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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第十章 愛が為に
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279 しがらみ


 リデアはとても上機嫌で店を出た。もちろん、最高の宝物を手に入れたからだ。


 今日は良い日になる予感があったが、今のところ想定以上だ。このまま良い事が続くといい。


 ……と思っていたのだが、早速あまり面白くない物を見る事になってしまった。


 王都の正門から城に続く大通りにたくさんの人が集っている。何かあるのかと思って近づくと、それはどうやら大通りを行くパレードを眺めている人々らしかった。


 リデアも人垣の一員になってパレードを見てみる。


 すると、それはとても煌びやかで豪勢なパレードだった。


 たくさんの着飾った兵士たちのピッタリと揃った行進。いくつもいくつも翻るのは金糸の旗。白銀の鎧を纏った馬たちの蹄鉄は喝采を奏で、魔法の祝炎が空を彩る。吹き鳴らされるラッパの音も聞こえてきて、如何にも場を盛り上げていた。


 その辺りまでをささっと認識すると、リデアは微妙な表情で人垣を外れ大通りに背を向けた。


 楽しくない事を思い出してしまったからだ。せっかく良い気分だったのに、もうすっかり期限を悪くしてしまっていた。


 リデアはあのパレードが何なのか心当たりがある――というより、それしかない物を知っている。リデアはあのパレードの主に会いたくなくて抜け出してきたのだから。


 そう、あれはリデアの婚約相手だ。リデアの意思など一切無視して決められた婚姻、その夫となる人物のパレードである。


 加えて言えば、それはこの国の第一王子でありリデアの兄でもある。長らく王都を離れていた王子の帰還ともなれば、それは盛大なパレードが開かれて当然と言えるだろう。


 民たちも次代の王に興味津々のようだし、お祭り騒ぎの理由になるには十分だ。


 第一王子はリデアが生まれて間もなく王都を離れたため二人が顔を合わせた事は無いと思う。少なくともリデアの記憶には無い。顔も声も知らない、気持ちの上では完全に他人だ。


 リデアと第一王子は腹違いでも義理でも無く、父母を同じくする本物の兄妹だ。リデアも良く分かっていないのだが、リデアら王族は血を濃く保つ必要があるらしい。それで王に娘であるリデアが生まれた時、自分たち兄妹は結婚し子を残す事が決められたのだそうだ。


 勝手な話にも程があるではないか。確かにリデアは王族だ。色々な責務や義務がある。それは分かっている。だからと言って、一生を左右する婚姻にまで一切当人の気持ちが入る余地も無いというのはどうなのか。


 私は子を残す為だけに生まれてきた訳じゃない、とリデアは思うのだ。


 実の兄というのは珍しいが無い話でも無い。そこには興味も不満も無い。しかし納得いかないのが、顔も知らないということだ。どんな人なのかも相性も何も分からない状態で、いきなり今日から婚約者です仲良くしましょう、なんて無理がある。


 大人たちの事情で勝手に夫婦にするくせに、本人たちが上手くいくような気遣いは一切ナシだ。生まれた時から決められていた、というのも面白くない。リデアはどちらかと言うと、自分の事は自分で決めたい性格をしているのだ。


