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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第九章 神を失くした大地
247/292

245 内海戦争勃発


 ターレル、ガリアへ宣戦布告。


 同時に、ターレルはファーテル、エルメアと戦時協定を結びガリアを包囲。


 これに対し、ガリアとラヴェイラが同盟を締結。ガリア包囲網を崩し、ターレルへ逆襲を開始した。






 同盟国――。


 内海の支配者、ラヴェイラ。


 最大国土を持つ無尽蔵の食糧庫、ガリア。






 協定国――。


 教会が支配する聖なる指導者、ターレル。


 大地最強の軍を持つ戦士、ファーテル。


 外海を牛耳る世界の覇者、エルメア。






 これはかつてない大戦争。


 これは人類史のターニングポイント。


 これは内海世界の一つの終わり。


 すなわち、内海戦争である。























 どどぉお……ん……!


 どどどぉぉ……ん……!!


 どこまでも続く砂漠の只中、無限の如く鳴り響き続ける爆音と轟音。


 無数の人の声が混ざり合って、わぁわぁと判別出来ない響きになっている。


 高い空の上から、サンは青と白の軍勢がぶつかりあう様を見つめていた。


 サンが手を出したりはしない。サンの役目は、あくまでこの戦いを見届けることだからだ。


 一応、負けそうになったら教えてくれとは言われているが、サンは軍事など明るくない。戦いの趨勢(すうせい)などほぼ分かりはしないし、相手も最初から頼りにはしていまい。


 ただ、素人の目から見ても今は拮抗しているように見えた。


白の軍勢はガリア。青の軍勢はターレルだ。今は、ガリア・ターレルの国境線で大規模な戦闘が始まって少し経った頃。


「でも正直、見ていても良く分からない……」


 事前に聞かされていた情報によると、数と地の利はガリアにある。一方、装備や魔法兵はターレルに分がある。


 砂漠という過酷な地に慣れている事と、数が多い点でガリアは大きく有利であり、順当に行けば勝ちの目は悪くないらしい。


 だが、一方で警戒すべきはターレルが抱える精強な魔法兵部隊だ。よく訓練された魔法兵部隊は、扱いを間違えなければ倍する数とも渡り合えるのだとか。


 つまり、勝っても負けても不思議では無い戦闘、だそうだ。






 戦争の始まり、ターレルのガリアへの宣戦布告から、既に二月が経過していた。


 その間にいくつもの戦闘が起こったし、既に信じられない程の墓が立ったし、それでも全体から見れば微々たる変化しか起こっていない。


 ガリア・ターレルの戦線は拮抗し、大きな変化は無い。


 ラヴェイラ・ファーテルの戦線はラヴェイラの劣勢で、じりじりと後退している。


 内海を舞台にした海戦ではラヴェイラがやや優勢。ただし、エルメアが未だ本腰を入れていないからに過ぎない、との話だ。


 結局、戦いの行方は誰にも分からない。贄の王ですら、明確な回答は出来ないと言っていた。


 誰が勝ち、誰が負けるのか。知る者はいない。


 終わりの見えない、そんな戦争だ。


 そんな折、青い軍勢の一角から強烈な魔力光が放たれた。


 色は深緑。風龍を示す色だ。


「大魔法……!」


 意味するところ、一極天【龍】に属する“風”の大魔法。


 サンは余波が来るかもしれない、と空中で身構え――。


 きゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!!!


