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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
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25 宿命の都ファーテル


 ――ファーテル。


 歴史ある古い大国であり、その成り立ちと精強な軍隊から『戦士の国』、『騎士の国』と呼ばれる。高い石造りの家々が囲む大通りは広く、常に大量の馬車が行き交う。北土山脈から吹き下ろす風のために、夏でも涼しい土地であるが、同時に実りの少ない過酷な大地でもある。


 ファーテルの人々は痩せた大地で飢え、北土山脈から下ってくる魔物たちに襲われ、なおこの土地にしがみつく。それは騎士としてのプライドか、民族としての土地愛か。過酷な土地で生きる人々は自然勤勉に育ち、“戦士”としての己らを誇って日々歌う。


 我らこそ、世界に輝くファーテルの騎士。我らこそ、大陸の覇者ファーテルの戦士――。


 だが彼らは知らないのだ。その原初の誇りを、忘れて久しくあるということを。






 ファーテルの都に、二人の人影があった。一人は長身の男であり、黒い髪と服のせいで全身黒づくめと言った様である。もう一人はそれに付き従う女性らしき者。真夏だというのに肌の一切出ない服を纏い、深いフードで顔を隠している。


 二人はその怪しげな風体からやや人目を引いているが、それに意も介さず通りを歩んでいた。


「サン、どうだ。久々の故郷だろう」


「そう言われましても、特に思い入れもありませんので……」


「そうか、まぁ……私も似たようなものだな」


「私の場合、あまり館から出なかったこともあるかもしれません。街並みを歩くなど、滅多に無かったので……」


「なるほどな。もとは貴族の令嬢だったか……そういう事も珍しくはなかろうな」


 貴族令嬢だった為では無く疎まれていた為で本質的に別の問題なのだが、サンは特に訂正もしない。好んで語るような話とも思わないからだった。


 二人は美しく区画整理された通りを行く。


 道脇に立つ鉄の柱のようなものはガス灯と呼ばれるもので、世界でもエルメアとファーテルにしか無いのではないか、という都市技術の代物だ。


 発達した技術と経済が発達させた都は、古い街特有の伝統を色濃く残しながらも、現代の先進を行く都市でもあるのだ。


 隣を歩く彼女の主もファーテルの都は初めてらしいので、時折興味深げに周囲を見渡している。時折サンに「あれは何か」などと聞いてくるので、サンも実は詳しく無い身ながら必死に答える。主の質問には適切に答えるのが優れた従者なのだ。多分。






 緩やかに観光気分で歩きながらやがて目的地に到達する。


 そこはファーテルで最も大きい教会であり、単に大聖堂と呼ばれる建物である。リーフェンにあった鉄の駅には及ばないまでもやはり巨大な建築物であり、恐るべきはこれが数百年前の建物らしいことか。


 柱や扉を飾る装飾は古びていながら美しく、神聖さを感じるように計算され尽くした採光は教会の中に現世とは別世界のような荘厳さを生み出し、正面の祭壇に向かって歩くうち、信徒らは自然高められた信仰心のままに祭壇に向かって祈りを捧げるのだ。


 とはいえ、所詮はただの建物であるらしく、その大敵である【贄の王】とその眷属が入り込んでも全く何の影響も無かった。ここへ来たのは当然【神託の剣】の在り処を探るヒントを求めての事であり、敬虔さの欠片もない二人は祈りを捧げるフリさえせずに中を見て歩く。


