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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第九章 神を失くした大地
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258 ターレル最高会議


 ターレルという国は特殊な政治形態を採っている。


 実際的にはともかく、名目上は西の聖地シシリーア城及び教皇と、東の聖地ムッスル=ア城及び大教父は国政に関与していない。宗教と政治は分離され、都の東西を問わずに選出された首相が国のトップである。


 もちろん、所詮は名目上のこと。特に【聖女】によって東都が壊滅した影響から、ターレル国政は西の宗教及びその長たる教皇によって私有化されていた。


 軍事もそうだ。本来ターレルにはターレル国軍、東西の宗教が持つそれぞれの軍からなっていたが、現在その原則は失われている。つまり、ターレル国軍と神官騎士団はほとんど同一の指揮系統で動くようになっていたのだ。


 そして今、ターレルという国を握る者たちが集い、国の行く末を話し合っていた。


 軍事から二人。ターレル国軍総帥と、神官騎士団副長。


 政治から二人。ターレル国首相と、枢機卿団代表。


 そして宗教から一人。西の宗教の長、教皇である。


 議長を務める首相の声により、会議は始まる。国の全権を持つ彼らが話し合い、また決定する事は実に多岐に渡る。


 そのうち、最初に話されるのはやはり【贄の王の呪い】の事であった。


「――今回、突然世界を襲った【贄の王の呪い】ですが、各国の状況が徐々に分かって参りました」


 首相が判明している範囲で、各国の被害状況を報告していく。エルメアの疫病、ファーテルの魔物、ラヴェイラの地割れ群、ガリアの極暑。


「子細な被害までは分かっておりません。呪いが強力すぎて、間者たちも思うように動けないでいるようです」


「わが国の落雷も、既に大きすぎる被害が出ている。一刻も早い贄捧げの儀式が必要でしょうな」


「落雷が目立ってはいるが、食糧への影響も忘れてはなりませんぞ。急加速した呪いに蝕まれ、既に大量の食糧がダメになっている。このままでは呪いを祓ったとて、国民から餓死者が出てしまう」


「何にせよ、贄捧げの儀式が最優先。問題は誰を贄に捧げるかと言う事だが」


「誰でもよかろう。とにかく急がねば」


「そういう訳にはいかんだろう。贄は尊いお役目。予備・・も今はおらん。ザーツラントが滅んだ今、新しい贄は来ない。国内から選ぶ必要があるのだから」


「そうなると、ザーツラントが滅んだのは本当に痛手でしたな。王の血が絶えた事と併せて、人類への悪影響の如何に大きいことか」


 発言した首相がちらりと教皇に目を向けた。会議の開始から未だ発言していない教皇は、首相の視線に気づいているだろうに反応しない。


 すると、首相の発言に乗って来たのは枢機卿団代表の男だった。


「しかり、しかり。本当にあってはならぬ事でした。これでは、今後【贄の王】が世界のどこから現れるか……。わが国の贄も必要です。最早、王の血の余り(・・)を贄にする事は不可能なのですから。さてさて、全くとてつもない失策でしたなぁ……」


 枢機卿団代表が教皇にねばつくような視線を向ける。


 それを察知した神官騎士団副長が、すかさず発言する。


「今は責任問題を話している場合では無いでしょう。まずは目前の問題を早々に片付けねば」


「しかしですな、副長どの。やはり上に立つ者として、周囲への示しはつけねばなりませんのでなぁ」


「それならば、ザーツラントの暴走を許したザーツラント司教にも責任がありましょう。かの御方は、代表と親しかったと思いますが」


「……確かに、枢機卿団の一人ではありますがな。特別に親しいという事はありませぬよ。そうですなぁ、彼とも話さねばなりませんなぁ」


「まぁまぁ、お二人とも。今は置いておきましょう。ひとまず、一刻も早い贄捧げの儀式が必要という点においては、全会一致としたいのですが……」


 仲裁に入った首相が教皇に水を向ける。教皇が頷けば、ひとまずその部分だけはまとまるのだ。


「……うむ。私もそう思う」


 ようやく口を開いた教皇が発した言葉はそれだけであった。首相はやや顔をしかめそうになったようだったが、とにかく議題を変える。


「では、贄の選出についてはまた後ほど時間を取るとして……。戦争について、ですか。わが国とガリア・ラヴェイラ同盟の戦争の今後について、皆々様はいかがお考えでしょう」


