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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第八章 鏡を割りて殺せ
237/292

235 掃除


 砲声、銃声、また砲声。


 爆発が起こり、土煙が噴き上がる。洪水のような水流が、荒れた大地を泥濘(でいねい)へと変える。暴風がごうごうと叫びを上げて、雷の閃光が瞬き走る。


 火と鉄。


 魔と血。


 死と、死――。






 ラヴェイラ・ザーツラント戦争はその暴威に数多の人々を呑み込んでは肥大化し、あまりに多くの死を振りまいていた。


 両国軍が衝突している広大な戦線は拮抗しており、この数週間ずっと同じ場所に固定されていた。近年急速に発達した大砲の撃ち合いは、両国の軍に新たな戦術を生み出させるに至る。


 それは後に、塹壕(ざんごう)戦と呼ばれる事になった。


 緑豊かな丘陵地帯だったはずの場所はすっかり土がむき出しの荒れ地に変わり果ててしまっていた。雨のように降り注ぐ鉄にひっくり返されてしまったのだ。


 そしてのその上を軍靴が踏み固め、また鉄に耕される。


 ずっと、その繰り返しだった。






 ザーツラントは国費の大半を軍事に費やす軍事国家である。複数の民族、小国が交じり合う国柄、またその成り立ちがそうさせたのだ。


 本質的に海洋国家であるラヴェイラと比べて、その陸軍は強大である。


 ではそのザーツラントが何故ラヴェイラと拮抗しているかと言えば、それは偏にザーツラントが南北に敵を抱えており、半分の力でラヴェイラと戦わねばならないでいるからだ。

二分されていながら大国ラヴェイラと同等と考えれば、それはむしろザーツラント軍の強力さを示唆しているのかもしれない。


 一方、ラヴェイラが全力かと言えば、これもまたそうでは無かった。


 現場の将校が疑問に思うほど、ラヴェイラ軍は戦力を温存したがった。とにかく戦線の維持にこだわり、決して侵攻しようとしない。そこに何かの意思がある事は明白であった。


 二正面作戦を強いられるザーツラントと、侵攻を嫌うラヴェイラ。


 奇妙な拮抗は、それでも確実に死者を生み出し続けていた。






「――これが、戦場か」


 ある日、ラヴェイラ側の陣に一人の男が居た。


 全身黒ずくめと言った様子のその男は、冷たい青の瞳を戦場に向けながら、誰にともなく呟いた。


「如何ですか。辛気臭いでしょう」


 その傍らに立つ男がそう言う。周囲の兵達に最敬礼を向けられながら、全く気に留めていない。


「長く居たい場所では無いな」


 黒い男――贄の王が答える。


「御身に相応しい場所ではありませんね」


 傍らの男――アルマン将軍が当然のような顔で返す。


 贄の王が戦場を見たいと言い、アルマン将軍が案内を買って出たのだった。現ラヴェイラ軍最高司令官アルマンの唐突な来訪に前線将校達は大いに慌てたが、アルマン将軍本人は気にした様子も無い。


