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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第八章 鏡を割りて殺せ
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238 戦争終結


 背中から地面に叩きつけられ、衝撃で息が出来なくなる。視界が真っ白に染まり、思考が明滅する。


 それでも、【飛翔】を使って何とか立ち上がりながら後退。咄嗟に身を守る“炎”の壁を無詠唱で展開し、シックの追撃を躱す。


「……ッハ……ッ……」


 肺に受けた衝撃のせいで息が思うように吸えない。うずくまりたい苦しさをこらえ、反射的に浮かんだ涙で滲む視界の向こう、正面にシックを捉える。


 シックは墜落したサンをそのまま拘束するつもりだったらしいが、無理やりなサンの後退が功を奏したらしく、少し離れたところからこちらを観察している。


「ハー……ッ。ハー……ッ」


 叩き落された動揺を抑えつけ、ゆっくりと呼吸を取り戻す。それから、全身の痛みや痺れを確認する。幸い、大きな怪我には至っていないようだ。


「やって、くれます……ね」


「お前への対策くらい、考えて来てるさ」


 それは、そうだろう。サンがシックとの戦い方を試行錯誤しているように、シックもそうだったというだけの話だ。


 シックにとって最も警戒すべきは【飛翔】と【転移】だろう。まだサンに見せていない手札があると見て間違いない。


「今、殺せたはず」


「そんなつもりは無い」


 端的な会話だが、嘘ではないのだろう。それなら、むしろ――。


「舐められたものですね……!」


 【飛翔】を【強化】に切り替える。右手で“闇”の剣を抜き放ち、左手に魔法を準備する。接近戦を挑むつもりだ。お互い殺す気が無いのなら、その方が時間を稼ぎやすい。


 しかしシックが叫ぶ。


「【従者】、聞いてくれ! 俺たちは闘わなくても済む方法がきっと!」


「いいえ、そんなものはありません。あなたが、その剣を手にする限り」


「でも……きっと! きっと何かあるはずだ! 何か、もっと良いやり方が――」


「無い! ……いいですか、神託者! 我が主は贄の王! 私達の道は、共に成り立ちはしない!」


「で、でも……でも!」


「くどい! その程度の覚悟なら、そんな剣など捨ててしまいなさい!」


 そうだ。


 そんなものは無いのだ。


 サンとシックが再び友達として手を取り合える日など、絶対に来ない。


 絶対に。


 ……絶対に。


「『貫き通して焼き尽くす! ――【赤の弓放たれり】』!」


 サンの左手から発現した炎の大矢がシック目掛けて撃ち出される。ごう、と大気を焼きながら走る大矢を、シックは思いっきり横に跳ぶ事で回避した。


「『形持たぬ鎖よ!――【鎖縛雷】』!」


 次に放たれるのは、対象を縛り付けて拘束する非殺傷の雷電だ。流石のシックも雷を避けられる訳は無く、その身に【鎖縛雷】が命中する。


 だが、どうやら何かしらの対策を身に付けているらしい。シックは僅かに顔をしかめるのみで、そのまま駆け出してくる。


「『【火炎餓蛇】』!」


 更に炎の蛇が創り出されると、シックに向かって真っすぐ伸びていく。走るシックは眼前に迫り来る【火炎餓蛇】を剣で一閃する。返す刀でもう一閃。十字に斬り裂かれた蛇はあっさりとかき消され散り散りになってしまう。


 サンとシックの間合いがそれぞれ一歩の所まで近づく。サンは敢えて大きく前に踏み出すと、同時に左手で魔法を発動しながら右手の剣で斬りかかる。


「『【清流盾】』!」


 現れた“水”の盾がシックの初撃を封じ、その一手目を無理やりにサンのものとする。


 腰を落とし、シックの足下を狙って剣を振りぬく。中途半端な位置で攻撃を中断させられていたシックだったが、半身を開く事で剣を回す空間を確保して足下への攻撃を防御する。そのままサンと入れ違いに回転すると、サンの頭目掛けて剣の腹で殴りかかってくる。


 これに対し、サンは更に腰を落として頭上すれすれで避ける。やや苦しくなった姿勢を取り戻すべく、シックと逆向きに身体を回しながら上体を起こす。


円舞曲(ワルツ)のように交代で身体を回すと、サンは回転の勢いを剣に乗せて袈裟斬りを放つ。しかし真正面からシックの剣に受け止められ、鍔迫り合いの形になる。


 二人はほんの一瞬だけ動きを止めるが、すぐさま同時に飛び退いた。


「『【水鬼鞭】』!」


 サンの左手から水の鞭が現れ、拘束で振るわれる。だが、シックはこれを軽々と打ってかき消す。


 後の先を取るようにサンが刺突を放つが、シックは僅かに斜めへ踏みこんで回避、その踏み込みからシックがサンの剣目掛けて斬り上げる。鋼の切っ先が黒刃の根元を剛力でかち上げ、強引にサンの手から剣を吹き飛ばした。


