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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
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27 騎士団長


 二人は神官騎士団の本拠の中、贄の王を先に歩く。通り過ぎるドアは全て開け、中に人が居れば眠らせていく。途中、騎士団長の居場所と外見を訪ねつつである。


 建物は3階建てで、2,3階に騎士団長らしき人物は居なかった。この建物内にいるとすれば1階だが、そこには大量の人の気配。


 贄の王は再びサンに離れるな、と言って階段を下りていく。


 そこからは迅速だった。


 まず、階段を下りた廊下は広く休憩スペースなども設けられており、8人の男達が散らばっていた。そのうち、階段が視界に入るのは5人である。


 5人は当たり前な顔で降りてくる贄の王とサンに一瞬違和感を抱き損ねた。やがて階段の中ほどまで来たタイミングで一人が気づく。


 だが、遅かった。目にも止まらない速度で走った闇が8人の口を一斉に覆う。異変に驚いた男達が声を上げようとするも、不可視の力に押しつぶされて床に叩きつけられる。


 どたん!と大きな音がいくつもした。そのまま7人の意識を刈り取った贄の王は、目覚めたままの最も近い男に問いかける。


「答えろ。騎士団長はどこだ」


 叩きつけられた痛みに震えつつも、恐怖にひきつった男は一つのドアを指さす。それを見た贄の王はその男の意識も奪う。


 指さされたドアのすぐ前で立ち止まる贄の王。僅かに振り返り、サンの姿を確認する。ドアを静かに開け放つと、ちょうどドアを中から開けようとしていたらしい男と目が合う。


 男の目が驚きに見開かれ――音も無く背後に向かって吹き飛んでいく。


 どしゃあぁん!!と盛大に音が立ち、吹き飛んできた男と音に驚いて、室内にいた大量の男達が一斉に入ってきた贄の王を見る。サンは、その大きな背中から決して前に出ないよう気をつけつつ、ついていく。


 次の瞬間、銀の煌めきが空中に走る。それは小さく弧を描いて贄の王の胸元に迫り――闇に受け止められる。それは、よく磨かれた剣だった。


 さらに素早い拳が贄の王の顔に迫る。闇がその拳もまた討ち払い、正面の殴りかかってきた男の足元に伸びる。


 男は瞬きよりも早く下がってその闇を躱すが、次の瞬間床に叩き伏せられる。それを成したのは不可視の力――極めて一般的な魔法【動作】であるが、サンの目にすら何が起こったか分からないその練度は一つの極致に達していた。


「「団長!!」」


 いくつかの声が起こり、俄かに殺気立った男たちが手に剣を抜こうとして――全ての男たちが同じく床に叩き伏せられる。


 どたたぁん!と凄まじい音が響き、思わずサンは顔をしかめる。叩き伏せられた男たちは一斉に意識を刈り取られ、その場で力を失う。


 贄の王は黒い刃を中空に出現させ、それを足元の白髪の男に向ける。さらに、手や身体を闇が縛り付け、一切の自由を封じる。この男のみ意識を奪われておらず、動き出す瞬間を静かに狙っていたらしい。


「お前が騎士団長らしいな。探す手間が省けて助かった」


「……何者だ、お前」


「言ったところで信じんさ。……サン、頼む」


「はい。主様」


 サンはうつ伏せに押さえつけられた騎士団長の顔に近づくと、しゃがみ込んで目線を合わせるが、騎士団長からはフードで顔が見えない。


「いくつか、お聞きしたいんです。……【神託の剣】を、ご存じですか」


 その言葉を聞いた騎士団長はしかし大きな反応を見せず、静かにサンを見つめている。


「……なんだそれは、知らんな」


「……本当ですか?出来れば、素直に答えて頂きたいのですが……」


「知らんとも。本当だ」


「嘘だな。腕か脚か、無くしても良い方を選べ」


「俺は今このお嬢さんに話してるんだ。真っ黒い男。黙っててくれるか」


「……強気ですね。でも、この方は私の主様。そういう態度を取ってほしくはありません」


「そうかい。なら答えてやるが、腕も脚もまだ必要だ。お前を斬り捨てねばならないからな」


「これは面倒な手合いだな。口は割るまい。どうする、サン」


「……もう少しだけ、聞いてみます。では騎士団長さん。神託の内容について知りませんか?」


「それも知らん。俺は残念ながらそんな選ばれた者じゃあない」


「……そうですか……」


 これは何も聞き出せそうに無い、と諦めたサンが立ち上がる。


 その時、見上げる騎士団長からサンの素顔がちらりと見えた。目を見開き、驚きを隠せもしない白髪の男。その反応にサンも顔を見られたことを悟り、そそくさと主の後ろに下がる。


