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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
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26 神官騎士団


 神官騎士団とは、教会の持つ常備戦力である。信仰の為に俗世での地位や名誉の全てを捨て、神の剣の一振りとしてその生涯を終える戦士たちの集まり……とされている。


 その本拠は騎士の国ファーテルに置かれ、教会の命令すら受けずに独自の軍事行動を取れる権限さえある一方で、その維持なども独自で行わねばならないために金融や土地の売買で生計を立てる必要がある。


 しかし神官騎士団に入る者の多くは経済や商業に疎い者たちだった当初、民衆からの寄進が無ければとても立ち行かない状況にあった。いつの間にか、その戦力を商品にするようになったのは必然だったのかもしれない。


 もちろん神の剣の一振りを自称する彼らが堂々と傭兵業などやる訳にはいかなかった。


 ならばどうしたかと言えば、大抵の場合は素性を隠して流れの傭兵団を騙った。またある時にはその上位組織である教会に頼み、敵を神敵とすることで堂々と討ち、寄進を頂くという形を取った。


 なおこれも必然か、教会との独立性は時の経つうちに薄れ、教会から選ばれた騎士団長を戴くようになり、名目上はともかくとしても、実質的には教会の傘下として組織的にも経済的にも縛られるようになっていった。


 商人上がりの者達がカネを握り、教会下りの者達が政治を握る。その戦力だけは変わらず俗世を捨てた貴族や民衆であったが、その世俗化は最早誰の目にも明らかだった。


 しかし『神の剣の一振り』たる名目だけは変わらなかったため、それに逆らう者は異端として処刑されてしまうなど、その乱暴さが増していってしまった。


 各国は教会から戦力を引き剥がすよりも、むしろその外部の戦力という面に目をつけ、後ろ暗い繋がりを持つばかりであった。


 勿論今は宗教が絶対の力を誇った中世では無い。


 民衆は知識と力を得て、神官騎士団は好き放題という訳にもいかなくなった。その権力と戦力は縮小する一方で、再び信仰心に拠り所を求めるのもまた、歴史の求めた必然だったのだろう。


 つまり現状の神官騎士団とは、堕落し世俗化しきった体制から再び信仰に依った宗教騎士団として生まれ変わりつつある過渡期にあるのだ。





















 サンと贄の王はファーテルの都、その宮城前広場に面した建物の傍に立っていた。


 その建物はむしろ教会に似ており、柱や扉に施された装飾は神聖性を意識されている。一方で知識ある者ならばそれが大変に金のかかった建物であることが見て取れるだろう。その建物こそが教会堕落の象徴とまで言われるようになってしまった組織、神官騎士団の本拠である。


