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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第九章 神を失くした大地
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253 夢のあと


 ゆらり、ゆらり、揺れている。


 サンがゆっくりと目を開くと、酷く陰った太陽が見えた。


 それから、薄暗くくすんだ青空も見える。雲は無いが、浮かんでいたならきっと灰色だったろう。


 ”闇“に蝕まれ、穢れてしまった大空。


 何という事も無い、見慣れた魔境の空だ。


 にゃあ、にゃあ、という猫に似た海鳥の声が耳に入る。一つでは無くて、海鳥はたくさんいるみたいだった。


 ゆらり、ゆらり、揺られている。


 サンはぼんやりとする頭を振り払うように仰向けの身体を起こそうとしたけれど、地面がぐらぐらと不安定に揺れるせいで、上手く起き上がれない。


 仕方ないので、顔だけを横に向けてみた。


 すると、波の穏やかな水面が広がっている。水面は大きくゆったりと上下していて、波の向こうには遠く地平が見えた。


「……ん、ぅうん……」


 サンはぐっしょりと濡れて重い身体とぐらぐら揺れる地面に苦労しながら、何とか上体を起こした。


 辺りを見回す。


 そこは、広大な海原の只中だった。


 サンはちょうどベッド位の木片に寝かされていて、周囲にも大小様々に似たような木片が浮いている。


 いや、良く見ると木片だけでは無かった。布や樽、木箱、衣服や瓶。それから――人。


 サンはぎょっとしてそちらを凝視する。だが、何度見てもそれは人だ。うつ伏せに似た格好で、背中だけを水上に出して、波に揺られている。来ているのはターレル海軍の青い水兵服。


 どう見ても、生きてはいない。


 サンは慌てて再び周囲を見回す。もう、頭はぼんやりなどしていなかった。


 そこは広い海原の只中に広がる、ゴミ溜めのような場所だった。無数の木片――船の残骸たちが浮いていて、そこにはちぎれた帆やら砕けた樽やら、それからいくつもの人の死体が交って揺られている。海鳥たちは、人の死体や散らばった食料に集っていたのだ。


「いったい、何が……」


 困惑しながら、サンは自分の状態も確認する。


 サンが乗っているのは割れて砕けた船の残骸の一つ。サンの身体は今まさに水から引き上げられたかのようにぐっしょりと濡れきっていて、濡れた髪からはまだ水滴がぽたぽたと落ちている。


 サンは記憶を辿る。


 敵が大魔法を使おうとして、それに対抗しようと自分も大魔法を発動しようとした。だが、何か異常な反応を引き起こして魔法が発現せず、爆発的に魔力光が膨れ上がって――覚えているのはそこまでだ。


 そして――。


 サンはハッとして海を見下ろす。どこまでも深い水の向こうは、当然見通せなどしない。


 だけど、そこに何かの気配を感じたような気がしたのだ。


 気のせいかもしれない。いや、きっと気のせいだ。


 おかしな夢を見たせいで、そんな気がするだけだ。


 この水の遥か底に、【龍】が眠っているなどと。


 本当に、おかしな――。


「――夢。……夢の、はず」


 そう呟く。だが、どうして声は不安げで、まるで自分に言い聞かせているかのようだ。


 ふるふると首を振って、考えを追い払う。それよりも、状況を把握しなければ。


 ラヴェイラの艦隊はどうなった? ターレルの船団は、戦いは始まった? いや、そもそもあの大魔法が引き起こした光は?


 “闇”の魔法【飛翔】を発動して、サンはふわりと空中に浮かびあがる。上下する波よりも高く、やがて水平線を見通せる高さまで上がる。


 しかし、辺りにはどこまでも船の残骸が漂っているだけで、船も軍も見えなかった。


 ――私はどれくらい意識を失っていた?


 サンは空を見上げ、太陽の位置から時間の経過を計ろうとする。


 ()()()()()()太陽はそれほど大きく傾きを変えている訳では無かった。つまり、サンが意識を失ってからそれほど長い時間は過ぎていない。


 だが、それならば、サンの視界のどこかに味方か敵の船が見えているはずでは無いか。そんなものは、どこを見回しても影も形も無い。


「……船が、残っていれば」


 恐ろしく、かつ最も真実味を帯びている想像を呟いた。


 あの大魔法が引き起こした光が何だったのかは分からない。だが、この周囲に漂っている残骸たちがサンの乗っていた船の成れの果てならば。もし敵味方全ての船が、こんな風にバラバラになって漂っているとすれば。


 船がどこにも残っていないのは、不思議でも何でも無い話になる。


「本当に、何が起こったの……?」


 サンは困惑しながら空を仰いだ。見慣れ切った、“闇”に侵されきった空がどこまでも広がっていて、サンの事をじっと見下ろしている。


 そこで、サンは新しい異常に気づいた。


 陰った太陽、くすんだ青空、灰色の雲。それらは見慣れた魔境の空と同じもの。“闇”に侵されて、“光”を失った大空の姿。


 じわ、じわ、と。


 サンの心を、何か、とてつもなく大きな何かが蝕み始める。


 サンはその何かの正体が分からなくて、戸惑った。


 戸惑いながら、疑問を口にした。


「ここは、()()()()()()のに……」






 ところで、サンが思い当たらなかった、心を蝕む何かの正体。


 それには、恐怖という名前がついていた。







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