それさえやって、しまえば……。そう、したら……」


 リデアの言葉は尻すぼみになって消えた。


 彼は無表情だ。あらゆる感情を失くしてしまったような顔。その顔に見つめられ続けて、言葉を続ける事が出来なかったのだ。


 どうしてそんな顔をするのか。まるで、これより絶望が来るを知っているとでも言うような――。


 そしてリデアは気付かずにはいられなかった。


 まだ何も分かっていない。彼の名を呼べなくなった理由も、婚約を無かったことにしなければならない必要も。


「……教えて。封印の、方法は?」


 声が震えた。どうしようもなく不吉な予感に呑み込まれそうになりながら。


 彼が口を開く。やけに、それがゆっくりに見える。


「封印を直す方法はただ一つ。人の魂を使い、洩れだした闇を神器に収めること。それはつまり――生贄達を捧げること」






「そして最後に私が命を捧げる。再封印の新たな要、生贄達の王たる者……。贄の王として」






 リデアは何も言えなかった。理解する事を心が拒絶しているみたいだった。


「贄の王として神器に選ばれた私は既に人でないものへと変じている。新たな要となるべく、【大いなる邪悪】に近しい存在へと作り変えられたのだ。名を失い、不死となり、果てに魂を捧げるためだけの存在だ。お前との婚約を父上が取り消そうとするのも当然だろう? 子を残すことも、王となる事も、もう出来ない。死に行くだけの男と婚約など意味が無いんだ」


 死ぬ。


 死。


 そのたった一つの単語がリデアの脳内をぐるぐると回る。


 強く圧迫されるように息が苦しくなって、どく、どく、と全身の脈を強く感じる。


 意味は知っている。いや、知っているつもりだった。


 リデアは身近な人を亡くしたことが無い。だから、死というものの重さや深さを知らなかった。


 しかし今この瞬間、死は本当に唐突にリデアの前に立ち現れていた。ねばつくような生々しさを身に纏い、リデアの首に両手をかけているのだ。


「し、死ぬなんて、そんな……」


 情けないほどに自分の声が震えているのが分かる。


「そんなの、おかしいよ……」


「……急な話だ。受け入れ難いだろうが……」


 彼の方はひどく冷静で、凪いだ水面のように静かな目をしていた。


「私は【大いなる邪悪】の封印を結い直すため、各地で贄の儀を執り行う。その後、再びこの地に戻り私自身の命を捧げる。それで、人の世の平穏は守られる。お前は私との婚約を取りやめにし、次の王となる者と結ばれるがいい」


 彼はそう言うと、口を閉じる。リデアの言葉を待っているようだった。


「私……私は……」


 しかし、リデアは自分が何を言えば良いのか分からなかった。


 そうしてしばらく口ごもっていると、変えが一つ嘆息する。


「無理も無いか。父上には私から言っておく。婚約の取りやめには頷いてくれたと。今夜は心を落ち着け、もう眠るがいい」


 彼はリデアに背を向けようとした。そしてその時。


「――嫌!」


 リデアは叫んでいた。考えるより先に、言葉を吐きだしていた。


「それは、嫌……!」


 彼は驚いた顔をして、もう一度リデアに目を向けてきた。


「何を……。私の死は定められた。もうこの婚約には何の意味も無い」


「それでも……嫌なの」


「強情な……。いや、心を落ち着ける時間が必要なのだろう。私はもう行く」


 彼は一方的にそう言うと、今度こそ背を向けた。その背に、リデアは言葉を投げかける。


「私は……嫌、だから」


 彼は一瞬だけ動きを止めたが、何も言わずに歩き出す。そして次の瞬間には、初めから誰も居なかったように姿を消していた。


 ひとりになった部屋でリデアは呟く。


「私は……」






「私、は……」






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