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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第八章 鏡を割りて殺せ
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237 再びぶつかる

大変長らくお待たせしました……!

多忙も落ち着きましたので、これから更新速度ばりばり戻していきますぜ!


 ザーツラント・ラヴェイラの戦争は贄の王とサンの介入により、一気にラヴェイラの優勢へと傾いた。ザーツラントが崩壊した南部方面軍を立て直す間に、ラヴェイラ軍は温存していた戦力を一気に投入。ザーツラントの都目前まで迫った。


 これに呼応するように、ザーツラント北の隣国であるファーテルが突如宣戦布告。万全の大軍でザーツラント北部方面軍をバラバラに引き裂いた。


 ザーツラント帝国が落ち目と見るや、ザーツラント各地の小王や領主たちが次々と独立を宣言し、同時にザーツラント本国へ宣戦を布告した。


 大国であったはずのザーツラントは、まさに坂道を転げ落ちるように滅亡へと向かい始めたのである。






 場所、ザーツラントの都、帝都ザトゥア。


 その都は、つい先日までの日常を失い、混乱の渦中にあった。敗戦に怯え、今更のように脱出を図る者。


 定款に染まり、憂鬱に平穏を過ごそうとする者。


 帝国を信望し、盲目的に勝利を願う者。


 神に縋る者。


 神に呪詛を吐く者。


 何も分からぬ子供は、大人たちの様子に首を傾げるのみ。


 全て悟った老人どもは、若者たちの行く先にため息を零すのみ。


 民衆に情報を伏せていた筈のザーツラントであったが、その窮地をとうとう隠しきれなくなったのだ。今や都の誰もが帝国崩壊の足音を耳にしており、日々まき散らされる新聞には政府と皇帝への批判が堂々と書かれるようになっていた。






 そして、某日。


 ラヴェイラからの再三に渡る降伏勧告を退け続けたザーツラント。その都、帝都ザトゥアをラヴェイラ軍が包囲した。


 民は怯えて家々に隠れて息を押し殺し、都を囲む高い城壁にはかき集められた軍がラヴェイラ軍と相対していた。


 ラヴェイラ軍が最後通告と共に降伏を呼びかける。そして、ザーツラント軍がこれを拒否する。儀礼ぶった会談が終わり、ラヴェイラ軍が攻撃時刻を宣告した。


 やがて砲声と共に、帝都ザトゥア攻略戦と呼ばれる事になる、結果の決まりきった戦いが始まった――。





















 開戦の砲声を、サンは帝都の中で聞いていた。仮面とフードを隠した格好で、とある通りの真ん中に立っている。


 辺りには、見渡す限り誰も居ない。皆戦火に怯え、逃げるなり隠れるなりしているのだろう。


 サンと贄の王はザーツラントでの動き方に随分迷った。


 ベルノフリートにスパイだと看破され、交渉も決裂してしまった以上はもうスパイとして出来る事など無い。しかし、ザーツラントが抱える秘密をみすみす逃したくはないのも事実だ。


 一方、()()())事情により、この戦争を長引かせるわけにもいかなくなった。早急な終戦を求め贄の王はラヴェイラ軍を急がせたが、勝ち目が無いにも関わらず降伏しようとしないザーツラントにより、避けたかった状況に陥ってしまう。


