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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第十章 愛が為に
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271 サンの道


 ひとつ、サンには少し前から疑問があった。


 それはつまり、どうして自分は魔法が使えるのか、だ。


 エルザは魔法使いだった。貴族を束ねる王族の身なのだから、当然と言っていい。けれど、エルザはその境遇から魔術を学んだ事が無かった。ほとんど魔法など使えなかったのだ。


 ラインファーンはそもそも魔法使いでは無かった。貴族の生まれとしては異端も異端だが、魔法使いの素質が子に遺伝しない事は極まれに起こるのだから仕方がない。そして魔法使いでは無いのだから、当然魔法を使う事も出来ない。


 ソトナやシャーといった他の贄たちもまた魔法使いではない。


 それなのに、サンは初めて魔境で目覚めたその時から魔法が使えたし、それを不思議に思った事も無かった。ずっと前から身体の一部だったみたいに、自由自在に使いこなす事が出来ていた。


 では、そんなサンの魔術や魔導の知識はどこから来たのだろう。どうしてサンは魔法が使えて、数々の詠唱を(そら)んじる事が出来るのだろう。


 ――エッフェンティート。


 答えは今、思わぬところからもたらされた。


 エッフェンティートとは、何百年も前に生きた魔法使いだ。人類史上最高の叡智を備えたとされ、現代に続く魔導学の基礎を一人で作り上げた天才。魔法使いなら知らぬ者の居ない、伝説と謳われる大魔法使い。


 ――そして、サンの魔術の源泉。


 考えてみれば示唆するところはあった。例えばサンは知らない詠唱など思いつかないし、全ての魔法の原理を覚えている。贄の王をして目を見張るほどの成長をしてきたが、今思い返せばあれは思い出していた(・・・・・・・)感覚に近かった。大魔法を初めて使ったときも、不思議と懐かしい感覚がしたものだ。


 もしこの世に現存する魔法の全てを理解しているとすれば、それは間違いなく並大抵の魔法使いでは無い。それどころか、サンが現代最強の魔法使いと信じて疑わない贄の王にすら匹敵しかねないという事になる。自ずと、選択肢は限られてくるのだ。


 かの大魔法使いエッフェンティートの最期が贄だとは聞いたことも無かったが……。


 しかし、あの近衛の「北土山脈はエッフェンティートの四極天によって作られた」という話を聞いて、急速にサンの中で蘇る記憶があった。


 それは、とある魔法についての記憶だ。


 大魔法使いエッフェンティートが創り、最後に遺した一つの魔法。――【(あがな)()開壁(かいへき)(かぎ)】。


 罪を背負い人々を守り、最後と信じて希望を託し、そして死んでいった彼女の遺志だ。


 ――エッフェンティート。誰にも継がれなかった貴女の願い。今、私が拾います。


 ――きっと、貴女の望みとは違う形だけれど……。






 サンは宿に着くと、荷物をまとめて部屋を引き払った。もう必要無いからだ。


 それから大量の食糧を買い集める。これから先、恐らくサンが口に出来るような物は見つからない。今の内に溜めこんでおく必要があった。今のファーテルで食糧を集めるのは難しいかと思ったが、お金を出せば何とかなった。ある所にはあるものだ。


 衣類も集めた。道中、着替えに困る事の無いように。


 それから荷馬車用の馬を一頭買い、集めた荷物を背負ってもらう。以前のポラリスとは違い、今度は名前を付けるような事はしない。状況次第では見殺しにする必要があるから、なるべく情を移したくなかった。


