248 大魔法部隊
向かい合うサンと六人のターレル兵。
互いの実力を計り終えた両者、次なる動きを先に見せたのはサンだった。
無詠唱“炎”の魔法で火球を形成、ターレル兵たちに向けて放つ。同時に、もう片方の手で“水”の魔法を準備する。
ターレル兵たちは反撃するように六人全員で水弾をサンに向けて放ち、三人と三人に分かれて左右へ走り出すとサンの火球から逃れた。
「――『【水鬼鞭】』!」
サンが準備していた“水”の魔法を詠唱省略で発動。撃ち出された六発の水弾を一気に“水”の鞭で打ち払い、そのまま右に走った三人へ向けて振るう。
すると、向けられた三人が“土”の魔法で砂の壁を作り出し、サンの【水鬼鞭】を防御した。水と砂が正面から勢いよく衝突し、凄まじい破裂音を辺りに響かせる。
その破裂音が鳴り止むより早く、サンは空いた手で次なる魔法を発動。
「『【風天蓋】』」
左右に分かれたうち、左へ走った三人がちょうどのタイミングで“風”の魔法【嵐風牙】を撃ち、サンの【風天蓋】に防御された。
見事敵の攻撃への読みを当てたサンが、再び攻め手に回ることになる。
「『青界の火、大いなる火球、ここに分かたれ、その断片を爆ぜさせん』――」
サンの左手に灯った深紅の魔力光を見て、左側の三人は慌てた様子で詠唱を開始した。恐らく、“水”の魔法で対抗するつもりだろう。
――防御ごと、打ち破る!
「――『【天片滅火】』!」
ターレル兵の眼前で、【天片滅火】による大爆発が炸裂する。【天片滅火】の威力は強力だ。生半可な防御ぐらいなら突き破ってしまえるが、サンはその効果を見届ける訳にはいかない。
右側に走り抜けた残り三人の魔法が迫っているからだ。
「『【憤怒の城拳】』!」
サンの足下から砂が破裂し、大きな噴水のように砂が噴き出される。【憤怒の城拳】はサンに向かっていた“炎”の蛇【火炎餓蛇】を一呑みにし、その姿を包み隠してしまう。
砂の中で火は燃え続けられない。それは魔法で生み出された火とて同じ。
結果、ターレル兵の放った【火炎餓蛇】はサンに届かず消滅してしまった。
対抗魔術の成功を確認し、サンは先ほど【天片滅火】を撃ち込んだ左へ振り返る。これで撃破出来ていればいい、と思っていたが――。
――流石に、そうはいかないか。
【天片滅火】に対する防御はある程度成功したらしく、左側の三人は健在だった。多少火傷が見えるが、戦闘不能にはまだ遠い。
彼らが何かしらの詠唱を開始する。それはやはり、集団魔術の予兆。恐らく、個々ではサンと戦える魔術に届かないのだろう。
そして詠唱を省略出来るサンの方が、同格の魔法を放つのは早い。
左側三人の手元から、“雷”を示す紫色の魔力光が放たれるのを見て、サンも同じく“雷”の魔法を準備、詠唱を開始する。
「『切り裂き、貫き、穿ちて、砕け。万象最も疾きもの! ――【是雷風相】!』」
ターレル兵の魔法とサンの魔法の発動は、全く同時。一条の紫電と、【是雷風相】の網目のように細く広がる紫電が空中に走った。
二つの紫電は空中で繋がり合って打ち消し合い、いずれも本来の攻撃を相手に向ける事が出来ない。
そこへすかさず、一陣の風が走り抜けた。
サンの魔法、【嵐風牙】である。
それは、ターレル兵三人の内一人の腹を深く裂き貫くのだった。
「――クソッ! 化け物がッ!」
金髪の少女の放った“風”の魔法が部下の腹を貫くのを見て、イスロは思わずそう毒づいていた。
「イスロ隊長! さっきのは【是雷風相】です! あの女、詠唱を半分以上省略してやがる!」
「【嵐風牙】に至っては完全省略かと! 信じられない!」
それはつまり、短詠唱の完全省略や普通詠唱の部分省略を当たり前に使っているという意味だ。