 サンと贄の王が避けたかった状況。


 それは、つまり――。






 サンの見つめている一つの扉が開く。


 大きく、見事な彫り物がされた扉だ。その向こうから、一人の人物が現れる。


 その人物は大事そうに扉を閉めると、扉――教会を背にして真っすぐ歩き出す。


 そして、ぽつんと一人で立つサンに気づくと目を見張り、複雑そうな表情を浮かべながら、サンに向かって歩みを進めて来る。


 遠かった距離が、縮んでいく。


 その顔が、その目が、よく見えるようになる。


 そして。






「――お久しぶりですね。【神託者】」






 目の前で立ち止まった懐かしい顔に、サンはそう声をかける。


 茶髪の少年は、その目を少し伏せた。





















神託者シックザール。


 ターレルの都にて、かつて【聖女】より受けた被害からの復興に尽力していたはずのその存在がザーツラントの都にいる。これは全く公にされていない事だ。


 その一挙手一投足をつぶさに監視されている彼が誰にも知られずにザーツラントまで辿り着く事は非常に難しいはずだ。少なくとも彼が一人で出来る事ではない。


 よって、彼がここに居るのは教会の意向と見て間違いない。


 そしてその目的は恐らく――。


「この戦争、そうまでして教会は止めたいのですね」


 神託者は、シックは、答えない。


「この状況、ザーツラントが助かる道はもう無い。今更全てをひっくり返すには、どんな力も間に合わない。……たった一つを除いて」


 正直、理解は出来ない。


 教会は神官騎士団を使い、執拗なまでに皇子ベルノフリートを殺そうとした。それなのに、どうして今更ザーツラントを救おうとするのか。サンは納得出来ていないが、それでもシックがここに居る事が証拠だ。


「神託者。あなたの名声や立場、そして【神託の剣】の力があれば、今からでもこの状況を変え得るでしょう。ザーツラントという国を救う事も出来るでしょう」


 事実だ。


 たった一度だけ、サンは【神託の剣】が振るわれた瞬間、あの光景を目にしている。


 【贄の王】をすら滅ぼし得る神の如き力ならば、人間の軍勢など一まとめに薙ぎ払えるだろう。


 神託者の介入によりザーツラントは救われる。教会が守りたい何か――恐らくサンと贄の王が求めるザーツラントの秘――もまた、守られる。


 だが。


「……正直、残念に思います。教会の手先に成り下がるなど。あなたの力を、教会の私欲に使うなど」


「ち、違う! 俺は――」


「ならば、何のためです。今更になって、こんな所まで来たのは」


「……っ。それは……平和の為に……」


「欺瞞ですね。あなたらしくも無い」


それきり、シックは何も言わなくなってしまう。


 その様子を見て、サンにはよく分かった。いや、そんなものを見るまでも無く、最初から分かっていた。


 シックだって、この状況は本意ではないのだ。


「……神託者。今からでも間に合います。【神託の剣】を捨てて下さい。そうしてくれれば、我々はあなたに出来る全てを行いましょう。あなたに代わって世の平穏を守ってもいい。この戦争だって、一切の犠牲を出さないまま終わらせると約束します。ですから――」


「それは――。それは、出来ない。神が……それを、望まれるんだ」


「……そうですか。残念です」


 それから、二人の間にしばらくの沈黙が降りた。都に鳴り響く戦争の音が、どこか他人事のように聞こえてくる。


 ふと、シックが顔を上げた。フードの下、仮面の奥のサンの瞳を見つめてくる。


「……もう、行かなきゃ。そこを、退いてくれないか。【従者】」


 シックの目が、ゆっくりと力を帯びる。戦いへと臨まんとする目だ。


「それは出来ません。私の役目は、ここであなたを止める事ですから」


「怪我はさせたくない」


「お優しい事ですね」


「……退く気は」


「出来ないと言ったはずですよ」


「それは、残念だ」


 静かに、シックは腰に佩びている剣を抜き放つ。


 【神託の剣】では無い。どこにでもあるような、本当にありふれた剣だ。


 どういう理由かは知らないが、【神託の剣】を抜く気は無いらしい。


 サンもまた、贄の王より授けられた“闇”の剣を抜く。黒く、優美な剣。【神託の剣】には及ばずとも、これもまた人智を超えた超常の力を秘めている。


 【神逆の剣】と銘を与えられた真の力を解放すれば、サンをして一騎当千の武力を得る事が出来る。


 しかし、その大きすぎる代償から決して気軽には扱えない。その上、シック相手には相性が良くない。結果、サンは剣の真価を収めたままの戦いを選択する。


 黒い剣のサンと、鋼の剣を持つシックが向かい合う。黒い刀身の向こう、シックの茶色の瞳が射抜くようにサンを睨みつけ――。


「ふッ――!」


 鋭く吐息に気を込めて、シックが踏み込む。強く踏みつけた地面から伝わる体重の反動を切っ先に乗せて、サンへと振りぬいてくる。


 ――相変わらず、なんて鋭い剣!