「……貴様はここで殺しておいたほうが良いかもしれんな」


「主様?」


「これは厄介だぞ。恐らく剣の事も知っている。神官騎士団など敵ではないが、行動を制限されては厄介だ。頭を潰すだけでも騎士団の足を一時遅らせられるだろう」


「……道理ではありますが」


「お前は目を逸らしていればいい。耳も塞いでおけ。――いや、私が塞いでおいてやる」


 ここまで黙していた騎士団長だったが、口を再び開く。


「まぁ、待て。真っ黒いの……。命はさして惜しくないが、剣の安置場所は教えてやろう。俺を上に連れてけ」


「何?どういう心変わりだ」


「お前には関係無い。ほら、動けないんだ。立たせてくれ」


 ぐい、と男が乱暴に宙に浮かび、脚から地面に落とされる。危なげなく拘束されたままの脚で着地し、贄の王に向かって拘束を解け、と言う。


 サンを身体でかばいつつ、騎士団長の脚の拘束を解く。すると、騎士団長はサンだけになら教えても良いと言い出す。


「上の俺の部屋に地図がある。お嬢さんだけ一緒に来てくれ。地図を渡す」


「それは出来ない。私も同行する」


「ダメだ。お前がいるなら教えない。……手でも命でも持っていけばいい」


「……」


 頑として譲る姿勢を見せない男に対し、沈黙と黒い刃を向けることで答える贄の王。サンはそんな主の背中に声をかける。


「主様。私なら大丈夫です。お許しをください」


「サン。危険だ」


 なおも大丈夫です、と繰り返すサン。しばらくの沈黙の後、根負けしたらしい贄の王は黒い刃を虚空へ消す。


「……分かった。せめて武器を持っていけ」


 と、贄の王が空中に出現させたのは深い闇で作られた小ぶりな剣だった。サンはそれを受け取り、油断なく構える。


 贄の王が騎士団長に道を開けると、騎士団長はゆっくりとした足取りで階段を上り始める。サンはその背中に漆黒の切っ先を向けたままついていく。


 沈黙が支配したまま、サンと騎士団長は3階の一部屋にたどり着く。先に贄の王によって開け放たれたままの部屋は騎士団長の自室であるらしい。


 それほど広くない室内は粗末なベッドと机、それに本棚一つしか無く、全体的に豪奢なこの建物内にあっては珍しいと言えるだろう。


 サンがドアを開け放ったまま部屋について入る。部屋の奥、机を顎で指す騎士団長は、引き出しの一つを示しながら、サンに開けるように言う。


「……では、あなたは廊下に出てうつ伏せになっていてください」


「そういう訳にもいかない。その引き出しのまた奥の箱に隠してある。見ながらじゃないと教えられない」


「……いいでしょう。では、下がってください。そう、そこまでです」


 サンは騎士団長に背中を見せないよう位置を変えると、剣を片手に構えたまま引き出しを開け――その剣が打ち落とされる。立て続けに、刃が切っ先をサンに向けて煌めく。


「……フードを取りな、お嬢さん」


「……」


 刃は騎士団長の右足、靴底に隠されていたらしく、サンに向けられた刃とつま先は僅かほどもブレない。左足一本で立ちつつサンを睨みつける騎士団長。サンは、ゆっくりとフードを取った。


 騎士団長が目を細め、息をのむ。


「……やはり、貴女様ですか……」


「驚かないのですね。この顔を知るなら、死人のものだと分かるはずですが」


「驚きましたとも。目を疑いましたよ。ご無礼お許しを、エルザ姫様」


 サンの記憶が瞬く間に蘇る。――『エルザ』。


 それは確かに、贄とされた『彼女』の名前――。


 ふと、サンは違和感を抱く。だが、それが何なのか分からない。エルザ。エルザ……?