「『【爆蓮花】』!」


 サンは慌てずに“炎”の魔法を発動し、爆炎でシックを後退させる。頭上をくるくると回る剣に【動作】を繋ぎ、高い頭上から一気に振り下ろす。


 重力と遠心力を受けて、大きな威力を持ってシックに襲い掛かるが、それでもシックにはまだ軽いらしい。あっさりと受け止めると、逆に払い除けて見せる。


 繋がったままの【動作】で剣を手元に戻し、魔法を【動作】から切り替えた。


「『【憤怒の城拳】』!」


 サンとシックのちょうど間の地面から、土砂が勢いよく噴き上がる。城壁をすら容易く砕くサンの【憤怒の城拳】を前に、さしものシックも足を止めた。


「『平伏せよ。我の振るう不可視の手が、汝を地に叩き伏せん!――【風神掌】』!」


 更に続けて、【風神掌】による暴風が地面への凄まじい吹きおろしとして発現する。暴風は【憤怒の城拳】によって舞い上がっていた土砂を叩き、地面へと押し戻す。暴風と土砂の雨が、シックへと襲い掛かった。


 ごうごう、ばらばら、という轟音にの中に、鉄と石がぶつかる鋭い音が混じる。


 少しして風と土砂が止むと、膝立ちになって全身あちこちに浅い傷を作ったシックが見えるようになった。


 常人なら死んでいてもおかしくない連撃だったが、特に苦しそうにもしていない辺り流石というべきだ。恐らく、大きな傷になる石(つぶて)だけを弾く事で身を守ったのだ。


「相変わらず、人間離れしていますね。『我が意に従う大地の腕よ。――【土くれの手握】』」


 地面を突き破り、土の指たちがシックを捕えようと伸びる。シックは膝立ちの姿勢から一気に跳び上がると、追って伸びてくる指たちを蹴って前へ。サンの方へ向かってくる。


「お前こそ! とても、ただの人間とは思えない!」


 そう叫びながら、跳躍からの振り下ろし。サンは横に回り込むようにステップして避けると、シック目掛けて斬りかかる。


「当然です。私は、既に普通の生物では無い!」


 サンの剣戟は容易く受け止められ、壁でも殴ったような反動がサンに返る。顔をしかめながら、そのまま連撃を叩き込む。


 左手で“炎”、剣で刺突、ひねるように斬り上げ、左手で“土”、シックの足下をすくうように抉れた地面に合わせ、返す刃で斬り下ろし。


「『【炎仙華】』!」


 詠唱省略。“炎”を放ち、シックが避ける先を読んで斬り払い、受けられ、反動に乗って翻ると勢いを剣に、低い横振り。


「『【清流盾】』!」


 “水”の盾で反撃から身を守り、次にそれを消して頭と手首へ二連撃。しかしシックによって強引に鍔迫り合いに持ち込まれ、ステップを踏んで斬り離れる。


「『【地竜鱗】』!」


 地面が鱗型に剥がれて起き上がり、二人の間で壁となる。その隙に二歩三歩と皇太子、間合いを切った。






「ふぅー……」


 長い息を吐いて呼吸を整える間に【地竜鱗】が力を失い崩れ落ちた。


 互いの間合いの外から、サンとシックは向かい合う。


「普通の生物では無い、か。ならば、お前は何だと言うんだ」


 やけに落ち着いたシックの問いかけ。


「私は贄の王の従者。それ以外の何物でもありません」


「……その仮面の奥は、見せてはくれないのか?」


「えぇ、残念ながら」


「そっか。残念だ」






 サンはもう一度剣を上げ構えようとして――やめる。


「どうやら、私の役目は終わりのようです」


「何?」


 サンには見えていた。シックの背後、そのずっと向こう。


 ザーツラント皇城より、ザーツラント皇帝の旗が降ろされるのを。


 それの意味する所はすなわち、皇城の陥落。


 そして恐らく、皇帝の死。


 戦争は、終わったのだ。


 遠くから歓喜の声が聞こえてきて、それでシックにも理解が及んだらしい。剣を下ろすと、短く祈りを捧げて見せた。


「間に合わなかったか……」


「……えぇ。そのようですね」


 サンは、ややシックの真意を測りかねていた。もしシックが本気で戦争を中断させたいと願えば、恐らくサンには止められなかった。


 【神託の剣】を抜かれれば、抗する事など出来ないからだ。


 だがシックはそうしなかった。その意味が、サンには良く分からなかった。






「――では、私は退きましょう。それでは、また会いましょう、神託者」


 それだけ言って、サンは【転移】を発動する。シックの方も、別段止めようとはして来なかった。


 視界の全てが闇に閉ざされ、シックの姿も見えなくなる。


 安堵と、少し残念さを覚えながら、サンは城に帰って行くのだった。


 ――あぁ、でも。


 ――元気そうで、良かった。







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