 最近はもう諦めたが、幼い頃は物語のような貴公子と運命的な駆け落ちを、なんて夢見ていたものだった。……いいではないか。大国の姫だって夢くらい見たい。


 とにかく、リデアはこの婚約が気に入らない。なんでもかんでも決めてしまう父も不満だし、こんな幼稚な抵抗しか出来ない自分もまたつまらなかった。


「あーあ。……あーあぁー」


 悲哀とやり場の無い感情を吐き出すように一人ため息を吐いてやった。お行儀なんて知るものか。


「お父様のおばかぁー!」


 何もかも父が悪い。そういう事にした。しばらく食事は別々にとってやろう。娘に無視されてせいぜい落ち込めばいいのだ。


 そんな風に考え事をしていたせいで、リデアは完全に不意を突かれる事になる。


「こんな所で何を叫んでいる?」


 誰かいるとは思っていなかったので、声をかけられて思わず跳び上がるくらい驚いた。勢いよく振り返ると、そこには背の高い男が立っている。


 太陽のように輝かしい金髪の男だ。全身をすっぽりとマントで覆っていて、服装はよくわからない。ちょっと冷たそうだが整った顔をしている。


 だが、何よりその目。全てを見通すような透き通った青の瞳。リデアはその青色が、何かこの世ならぬものに見えて、心臓が止まったような衝撃を受けた。


 リデアが固まっていると、男が少し首を傾げた。


「何故黙っている?」


 リデアはハッとすると、ちょっとつかえながら逆に質問する。


「あ、あなたは誰? 私に何の用?」


「私は――」


 男は普通に名乗るかと思えば、突然言葉を切った。


「――いや、名乗るような者ではないな。……して、用か。ふむ」


 男は口元に手をやって、少し考えるような仕草をした。


「用と言う程のものは無いな。道端で騒いでいるので、一体何かと思っただけだ」


 その言葉にリデアは恥ずかしさを覚え、顔がカッと熱くなった。見知らぬ人間が思わず声をかけてしまうような様子だったらしい。


「い、いやー……。誰もいないと思って……」


 すると男は不思議そうな顔をする。


「誰も? 供は?」


「え?」


「供はどうしたのだ?」


 男は辺りを見回すが、そんなものは見つかるはずがない。そもそも供なんて居ないとは思ってもいないようだ。


 どうやらこの男にもリデアが平民では無いとバレているらしい。初対面の人間二人に連続して看破されるとは、早急な服装の見直しが必要のようだ。


 というか、推定貴族――まさか王族とまではバレていまい――相手に敬う様子が無いという事は、この男も貴族だろう。知らない顔だがそれなりに高い爵位があって、リデアをどこかの令嬢と見ているのだ。


