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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第九章 神を失くした大地
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255 何度でも


 サンは魔境の城へ【転移】で帰還すると、贄の王の下へ走った。


 濡れた衣服を着替える事すら忘れて、大慌てで主を探す。


 果たして、謁見の間にその姿を見つけたサンは、深い安堵を覚えながら贄の王に駆け寄った。


「主様!」


「サン! 無事だったか!」


 贄の王は謁見の間の最奥、【贄の王座】に座っていた。サンはその傍らまで辿り着くと、肩で息をしながら質問を投げかける。


「主様、内海で、【贄の王の呪い】が……」


「あぁ。だが内海だけでは無い。この大地の上、全てだ。北土もガリアもアッサラも、全て」


「そんな。一体、何が……?」


「分からん。突如として、内海を中心に“闇”が広がった。大地が急速に“闇”に包まれ、結果として世界中が今まさに【贄の王の呪い】に蝕まれている」


「内海から……」


「聞かせてくれ、サン。内海に居たのだろう? 一体、何があった?」


 そう言われて、サンは記憶にある全てをそのまま語った。


 ラヴェイラ海軍に同行したこと。敵の船団を発見し、敵が大魔法を使おうとしたこと。それを見て、サンも大魔法で対抗しようとしたこと。何故か魔法は発動せず、爆発的に広がった魔力光に呑まれて意識を失ったこと。眠る【龍】の夢を見たこと――。


「待て。【龍】だと?」


「は、はい。夢だったと思うのですが……。深い水の底で、眠っている【龍】を見ました」


「……お前と敵が使おうとした大魔法はそれぞれ【凪】、【水龍の息吹】、【海亡】だったな?」


「恐らく。魔力光の組み合わせから予想しただけですが……」


「【龍】が三つ。【精霊】と【星】が一つ。広がった魔力光は水龍のもの……」


「何か、お分かりになりますか?」


「いや……。だが、【龍】の夢を見た事、異常を引き起こした光が水龍のものだった事、偶然とは思えん。お前が見たものは、本当に夢だったのか?」


「正直、良く分かっていません……。深い水の底に沈んでいって、そこで眠る【龍】を見て……。それから、シャーと名乗る女の子の記憶を見て……」


「シャー? 誰だ、それは」


「それも、良くは……。ただ、シャーという女の子と【龍】が会話している記憶でした」


「記憶……」


 サンは意識を失っている間に見たものをもう一度初めから話す。贄の王はその間、疑問を挟まずに静かに聞いてくれた。


「シャーなる少女の記憶。海底の【龍】。光と、【龍】の下から噴き出した“闇”……」


「……」


「サン。恐らくだが――それは夢では無い。お前は真実、【龍】を見たのだ。正直、信じがたいが……。余りに状況が示唆的過ぎる。お前たちの大魔法が【龍】に異常を引き起こし、【龍】の抑えていた“闇”が大地に漏れた。それらが何を意味するのかは分からんが……」


「し、真実って……。【龍】なんてものが実在するのですか? あの、内海の底に?」


「見たのだろう? ならば、それが真実のはずだ」


 それは、確かにそうだ。


 だけれど、それでも信じ難い。【龍】などというものが本当に、この大地に存在するというのか。


「全てが分かった訳では無いが、少なくとも事態の原因は分かった。次は、各地の状況を把握しなければならん。だが、私は動けない。代わりに行ってくれるか、サン」


「わ、分かりました。【転移】で各地を直接見て参ります。今しばらくお待ちください」


「あぁ。頼んだ」


 贄の王はそう言うと、サンに向かって手をかざす。すると、濡れていたサンの衣服がすっかりと乾いた。権能の力だろう。


「ありがとうございます、主様」


「構わん」


「では、直ちに」


 サンは主に向かって礼をすると、早速とばかりに【転移】を発動する。


 まずは、ラヴェイラから状況を見に行く事にした。





















 エルメア。原因不明の奇病が大流行し、死者多数。病は異常な速度で感染、発症し、最悪は発症直後にそのまま死に至る。議会と医師会を中心に対処しようとしているが、未だ有効な手立ては発見されていない。


 ファーテル。唐突に現れた魔物たちの襲撃を受け、いくつもの街が壊滅。ファーテル軍と神官騎士団が共同して、魔物たちと交戦している最中である。被害規模は不明で、収束は未だ見えない。


 ラヴェイラ。各地に発生した複数の地割れ、及び誘発された地震によって被害は甚大。特に巨大な地割れが発生した都は、完全に機能を停止している。死者や被害規模は不明。地割れの二次被害は広がっているものの、幸いにして新たな災害は発生していない。


 ガリア。ガリアの都パトソマイアを中心として、気温が異常に上昇。同時に水という水が涸れてしまい、大量の死者が出ている。人や家畜の血、果てには汚水で渇きを癒そうとする者まで現れ、疫病などの二次的災害が予想される。