「さて……。姫様。約束は果たしますよ。その引き出しを開けて下さい」


「……どういうつもりです」


「俺は約束は守る男なんですよ。覚えておられませんかね」


 覚えるも何も、サンはエルザでは無いのだ。エルザとこの男は面識があったようだが……サンはそれを知らない。


 騎士団長に刃を向けられたまま、言うとおりに引き出しを開ける。その奥には小さな四角い木箱があり、それを取り出すように言われる。さらに、男の言うままに木箱の裏を回すように力を込めつつ、潰すように力を入れる。すると。


 何かが外れるような感触がして、木箱の蓋が開く。中には、折りたたまれた紙。


「それが、剣の安置場所までの地図です。下の男にもどうせお見せするでしょうし、持って言って下さって構いませんよ」


「……本当に、どういうつもりです……?」


「さて、ね。まぁ、今の姫様の命は俺のつま先一つですから、おとなしく言うとおりにしてくださいますかね」


「……いいでしょう」


「じゃあ、そのまま後ろを向いてください。一つだけ、お話しましょう」


 サンは言うとおりに後ろを向く。叩き落とされた黒い剣も向けられた刃も見えず、余計に抵抗の手段が遠のく。


「いいですか、姫様。その地図通りに進めば姫様とあの真っ黒は剣の場所にたどり着けます。見張りも何もいない、ただの洞窟です。何で野盗に持ってかれないと思います?」


「……さぁ。魔術陣でもあるのですか」


「いいえ。人の手は何も加わってない。剣がぽつんと置かれてるだけです。ただ、その剣には強力な祝福がかかってる。――闇のものは、触れることも出来ません」


「……私が、人以外に見えるのですか?」


「いいえ?見た目には人、かつてのまんまのお姿です。でも、姫様は一度お亡くなりになられている。貴女様が只人である筈は無いでしょう」


「……何が言いたいのです」


「お話は、ここまでです。さぁ、俺は刃を引きますんで、合図したら剣を持ってさっき来たみたいに下へ降りましょう。……どうぞ、振り向いてください」


 サンが言葉に従えば、騎士団長は確かに刃をどこかへ納めて廊下まで下がっていた。木箱ごと地図をポケットに仕舞い、剣を拾って突きつける。


「さて、行きましょうかね。女性のわりに準備が早くて助かりますよ姫様」


「……このまま、命を奪っても良いのですよ」


 それは怖い、とおどけて笑いながら、騎士団長は階段を下っていく。サンは剣を向けて後ろについていく。






 そのまま1階まで下りれば、階段をじっと見上げている贄の王と目が合う。大丈夫です、と意味を込めて小さく頷きかければ、その冷たい瞳がやや細められる。


「さて、お望みのもんは渡した。解放してくれ、真っ黒」


「用が済んだのなら、覚めぬ眠りにつかせてやる。……サン。後ろへ」


「はい、主様」


 すれ違う際、意味深げにサンににやりと笑いかける騎士団長だが、がくりと力を失って床に倒れこむ。贄の王が眠らせたらしい。


「無事だったな?サン」


「はい。……何事も、ありませんでした」


「そうか……。魔法で音だけでも拾おうかと思ったのだが、この男は魔術にも通じている。かえって危険かと思ったが……何も無いなら、良い」


 そう言って、贄の王は黒い刃を再び宙に浮かべ、意識を失った騎士団長に向ける。


「主様。……この男、生かしておいて頂くことは出来ませんか」


「危険なのは私でなくお前だぞ、サン。この男自身、かなりの武芸者だ。戦いになればお前では勝てん」


「それでも、お願い致します。……この男、まだ何かを知っているようですし……突然地図を渡す気になったのも気になります。お許し頂けませんか」


 贄の王は暫し迷った後、刃を消す。


「ありがとうございます、主様」


「礼は要らない……。だが、神官騎士団と教会は我々を探しに来るぞ」


「はい。肝に銘じます」


 贄の王はふーっと息をつく。そうまでも自分を心配してくれることが、サンには嬉しかった。


「少し気にかかることも言っていました。道すがら、お話します」


「分かった。では、地図を見せてくれ。転移しよう」






 やがて神官騎士団の拠点から二人は姿を消す。外に出ていた騎士の一人が戻って倒れ伏す仲間たちに気づき、揺り起こすのはそのすぐあとの事だった。






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