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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第十章 愛が為に
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281 王位の継承


 リデアと第一王子の婚約お披露目パーティは盛大に開かれた。


 色とりどりの花々に飾られた城の中庭は、国内外から集まった賓客たちが談笑している。主役たるリデアと第一王子は上座でずっと挨拶を受け続けていたが、それもようやく終わってやっと自由に動く事を許された。


「ぅはぁー……ぁ。やっと終わったぁ」


 小さく伸びをしながらそう零すと、傍に控える侍従長にすかさずたしなめられる。


「王女殿下。お行儀が悪くございます」


 うへぇー、と舌を出したくなるが我慢だ。


「はぁーい」


 侍従長は返事の仕方を注意しようとしたのか口を開いたが、一つ嘆息すると口を閉じた。見逃されたらしい。


「確かに、少し堪えた。私は一度下がって休む。なるべく早く戻ろう」


 第一王子がそう言って立ち上がるので、それなら自分もとリデアは立ち上がる。


「なら、私は少し会場を歩いてきます!」


 近くで見守っていた国王と王妃にそう宣言すると、リデアは返事も待たずにさっさと席を離れた。目当てはパーティに来ている友人たちだ。


 背を向けた後ろから呆れる国王と笑う王妃の声が聞こえたが、リデアは努めて聞こえないフリをするのだった。






 友人達は会場の一角で既に集まっていた。リデアが近づいていくと、何人かが先に気づいてくれる。


「リデア様! みんな、リデア様がいらっしゃったわ!」


 声を聞いて全員がこちらを向き、リデアの方に寄って来る。


「ご婚約おめでとうございますリデア様!」


「えー! リデア様とても可愛らしい!」


「とってもお綺麗ですね!」


 きゃあきゃあと盛り上がる友人達は口々にリデアの婚約を言祝ぎ、着飾った姿を褒めてくれる。


「みんな、ご機嫌よう! 来てくれてありがとうね!」


 中々に遠方から来てくれた子も居る。来るだけで一苦労だろうに、嬉しい事だ。まぁ、王族に招待されたは来るしか無いのだが、それはそれ。きちんとお礼を言っておくべきには違いない。


「そんな! こちらこそご招待して下さってありがとうございます!」


「リデア様のご婚約なんて、絶対来るに決まってるじゃないですか!」


「そうです! 呼ばれなくても来ます!」


 それはダメでしょ、と冷静なツッコミが入って、笑い声が上がる。だが、リデアが招待しない訳が無い事くらい、みんな分かった上でのやり取りだ。本当に楽しい友人達である。


「そんなことより! どうなんです、リデア様?」


 友人達の一人が、やけに目をキラキラさせてそう聞いてくると、他の子たちも興味津々にリデアを見てくる。


「どうって……。何が?」


「もう! ご婚約の事に決まってるじゃないですか!」


「そうですよ! 王子殿下、どんな方なんですか?」


「素敵な方に見えますけど、リデア様は?」


「ご婚約されて、どんなお気持ちですか?」


 と、途端に友人達が勢いづいてリデアを質問責めにしてくる。リデアは若干気圧されつつ、答えようと考える。


「え、えーっとね……。婚約自体は、まだどうとも思ってないかな。実感が湧いてないって言うか……。相手の事は……うーん……」


 リデアの脳裏に蘇るのは、あの日の夕暮れ。自分のわがままの為に、王都中を逃げ回ってくれた男の腕。


「……まぁその、悪い人じゃない、かな……?」


 すると、友人達の雰囲気が一層盛り上がった。


「どうしてそう思うんですか!?」


「詳しく! 詳しく教えてください!」


「どういう所がお好きなんですか!?」


 また質問責めだ。しかも「悪い人じゃない」が何故か「好き」に変換されている。まだ好きとまでは言っていないのだが。


「えーっと……――」






 その時、前触れは何も無かった。それは、本当に唐突だった。


 大地から“闇”が噴き上がり、城がまるごと包まれたのだ。


 暗い霧のような、黒い煙のような、墨色の滝のような、闇夜の風のような、黒く暗く深い“闇”。漠々と大地から湧き上がるそれは城をまるごと覆って天へと昇っていく。遥かな天へ手を伸ばすように、天を呑み込まんとするように。


