243 ガリア内乱の行方
お待たせしました。
第九章、更新再開します。
マーレイス、という男がいる。
魔性の話術を操り、人々の心を揺り動かして篭絡する、天性の扇動者である。
彼には不満があった。
彼は生粋のガリア人であったが、祖国ガリアの力はこんなものではない、と常々思っていたのだ。
彼は何が悪いかを考えた。どうして祖国ガリアはこんなにも落ちぶれているのか?
かつては内海の半分を征し、文明の最先進を行く偉大な国であったのに。
彼はまず政府が悪いと考えた。国のかじ取りをする者たちが腐り果てているのだ、と。
次に、民が悪いと考えた。誇りを見失い、日々を怠惰に生きる民が愚かなのだ、と。
最後に、自分が悪いと考えた。才ある身ながら才を活かさぬ己の罪なのだ、と。
そうして彼は動き出した。
純ガリア主義を標榜し、仲間を集めてパラスキニアと言う名の政治結社を作り上げた。
彼は自らが民を再教育せねばならないと固く信じ、自らの声で人々を熱狂させた。
支持者をひとりまたひとりと増やし、あっという間にガリア全土に広げてみせた。
堂々と政府を批判し、そのあり様を根底から否定するパラスキニアの存在がガリア政府にとって面白くないものであったのは想像に難くない。
故に、ガリア政府は純ガリア主義を誤った思想だとし、弾圧に乗り出した。
笑ったのはマーレイスである。ガリア政府が民主的に育っている純ガリア主義を弾圧する事は火に油を注ぎ、ますます支持者たちを育てると分かっていたからだ。
弾圧され抵抗し、圧制され反発し、人々の熱狂は加速していく。
やがてガリア政府が放った銃弾により純ガリア主義者たちが傷つけられたとき、熱狂はいや増した。
マーレイスを長とする政治結社パラスキニアによる、ガリア政府への宣戦布告である。
のちにガリア内乱と呼ばれる、僅かひと月の内戦が始まったのだ。
血みどろの内戦が激化していく中、マーレイスはひとり笑う。
――これで、ガリアは浄化される。
ところで、国とは何であろうか。
ある者は土地だと言う。ある者は王だと言う。ある者は民だと言い、ある者は幻想だと言う。
マーレイスにとって国がなんであったかは分からない。彼は生涯、そんな話はしなかったからだ。
ただ、彼はこう名乗り続けていた。
――私は、愛国者である。
――ガリアを愛してやまない、一人の男である。
彼の言う国とはなんであったのか、焼け野原となったガリアを見て彼が何を思ったのか。
それを知る者は、誰もいない。
「――ガリア内乱の戦況をご報告致します」
魔境の城において、サンは贄の王の前で手に持っていた紙を広げる。
「五大都市を始めとする主要な街では既に本格的な戦闘が始まっており、双方に死傷者も少なからず出ています。エヘンメイア、イパスメイアではパラスキニア軍がやや優勢のようですが、大勢を決するほどの情報はありません。特に中央ガリアでは政府軍が元々集結しており、パラスキニア軍はほぼ鎮圧されてしまっています」
サンがガリアから持ち帰った情報によれば、サンと協力関係にあるパラスキニア軍が劣勢。マーレイス及びパラスキニアの主要な支持基盤であったエヘンメイア・パラスキニアで優勢を維持しているが、局所的な話に過ぎない。
「内乱の発生よりおよそ二週間が経過しましたが、被害状況はやはりパラスキニア軍の方が大きいですね。更には隣国ターレルが介入の準備を進めているようですから、内乱が長引けば順当に鎮圧されてしまうかと」
ガリア政府もターレルに借りを作りたくは無いだろうから、内乱鎮圧を急ぐはずだ。
それに、政府軍と違いパラスキニア軍は正規の軍隊では無い。より正確に言えば、マーレイスの過激な支持者たちが集まっているだけだ。
よく鍛えられている訳でも、良い装備が揃っている訳でもない。正面からの戦争ならばとっくに壊滅させられていたのではないか。
正直なところ、サンの目から見ればこの内乱は既に絶望的だ。
「……ガリアに築いた折角の友好的な勢力でしたが、こうなると難しいですね。見捨てるのも忍びないですが、かといって手伝う訳にも……」
マーレイス率いるパラスキニアとも、マーレイスに協力している戦士集団サーザールとも、それなりに友好的にやってきた仲である。貸しを作る意味でも、手助け出来るならするつもりがある。
実際、サンがいれば街の一つや二つを落とす事は出来るかもしれないし、贄の王の力を借りられるなら国一つ滅ぼす事も難しくは無いだろう。
だがこれは内乱だ。ただ敵を滅ぼすのでは意味が無い。パラスキニア軍はあくまで『腐った政府を打倒する民衆の英雄』という名分で戦っているのに、サンや贄の王が出てきて政府軍をまるごと壊滅させたところで何になるだろう。政府軍とて、言い換えれば民から集められた兵士たちなのだ。
権能の力を使えば、政府軍の指揮官や政府主脳陣だけを暗殺する事も出来るかもしれない。しかし、それはマーレイス当人に止められている。曰く『我々が勝つことに意味がある』のだそうだ。
「どうしたものでしょうか。ガリアから味方がいなくなってしまうのは惜しいと思うのですが……」
魔境の奥に住まう贄の王にとって、本当の意味で運命を共にする味方はサンくらいのものだ。
しかし、ラヴェイラ初めとする人類の味方を失う訳にもいかない。【贄の王の呪い】にまつわる忌々しい宿命を打破する為には情報がいる。手足がいる。味方がいるのだ。
贄の王が如何に強くとも、やはり一人に過ぎない。その上、敵は【贄の王】を討つ為の存在だ。正面から戦って勝てるのなら、そもそもこの呪わしい歴史は百年も千年も続いていない。
皮肉なことだが、人の英雄に有効な力とは人類なのだ。
だからこそ、サンと贄の王はラヴェイラやガリアに味方を作り上げてきたのだが――。
「……最悪は、ガリアを諦める事になるのでしょうか」
サンがため息ながらそう零すと、黙って聞いていた贄の王が言う。
「サン。負けると思うか?」
「え? それは、えっと……。正直に言えば、そうですね。厳しいと思っています」
サンが素直にそう答えれば、贄の王はゆるゆると首を振ってみせる。
「勝つのはマーレイスだろうと、私は見ている」
「マーレイスが? でも、どうやって……」
意外な言葉だった。この状況から、一体どうやってマーレイスが勝つというのだろうか。
「あの男は正面から戦って勝つつもりなど端から無い」
それは確かにサンも疑問に思っていた事だ。あの計算高い男が勝ち目の無い内乱など起こすものか、ずっと気になっていたのだ。
「見ていれば分かる。手出しは無用だ」
贄の王はそれ以上説明してくれる気が無さそうだった。
気になる所ではあるのだが、この様子だと会話は終わりらしい。サンはそろそろ慣れたものだったが、この主はどうも説明を嫌がる。秘密主義と言うよりは、単に面倒なだけに見えるが。
ともかく、サンとしては引き下がるほか無い。やや肩透かしを食らっているような気分になりながら、一つ頷いてみせた。
「はい。主様がそう仰るのなら」




