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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第十章 愛が為に
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268 北上

めっちゃ間空いてしまってごめんなさい…!

投げ出すつもりは全く無いので安心してくださいな。


 魔境は北土地方と地続きである。


 ただし、北土と魔境の間には巨大かつ広大な北土山脈が横たわっていて、両者を高く別つ壁となっている。


 人はもちろん、魔境を跋扈する魔物たちすら阻む天然の大壁があったればこそ、北土は魔物の脅威に晒される事無く平穏を保っていられるのだ。


 だから、北土のファーテルで【神託の剣】を手にしながら、シックは内海を大きく回り込むようにガリア、ターレルと旅をして行ったのだ。偏に、北土山脈を越えられないが故に。


 魔境を目指すならば、ラヴェイラから南へ海を渡り、ガリア、ターレル、アッサラを抜けて行かねばならない。偏に、北土山脈が道を阻むが故に。


 だが、サンは北を目指した。


 理由は単純だ。()()()()()()からだ。


 シックは既にターレルを発ち、アッサラへ向かったと聞く。では、今からサンがガリア、ターレルと順当な道を辿っていてはシックに追いつけない。


 シックつまり【神託者】が、【贄の王】の下へ辿り着いてしまう。


 サンは絶対に、何としても、シックに先んじて贄の王の下へ向かう必要があるのだ。今更、悠長に南へ向かっている余裕など無い。


 だからサンは北を目指した。


 それはつまり、人智未踏の北土山脈へと、挑戦するつもりである事を意味している。






 ヴィルと別れてから、サンは街道をひたすらに歩いて行った。


 ファーテル軍とラヴェイラ軍がぶつかり合っている前線地帯を迂回するように、第三国を通り抜けた。アルマンが放つだろう追手を振り切りたいという意味もあった。


 その甲斐あってか、サンの旅は至極順調に進んだ。


 国境を越える場面では多少苦労したが、それでも長く足を止められるような事は無かった。


 やがて、サンは再び訪れる事になる。


 それははじまりの場所。


 それはサンの戦いが始まった場所。


 それは最後の想いが昇華した場所。


 すなわち、宿命の国ファーテルである。





















 その都へと辿り着いた時、サンは奇妙な感慨を覚えた。


 まるで、いつかまた自分が訪れる事になると知っていたような気分だ。遥か昔から、ずっと約束されていた場所へ今、ようやく辿り着いたような感覚。


 いつか、運命なんてものについてシックと論じた事があった。その時サンは『自分の意志で生きてきたと信じたい』と口にしたが、今この奇妙な既視感とでも言うべき何かを味わって、運命とは本当に決まっているのかもしれない、などと考えた。


 サンが生まれた事も、贄の王に仕えた事も、シックと出会った事も、そして今この地へ舞い戻った事も、遠い遠い遥かな昔から定まっていた事なのかも知れない、と。


 ならば。


 ならば、この先に起こる事も決まっているのだろうか。


 全ての結末は、変わる事無く定まっているのだろうか。


 贄の王は、シックは、そしてサンは。


その、未来は。


 変えられざるものなのだろうか。


 ――いいや。


 ――たとえ、全ての運命が敵だとしても。


 ――たとえ、世界と戦うとしても。


 ――私は、望む未来を手にして見せる。


 ――ただ、貴方だけの為に。


 ――貴方に、尽くす。私は、その為に生まれてきたのだから。


 ――私の、主様――。


 サンは胸中にて覚悟を新たに、いつの間にか止まっていた足を動かした。


 迷いなど、僅かさえありはしなかった。





















 北土山脈を越える。


 言うは容易いが、現実には余りに為し難い話だ。


 権能を失い、一人の少女に過ぎなくなったサンが簡単に越えられる壁ならば、人類はとっくに成し遂げているはずだ。


 更には生物として人間よりも遥かに強靭な魔物たちでさえまず越えられない。極々稀に山脈を越えて来る魔物も居るが、基本的には例外扱いだ。


 そんな北土山脈に単身挑もうと言うのだから、入念な準備が必要なのは言うまでもない。


 少しでも情報や装備を集め、少しでも可能性を上げなければならない。わざわざファーテルの都に立ち寄ったのはその為だ。


 ただ、ファーテルの都は神官騎士団の本拠でもある。【従者】として追われているサンにとっては敵地と同義だ。


 いっそ顔を隠さずに歩ければ楽なのだが、ファーテルにおいてはそうもいかない。二年前に死んだ姫の顔を覚えている人間など多くは無いと思うが、それでも万が一という事がある。間違っても騒ぎになるのは御免だ。






 サンはまず宿を探す事にした。ここでもやはり慎重に慎重を重ね、なるべく自分が泊っている事を隠せる宿を探し始める。


 こういう場合にどういった宿が適しているか、サンはここまでの旅路で何となく掴んでいた。


 高級な宿はダメだ。宿泊客の秘密を守るという点では優れているかもしれないが、彼らはそもそも怪しい人間を泊めたがらない。もし犯罪者を匿ったなどと言う事になれば、宿の信用に関わるからだろう。