 ターレル。国全域を覆う暗雲から、絶え間無く落雷が降り注いでいる。教会が主導で事態を収束させようとしているが、場所を選ばない落雷の雨から逃れる術がなく、民衆は完全にパニックを引き起こしている。都市機能の大半が停止し、被害規模は全くの不明。


 またこれ以外の土地でも災害や疫病が多数見られ、大地上の各地から完全に平穏が失われている。


 なお、これら全ての土地で、極めて深刻な【贄の王の呪い】に侵されている事が判明している。


 より正確に言えば、これら全ての災厄は【贄の王の呪い】によって引き起こされているものだ。






「……惨いな」


 サンの報告を聞き終えて、贄の王がペンを置きながらそう呟く。贄の王をして、何を口にすればいいのか分からない様子だった。


「……はい」


 サンもまた、言葉が出てこない。各地で目にしてきた惨状の数々が、まだ脳裏に焼き付いて離れないのだ。


 病や渇きに苦しみながら死んでいく人々の顔。荒れる大地や天によって、瓦礫の海へと変えられてしまった街々。嘲笑うように人を弄び、死と恐怖を振りまく魔物たち。


 陰った大空が。腐った大地が。毒を吐く大海が。呪いに侵された世界が。そして、余りにも簡単に命を散らす死者たちの悲哀と怨嗟が。


 まだ、サンの記憶から薄れてくれないのだ。


「……私が」


ぽつりと呟く。


サンには、一つの懸念があった。


「私が、引き起こしてしまったのでしょうか」


 それは、自分こそが原因なのではないか、というものだ。


「サン――」


「私が、無茶にも大魔法の対抗なんてしようとしたから……?」


 あの時、自分が。


 もっと違う行動を選択していれば、この悲劇は起こらなかったのではないか。


 大地中が突如として【贄の王の呪い】に侵されたのは、サンに責任の一端があるのではないか。


「私が、あの時――」


「それは違う、サン」


 うわ言のような言葉を、贄の王に遮られる。いつの間にか俯いていた顔を少し上げて、主の顔を見た。


「お前に責任など無い。たまたま切っ掛けの一つがお前だったというだけの事だ。気に病む必要は無い」


「でも――」


「そもターレル側が二つの大魔法を使おうなどという愚行を犯した事が発端。お前は、その場に居合わせてしまっただけだ」


「主様……」


「これは私の推測だが、今回の事態を引き起こした要因は三つある。一つ、同じ場所で二つの大魔法が同時に発動されようとした事。二つ、それらがどちらも【龍】に属する“水”の魔法であった事。三つ、その場所が眠る【龍】そのものの直上だった事。これらが不幸に噛み合った結果、【龍】に異常を招いてしまったのだ。お前がその場に居なくとも、同じ事態になっていた可能性は高い」


 だから、気に病むだけ無意味だ、と。贄の王はサンにそう言ってくれた。


 贄の王の言うことが本当かは分からない。あるいは、サンを慰める為の嘘だったかもしれない。


 だが、贄の王がそんな風に言ってくれた事が嬉しかった。主が自分を気遣ってくれた、その事実がサンの気を紛らわせてくれる。


 ――そうだ。気に病んでいても仕方がない。


 過去とは過ぎて去ったもの。二度と取り戻せはしないもの。


 もしこれがサンの罪だとしても、落ち込むだけでは何にもならない。


 サンは確かめるように長い息を吐くと、はっきりと顔を上げて贄の王を見る。その瞳を見返して、もう大丈夫だと伝えてみせる。


「ありがとうございます。主様」


 自分の罪かもしれない、という懸念が完全に消えた訳では無い。それでも、その心は次に目を向けようという強さを取り戻していた。






 そして、ふと思った。


 こんなにも、この人は自分を強くしてくれる。自分の弱さを受け止め、強さを与え、そして導いてくれる。


 ――私は、やっぱり。


 この人の事が好きだ、と思った。


 主として、人として。この人の事が好きなのだ。


 共に在りたいと思う。この人の為ならば、どんなことだって出来ると思う。


 我と我が身を捧げよう。忠義と愛の誓いを立てよう。


 例え世界の全てを捨てるとしても、この人のためだけに在ろう。


 何故ならば――。


 ――あなたの事が、好きだから。






 ――私の名前は、サンタンカ。あなたがくれた、私の名前。


 ――あなたが私に全てをくれた。だから私は、全てをあなたに捧げよう。


 ――私こそは、贄の王のたった一人の従者にして眷属。そして、この人を愛する一人の女。


 ――だから誓う。何度でも誓う。


 ――あなたに、尽くす。例え、世界を相手に戦うとしても。






 ――愛しています。主様。







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