 ――次の瞬間、甲高い風切り音と共に、暴威が顕現した。


 それは例えるなら、水平向きの竜巻。砂漠の砂を吸い込んで巻き込んで、砂色に染まった細い竜巻。


 竜巻は音の如き速さで戦場を貫いた。白いガリアの軍勢を一突きに貫通せしめたのだ。


 竜巻が鮮血の赤に染まり、戦場に引かれた一筋の線となる。千を優に超えるガリア兵が砂漠に散り、その命を失った。


 やがて、赤い竜巻が消えると、そこには実に見通しの良い風穴が空いているのだった。


 やや遅れて、竜巻の余波が上空のサンにも届く。流石に攻撃力などは残っていないが、ばさばさと纏っているマントが風に暴れるほどには強い風だった。


 風に飛ばされて、少し口に入った砂を拭いながらサンは使用された大魔法の心当たりを呟く。


「……【風龍の息吹】」


 大魔法と呼ばれる魔法群の中では、比較的簡単な方だ。実際、サンでも使えるだろう。


 問題は、それが敵に使われたこと。そしてどうやら集団魔術によって発動されたらしいことだ。


 敵に使われたことは、まぁいい。脅威ではあるが、対処方法が無い訳でも無い。


 真に問題なのは集団魔術であるらしいということだ。


 集団魔術と言うのはその名の通り二人以上の集団で一つの魔法を発動する魔術だが、その最大の強みは弱い魔法使いの集団でも強大な魔法を発動出来得るという点だ。


 これが大魔法を使用出来る強大な魔法使い一人によるものなら良かった。戦いではその魔法使いだけ警戒すればいいし、最悪はその魔法使いを暗殺するなりすれば封じる事が出来る。


 ところが集団魔術によるものだとなると、あの軍勢のどこから放たれるのか全く想定出来ない事になる。更に、未然に使わせないようにするには魔法兵部隊を全滅させなければならないと言う事でもある。あまり、現実的では無いだろう。


 要するに先手で対処する事が出来ないのだ。


 大魔法は極めて強力な魔法である。


 最も弱い一極天でも戦場を一変させる力があり、二、三、と極天の数が増えていくほど強力さは跳ね上がって行く。最高の四極天ともなると使用事例すら見当たらないが、三極天の時点で地図を描き替える必要が出てくるほどだ。


 もし、ターレルの魔法兵部隊が二極天すら使用出来るとなればどうか。もし、大魔法を使える部隊が複数存在するとすればどうか。


「脅威、ですね」


 サンは改めて眼下の戦場を見る。


 白いガリアの軍勢は大魔法を受けた事による被害が大きすぎる。兵たちの動きが明らかに動揺しているあたり、恐慌状態に陥っているのかもしれない。


 この戦いはガリア側の負けだろう。素人の目線でも、ここから持ち直すのが厳しい事くらいは分かる。


 だが、確かに収穫はアリだ。


 ターレルには大魔法を使える魔法兵部隊が居る。正しく対処出来なければ、今後もガリアは負けてしまうだろう。


「……私は、退きますか」


 これ以上ここで見るものは無さそうだと判断したサンは、早々に撤退し報告に向かう事に決める。情報は早いほうがいいのだ。


 【転移】を発動する前に、もう一度大魔法が放たれた一角を見やる。


 恐らく大魔法を放つだけが任務だったのだろう。既に動きは無く、乱れるガリア軍への追撃は行おうとしない。


「流石に連発は出来ないみたい……ね」


 もしかすると、自分が相対する可能性もあるが……。


「はぁ。戦争なんて、したくないな」


 溜息を一つ吐いてから、今度こそ【転移】で戦場から消えるのだった。





















 ガリアの都パトソマイアに向かったサンは、マーレイスに報告があると伝えてもらった。


 少しだけ待たされてから通された会議室には、マーレイスの他に軍の人間が数人。顔はよく知らないが、何となく重要な役職に就いているらしいと分かる雰囲気がある。


「わざわざありがとうございます、皆さま」


 サンがそう言って挨拶をすると、代表してマーレイスが応える。


「いえ、こちらこそありがとうございます、サン様。使い走りのような事をさせてしまって」


 部屋に居る他の数人は、マーレイスがサンに対し敬うような態度を取った事に驚いている様子だったが、流石に口にはしない。


「構いませんよ。向き不向きという物もあります」


「寛大なお心に感謝を。――では、早速ですが報告を聞かせて下さい」


「えぇ、では。――まず、戦闘はガリア軍の敗北ですね。最後まで見届けた訳ではありませんが、素人目にも逆転は難しそうでしたから」


 敗北。その報告を突きつけられて、マーレイスを除く何人かが深い溜息を吐いたり、天井を仰ぎ見たりした。


「ただし敗北の要因は明確でした。ターレル側の大魔法【風龍の息吹】です」


「大魔法? それは本当か……失礼、ですか?」


 口を挟んだのは、軍の要職らしい何人かのうち一人。老齢だが、眼光はひどく鋭い男だ。


「はい。私も魔法使いの端くれですから、大魔法ほどの魔法を見間違える事はしません」


「サン様は強大な魔法使いでいらっしゃる。お一人で大魔法を行使出来るほどの方だ。見間違いではあるまいよ」


 補足してくれたのはマーレイス。その情報に、軍の者たちが目を見開いた。


「ありがとうございます、マーレイス。そうですね、【風龍の息吹】は実際に使った事はありませんが、特徴的な風龍の魔力光――深緑ですね、それも視認しました。まず間違い無いかと」