 至って普通な宿、というのもまた難しい。平凡な宿を使う人間に守りたい秘密など無い場合が多いせいか、宿側も秘密を守るような意識が低い事が多い。口止めに余分なお金を払う、などは簡単に浮かぶ手だが、そういった取引に慣れていない人間は怖がってしまって余り意味が無いばかりかそのまま衛兵を呼ばれかねない。


 では安い宿か、というとこれも違う。単純に安いだけでは何の利点も無い。


 客の秘密を守ってくれ、かつ怪しい人間でも泊めてくれるような宿。口止めの取引に応じてくれるとやや嬉しいので、そういう取引に慣れているといい。


 となると、当然真っ当な宿では無くなってくる。


 似たような境遇の者たちに需要があるのだろう、大きな街には大概有るものなのだ。後ろ暗い者たちが集うような、後ろ暗い宿が。


 かくして、サンが見つけたのは一つの宿。


 ファーテルの都で最も治安が悪い地区にぽつんとあって、『ホテル』という看板がさり気なく出ている。


 中へ入ってみれば、狭苦しいエントランスに質素なカウンターが一つあり、その向こうに不機嫌そうな中年の女が一人座っていた。


 女は入って来たサンを不躾にじろじろ眺めながら、一泊いくらだ、とだけ端的に述べる。


 サンは金額にキリの良かった四泊分を女に差し出す。それから、金貨一枚を余分に渡して自分の宿泊を内密に、と伝えた。


 すると女は何も言わずに全ての硬貨を受け取り、木札のついた鍵を投げ渡してくる。木札には『2A』と刻まれていた。部屋の番号だろう。


 サンは礼を述べて女に背を向けると、宛がわれた部屋へと向かって行くのだった。






 ひとまずの拠点を確保出来たサンは、次に北土山脈へ挑むための装備を整えようと考えた。


 サンの今の服装は贄の王によって生み出された強力な品々だが、流石に雪山を踏破する事は考えられていない。適宜手を加えて行く必要があるだろう。


 北土山脈は真夏でも雪を被ったままだ。今は春だが、山の上は真冬以上の寒さに違いない。雪や寒さへの備えは不可欠だ。


 サンは登山の経験など全く無かったが、ファーテルの都に至るまでの道のりで多少知識を集めてきたつもりだ。


 しかし、知れば知るほどに北土山脈踏破という言葉の非現実さばかりを思い知らされ、攻略の手がかりは無くなっていくだけだった。


 まず、北土山脈に踏み入った者の少なさ。あの山々に挑むこと自体自殺行為だと言うのに、山脈の向こうにあるのは魔物はびこる魔境の地だ。普通は近づきたいとすら思うまい。


 それでも酔狂な人間は居るもので、ごく僅かだが北土山脈登頂に挑んだ人間の記録もあった。ただ、半分は途中で引き返し、もう半分はそのまま行方知れずになっている。無事に戻って来られたのは数えるほどだ。


 その中には、国家主導で北土山脈の測量を行った際の記録が見つかった。


 それによると、北土山脈最高峰の高度は11,348メートル。山脈の幅は100から150キロメートルほどと推測され、ほとんど直線を描いている。


 サンは最高峰に近づく必要などは無いため、なるべく低いところを進むのが適しているだろう。それでも数千メートルを登り、最低でも百キロメートルを進む必要がある。


 はっきり言って現実的ではない。記録の測量隊でも多数の死者を出したとある。普通に考えて、この測量隊にサンのような少女は含まれていないだろうから、サンより体力のある者たちが途中まで行って帰るだけで生還出来なかったという事だ。


 測量隊は訓練された集団で、サンは一人。測量隊は精々半分も進んで帰るだけで、サンは踏破して魔境に降り立たなければならない。


 そう。北土山脈を踏破するというだけでも非現実的だと言うのに、その後には魔物溢れる魔境をも単身踏破しなければならないのだ。


 魔境には当然、人里など無い。安全に寝泊り出来る宿など無い。


 水や食料はどうやって確保すればいい? どれほどいるか分からない魔物たちはどうやってやり過ごせばいい? 北土山脈を越えたとして、戻ってやり直しなど出来るはずも無いのに。


 どうすればいい。やはり、北土山脈を越えて行くなど無理なのか。


 今からでも南下してガリアを目指し、ターレル、アッサラと迂回して行くか。――ダメだ。絶対に、シックが先に贄の王の下まで辿り着いてしまう。


 船を都合して、海を直接渡って行くか。――ダメだ。魔境周辺の海は魔物の支配域。人が船など乗ろうものならたちまち沈められてしまう。


 では、北土山脈を越えて魔境を踏破するのか。――どれも同じくらい、非現実的では無いか。


 ――八方ふさがり。


 急ぎ贄の王の下まで向かわねばならない。だと言うのに、辿り着く術が無い。


「どうすればいいの? どうすれば、あの壁を越えられる……?」


 サンは誰にともなく呟いた。


 ただ。


 どれほど絶望的であっても、諦めようという気持ちだけは全く湧いてこなかった。






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