 中庭のパーティ会場は一泊の沈黙ののち、一気に混沌と化した。


 根源的な恐怖を掻き立てる“闇”に目を奪われ、呆然と上空を見つめる者。理性を破壊され、地を這って泣きわめく者。正気を失い暴徒と化す者。訳も分からず逃げ出そうとする者――。


 リデアは“闇”を見上げ、恐ろしいのに目を離せないうちの一人だった。


「何、あれ……」


 周りの友人達が恐慌して、泣き暴れている事にすら気づけない。何が起こっているのか、必死に考えようとするのに思考がままならない。


 だから、国王が一人で城内に続く大階段を駆け上がって行くのに気が付いたのはほんの偶然だった。


「お父様……!?」


 考えるより先にリデアの足が動いていた。国王を追って走り出していたのだ。


 混乱の会場を走り抜け、城内へ上がる大階段へ。突き動かされるように、あるいは追い立てられるように、リデアは走った。


 長い大階段が終われば、そこはもう城内だ。見上げるのに苦労する程高い天井、広間と見紛う程広い中央廊下である。


 既に国王の姿は見えなくなっていたが、リデアは行き先に迷う事無く走った。広い廊下をひたすらまっすぐ。何とは無しに、向かうべきは謁見の間だと思ったのだ。


 やがて見えた謁見の間へ続く大扉は、人ひとり分に細く開け放たれている。リデアは走る勢いのまま、その隙間に飛び込んだ。


 そして、そこに“闇”があった。





















 採光豊かな謁見の間は、日中なら灯りなど無くても明るい。降り注ぐ光は美しく陰影を描き、荘厳で神聖な空間を作り出すのだ。とても綺麗な場所で、リデアも気に入っていた。


 しかし――。


 豊かな光が差し込んでいるはずなのに、今はとても明るいとは思えなかった。むしろそれは、より“闇”の暗さを演出しているだけだった。


 謁見の間の最奥には、王が座る為の玉座がある。黒く美しい玉座だ。そのはずだた。


 今そこにあるのは、どこまでも深い“闇”だけだった。


 降り注ぐ光と、全てを塗りつぶす黒い”闇“の強烈なコントラスト。目も眩むようなその光景には、人の背中が一つあった。


「お父様……?」


 リデアが呼びかけながら近づけば、背中を向けていた国王が振り返る。


「リデア!? 何故来た!」


 その顔と声にリデアは安心した。いつもの父だったからだ。


 父の背中にしがみつくようにしながら、リデアは玉座に代わってたゆたう“闇”を見る。


「お父様、あれは何……?」


 リデアが震える声で聞けば、父はリデアをかばうようにしながら答えようとしてくれる。


「分からん。しかし、恐らく――」


 父がそこまで口にした時、“闇”が動きを見せた。


 影を瞬かせながら、暗黒を煌めかせながら、中心の一点へ収束し始めたのだ。


「きゃあ!」


 謁見の間に黒い暴風が吹き荒れて、リデアの髪が激しく乱れる。思わず目を瞑りながら、リデアは父の背中にしがみついた。


 やがて、風は収まる。


 リデアが恐る恐る目を開ければ、“闇”はもうどこにも無かった。


 代わりに、元通りの黒い玉座があって、それに座る人影があった。


「おぉ……何ということだ……」


 呻くような父の言葉が聞こえる。


 玉座に座する人影は、一見するとリデアの見知った人物のものだった。


 輝くような金髪に、全てを見透かすような青の瞳。そう、リデアの婚約者たる第一王子その人だ。……そのはずだ。


「__様……?」


 リデアは彼の名前を呼んだつもりだった。だが、発した声は何故か認識出来ず、更には今自分が何と呼んだのか分からなくなる。忘れてしまったのだ。


 それは仕方の無い事だろう。彼の名前はもう、永遠に失われてしまったのだから。


 そして、父が呟いた。


 それは彼の者に相応しき呼び名。唯一無二の、その存在を示す言葉。


 父はこう言ったのだ。


 ――贄の王、と。







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