「……外れ、でしょうか」


「……そのようだ。期待外れと言うまでもないが、ここに剣のヒントは無さそうだ」


 特に残念そうにも見えないのは初めから期待していなかった為だろう。二人はさっさと大聖堂を後にする。


「建築に興味は特に無かったが、こうして見てみると存外面白いものだな。暇な時に学んでみようか……」


「建築、は私も詳しくありませんね……。これほど大きな建物を維持出来ているのは凄いと思うのですが」


「計算されつくした幾何学的美しさがある。天井のアーチで重い天蓋を支えているのだろうな。重力を見事に分散させているのだ」


「はぁ……。なるほど……?」


「……お前には響かなかったか、まぁ仕方ない」


 どことなく残念そうな贄の王である。






「それはそれとしても、次はどこへ参りましょう、主様。やはり神官騎士団の本拠が本命だと思うのですが」


「それはそうだが、最悪は神官騎士団相手に荒事をする必要がある。最後だろうな。……サン、あの店は何だ……?」


「えぇと、あれは恐らく武具を扱う店かと……」


「武具か。確かにファーテルでは現代らしくもなく武装しているものが目立つな……。流石に、戦士の国というわけか?」


「私としては、エルメアで剣や槍を抜き身で持つのが犯罪だと聞いて驚きましたが……。犯罪が起きた時、どのように身を守るのでしょうか……」


「ファーテルらしい考え方だが、そもそも武具が無ければ危険な犯罪が起こらないという考え方もあるのだ。最初から起きなければ、身を守る必要も無いという訳だな」


「なるほど……。確かに、武具が無ければ犯罪の起こしようも無いのかもしれません。しかし魔法使いであれば話は別だと思うのですが、どうなのでしょう」


「他国では魔法使いは厳密に管理しているところが多いようだな。エルメアや、ラツアでもそうだった」


「何と言いますか、色々なやり方があるのですね……」


「それは当然だ。ふむ……武具か」


 何かを思いついたらしい贄の王は口を閉じ、思案にふける。サンとしては、結局どこへ案内すれば良いのか分からないまま歩いているのが気がかりで仕方ないのだが。






 とりあえず近場にある他の教会にでも案内しようか、と考えていると主の足が止まる。


「主様? 如何なさいましたか」


「……」


 答えず、沈黙する贄の王。その目は、どこか遠い場所へ向けられている。その顔は険しく、サンをして声をかけ直すことを躊躇わせた。


贄の王の口が声を出さないまま何事か呟く。サンには分からなかったが、贄の王はこう呟いたのだ。「ここにいるのか」と。


 常に余裕の雰囲気を纏う主の珍しい姿に緊張しつつ、サンは静かに待つ。時間にすれば5分ほども無かっただろうか、ゆっくりとサンに視線を合わせ、贄の王が険しさを解く。


「すまない。……行くとしよう」


「はい。……ぁ」


 主様、と続けようとしてやめる。何が起こったのか分からないが、主が口にする気が無いのであれば問わない方が良いのか、と考えたからだ。


「いいえ、何でもありません。……どちらに案内しましょうか、主様」


「そうだな……。なら、神官騎士団の拠点へ行くとしよう――」


 そこは最後と言った気がしたが、気移りでもしたのだろうか。それとも、何か急ぐ理由でも出来たのか――。疑問を飲み込んでサンは案内を始める。それは、()()()の広場に向かっていた。





















 二人の姿は次に都の北端近く、宮城を臨む広場にあった。サンの拳は自然、強く握りしめられる。


 ――そこは、『彼女』の最期の場所だったからだ。


 厚い城門を正面に、広場の中央にはあの日の棺は無い。儀式の為にどこからか持って来られたものだったらしい。


 人々は広場を行き交う。その足元に誰の血が流れたのかなど、欠片も興味が無いように。


 ある者は無表情に、ある者は嬉し気に、ある者は沈みこんだように。ベンチには仰向けで眠る男。花々を売る女に、駆け回って遊ぶ子供たち。風は涼やかで穏やかに。雲は高く、太陽は明るい。


 その全てが、サンの憎悪を掻き立てる――。






 あぁ、あなたはこの光景をどう見ているのか。


 私たちにはほんの僅かも微笑まなかった陽光が人々を照らすのをどう思っているのか。


 この穏やかな風が私たちに齎したのは災厄だけだったというのに、今人々の肌を優しく撫ぜるのを、どう見ているのか。


 命に溢れた大地をどう思うの?


 光に溢れた大空をどう思うの?


 ――私は。


 ――私は……。






 「――サン」


 その声に、はっとする。思わず思考に囚われていたらしい。


「……申し訳ありません、主様。少しぼーっと……」


「ここ、なのだな」


 見透かされている。無駄を悟り、それを認める。


「――はい」


「そうか……。すまなかった。無神経だったか……」


「いえ、主様が気になさることなど……」


「何も思わん訳にはいかないだろう。避けるように言っておくべきだったか」


「……いいえ。ありがとうございます、主様。……それに、神官騎士団の拠点は広場に沿っています。避けようはなかったのです」


「……そうか」


 歩き出そうとするサンを贄の王が引き止める。――サン、と。


「私は神など信じていない。少なくとも慈悲深いような存在ではあるまいと思っている。それに、私は間違っても神に祈るような者ではない」


 だからこそ、と続ける。


「私が、その者のことを決して忘れまい、と誓おう。名も知らぬお前の友を、決して忘れまい。――その程度しか、出来ぬがな」


 その声はひどく優しく、これまでにサンが向けられたこともない程の慈愛に満ちていた。思わず、サンの目頭が熱くなる。震えそうな声を必死に抑えつつ、主に答える。


「――いいえ……、いいえ。ありがとうございます、主様。――『彼女』も、喜んでいます」


 そうか、と言葉少なにサンの後ろから歩き出す贄の王。すれ違いざま、その大きな手がサンの肩に置かれる。サンも言葉少なに、行きましょうと答えて歩き出す。






 サンは『彼女』に誓う。この宿命を変えて見せると。あなたの血を絶対に無駄にしないためにも、この贄の王までも贄にはさせない。犠牲を強いることでしか存続出来ない繁栄など、私は認めない、と。


 ――フードが顔を隠してくれていることに、感謝しながら。






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