 真っ先に発言したのはターレル国軍総帥だった。


「好機であろう。敵国は混乱している。忌まわしいガリアも、愚かしいラヴェイラも、確実に叩けるこの機会を逃す訳にはいかん」


「しかし総帥どの。わが国の混乱もまた著しくありましょう。軍事行動は難しいのでは?」


「そんなことは無い。命令さえあれば、彼らは動く。アッハル殿が失われたのは痛いが、厄介なラヴェイラが混乱している今なら海でも勝ち得る。動かねば機を逸するだろう」


「我ら神官騎士団も、動く事は出来ましょう。無論、多少制限はされるでしょうが」


「うむ。心配は無用だ、首相。そもそも、世界がこのようになったのもガリアやラヴェイラに原因があると言える。これ以上の呪いを防ぐためにも、この戦争を勝たねばならない」


「えぇ、私もそう思います。神に剣を捧げし者として、かの国らのやり方は認められない。義をもって勝利し、誤りを正してあげなければなりません」


 国軍総帥と神官騎士団副長が口を揃えて『戦うべし』と言う。首相は少し考えるような仕草をしつつ、残る二人にも発言を促す。


「ふむ。軍事を担うお二人がそう言うのであれば、とは思いますが。代表や台下はどうお考えですか?」


「私は、そうですなぁ。まぁ、構わないのでは? 特にガリアには押し込んでいるのです。上手く行けば、国益にもなるでしょうよ」


 枢機卿団代表も賛同する。それから、全員の視線が再び教皇に集中した。


「……うむ……。贄捧げを否定するガリア、教会の導きに従わないラヴェイラ、どちらも認める訳にはいかん。聖なる戦だ。民の賛同も得られるだろう」


「と言う事は、戦争継続で全会一致ですね。後は軍部に任せる事になるでしょう。代表や台下から軍部に要望などありますか?」


「私は特に」


「台下は、如何ですか?」


「……いや、私からも特に無い」


「左様ですか。では、軍部のお二人に後をお任せします。わが国の行方、神の光が多からん事を祈っております」


「あぁ」


「お任せください」






「――さて、最後の議題となりますが……。【神託者】シックザールの扱いについて」


「戦力として数えるべきだ。個人の武勇もさることながら、何より兵士たちの士気に大きく関わる」


「私は反対ですなぁ。【神託者】には本来の役目をいい加減、果たさせるべきでしょう。特に、今このような状況になっている訳ですから」


「神官騎士団としても、シックザール様の扱いには不満があります。少なくとも、この聖なる戦の旗印とするか、魔境へ向かわせるべきです。西都に張り付けておくべきではない」


「そうですね。これは首相としてでなく個人の意見ではありますが、現状彼を有効に活用できているとは思い難い」


 国軍総帥、枢機卿団代表、神官騎士団副長、首相がみな口を揃えて【神託者】の扱いに不服を唱える。


 しかし――。


「ならん!」


 全員が口を閉じ、声の方――教皇を見やる。


「……ならん。【神託者】の使い方は変えない。このまま、西都の守りとする」


 余りに強硬な意見だ。ほか四人はそれぞれに顔を見合わせると、やはりそれぞれ意見する。


「しかしですなぁ、台下。正直疑問なのです。意味があるのですかな? 今の使い方に」


「……ある。【神託者】を西都から動かすことは、ならんのだ」


「台下。我々はその理由を以前よりお聞きしている。しかし台下は答えて下さらない。何故なのか、いい加減お答え頂きたい」


「総帥、台下に不敬でありましょう。お言葉に気を付けて下さい。……しかし、先も言ったように我々神官騎士団内でも【神託者】の扱いには疑問が多くあります。せめてその理由をお教え下されば、納得もさせられましょうが……」