「さて……。まずはどうするか」


「神官騎士団にとっても剣の事は隠しておきたいことならば、末端の者達は知らないでしょう。とすると、地位あるものを捕らえる必要があるかと……」


「捕らえようにも、顔も名前も分からん。情報を集めるにしても、あまり時間をかけられない……。いっそ、乗り込んでしまうか」


「乱暴なようですが、主様であれば妙案かもしれません。何せ、贄の王でいらっしゃる」


「うむ……。だが無益に人を死なせるつもりも無い。あの一番上の窓から侵入してみようか。――転移するぞ、サン」






 視界が闇に包まれ、再び晴れるとそこは何かしらの室内だった。目の前には一人の男がおり、突然現れた二人に何が起こったかと目を丸くしている。


 贄の王がすかさず腕を振ると目にも止まらぬ速さで闇が伸び、男の口と身体を縛り上げる。むぐむぐと暴れる男だが、闇は鉄よりも硬くぴくりとも動けない。


「これからお前にいくつかの質問をする。私とて無駄に殺したくはないので、素直に答えてくれるな?」


 贄の王がそう男に問いかけるも、男の方は聞いていないのか呻くだけである。


「面倒な……。仕方ない――『眠れ』」


 突然、男ががくりと意識を失う。贄の王はその男を室内の端に押し退けると、ゆっくりとドアが開く。


 サンに離れるな、とだけ言って部屋から出る。ついていくサンの目に入るのは豪勢なカーペットの引かれた廊下である。


 贄の王は手近なドアから開いていき、中を覗く。


 三つ目のドアを開けたところで人を発見する。室内は絢爛豪華なさまで、地位ある者の自室らしい。こちらに背を向けてソファにゆったりと座っているのはこの部屋の主か。


 贄の王から黒い闇が走り、座る男を捕らえる。んん!と塞がれた口で大声を上げ暴れようとする男だが、やはり闇はその身体に一切の自由を許さない。


 男の正面に回り込みながら、贄の王が低い声で脅しをかける。


「騒ぐな。死にたくなければ質問に答えろ」


 その言葉を聞くやさらに騒ぎだそうとする男。まさしく死に物狂いといった様子である。


「……主様。いきなり死を匂わせては余計暴れるのかもしれません。……私が聞いてみてもよろしいでしょうか」


「あぁ、頼めるか」


 サンは汗を垂らして暴れようとする男の顔を両手でぺたりと挟み込む。フードで見えないだろうか、と思いながらも優しく微笑みかけつつ話かける。なるべく優しい口調を心掛けながら――。


「……落ち着いてください。大丈夫。乱暴なことはしませんから」


 ふーっ、ふーっと乱れる息のまま、恐怖に見開かれた目でサンを見る男。


「……大丈夫ですよ。落ち着いて……」


 男の息がゆっくりと落ち着きを取り戻し始め、暴れようとするのをやめる。


「いくつか、お話を聞かせてもらえますか?出来れば、静かにしてくれると嬉しいのですが……」


「騒げば、命は無いと思え……。サン、続けてくれ」


 贄の王は中空に黒い刃を浮かべ、その切っ先を男に向ける。またも恐怖に取り乱しそうになる男に対し、また落ち着くよう諭すサン。


「ですから、主様。この男に脅しは逆効果のようですから……」


「む。そうか……」


 そう言うと中空の刃が消える。サンは男を落ち着かせ、贄の王に口を自由にするよう頼む。


「な、なんなんだ!助けてくれ!放してくれ!」


 また両手で頬をぺたりと挟み込みつつ、話しかけるサン。ちなみに、内心ではちょっと苛立ち始めている。


「だから、大丈夫。話してくれれば、主様も乱暴はしません」


「話す!なんでも話すから!放してくれぇ!」


「……やかましいな。大声の出せぬように……」


「もう、主様。また怖がってしまいますから」


「ええい、面倒な……」


 少なくともサンには話が通じると思ったか、男は落ち着きを大分取り戻す。その目は恐怖の色に染まったままだったが。


「……じゃあ、聞かせて下さい。あなたは、この建物で偉い人ですか?」


「あ、あぁ……そうだ。私は神官騎士団の総会計だ。殺せば、神官騎士団に追われるんだ。だから、もう……」


「分かりました。なるべく早く終わらせますから。……じゃあ、【神託の剣】とは何か知っていますか?」


「な、なんだそれは。知らない、分からない」


「……あれ、知りませんか?【神託の剣】、ですよ」


「知らない!そんなもの本当に知らない!」


「嘘をつくな。指でも落とせば本当のことを言うか?」


「し、知らないんだ!本当だ!私は分からないんだ!」


「……主様。私には、本当に知らないように見えます」


「そうだな……」


 用済みか、と続けようとする主を遮りつつ、サンは尋問を続ける。


「じゃあ、誰なら知っていますか?神官騎士団にとって、とっても大切な物のはずなんです」


「き、騎士団長だ。騎士団長ならきっと知っている!」


「騎士団長さん、ですね。どんな方ですか?」


「白髪で、髭がある。下の集会場で酒でも飲んでる筈だ。それだけだ、見れば分かる!」


「……分かりました。主様、もう充分だと思います」


 分かった、と贄の王が言えば闇が再び男の口を塞ぐ。


「さて、どうする。始末してしまった方が、目撃者は減る」


「私としては、どちらでも……。主様の望むままに」


 その言葉で悪い想像でもしたか、男がくぐもった悲鳴を上げる。と、がくりと意識を失う。贄の王が眠らせたらしい。闇が解けると、ぐたりとソファに倒れこむ。


「……尋問とは、性に合わん。お前がいて助かったな、サン」


「ありがとうございます。お役に立てて嬉しいです。……さて、騎士団長ということでしたが」


「探しに行かねばな……。集会所と言ったか。人の多い場所か……また面倒な」


 心底面倒と言った感じの主を宥めつつ部屋の外へ行こうとするサン。しかし、それを贄の王が止める。後ろにいろ、と。


「私であれば傷一つつけられようも無いが、お前は違う。敵地で危険な真似はするな」


「……申し訳ありません。出過ぎた真似を致しました……」


「いや、いい。では行くぞ」






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