 諸々の準備には相当なお金がかかったが、金銭だってもう必要無いのだ。余った分は適当な道端にでも捨て置いていく。きっと、誰かが有効に使ってくれるだろう。


 全ての支度を終えて、サンは早々に街を出ることにした。早く早くと急く気持ちとは別に、急いだ方がいいという確信もあったからだ。






 そして確信は現実に変わる――。






 ファーテルの都を出てまっすぐ北へ、北土山脈を目指して進み始めたサンの道を塞ぐ者達が居た。


 それは、神官騎士団の軍勢だ。


 千人は優に超えているだろう。二千、三千は居るのかもしれない。ぐるりと弧を描いてサンを迎える彼らは既に臨戦態勢で、いつでも戦いを始められると言った様子だ。


 そしてその軍勢の中央かつ先頭に立っているのは、ただ一人だけ神官騎士の制服を着ていなかった。


 その男が纏うのは近衛騎士の制服――霊廟の前で、サンにエッフェンティートの話を聞かせてくれた男だった。


 サンは“土”の魔法で頑丈な杭を一本地面から生やすと、荷物を預けている馬をそれに繋ぐ。それから、こちらをじっと見つめている近衛の男の方に近づいていく。


 サンは互いの間合いの少し外で足を止め、男の視線を受け止めた。


「……驚かれませんか」


 正面に立つ近衛の男が話しかけてくる。


「えぇ。何事も無く終わる筈はありませんから」


 サンは答えを返す。


「裏切りと罵られるかと」


 男は少しだけ、でも心の底から不思議そうな顔をして聞いてきた。


 サンは何でも無い事のように―――実際、そんな事は全く考えていなかった――また答える。


「あなたはあなたの職務に忠実なだけでしょう」


 サンが繕いでなく穏やかに答えると、男は目を閉じて深く頷いた。それから、また目を開けてサンを見た。


「せめてもの感謝を。……では、【従者】エルザ姫。大人しく投降を」


 サンは、フードと仮面を外した。露わになったサンの顔を見て、周囲の神官騎士たちからどよめきの声が上がる。彼らも聞かされてはいたと思うが、やはり死人が生きて歩いていれば動揺はするという事だろう。


 サンの方には、特に驚きは無かった。いずれどこかで明らかにされると思っていたし、たまたま今がその時だったというだけだ。


 どの道、もう隠している意味も無い。


「申し訳ありませんが、出来ない相談です」


 サンが首を振って断れば、男は呟くようにとある名前を口にする。


「……【贖い発つ開壁の鍵】」


 やはり、男も知っているらしかった。エッフェンティートの子孫というのが本当かは分からないが、北土山脈が作られたものという事実を知っているのであれば、【贖い発つ開壁の鍵】についても知っていて意外では無い。


「えぇ。そこに、私の道はあります。主様の下へ、急がなければ」


「……我が祖エッフェンティートが遺した魔境への道。しかし、それは地獄の門に他ならない。北土から魔境への道とは、即ち魔境から北土への道でもある。……開かせる訳にはいかないのです。何よりも、無辜の民のために」


「地獄の門が唯一の道ならば、迷う余地はありません」


「幾万もの人々が魔物の猛威に(たお)れるでしょう。それでも?」


「それが必要ならば」


 一体何の問答なのだろう、とサンは思った。サンの覚悟など、とうに決まっているというのに。


「……恨み、ですか?」


「……?」


 ぽつり、と男の零した言葉の意味が分からず、サンは首を傾げる。


「我らファーテルの者は、かつてあなたを贄とした。自ららの平穏の為、あなたを殺した。その――」


 くすり、とサンは思わず小さな笑みを浮かべてしまう。男の言葉が余りに見当違いだったからだ。


 笑うサンに困惑して男が口を閉じる。これも何かの縁、とサンは教えてやる事にした。


「恨んだ事もありました。私たちを犠牲にして、平穏を享受する人々に怒りを覚えた事もある。でも、結局私は復讐なんて選ばなかった」


 エルザとして、ラインファーンとして、自分を定める事も出来たろう。


 自分()を殺した世界へ、復讐を誓う事も出来ただろう。


 でも、そうしなかった。


 何故なら。


「だって、私はエルザでもラインファーンでもない。私は――」


 サンはそこでひと呼吸を挟んでから、名乗る。うたうように、誇るように。


「――私の名前は、サンタンカ。贄の王のただ一人の従者。私の全ては、あの方の為にある。私はサン。それ以外の、何者でもないんです」


 男は黙って聞いていた。サンが口を閉じても、しばらくの間黙ったままだった。






「……では、【従者】サンタンカ」


「はい」


「もう一度だけ言います。――投降を。さもなくば、死を」


「どちらも選びません。私は生きる。ただ、我が主の為に」


「ならば、ここで永遠にお眠り下さい。世界の敵よ」


 男が抜剣し、その剣を高く掲げた。


 その途端、周囲の神官騎士たちが一斉に戦闘行動を開始する。ある者たちは槍と盾を構え、ある者たちはライフルの引き金に指をかけ、ある者たちは魔法の詠唱を始める。


 何千もの軍勢が、ただサンのためだけに刃を振るわんとする。


 重々しい軍靴の靴音が、揃う詠唱の声音が、鉄と死の音楽が、サンへ向かってくる。


 そして、サンは。


「もう少しだけ、お待ちください。主様」


 右手に剣を。黒き刃の忌まわしき剣を。


「すぐ、そちらへ向かいますから」


 左手に魔法を。万象操る根源たりし力を。


「たとえ世界の全てが敵だとしても、あなただけに尽くします」


 魂には、忠誠を。それから、大きな愛を。


「大好きですよ、主様」


 サンは己の敵目掛けて、真っすぐに走り出した。







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