 王女リデアへの態度としては余りに無礼だが、そもそも身分を隠しているのはこちらだ。大目に見てあげねばなるまい。


「一人だよ。お忍び中だもん」


 バレバレならあえてとぼけるだけ無駄だ。言外に認めておいた。


 男は微妙な顔でリデアを見つめて来る。そして、怪訝そうながら口を開いた。


「……お忍びは一人でするものではないが」


「え、うそ」


 反射的に言葉を返したが、男はどうやら本気で困惑している。嘘を言っているようにも見えない。


「……ほんと?」


「あぁ……」


「……」


「……」


 これは一体何という事だろうか。リデアは自分がこれまで抱いていた常識があっさりと否定されて衝撃を受けた。愕然として固まっていると、男が突然噴き出した。


「ふっ……っく、ふふふ、はっはっははは……!」


「ちょっと!?」


「ふっ、くく。なんだそれは。しかも、という事は抜け出してきたのだろう。それも、これまで何度も?」


「そうだけど! 笑わなくていいでしょ!?」


「いや、ふふふっ。この国の平和に感謝すべきだな。はっははは……!」


「もぉ! 笑い過ぎ!」


「くく、はっはっは……!」


 男はそのまましばらく笑っていた。ようやく男の笑いが収まった頃には、リデアがすっかりヘソを曲げてしまっていたくらいだ。


「――いや、悪かった。つい笑ってしまった」


「知らない」


「まさか当然の顔で一人歩き回っていたとは思わなかった。まぁ、機嫌を直せ」


「知らないってば。ていうか、あなただって一人に見えるけど」


「私はいいんだ。己の身は守れるからな」


「なにそれ。男の人ってなんですぐ強さ自慢とかしたがるの?」


「自慢のつもりはないが。まぁ笑った詫びだ。帰るまで同行しよう」


 男はさも喜べと言わんばかりに提案をしてきた。しかし、リデアにしてみれば余計なお世話だし、そもそも同行なんて求めてもいない。


「はー!? 何で勝手に決めるの!?」


「その方が互いにいいだろうからな」


「よくない! よくないでーす!」


「なら……大人しく連れ帰られるか?」


「え?」


 男が無言のまま一方を指し示す。そちらを見れば、王城所属を意味する鎧を纏った兵士達が一団となって向かって来ていた。彼らは明らかにリデアを認めている。


「ぅげ」


 まだまだ帰りたくないのだが、これは困ってしまった。兵士から逃げ切れるほどリデアの足は速くない。


 というより、今連れ帰られると婚約者との顔合わせに間に合ってしまうではないか。それはイヤだ。こうしている場合ではない。


 リデアはどこか面白そうに見ている男に向かって、ビシッと手刀を切った。


「私、逃げる! じゃ、さよなら!」


 言い終えると同時、返事も待たずにリデアは駆け出した。兵士の一団と男に背を向け、脇目も振らずに全力疾走である。


 正直勝算は高くないが、まだ帰る訳にはいかないのだ。とにかく必死で走りに走る。


 振り返る間さえ惜しい。リデアの逃亡を見た兵士達も走り出しているはずだから、少しの余裕さえ無いのだ。


 と、その時――。


「ひぇっ!?」


 驚いて変な声が出る。走っていたのに、突如として持ち上げられたのだ。


「同行すると言っただろう。置いて行ってくれるな」


 リデアを抱え上げたのは先ほどの男だった。声の方に目をやると、男の端正な顔がすぐ目の前にある。


「なに!? なにするの!?」


「こうした方が速い。大人しくしていろ」


 男はリデアを横抱きにして持ち上げたまま走っていた。驚く事にと言うべきか、そんな状態にも関わらず男は駿馬のように速かった。


「ちょ、はやい! こわい!」


 自分の意思で制御出来ない速さというのはこうも恐ろしいものか。リデアが不安定さに悲鳴を上げると、男が顔をしかめる。


「やかましい。落とさないから掴まっていろ」


 言われるまでもなく、既にリデアは男の首元にしがみついている。手を放したら一巻の終わりと言わんばかりに全力である。


「おい、手を緩めろ。苦しい」


「ムリムリムリ! 絶対ムリ! 死んじゃうって!」


「そんな訳あるか! 大丈夫だからもっと身を預けろ!」


「ムリぃ!」


 そんな事を言われたって怖いのである。ムリだ。


 しかし男がそれで転んだりしても困る。リデアは恐怖と必死に戦い、恐る恐る全身の緊張を解いて男の身体に体重を預けていく。すると――。


「あ……」


 リデアは幼い頃、大樹の上に登った時の記憶を思い出した。枝に座り幹にもたれた、ずっと昔の記憶だ。大樹はしっかりとしていて、高さはあっても安心して身を預けていられた。


 同じだったのだ。男の身体は大きく確かで、決して崩れる事などあり得無い大樹のように安心感があった。


 そう認識するや途端、リデアはすっかり大人しくなって男の腕に収まる。もう怖くは無かった。


「ほら。大丈夫だろう」


 宥めるような、優しくあやすような、そんな男の声がすぐ傍から落ちてくる。くすぐったいような、嬉しいような、恥ずかしいような、リデアは何だか変な感情を覚えて妙にどきどきした。


「うん……」


 返事をすると、やけにか細い声が出た。それがまた恥ずかしく思えて、リデアはじたばたと暴れたい気持ちを必死に押し殺す。違う事を考えようとするが、重くないのかな、とか、辛くないのかな、とかそんな事ばかりが頭を巡った。


 気を逸らそうと思って、男の腕の中から首を伸ばして後方を見る。


 すると、二人を追いかけてきている兵士の一人とバッチリ目が合った。


「わー! 来てる! すっごい追ってきてるんだけど!」


 恐ろしく必死な顔をしている兵士を見て、リデアは思わず声を上げた。


「そんな事は分かっている。大人しくしていろと言うに」


「捕まる! 捕まるって!」


「ええい、やかましい!」


 突然男が進路を変えた。ほぼ直角で路を曲がって、裏通りから表通りへ飛び出る。未だ続くパレードと見物人たちで埋まっている通り、男はまるで風のように人を避けて華麗に走り抜けていく。


 一方追って来る兵士たちは思うように走れないようで、みるみる内に距離が開いていく。後方ではガヤガヤと混乱も起きていた。


「すごい……。離れてく!」


 逃げ切れるかもしれない。そんな期待に胸が躍る。しかし、男は舌打ちを一つ打った。


「ちッ。前からも来たな」


 リデアが前方に向き直れば、確かにまた別の兵士の一団がいる。まだ遠いが直にぶつかるだろう。


「どうするの!?」


「避ければいいさ」


 男は当たり前のように言ってのける。前方の兵士達もこちらに気づいたようで、隊長らしき一人が血相を変えて指示を飛ばした。


「避けるって、どうやって!?」


「あぁ。まぁ、見ていろ」


 男は全く足を緩めることなく兵士の一団目掛けて走って行く。兵士達との距離はみるみるうちに狭まっていき、あっという間に両者の距離は会話が出来そうなくらいに近づいた。その時だ。


 男が一歩を深く踏み込んだ。ほとんど同時、リデアは自分の体重が急に何倍にもなって地面へ引かれるような強い重力を感じた。圧し潰されそうな力にリデアは必死で耐える。


 やがて、その重力も急速にしぼんで消えてしまった。リデアは反射的に閉じていた目を開く。


すると、そこは人々の頭よりもずっと上、建物で言えば三階くらいの高さだった。当然、リデアを抱き上げている男の足下に足場などない。つまり空中だ。男の走っていた速度を持ったまま、二人は宙を飛んでいた。


「あ、あ……」


 信じ難い景色にリデアの喉がひきつる。


 しかし――。


「あ、あっははは! 飛んでる! 飛んでるよ! あはははははは!」


 リデアはもう恐怖とか混乱とかの域を超えてしまったのか、何だかおかしくてたまらなかった。


 二人は兵士達も人々もパレードさえも飛び越えて、通りを横断するように飛んだ。


 二人を追えるものなど何もなかった。まるでありとあらゆるしがらみを置き去りにするように、全てを後にして行ってしまう。


 リデアは解放感を味わっていた。果てしない自由に指先を触れさせたような、特別な高揚感だ。


 男は建物の屋根に着地して、そのまま大通りを背に走っていく。


 その光景はリデアの目に焼き付いた。そして、生涯忘れる事は無かった。






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