239 終戦処理
ラヴェイラ・ザーツラント戦争は終結した。
ザーツラント皇帝は城に攻め入ったラヴェイラ軍の前で自決、死亡が確認された。
また、戦争の裏で進められていた皇帝による皇室粛清が明らかになると、同時にザーツラント皇室が皇帝の死をもって断絶していた事も判明する。
統治者を失ったザーツラントはラヴェイラとファーテルによる分割統治が決定。ザーツラント帝国は正式に消滅した。
これによって、ラヴェイラは広大な領土を獲得。既に老いた大国ながら、なおその国力を増強する事になる。一方ファーテルは長年の悲願であった『魔物の居ない海』を獲得し、その歴史上初めて海港を手にする。
ザーツラント軍は解体され、ラヴェイラとファーテルの協定により両国の新しい国境には非武装地帯が置かれた。これは、対ザーツラントで手を取り合った二大国が互いを次なる仮想敵国と定めた事を意味してもいる。
公に今回の戦争は、狂気のザーツラント皇帝が引き起こした悲劇であるという事にされた。皇帝の血統は全て失われ、悲惨な戦争の結果多くの命が失われた。そういう事になったのである。
しかし、ここで教会は『ラヴェイラとファーテルによる分割統治を認めない』と声明を発する。教会は様々な言葉を弄したが、要約すれば『旧ザーツラントを教会によこせ』という意味の事を言った。
もちろん、ラヴェイラはこれを受け入れられないと反発。何故か大人しく教会の指示に従うとしたファーテルとは対照的に、教会との軋轢を増していく。
一つの戦争が終わると、長らく続いた大国が消滅した。
だがその終戦はつかの間の平和をもたらす――と、思った者は殆どいなかった。
誰もが、感じていたのだ。
次なる戦争の火が燻っている事に、気が付いていたのだ。
かくして、歴史は内海世界の一つの終焉、『内海戦争』へと続いていく事になる。
その裏で、闇と光を蠢かせながら。
帝都ザトゥア攻略戦より、数日後のこと。
サンは贄の王に連れられ、旧ザーツラント皇城を訪れていた。
巨大な城はどことなく武骨で、ザーツラントが根本から軍事国家であった事を匂わせている。いや、むしろサンが普段暮らす魔境の城が華美なのかもしれない。何もかもが古びているけれど、あちらの城の方は戦争道具としての城では無いようだったから、恐らく造りから違うのだろう。
そんな城の中を主に付き従って歩く。案内はラヴェイラ軍の最高司令官アルマン将軍だ。
城内にはまだラヴェイラの兵士たちが多数闊歩していたが、彼らは皆アルマン将軍を見て驚愕の表情を浮かべながら最敬礼の姿勢を取る。
そのアルマン将軍を案内役にしている男の方には、どうしてか目を向けないようにしていた。
「しかし、この城はやはり品が無い。陛下が歩くには実に似つかわしくない場所です」
「確かにラヴェイラに比べれば芸術性は劣る。だがそれも目的の違いだ。優劣をつけるような物でもあるまい」
「そうは言いますが、やはり尊き御身をお連れするには埃臭い。命じて下されば、どこへなりとも連れて行きましたのに」
「この場で無ければならん。奴が何を語るか分からんが、ここに何か隠しているとも限らん」
「それはそうなのですが。まぁ、他愛の無い愚痴です。お気になさらず」
そう言ってアルマン将軍は口を閉じる。実際、彼はザーツラントを毛嫌いしているらしく、崇敬する贄の王を連れて来る事に乗り気でなかった。
サンとしても本音は自分に任せて欲しかったが、自分では判断のつかない事態が予見されるだけに、反対のしようも無かったのだ。
それだけ、今回の用事は厄介なのである。
「さて、こちらの部屋です」
贄の王とサンが連れてこられたのは、城の奥にある塔の一室である。部屋の扉の前には三人の兵士が待機していたが、彼らはアルマン将軍の命でその場を離れていった。
「人は払ってあります。私は如何様に?」
「アルマン、お前はこの扉を守っておけ。誰も通すな」
「畏まりました。御身の命とあらば、鼠の一匹とて通しませんよ」
ラヴェイラにおける軍事の最高権力者に扉一つを守らせるなど、きっと他の誰にも出来はしまい。贄の王は一つ頷くと、アルマン将軍が開けたドアの向こうにさっさと進んで行く。
サンもそれに続き、部屋の中に入って行った。
「……おぉ、やっと来てくれたのか。ずいぶん待ちわびたぜ」
その一室は豪奢な部屋だった。大きなソファにごろりと寝転がって顔だけ向けているのは、灰色髪の青年――旧ザーツラントの皇子ベルノフリートだ。
「ベルノフリート、口には気を付けるように。我が主は寛大ですが、非礼は私が許しません」
「はいはい、悪かったよエルザ。久しぶりだな」
公には死んだことになっているベルノフリートだが、実は帝都ザトゥア攻略戦の折に内密に投降していた。ラヴェイラ側のとある将校と密約を交わしていたのだ。これはアルマン将軍さえ知らず、ベルノフリートが生きているという報告は贄の王にとってもサンにとっても意外極まる事実だった。
ベルノフリートはソファから立ち上がると、贄の王に向かって膝をつく。
「【贄の王】とお見受けする。私の名はベルノフリート。滅んだザーツラントの第一皇子の地位にあり、今は公に出来ぬ捕虜の身であります」
贄の王はベルノフリートを無視してソファに腰掛けると、傍らにサンを控えさせてから、ベルノフリートに声をかける。
「立つ事を許す。……よい、立て」
ベルノフリートはゆっくりと立ち上がると、贄の王に向き直る。贄の王は彼に座るよう命じ、それからようやく名乗った。
「私は【贄の王】。かつてラヴェイラの王子であった頃、一度顔を合わせたな」
「えぇ、息災……と申して良いのか分かりませんが。今一度お姿を拝見出来るとは望外の喜びです」
「そしてこれは、サンタンカ。我が従者だ」
「サンタンカ様……なるほど」
かつてはエルザの名を名乗りスパイとして接触していた相手だ。様付けで呼ばれるのは何とも奇妙な気分がした。
「サンとお呼びください」
「では、そのように」
「サン、お前も自由に話すがいい。……では、本題に入ろう。ザーツラント皇子ベルノフリート」
「お前の知っている事を、全て話してもらおう」




