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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第九章 神を失くした大地
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247 第一印象


 大魔法【星呑み】同士の衝突によって生まれた巨大な砂山の向こうには、ターレルの軍勢がいるのだろうか。


 そう考えたサンは、一人砂山に向かって歩き出す。


 今この場所で最も自由に動け、敵と遭遇してしまっても応戦しやすいのはサンであろう。


 敵の大魔法部隊を撃破するという役目を果たせなかった手前、若干の負い目がサンを進ませる。流石に撤退の殿(しんがり)となって味方を守るつもりまではないが、多少の偵察くらいしても悪い事は無いだろう。いざとなったら【転移】で逃げればいいだけの話だ。


 追撃を狙う敵が、いつ砂山の向こうから現れないとも限らない。サンは油断なく警戒しながら、“雷”の拳銃を構えて歩く。


 そして、時間をかけてようやく砂山の頂上まで辿り着こうというところまで登った。


 サンは意識して警戒を高め、頂上にまで登り上がると、眼下を見下ろした。


 すると――。


 果たして、そこには青い軍服を纏う人影が八つ。


 サンの事を、見上げていた。






 ターレル軍の青い軍服を纏う八つの人影。彼らとの距離は、思ったよりも近かった。恐らく、相手もサンと同じような考えで砂山を登って来ていたのだろう。


 手に持っていた“雷”の拳銃を構え、最も正面に近いターレル兵に向ける。まだ、引き金には指をかけない。


 ターレル兵たちは、恐らくだが一瞬戸惑った。


彼らが遭遇を警戒していたのは白い軍服のガリア兵であったろうし、屈強な兵士であったろう。そこで軍服を着ている訳でも無い少女が出てきたのだから、やや不意を突かれたのだと予想する。


 それでも、サンが銃を構えたのを見ると、すかさず反応して見せたのは流石というべきだ。


 ターレル兵たちはサンのいる頂上を半包囲するような形で散開し、それぞれ両手をサンに向けて突き出した。


 銃では無く両手を構える。その動きから、サンは彼らが全員魔法使いである事を理解。銃を持つ手に、ひっそりと魔力を準備し始めた。


 ターレル兵たちのうち、部隊の長と思われる男が何事かサンに向けて叫ぶ。だがそれはターレルの言葉で、サンには何を言っているのか分からなかった。


 ターレル兵の言葉に、サンが何も答えない。緊迫した空気に、よりギリギリの緊張が走る。


 サンはそれなりに優れた魔法使いだと自負がある。それでも、八人の魔法使いを一手に相手取れるかと問われれば確実な事は言えない。相手の力量が分からない以上、尚更である。


 先手を取られる訳にはいかない。当然、サンは銃を下ろせない。


 そして、拳銃とは恐ろしいものだ。たった一発でさえ、当たり所が悪ければ人間は助からない。更に言えば、拳銃を構えたサンの姿からサンが素人では無い事も分かっただろう。ターレル兵たちもまた、警戒を解けない。


 譲れない。サンとターレル兵たちが、お互いに先手を手放したがらない。


 結果、ひたすらに睨み合いが続く事になる。


 ところで、客観的に見て優位はどちらにあっただろうか。


 単純に考えれば、それはターレル兵たちの方であったはずだ。サン一人に対し、八人。屈強に見える訳でも無い少女と、鍛え上げられた男性兵士。


 ――どうして、攻めてこない?


 サンが魔法使いだとターレル兵たちは知らないはずだ。だとすれば余計、彼らの優位は誰の目にも明らかなはず。


 それなのに、彼らはサンへ攻撃一つしようとしない。


仕留める事も、拘束する事も、容易に見えているはずではないのか。そんな違和感が、サンの中で生まれた。生まれてしまった。


 戦闘に発展するギリギリの場面で、別の事を考えている。――それが、集中の途切れだと気づいたのは、ターレル兵たちが動き出してからだった。


 ターレル兵の部隊長らしき男が何事か叫ぶ。全く同時に、サンの正面に立っていた男が大きく横へ飛び退いてサンの銃口から逃れる。


 ――しまった!


 サンがそう思った直後、半包囲の形から放たれた七つの火球がサンの視界で輝いた。






 咄嗟の瞬間、無詠唱ながら“水”の魔法で周囲に壁を作れたのは、サンのたゆまぬ鍛錬の成果だった。


「くうッ!」


 それでも、七つの火球を殺しきる事は出来なかった。“水”の壁を突き破った火球たちがサンの身体へ当たり、その熱がサンの肌を炙る。


 火の弾ける音の向こう、またターレル兵たちの声が聞こえる。けれど、やはり言葉の意味が分からない。


反射的に閉じてしまった目のせいで、彼らの動きが見えない。仕方なく、サンは無理やりに砂を蹴って後ろに跳んだ。


 敢えて背中から着地して、砂の斜面をごろごろと転がり下る。二、三回転ほどしたところで体を開いて回転を止め、サラサラの砂にやや苦戦しながらも勢いを殺し立ち上がる。


 飛び退いた頂上の方を見れば、八人のターレル兵が駆けあがって来て、その姿を現すところだ。


 サンは持ったままだった“雷”の拳銃を迷わず発砲。二発、三発と牽制を兼ねて頂上に向けて撃つ。しかし、敵の身体には当たらない。


 その隙に準備していた魔力を練り上げ、両手それぞれで一気に魔法を発動。


 左手、“炎”の魔法。


「『【灼熱赤壁】』――」


 更に右手、“風”の魔法。


「――『【広扇風壁】』!」


 サンの前面を覆うように現れる火炎の壁、それが強烈な風を浴びて勢いよく燃え上がりながら広がり、ターレル兵に向かう灼熱の爆発となる。


 一人で二種以上の魔法を発動させ、その結果をぶつける事で高め合う高等魔術――『合成魔術』。サンをして会得に長い時間をかけた“炎”と”風“の合わせ技、【灼扇爆壁】である。


