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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第九章 神を失くした大地
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260 強襲


 ターレルの侵攻に対し、やや出遅れる形でガリアは防衛線を構築。ターレルに対し抵抗を開始した。


 一方ターレル同様に贄捧げを行い【贄の王の呪い】を祓ったエルメアがガリアの港町を奇襲。進軍の拠点とするべく占領し、領土的野心を見せた。


 魔物の襲撃を受けて停止していたファーテル軍もラヴェイラに対し南下を再開。未だ混乱を収束出来ていなかったラヴェイラ軍を次々と破り、快進撃を続ける。


 沈黙したアッサラに対しターレルは逆侵攻を開始し、戦禍は更に拡大する。


 ラヴェイラもまた軍の再編を急ぎ、各国に対抗。同盟たるガリアと共に、戦争継続の意志を見せた。






 世界は【贄の王の呪い】によって甚大な被害を受け、かつてない大きな混乱の中に突き落とされた。


 しかし、それでもなお。


 戦争が止まる事は無かったのである。






 そして、ラヴェイラを陰から支配する贄の王は、とある一大作戦をラヴェイラ海軍に発令させる。


 その作戦は、ターレルの都を奇襲、攻略する作戦であった。


 運用される戦力は、ラヴェイラ海軍主力を集中した大艦隊及び、地上戦に投じられる陸軍歩兵軍団、そして――。


 贄の王、その人である。





















「――見えましたね」


 船の正面、水平線を越えて現れた特徴的な陸地を見て、サンは口にした。


「あぁ。直に防衛戦力が出て来るだろう。これまでと同じくに蹴散らした後は、上陸に移る」


 隣に立つ贄の王がこれまでにと言う通り、既に二度の交戦があった。


 いや、交戦などと呼ぶべきではないかもしれない。何故なら、敵船を視界に捉えるや否や、その全てを贄の王が単身沈めてしまったからだ。


 人智を越えた戦闘能力を持つ主に対し、人類の作った船など脆弱に過ぎた。彼らは砲の一発すら撃つ事無く海の藻屑と散ってしまい、戦いらしい戦いなど望むべくも無かった。


 ちなみに、その強大過ぎる力を恐れられ、味方の船だと言うのに完全に遠巻きに――隣のサンも一緒に――されている。仕方の無い話ではあろうが。


 とその時、サンが望遠鏡を覗くと、丸い視界の向こうで船が動き出した。


「来ました。敵船が動き出しています」


「あぁ、見えている。……上陸の邪魔になるな。少し引き付けよう」


 遠い陸地から、軍船がいくつも動き出す。その全てがこちらに舳先を向けて、明らかに迎撃の構えを見せている。


 彼らは自分たちの都を守るため、どこから現れたのかも分からない大艦隊相手にも臆したりはしないのだろう。素晴らしい意志だと、サンも思う。


 だからこそ、サンは一抹の哀れみを抱いた。何故なら、彼らが決死の覚悟で挑もうとする戦いの場など、存在すらしないからだ。


「そろそろだな」


 贄の王が右手を持ち上げ、まだ遠い敵船たちに向ける。


「『我乞い願う。我の前に立ちはだかりし、我が敵を穿ち貫きたまえ。――【呼び起こされし神なる槍】』」


 贄の王の右手に纏わりつくように、灰色の光と薄青の光が現れ、それは手のひらの中で収束する。やがて二つの光は真っ白な一つの光へと変じ、そして瞬くように消えた。


 すると――。


 望遠鏡を下ろしたサンの視界の遠く、音も無くそれらは現れた。


 海から高い天に向けて昇り上がったのは、あまりに巨大な水の柱だ。またそれらは例外なく、敵の船たちの中心を貫いていた。


 巨大な槍に貫き通された敵船たちは、水の柱の余波によって、ゆっくりゆっくりとバラバラに砕けていく。


 やがて水の柱が細く消えた時、形を残している敵船は一隻も無かった。みんな尽く、バラバラの木片になってしまっていた。


「――お見事です」


 無残なものである。あれでは、船員の生き残りだって居はしまい。


「造作も無い」


 二極天の大魔法という偉業を為しながらもまるで涼しい顔の贄の王は、本当に何てことも無いようにそう言った。


「これで防衛戦力も粗方片付いただろう。このまま上陸に移る」


「分かりました。そのように」


 返事をすると、サンは贄の王の指示を伝えるため艦隊指揮官の下まで向かっていく。


 もう、ターレルの都は目と鼻の先だった。





















 どどどどどどどん、と、大砲の音が雨のように打ち鳴らされる。


 やや遅れて、鉄と火の嵐が港に降り注いだ。悲鳴がいくつも上がり、砕けた石と焼けた木片が弾け飛ぶ。そこには、熱い血と焦げた肉も交っていた。


「撃ち返せェーーーーッ! 近づけるなッ! 増援が来るまで耐えるんだァーーーーッ!」


 防衛部隊の隊長が叫ぶ。彼は必死だ。何としても現存の戦力で時間を稼がねばならない。そうでなければ、彼の愛する街が。国が。家族が。


「あと少しだッ! あと少し耐えれば、神官騎士団が来てくれるッ!」


 嘘だ。そんな情報は入ってきていない。


 それでも叫ぶ。鼓舞する為に。


「諦めるなァーーーーッ! ここで我らが退けば、都は終わりだッ!」


 実際、彼はよくやっていた。突如として現れた敵の艦隊、そして嘲笑うようにあっさりと沈められた味方の船たちを前に、心の折れかけた兵士も少なくなかった。曲がりなりにも防戦の体を成しているだけ、優秀な部隊長であったろう。


 だが、どうしても。


 圧倒的に、戦力が違う。


 港の防衛機能は順調に破壊され、兵士たちが死に、また敗北が近づく。愛する故郷に、戦火が近づく。


「クソ……ッ。一体どこから現れやがったんだ……ッ!」


 敵艦隊が近づいているという報せなど何も無かった。いや、そもそもターレルの都までには何重にも引かれた防衛線があった筈なのだ。内海の支配者ラヴェイラをして、とても一息には攻め落とせない程の防衛戦力が居た筈なのだ。


 それがどうして、無傷の艦隊が突如都に現れる。


 味方はどうした。ターレルの海軍は、鍛え上げられた勇士たちは、一体どこへ行ったのか。


 当然、その答えは部隊長の中でもう出ていた。


 つい先ほど見せられた光景が全てだ。出港したばかりの八隻もの船が僅か一手で跡形も無く消えた、あの光景だ。


 みんな、あんな風に戦う事すら出来ずに沈められたに違いない。だから、敵の艦隊は無傷なのだ。


「クソ、クソ、クソ……ッ!」


 震えが走る。それは直感、いや予感だ。


 このまま自分たちは為す術無く打ち破られ、都が蹂躙されるという予感――。


 どどどどどどどん、という砲の音がまた響いた。


「伏せろォーーーーーーッ!」


 叫ぶ。


敵船の砲が自分たちの方を向いている。


煙のたなびく砲口が並んでいる。


 何か、黒い影が視界を走る。






 それが、彼の見た最期の光景だった。


 鉄と火の嵐が、降り注ぐ――。







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