「向こうが二人じゃ持たない! 合流する! いいか、合わせろ! 『貫き通して焼き尽くす――』」
イスロは少女の気を引くように、大声で詠唱を開始。部下と詠唱を合わせ、集団魔術を発動する。
「「――『握るは騎士にあって騎士にあらず。形成す魔、それは形無き鋼鉄の槍。現にあらざる鋼の矢じり。火よ、我は命ず! ――【赤の弓放たれり】』!」」
炎の大矢が発現し、少女に向かって放たれる。
しかし、既に振り向いていた少女は焦った様子も無く短く魔法名を唱えると、空中に水の盾を浮かべて大矢を待ち構えた。
【赤の弓放たれり】と少女の【清流盾】がぶつかる。真っ白な蒸気が爆発するように広がり、そのぶつかり合いの激しさをこれでもかと主張する。
少女には届くまい。
しかし、それでいいのだ。イスロ達の狙いは少女を挟んで反対に位置する部下と合流する事だからだ。
走る、走る。白い蒸気に身が隠れている事を願いながら、一直線に少女の向こう、部下たちの下へ。
やがてイスロ達が少女のすぐ傍まで迫る頃、蒸気が晴れて健在なままの少女が見える。
少女はイスロ達が自分目掛けて駆け寄ってきているように見えたのだろう。やや驚きに目を見開きながら、“炎”の魔法を展開して自分を包み込んだ。
「今の内だ! 行け行け行けェ!」
少女がイスロ達の狙いを勘違いしている間に、イスロ達は少女を包む炎の脇を走り抜ける。そして、何とか反対の部下の下まで辿り着いた。
「イスロ隊長! 申し訳ありません……!」
反対の三人のうち、指揮をしていた副隊長がそう謝罪してくる。イスロはそれに応えず、腹をやられた部下の容態を確認させた。
「シュクマは生きてるか!?」
「まだ生きてます! しかし、すぐに治療しなければ!」
「よし、タアキ! シュクマを担いで撤退しろ! 先に落とされた二人の回収も頼む!」
「しかし――いえ、了解! 撤退します!」
イスロの部隊は本来八人だ。少女の魔法によって三人が戦闘不能――最悪は死――に追いやられ、一人を救助に出す。よって、これで半分の四人になってしまった。
「クソッ……。調査に来たのは失敗だった……ッ!」
イスロ達は自分たちが行使した大魔法【星呑み】に対抗された事に驚き、それを為した敵の魔法戦力を調査する為にわざわざ前に出てきたのだ。
「大魔法の対抗なんて馬鹿げた事をやりやがったのは絶対にあの女だ! 貴様ら! 何としても討ち取れ!」
「「ハッ!!」」
既に消えた炎の熱で揺らめく砂上、金髪の少女が、じっとイスロ達を観察している。
イスロは、激しく燃え上がる憎悪を込めて、少女を睨み返すのだった。
部隊長と思しき男に激しく睨みつけられながら、サンは次の手を考えていた。
状況から考えるに、恐らくではあるが、この部隊こそガリアを苦しめてきた『大魔法部隊』では無いだろうか。
そうだとすると、ここで彼らを逃すのはマズい。出来れば、ここで撃破しておきたいというのが本音だ。
しかし、サンの方もそろそろ余裕が無くなってきている。
仮にも大魔法を使っているのだ。このまま戦闘が長引けば、スタミナ切れを起こす恐れは低くない。
戦いを継続するならば権能を使う事も考慮に入れた上で早期決着をつける必要がある。また、彼らの防御を破る為にはそれなりに強力な魔法を使わねばならない事も忘れてはならないだろう。
敵の様子を見るに、どう見てもサンを逃がすつもりが無いのも辛いところだ。
――さて、どうするのがいいかな……。
と、サンが考えていた時だった。
サンとターレル兵が睨み合っている、巨大な砂山の頂上部分は抉れたクレーター状になっている。そのクレーターの一方向から、白い軍服の男たちが現れたのだ。
それはガリアの兵士たち。元々サンと共に行軍していた者たちのうち、無事な兵たちが戦いの音を聞きつけてやってきたのだ。
