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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第十章 愛が為に
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273 啓示


 ――しかし。


 如何にサンの魔法が強力でも。


 如何に数百の騎士が倒れても。


 そこにはまだ、千を優に超える軍勢が残っているのだ。






 それから、長い長い戦いがあった。


 数多の剣や魔法が飛び交い、赤い川が流れる程の血が大地を濡らした。


 二度、三度と大魔法さえ使われて、大地は荒れた。


 三千二百ほどいた軍勢が千を切るまで減じた頃、ようやく戦いの音は終わり、辺りは静まり返った。


 サンは生きていた。多すぎる傷と、また多すぎる血を流して、戦場の只中で倒れ伏していた。


 もはや動かせない身体で、それでも剣を手放さずにいた。


 すると、一人の騎士がサンに近づいてきた。


 騎士は痛まし気な顔でサンを見つめたあと、手に持つ剣をサンの心臓に向ける。


 そして、騎士の剣が突き下ろされようとした。


 その瞬間の事だった。





















 サンの意識は微睡(まどろ)むようなゆらめきの中にあった。


 血を流しすぎたのだろう。ぼんやりとした頭で、ゆるゆると思考していた。






 ――動けない。


 ――ここまでなのかな。


 ――ここで死ぬのかな。






 ――ダメなのに。


 ――主様の所へ、行かなきゃ。


 ――あぁ、でも。どうしても動けない……。






 すると、声がした。






 ――『大丈夫』






 それは、いつかサンが致死の傷を負った時にも聞いた声だった。


 あの時はそう、どこからか湧き出した“闇”がサンを救ったのだ。






 ――あなたは、だれ?






 ――『私に名前は無いよ』






 サンが問いかけてみれば、声は意外にも答えを返してきた。






 ――『私はあなたを導いたもの』


 ――『子らの願いに道を示したもの』






 ふと気づく。声は、サンと同じ声をしていた。






 ――まるで、神みたいなセリフ。






 自分と同じ声が聖職者じみた事を言うので、何となく面白くなくてそう言った。






 ――『……居ないよ。神さまなんて』






 その一言は何か単なる思想や言い分ではなくて、直に触れた経験をただ述べているような、そんな実感を伴っていた。


 不思議だ。まるで、天上の国へ行った事があって、そこで神の座が空白だった事を見て来たとでも言うのだろうか。






 ――『あなたを助けに来たんだ』


 ――『でも、私にはもう何の力も無くて、守ってあげられない』


 ――『だから、さぁ、“剣”を取って。信じて。必ず、“剣”の向こうから力を貸してくれる』






 全く唐突に、夢の終わりが訪れようとしていた。サンはそれを感じ取って、慌てて声に問う。






 ――待って。あなたは、いったい。






 ――『私はあなたを見守っている。だから、大丈夫』


 ――『未来を、信じて。必ず想いは果たされる』





















 ――『私の愛しい子よ。私は、あなたを――』





















 苦々しい血の味がした。


 いつの間にかうつらうつらと夢を見て、ふと目覚めたような感覚だった。


 忘れていた全身の傷が痛みを主張してきて、頬に張り付く血と髪が気持ち悪い。


 細く片目を開く。


 視線の先には、未だ握り締めたままの黒い剣がある。


 あの声は“剣”を取れ、と言った。その意味する所は、この剣ではあるまい。


 恐らく、それは【神逆の剣】。


 贄の王はサンから権能や指輪を取り上げたが、この剣は取り上げなかったのだ。


 だが――。


 一瞬だけ、サンは迷う。


 【神逆の剣】はかつてでさえ、壮絶な負担を強いてきたのだ。権能を失った今、一体どれだけの代償が必要になるのか想像さえ出来ない。


 ――それでも、あの声が信じてと言ったなら……。


 サンは知らない。あの力の根源がどこになるのか。あの声が何故“剣”を取れと言ったのか。サンは何も知らない。


 でも、構いはしないと思った。


 贄の王の下へ。


 そのためならば、どんな代償だって悪くない。






「【神逆の剣】よ」






「いいえ。この剣の向こうにいる何かよ」






「神でも悪魔でも何でもいい。欲しいならこの魂さえ持っていけ。主様の為ならば、私は何一つ惜しくない」






「だからどうか、どうか私に力を貸して――」






















 一人の騎士が、サンにとどめを刺そうとした瞬間。


 するすると、サンの全身から“闇”が立ち昇った。


 騎士は驚き戸惑ったが、とどめを急ごうと剣を構え直す。


 しかしその剣が振り下ろされる事は無かった。騎士は突然もがき苦しむように倒れると動かなくなったのだ。


 周囲の騎士たちがどよめき、息を呑んで見守る中、サンはゆっくりと立ち上がる。


 サンはその身に“闇”を纏っていた。


 それはゆらめく陽炎のような、寒々しい風のような、清水に落とした墨のような、声なき叫びのような、おぞましい歓喜のような、沈黙する怒りのような、激しい悲嘆のような、どこまでも黒く、深く、暗い“闇”。


 それでいて、何ものよりも無垢なる“闇”。


 サンが剣を掲げると、立ち昇る“闇”が一層多くまた濃くなり、サンの回りで黒く輝く。


 その光景に、たった一人の少女の立つ姿に、見つめる騎士たちは神性を見た。


 この世ならぬ、人ならぬ、現わされた神秘に超常を見たのだ。


 神よ、と騎士たちの誰かが呟いた。


 それは脅威を前に、救いを求める声だったろうか。


 それは奇跡を前に、感動を表す声だったろうか。


 あるいは、呟いた当人すら分からなかったかもしれない。


 そのうち、サンから立ち上る”闇“はその全身をすっかり覆い尽くしてしまった。


 そこに立つのは、最早人の少女ではない。


 黒く、深く、暗いヒトガタである。


 意志ある影の如きそれは、やがて動き出す。


 掲げていた剣を地に向けると、ゆっくりゆっくり歩き出す。


 己の敵たる騎士たちに向かって、真っすぐに。






 のち、その地には三千二百の死体だけが残される事になる。


 “風”に斬り裂かれた者。“炎”に焼かれた者。“雷”に貫かれた者。また刃に抉られた者。


 そして最も多かったのは、傷一つ無い者。発見したファーテルの人々がどれだけ調べても、彼らの死因は判明せずじまいだったという。


 そこで何が起こったのかを知る者は誰も居ない。


 ただ、凄惨な現場だけを残された人々はこう言った。


 ――黒い悪魔が出たんだ、と。







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