「それで、今回はどのように? 御身自ら動かれるのですか?」


 アルマン将軍が問いかける。対して、贄の王は目を戦場に向けたまま答えた。


「あぁ。一手を打った後にな」


「ほぅ。一手、とは?」


「すぐに終わる。予備兵力は十分か」


「ご命令通り。一声下さればザーツラントの都まで一息に攻め込んで見せますとも」


「何よりだ」


 それだけ言うと、贄の王はくるりと戦場に背を向けて歩き出す。


 そして、誰にともなく言った。


「やれ、サン」






「――かしこまりました」


 連絡の指輪を伝って聞こえた命令に、サンはひとつ返事をする。そして、眼下の町を睨みつける。


 【飛翔】の力により、町の遥か上空に浮かんでいるのだ。


 それほど大きな町ではない。つい先ほどまでいた帝都と比べれば塵のような町だ。


 既に民間人が居ない事は確認済み。町はザーツラント軍の基地として、前線を支える指令所にして兵站を担う基地の役割を果たしている。


 ここが落ちれば前線の維持は不可能になる。つまりは、それこそがサンの役目だ。






「『我こそは星に愛されしもの――』」


 ――あぁ、懐かしい魔法だ。


「『我と我が身を映さんと、星々はその煌めきを宿して照らす――』」


 ――初めて使った大魔法だったっけ。


「『我に名は無く、必要も無い――』」


 ――あの時は、本当に必死だったなぁ。


「『我こそは遥かなる時の始まりより、世界の意味を詠うもの――』」


 ――懐かしい、何もかも。


「『星よ、我に従え。星よ、我を照らせ。我が敵は汝らの敵――』」


 ――もう、戻れはしないんだなぁ。


「『汝らが照らすに値せず。ゆえに潰え、光の生みだす陰りの中に、その身を溶かして消えていけ――』」






 サンは何か、とても懐かしい思い出をふいに思い出したような気分に浸っていた。


 ひどくひどく、懐かしい。


 もうはっきりとは思い出せないのに、その暖かさだけは確かに残っているような、不思議な感慨。


 ふと、サンは気付く。これは、今サンが感じている何かは、“サン”を創った皆の内の誰かの想いが混じっている。誰かの想い出と、“サン”の感傷が、共鳴するようにサンの心を満たしている。


 ――これは、誰の記憶だろう?


 分からない。思い出せない。


 暖かさだけが、残熱だけが、そこにあった。






「『今、我はここにうたうもの。星の愛し子の声を聞き、世界よその意を果たすべし――』」


 唱える。懐かしさを抱きしめるように。


 唱える。熱に心を浮かべるように。


 唱える。過去に別れを告げるように。






 ――元気にしてる? シック。


「『――【新星の炎】』」






 ぽっ、と熱が生まれた。


 とてもとても小さな熱は、しかしとても大きな力を秘めている。


 極小の極熱が眩い光を放つ。


 天高い所にあるそれは、まるでもう一つの太陽のよう。


 地上を歩く人々が、その光に目を覆いながら空を見上げて――。






 熱が解放された。


 一瞬きの間に、大地の上を駆け抜けた。


 大毅が爆発し、草木が消え、土を焼き、何もかもを灰へと変える。


 灼熱が世界を塗りつぶし、その代償に関わらず全ての声明を焼いて絶っていく。


 ――やがて、小さな町ひとつ分、灰の海が出来ていた。





















 熱の解放を()()に制御しきったサンには、町が灰の海に変わる一部始終――ほんの一瞬だったが――見えていた。かつては直後に気絶していた事も思い出されて、我ながら微笑ましいと少し笑顔を浮かべた。


 それから、連絡の指輪に魔力を込めると、一言だけ呟く。


「後は、お願いしますね。主様」






「――見事だ。こちらは任せるがいい」


 贄の王は傍らのアルマン将軍に声をかける。


「私が敵を滅する。続いて、大攻勢をかけよ」


 アルマン将軍はニッと笑うと、手近な将校の一人に何事か言いつけた。


「全ては、御身の思うがままに」


 贄の王は答えず、その場で【転移】を行使した。その行先は、戦場の只中である。


 荒れ切った大地にひとり立ち、短く言葉を唱える。


「『空の王を従えて、我は星を征する也。――【嵐龍征星】』」


 ごうごうと、大気が急速に空の一点へと集う。一点は緑の光を放つと、五つに別たれ、それから五本の巨大な竜巻に変じた。


「行け」


 五本の竜巻は、そのまま猛烈な速度で――その巨大さから酷く遅いように見えた――ザーツラント軍に向かって進み始める。


 竜巻は地上のありとあらゆるものを巻き込み、バラバラに引きちぎりながらザーツラント軍を蹂躙し始め――。






 地平線の向こうまで、全てを破壊し尽くしてから竜巻は消えた。つい先ほどまで戦場だった荒地は、寒々しい沈黙だけに支配されている。


 砲声も、銃声も、もう響く事は無かった。


「これでザーツラント軍は片付いた。後は、サンがどこまで入り込めるか、だな――」







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