彼らは青い軍服のターレル兵、それと睨み合っているサンを見て、すぐに状況を把握したらしい。口々に何事か言いつつ、銃を手にサンの下へ駆け寄ろうとしてきた。
だが、それは悪手なのだ。
ターレル兵たちとサンが即座に魔法を詠唱し始める。ターレル兵の魔法は“炎”、サンの魔法は“水”。
「『魔を導きて、青き空を乞い願う。天空包みし果てなき水球、大地にその雫を落としたまえ。守れ、守りて愛し、愛して包め。我らは空の愛し子なれば、我らは海の愛し子なれば。――【空の青球】!』」
サンが魔法を完成させると、巨大な水のドームがサンとガリア兵たちを包み込んだ。
――その直後。
極めて広範な爆発が起こり、サンたちを包む水のドームの向こうの景色を真っ赤に染め上げた。
爆炎は長く、長く揺らめいていた。ガリア兵たちを守るため、サンは【空の青球】を解く事が出来ないまま時間が過ぎた。
やがて爆炎が消え、サンが展開していた水のドームもまた消える。
その後に、大魔法部隊と思しきターレル兵たちの姿は影も形も無かった。
「逃げられた……」
困惑しているガリア兵たちに囲まれて、サンは一人そう呟くしか無かったのだった。
イスロ達は無事に味方の陣まで撤退する事に成功した。
「……」
しかし、それは部隊の全員で、では無かった。
「……」
例の金髪の少女との交戦により、イスロの部下は二人が死亡。一人が重傷を負い戦線離脱。八人いた筈の部隊は、五人にまで減ってしまった。
「……」
失態だ。
このところイスロ達は大魔法部隊として活躍していたと言うのに。
「あの、イスロ隊長……」
「……」
今回も間抜けに行軍するガリア軍を大魔法で駆逐するだけの任務だったと言うのに。
「……クソッ」
失態だ。
大魔法に対抗されたという事実からして大きな問題だった。故に、せめてそれを為した敵魔法戦力を調査しようとした。
それが、失敗だった。
「クソッ、クソッ、クソッ」
大魔法は、極めて大きな破壊力を持つ代わりに、通常の魔法とは隔絶した難易度を誇る。ターレルが誇る神聖魔法部隊の隊員であっても、一人一発が限度。更に、使えて一種類だ。
集団魔術による大魔法を可能にし、更に複数の種類を扱え、大魔法を放った後にも多少の戦闘能力を残す事さえ出来る。イスロ率いる部隊は、魔法戦力としてターレル最高峰の一角で間違いないのだ。
「クソがァッ!」
その輝かしい戦績に、傷がついた。
ほとんど素人だった所から育て上げた部下を失った。
撤退にさえ、追い込まれた。
「……あの女」
全てはあの金髪の少女によるものだ。状況からして、イスロ達の大魔法に対抗するという信じがたい事を成し遂げたのもあの少女で間違いない。
ターレル最強の一角、世界最強の魔法部隊。そう自負していたイスロのプライドは既にズタズタだった。
「……次に見えた時は、絶対に殺す」
大魔法の集団魔術など行えるのは広い大地の上でも自分達だけと言っていいはずだとイスロは思っている。
故に、大魔法に対抗するほどの凄まじい魔法使いが存在し、それが個人である事は間違いないと思った。
大魔法を放った後に戦闘能力を維持出来ている魔法使いなど居る訳が無いと思った。
好機だと思ったのだ。大魔法を使う程の敵魔法戦力を楽に討ち取れると思った。
大きな戦果だと思ったのに。
「生意気な女がッ! この俺たちを馬鹿にしやがってッ! 次に会ってみろ、奇麗なまま帰れると思うなよッ!!」
返してもらわねばならない。
イスロが本来手にしていた筈の戦果を。
イスロが本来手にしていた筈の栄光を。
イスロが本来手にしていた筈の勝利を。
あの少女から。
「……絶対に、絶対にッ! 殺してやるぞ、あの女ァーーーーーーッ!!」