「……言えぬ。しかし、これは極めて重要な事だ」


 まるで理由を答える気を見せない教皇に、面々はやや嘆息する。


「台下。それでは分かりませんよ、我々には。兵にもせず、使命を果たさせるでもない。わが国にも教会にも、なんの利益もありませんからなぁ」


「しかり。シックザールの名声にも関わる。このまま何もさせないのは、反対する」


「私は、最終的には台下のお考えに従います。しかし、騎士団員全員が私に賛同してくれるとも限りません。不満を覚えているのも、事実ではありますので」


「首相としては、これと言った発言は致しません。しかし、せめてここに居る者たちの中でさえ意思が統一出来ないというのは、少々よろしくないかと」


 しかし、教皇は目も口も閉じたまま、何も語ろうとしない。


「台下! いい加減にして頂きたいですな。何故言わないのか、言えぬなら言えぬ理由でもいい。駄々をこねるような幼稚はやめて頂きたい!」


「猊下、それは台下に向ける言葉として不敬であります!」


「黙りたまえ副長! これでは話が進まんのだよ!」


「軍としても理解出来ませぬな。何故そうまで意固地になられる、台下」


「埒が明かない。台下、【神託者】には枢機卿団から正式に命令を下しますぞ。よろしいですな!」


「それは横暴に過ぎます、猊下! 台下にもお考えがあって――」


「私は代表に賛成する。枢機卿団と国軍からの要請であれば、【神託者】も動くだろう」


「総帥まで! 我々が足並みを乱してはなりません!」


「乱しているのは台下であろう、副長。我々は――」


 かぁん! と、小さな鐘が打ち鳴らされる。すると、途端に面々は静かになった。


 それは教皇の手元から鳴った音だ。教皇が発言する時、周囲に静まるよう伝える鐘だ。


 全員が教皇に目を向ける。鼻息荒い枢機卿団代表に、静かながら頑固な空気を漂わせる国軍総帥。周囲を諫めようと必死になっている神官騎士団副長に、場を俯瞰して冷徹に眺めている首相。


 そして、教皇はその重い口を開いた。


「……これは、神の代弁者としての神聖なる命令である。皆、心して聞くように」


 全員が黙る。面々の顔には、心なしか緊張が走っていた。


「【神託者】シックザールは西都の守りとして置き続ける。理由は仔細に明かす訳にはいかぬ。何故なら、これは『神より賜いしお言葉』に関わる事だからだ」


 反応はそれぞれだ。不服を隠そうとしない者、諦めを露わにする者、胸を撫で下ろす者、静かに頷く者。


 だが、誰一人として教皇の発言に意見しようとはしなかった。


「……そういう事ならば、仕方ない。軍としては、台下を支持する」


「神官騎士団も、同じく。理由を口にされない訳も、納得しました」


「まぁ、仕方ありませんなぁ。そうなると、迂闊な事は出来ない」


「……全会一致、ですね。では、【神託者】の扱いについてはこれまで通り台下に一任致します」


 全員が重々しく頷く。心から納得した者は少なかったが、誰も教皇には反論出来ない。


 何故ならば、ここに居る誰もが知っていたからだ。


 代々の教皇にのみ知ることを許される真実がある、と。


 そしてそれは、教会ひいてはターレルの存在よりも重い、と。


 世界の守護者たる自覚のある面々にとって、『神より賜いしお言葉』には、絶対に逆らう訳にはいかなかったのだった。






 かくして、ターレルの首脳陣による会議は終わる。


 みなにそれぞれの意思はあれども、誰もが一つの意志を持っていた。


 それは、極めて単純にして明快。


 『人類に安寧を』という、願いである。







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