 内心で感嘆しながら、シックの剣閃に黒刃を差し込んでその起動をズラす。そして僅かに生まれる空間の隙に潜り込み、シックの攻撃を捌ききった。


 受け流しきれなかった衝撃が刃を伝ってサンの手にびりびりとダメージを与えてくる。


 決して真っ向から受けてはいけない。受けてしまえば、途端に剣あるいは身体まで吹き飛ばされかねない。


 剣術、膂力、どちらもシックの方がずっと上だ。剣だけの戦いでは勝ち目などとても無い。よって、サンは戦いを己の場にする事を優先する。――つまり。


 空いている手で“闇”の魔法【飛翔】を発動。牽制の剣撃と共に地を蹴って、宙へと体を躍らせる。


 一気に中空へと浮かび上がり、シックの間合いから逃れる。同時、右手の【強化】を解いて次なる魔法を準備。更に、そのまま詠唱する。


「『我が意に従う、大地の腕よ。――【土くれの手握】』」


 石畳を割り砕いて、幾本の土の指がシックに向かって伸びる。自らを握り捉えようとしてくる指たちを見て、シックは後方へ跳び退った。


 中空でサンは更に後退する。シックとの間に稼いだ距離は、そのままサンを守る壁だ。


 続けざまに魔法を発動し、シックに向けて放つ。


「『【杭の逆雨】』!」


 石畳を割り砕いて次に現れるのは、シックに先端を向けた土の杭たちだ。


 自らを裂き貫かんとする杭たちに対し、シックはまたも飛び退る事で回避した。


 サンとシックの距離が、また開く。


「『嵐の王よ、我に息吹を!――【嵐風乱牙】』!」


 続けて、不可視の槍で乱れ突く。横に転がって風の攻撃を避け、シックはそのままの勢いで建物の陰へ。


 距離は開けたいが、逃げられるのは困る。サンは【飛翔】を操ってシックが隠れた建物の上空へと回り込み、その姿を追う。そして屋根同士の隙間から人影を見つけると同時に、更に魔法を発動する。


「『踏み鳴らし、地を震わす。翼無きもの抗うべからず、這いて大地を抱くべし。――【震わしの唸り声】』」


 サンの手から放たれた波動は真っすぐに地面へと向かって走る。そして地面に辿り着くと、ぐぉおん、という低い響きと共に大地を震わせた。


 ぐわんぐわん、と揺れる大地を、しかしシックは強靭な体幹で無理やりに走り抜けていく。その背に向けてサンは次々魔法を放つが、いずれも避けられてしまう。


 ――なら、少し大きな魔法を!


「『目覚めよ水精。我にその力を貸し与え、広き大地を制圧せよ――』」


 その時、眼下で走るばかりだったシックが動きを変える。唐突に反転、上空のサンに向かって駆け戻ってくる。


 サンは僅かに迷うが、如何にシックとて自分の高さには届くはずがないと判断し、魔法の続行を選択する。


 しかし、シックは曲芸じみた跳躍で建物の壁を蹴り、屋根に登ると、更に上空のサン目掛けて高く跳んだ。


 ――まずいっ……!


 サンは慌てて後退しようとするが、間に合わない。瞬く間にサンの眼前まで迫ったシックは、空中でその剣を腹の向きで振りぬいた。


 シックの剣は、サンが咄嗟に身をかばった腕に直撃。サンの身体を地面まで叩き落した。


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