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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第九章 神を失くした大地
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244 うねり


 その報せを受けたのは、サンが贄の王にガリア内乱の戦況を報告した僅か三日後の事だった。


 目の前にいる男が一体どんな手を使ったのかは分からない。話だけを聞いたなら、きっと信じられないと言っただろう。


 だが、その報せが事実である事は、お祭り騒ぎの民衆の様子がはっきりと示していた。


「……正直に言って、信じがたい勝利ですが。ともかく、戦勝おめでとうございます。……マーレイス」


 サンがそう言えば、目の前の男はにっこりと笑ってサンの賞賛を受け入れるのだった。






 ガリアの都、パトソマイア陥落。


 それはつまり、ガリア内乱が終結した事を意味している。


 反乱側――マーレイス率いるパラスキニアの勝利によって、である。


 ガリア政府陣は倒れ、ガリアの新しい国家元首にはマーレイスが就いた。重要な役職は全てマーレイスの追従者で占められ、今やガリアという国は完全にマーレイスの手中にある。


 僅か三日前の報告では、内乱の敗北は必定と思われたというのに、だ。


 直接目にしてはいないサンには、マーレイスがどんな手段でもってこの勝利を成し遂げたのかは分かっていない。


 だが、何にせよ通常の方法だとは思えなかった。それだけ信じ難い結果なのだ。


「――いえいえ、まさか。なんてことはない、実にシンプルな話ですよ。サン様」


「とてもそうは思えません。私の知り得る限り、パラスキニアが勝つ未来など無しに等しかった筈なのですが」


「なに、少しばかり大衆に声をかけていただけです。巨悪と戦う英雄の一人となれ、と」


「たったそれだけで、パトソマイアの住民ほとんどが一斉に動いたと言うのですか?」


「まぁ、ほんの少しだけ手品を使いはしました」


 どうやら、その種を明かすつもりは無いらしい。


「はぁ。分かりました。主様に代わり戦勝をお祝い申し上げます、マーレイス」


「恐悦至極。かの御方にもどうぞよろしくお伝え下さい」


 演技ぶったやり取りを終えて、サンは次の話題を振る。どちらかと言えば、今日はこちらが本題だ。


「それで、これからはどうするおつもりですか?」


 マーレイスはすぐに答えず、サンが出したお茶をゆったりと口に運ぶ。


「……あぁ、美味しい。相変わらず、サン様の淹れて下さったお茶は素晴らしい」


「ささやかな自慢ですので」


「まさに、まさに。サン様の腕前はもちろん、普段は口に出来ない分、余計に美味しく感じるのでしょう。ガリアで茶は高級品ですから」


「そうかもしれませんね。エルメアなどでは庶民でも気軽に手の届くものなのですが」


「実に羨ましい事です。やはり国の豊かさが違う。ガリアは広大ですが、そのほとんどは人の暮らせぬ砂漠でありますので」


「えぇ、エルメアは豊かな国ですから」


 マーレイスはそこで少し遠くを見るような目をする。その目の向く先は……西。


「貧者から富む者が奪う。悲劇ですが、ありふれている現実でもあります」


「……」


「しかし、だからと言って正さなくても良いという事では無い。それは間違っている。ならば、力の限り正さねばならない」


「ガリアより、奪う者とは?」


 マーレイスは大きく勿体ぶるようにカップをゆらゆらと揺らす。それから――。


「ターレル」


 ――と、口にした。






「かの国は、いや教会は、我ら新しきガリアを決して許さないでしょう」


 続けて、マーレイスはそう語る。


「随分と断言しますね。教会とて無意味に敵を作りたがりはしないと思いますが、何か根拠が?」


 今のところ、マーレイス達が教会に敵視される理由は大して思いつかない。味方になる理由も無いが、つまるところ普通の隣国同士に落ち着くのではないか。


 あるいは、()()()()敵対の理由が生まれるのか。


 サンが言外にそう問いかければ、マーレイスはまた勿体ぶるようにカップを口に運んで間を作る。


「いやはや、今回の内乱、とても私一人では成し遂げられなかった。仲間たちの力があってこその勝利です。全く、感謝の念に堪えない」


「パラスキニアの事ですか?」


「無論、彼らもです。しかし、今回の最大の功労者はまた別の協力者たちでありましょう」


 マーレイスの協力者であり、彼の築いた結社パラスキニアでは無い。となれば、最早選択肢は一つしかないも同然だ。


「サーザール、ですか」


「余り大きな声で彼らを讃える訳には参りませんが、ね」


 旧ガリア政府と敵対していた、ガリアの戦士集団サーザール。民人を守るという誇りの下、彼らなりのやり方で戦うサーザールは、現在マーレイスとの協力関係にある。


 彼らの主義を思い返し、彼らが内乱の功労者だという先の発言を鑑みれば、マーレイスの言わんとする所はサンにも分かった。


「サーザールは贄捧げに反対しています。彼らの主義を認めるならば、それは確かに教会にとって許しがたい事態となるでしょうね」


「まさに、です。サン様」


 マーレイスはカップを置くと、サンと視線を合わせてくる。


 途端、ぞわりとした何か異様な感覚が背筋を走った。


 そう、いつもこうなのだ。この男の瞳には、何か言葉や常識では言い表せない力を感じる。何か、どこまでも深く、どこまでも呑み込まれてしまいそうな何かを――。


「かの御方にも、お伝えください」






「新しきガリアは、一切の贄捧げを認めない、と」





















「流石に三日というのは驚きだったが、動き自体は想定通りだな」


 魔境に帰ったサンが贄の王にあらましを報告すれば、主は驚いた様子も無く一つ頷いた。


「もう。主様もマーレイスも秘密主義が過ぎます。勝利の目算があるなら教えて下されば良いのに」


 贄の王が自分と同じような驚きを味わっている様子が無くて、何となく悔しいサンである。自分だけ置いてけぼりにされていたようで、ちょっと面白くない。


「それは悪かったな。代わりと言ってはなんだが、次の動きを教えておこう」


「教会がガリアを許さないという辺りですか?」


「そうだ。ガリア内乱が想定通りの決着を見た。ならば、今後も私の想定から大きくは外れまいが、教会がガリアを全力で潰しにかかるだろう。端的に言えば、戦争だな」


 そう聞いて、サンはややげんなりとする。


「また、戦争ですか……」


 ラヴェイラ革命。ザーツラント戦争。ガリア内乱。そして、また戦争だ。


「……嫌そうな所を悪いが、嫌な知らせだ。次の戦争は、これまでよりも長く、大きく、また荒れるだろう」


「と、言いますと……」


「ガリア、ターレル、ラヴェイラ、ファーテル、エルメア……。主要な国々がいくつも巻き込まれる」






「――心しておけ、サン。歴史に類を見ない巨大な戦争が、始まろうとしているぞ」





















 ガリアを包む熱狂は、国を割った内乱を越えてもなお収まらない。


 マーレイスは知っていたのだろう。この熱狂を鎮めてはならないと。


 故に、彼は天性の扇動者としての才を振るい、ひたすらにガリアの熱狂を育て続けた。


 そして、マーレイスは新たなるガリア元首として、ガリア全土における贄捧げの完全なる禁止を宣言する。


 新たなるガリアが、教会にとって絶対に認められない国家となった瞬間であった。






 だからこそ、ターレルがガリアに宣戦布告を叩きつけた時、それに驚いた者は一人も居なかったのだ。







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