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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
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24 宿命を変えるために


 火は陰り、土は膿み、風は腐り、水は病むとき。


 木々は細り、花々は褪せ、人々は飢え、山々は枯れるとき。


 それは大いなる邪悪が現れるとき。


 それは光を憎む闇の化身。


 それは大地を呪う悪の王。


 それは病と厄災を纏う影。


 それは神を殺す偽りの神。






 神は力を授けたもうた。


 それは白き刃の一振りの剣。


 それは光を集め、いつか闇を祓うもの。


 神はいずれ神託を下し、剣を英雄が振るうだろう。


 剣は深き闇を祓い、世にあまねく光をもたらす。


 忘れるなかれ。


 光と闇は対をなすもの。


 強き光あるならば、強き闇もまたあり。


 暗き闇あるならば、眩き光もまたあり。






 いつか闇が集い、闇の王が現れるとき。


 いつか光が集い、神託が下されるとき。


 人はその天秤を自らの手にするのだ。

                  」






 サンは主から渡された紙に記された文言を読み終える。どうして伝承というのはもっと簡潔かつ明瞭な文章を残してくれないのか疑問だが、残されているのはそういう類だけなのだから仕方ない。使えるものは有るものだけなのだ。


「この『大いなる邪悪』というのが【贄の王】を指すのでしょうか?」


 サンの疑問に対し、今代の【贄の王】は頷いて返す。


「それはここにある文献の内最も古いものを翻訳したものだ。最初の二文が【贄の王の呪い】と呼ばれるものだとすれば、現れる『大いなる邪悪』とは贄の王のことだろう。贄という単語が一つも出てこないのは、後世になってから贄捧げが考え出されたとすれば自然だろうか……」


「私が知る【贄の王】という伝承であれば、【贄の王】が現れるから、【贄の王の呪い】が生まれる。結果、作物が枯れたり人々が病に侵されたりといった現象が起こる。――しかしこの文献によれば、本来順番は逆なのですね」


「そうだ。それは私自身の記憶にも証明されている。私【贄の王】になるより前から呪いは進行していた。教会は【贄の王】が再び現れようとしているからだ、と表明していたが、私自身が【贄の王】になったことでそれは否定される。私の先代は少なくとも100年は昔なのでな」


「そして、現れた【贄の王】を『力』が討ち払う……と読めますね……」


「……【神託の剣】と呼ばれるものがある。【神託者】だけが扱うことの出来る、祝福された剣。【贄の王】の権能を破る唯一の力だ」


「『剣』は実在し、その【神託の剣】のことである、という事ですか」


「そうなる。――整理しよう。初めに大地が呪われる。病や災害といった事象が現れ、これは【贄の王の呪い】と呼ばれている。次に、【贄の王】が現れる。基準は不明だが、贄の王座によって人から選ばれるものだ。ここで少し時が開くが、神が神託を人に下す。神託を受けたものは【神託者】などと呼ばれている。【神託者】は【神託の剣】を振るい、【贄の王】を討つ。こうなるわけだな」


「【贄の王】の伝承は数多くあれど、英雄が【贄の王】を討ち果たし世界に光が満ちる、という最後は変わりません……」


「そうだな。私の持つ知識でも同じだ。【贄の王】は必ず【神託者】に討たれている」


 サンは沈黙する。主は淡々と語っているが、それはつまり主の命がそれほど長くない、ということを示している。


 今世界のどこにいるか不明だが、【神託者】は現れている。そして、この魔境を目指して進んでいるに違いない。


 そこで以前贄の王が口にしていたことを思い出す。『2年はかかる旅路』だと。時間が2年しか無い、という予言でもあるがそうではない。何故、2年だと分かるのか。例えば、今まさにアッサラの砂漠を北上していて、数月もかからないかもしれないではないか。


「主様。以前『2年はかかる旅路』とおっしゃられておりましたが、何故2年以上とお分かりに?」


「単純な話で、【神託の剣】のある場所から魔境まで2年はかかるからだ。【神託者】がどこにいるかは分からないが、剣から遠い場所ならもっとかかるだろう」


 納得の話だ。【贄の王】を討つために必要な物があって、それが置いてある場所から2年かかる。つまり、2年以上。


「では、その剣がおかれている場所とは何処なのでしょうか?」


「それは、お前の方が良く知る場所だ。――騎士の国ファーテル、その都だ」






 「私がファーテルの都にいた頃、【神託の剣】なる物の話など聞いたことはありませんでした……」


「そうだろうな。あまり公にはされていないはずだ。ファーテルに本拠を置く教会所属の騎士団があるだろう。あれの本来の使命は剣を守ることなのだ」


「神官騎士団、でしたか。腐敗した教会の象徴のようなものかと思っていましたが……」


 贄の王は大きく頷く。事実、教会の持つ戦力『神官騎士団』の評判は良くない。建前上こそ教会と信徒を守る騎士団だが、その実情は教会が世俗の権力を維持するための戦力。


 教会から破門された者の処刑や異端者狩りなど“ろくでもない”ことにばかり使われる騎士団なのだ。


「現代の教会が己の権力を守る為に神官騎士団を運用しているのは事実だな。だが少なくとも、本来設立された理由は違ったのだ」


「ゆえに剣のあるファーテルの都に本拠を置く……と。逆説的ですが、神官騎士団があるからこそファーテルの都に剣があると?」


「いや、順番としては剣が先だ。断片的だが、【贄の王】たちの記録のいずれでも剣はファーテルの都にあったと記されている」


「おかれている場所まで分かっているなら、剣を破壊したり隠してしまったり、ということは出来ないということですね?」


「詳細な場所まで分かっているわけではないが、そうなる。権能の影響を受けつけないようなのだ」


「あるいは、私ならば触れたり運んだり出来るという事はありませんか。あくまで眷属である私なら、剣の影響も少ないといった事は」


「分からん。そも、贄の王の眷属になった人などお前が初めての筈だ。恐らく無理ではないかと思うが……」


 それならば、とサンは提案する。自分が剣を何とか出来ないか試してみよう、と。


「無駄な試みにはならないと思います。それに、剣そのものを調べることで分かることもあるのではないか、と」


「なるほどな。ファーテルの都であれば転移も可能だ。やってみる価値はある」


「でしたら、是非私をファーテルの都に。剣を探し出し、何か出来ないか探ってみたいと思います」


 それを聞いて、贄の王は考え込む。サンが何を悩んでいるのだろうと思えば、続く言葉でそれが分かる。


「……いいだろう。ただし、今回は私も同行する。――リーフェンのようなことがあっては私も堪ったものでは無いのでな」






 かくして、贄の王とその従者はファーテルの都に姿を現す。必ず【神託者】に討たれて終わる【贄の王】の物語、その最後を変えるために。


 ――呪われた宿命を、変えるために。






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