 触れた人間を易々と焼き殺してなお余りある灼熱の爆風が高速で砂山の斜面を駆け上がり、ターレル兵たちへと迫っていった。


 【灼扇爆壁】の少ない欠点の一つとして、燃え上がる炎で術者の視界も塞がれてしまう事がある。よって、その魔法のもたらした結果は魔法が終了した後になってしまう。


 爆炎が消え失せた後、砂山の頂上付近には六人が“水”の魔法【清流盾】を集団魔術で発動し、【灼扇爆壁】を耐え抜いていた。


 しかし、耐えていたのは六人だけ。残る二人も何かしらの魔法で対抗しようとはしたのだろうが、叶わなかったようだ。爆風に焼かれ、吹き飛ばされ、砂山をごろごろと勢いよく転がり落ちていく。その生死までは分からないが、戦闘不能で間違いない。


 続けてサンは“土”の魔法を選択。詠唱を省略し、術名のみで発動する。


「『【憤怒の城拳】』!」


 砂山の頂上付近が、勢いよく噴き上がる砂によって弾け飛ぶ。頂上付近に居た六人のターレル兵たちも、噴き上がる砂の流れに押し飛ばされて姿を消す。


 その隙にサンは砂山を一気に駆け上がり、大きく窪んだ形になった頂上へと辿り着く。


 握ったままだった“雷”の拳銃を懐にしまって、敵の次なる動きを待った。






 サンの立つ頂上の窪み、その外周からターレル兵の三人が飛び込んでくる。既に詠唱を済ませていたらしく、同時に“炎”の魔法【赤の弓放たれり】を発動してくる。


 【赤の弓放たれり】は巨大な火炎の矢を作り出し、撃ち出すだけのシンプルな魔法だ。それ故に汎用性が高く、強力な魔法でもある。


 サンは自らに迫る大矢に対し、左手を向けると詠唱省略で“水”の魔法を発動。


「――『【清流盾】』」


 左手の前に巨大かつ分厚い水の盾が出現し、ターレル兵の放った火の大矢と正面から衝突する。


 激しい蒸気が爆発するように噴き上がるが、火の大矢は水の盾を越えられない。蒸気が掻き消えた時、そこには幾分薄くなった水の盾だけが残されていた。ターレル兵の【赤の弓放たれり】に対し、サンの【清流盾】が対抗しきったのだ。


 更に続けて、サンの魔法。


「『我乞い願う。嵐の王よ、我に息吹を。――【乱風乱牙】』!」


 三人のターレル兵に、不可視の乱刺突が襲い掛かろうと飛んでいく。


 その瞬間、三人の後方から残りの三人が現れ、すかさず“風”の魔法を発動した。


 ターレル兵たちの前面に、圧縮された竜巻状の風の壁が現れる。“風”の魔法、防御用の【風天蓋】だ。


 【風天蓋】と【乱風乱牙】が正面からぶつかり合う。ごうごうと風が激しく荒ぶる音が爆発するように響き渡り、槍と盾のせめぎ合いが演出される。


 音と舞い上がる砂塵が落ち着いた後には、全く無事な姿のターレル兵たち。対抗されきったようだ。


 続けざまに、ターレル兵たちから火球が二つと風弾が一つ飛んでくる。これをサンは“土”の無詠唱による砂の壁で弾いた。


 ――実力を計られた。


 最初の三人が、サンへ初撃。次の三人が、反撃を防御。防御の間に無詠唱魔法を準備し、サンの練度を見る。この一連の流れで、ターレル兵たちにはサンの実力が大方計られたと見ていいだろう。


 だが、それはサンも同じ。


 彼らの集団魔術は三人でサンの魔術に匹敵する程度。魔法の詠唱速度はほぼ五分だが、詠唱を省略出来る分サンが有利。


 サンは一度に二つまで魔法を同時に行使出来る。つまり、片手で三人、片手でもう三人の魔法にそれぞれ対抗すれば、手は足りる。


 ただし、サンからも決め手に欠ける。長い詠唱を伴う魔法を使ったとして、連携に長けた彼らが全員で防御に回れば対抗されきるだろう。それすら破るような強力な魔法は準備の時間を与えてくれないと考えれば、上手く分断して撃破しなければならない。


 ――さて、どう攻めよう……?






 偶発的に発生した魔法使い同士の戦闘。


 強力な個と、連携に長けた部隊。


 お互いを知り合うことから、その戦いは始まったのだった。







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