「なるほど……。失礼、報告の続きをお願いします」


「はい。【風龍の息吹】によってガリア軍には大きな被害が出ました。戦場を端から端まで貫かれ、千を超える被害が出たでしょう」


 『馬鹿な……』という声がどこからか漏れ聞こえた。


「その後、恐らく動揺していたのでしょうね。ガリア軍は持ち直す事が出来ず、ターレル軍の追撃を受けてしまいました。……私はここまでを見届けて撤退。報告に戻りました」


 ふぅー……と、誰かのため息がやけに大きく聞こえる。


 ふた呼吸ほどの間をおいて口を開いたのは、やはりマーレイスだった。


「サン様。その大魔法に対し、有効な対処方法は何かありませんか。例えば、対抗魔術のような?」


 サンは少しだけ考えて自分の答えを確認し、それからゆるゆると首を振った。


「大魔法とは、基本的に撃てれば勝ちなのです」


「ほう……?」


「そもそも対抗魔術とは、放たれた魔法に対し同等以上の魔法をぶつける事で相殺する魔術を指します。大魔法に対抗する為には、やはり大魔法でなければなりません」


「道理ですね」


「しかし、大魔法を使用する為には十分な集中と長い詠唱が必要です。単純な話ですが、大魔法を見てからでは対抗の大魔法が間に合わないのです。これはもちろん、私でも難しい。主様のような例外的に強力な魔法使いであれば、可能でしょうが……」


 かつて見た贄の王とラツア王の戦いでは大魔法を当たり前のように撃ち合っていた。恐らく、贄の王なら大魔法に対抗魔術を合わせられるだろう。


「発砲されてから装填していたのでは相撃ちにも間に合うはずが無いと。なるほど」


「よって、大魔法に対処するなら方法は一つ。使わせない事です」


「ふぅむ……」


 沈黙が降りる。


 広い戦場において、魔法一つを使わせないという対処の難しさは、きっとサンよりもここに居る他の人間の方が良く分かるだろう。何を言えばいいか分からないに違いない。


「サン様。使用者は見えましたか?」


「あぁ……。それがどうやら、集団魔術による発動だったようなのです。私のように個人での使用ではありませんでした」


 すると、部屋に居る軍人の一人が目を剥いて驚く。


「集団魔術だとっ!? 集団魔術で大魔法を使ったと!?」


「えぇ。私の見た限りは」


「馬鹿な……! 一体、どうやって! 見間違いでは無いのか!?」


「先も言いましたが、私も魔法使いの端くれ。見間違えでは無いと思います。まぁ、集団魔術には明るくありませんが……」


「むぅ……」


 察するに魔法使いらしい軍人はそれきり押し黙ってしまう。どうやら、集団魔術で大魔法を使うというのはそれだけ難しいことらしい。


「ラッハル将軍。サン様に無礼だ。控えろ」


 その軍人を窘めるのはマーレイスだ。ラッハルと呼ばれた軍人は、頭を下げて非礼を詫びた。サンも構わないという意味を込めて、頷いて返す。


 それから、誰も何も言わなくなった。






 重苦しい沈黙が部屋を支配して少しした頃、マーレイスが咳払いをしてから口を開いた。


「ともかく、報告ありがとうございます、サン様。我々はこのまま少し話そうと思いますので……」


 要は内々で話すから帰ってくれという事らしい。


「そうですか。では、私は失礼した方が良いですね」


 サンも特に残りたい訳では無いので、そう言って立ち上がる。


「申し訳ありません」


「いえ、当然の事です」


 サンはガリア内部の人間では無い。正確には同盟関係にあるラヴェイラの人間ですらない。話せない事があるのは当たり前だろう。


「それでは、私は失礼しますね。明日にはまた顔を出しますから、用件があればその時に」


「はい。ありがとうございました。かの御方にもお礼をお伝えください」


「えぇ、また」


 サンは一度礼をしてから部屋を辞した。城に帰ったら、贄の王にも報告しなければならない。


 一応誰にも見られていない事を確認してから、サンは【転移】で魔境の城へ帰って行くのだった。






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