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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第八章 鏡を割りて殺せ
235/292

233 ことば


 旅を続けること数日。サンとベルノフリート率いる大隊はザーツラントの都、帝都ザトゥアに到着した。


 これを以てサンの皇子護衛は終了したことになる。ベルノフリートはサンの宿を手配してくれ、依頼報酬などは後日引き渡すと約束してくれた。


 意外にあっさりした別れの後、サンは早速とばかりに贄の王の下へ向かう。これまでの事、これからの事など、話すべきことはたくさんあった。






「――以上が、ここまでの経緯になります」


 ザーツラントへ向かってからの一連の事を報告し終える。最大の目玉はやはり、ザーツラントの皇子ベルノフリートと知己を得た事だろう。既に次の約束も取り付けているとなれば、まず間違いなく上出来の部類だ。褒めて貰えるかも、とやや期待しつつ主の言葉を待つ。


 しかし、贄の王が発した言葉は予想していたものとは違った。


「……読めんな。だが、謀られているぞ」


「……え?」


「お前はベルノフリートに謀られている。恐らくは何かの確信を与えているな。しかし、そこからが読めん。排除を諦めたのか、それともそこまでの自信が……? まるで自殺行為にしか思えないが」


 一人思考に沈み始める主をサンは慌てて引き留める。


「ちょっと、ま、待って下さい。私、何か失態を?」


「そのままだ。スパイだとバレている。その上で泳がされているようだが、その狙いが読めん」


「え、えぇ……?」


 サンは間抜けにもぽかんと口を開けてしまう。


『スパイだとバレている』? 一体、いつから? 全くバレていないと思っていたのに?


 あまりに多くの疑問が溢れ出てしまい、咄嗟に言葉が出ない。そうしている間に、贄の王は一人で次の思考へ進んでしまう。


「何かあるな。ザーツラントには何かある。その何かのせいで、私の予想と動きがズレている。それは何だ。国運のかかった戦争よりも重大な何かとは? 教会の存在がやはり鍵か」


 ちなみに、ベルノフリートの大隊が神官騎士団に襲撃を受けた事は報告済みだ。贄の王にも予想外だったらしく、少し驚いていた。


「教会と言えばラツア司教の言った『教皇が()()()()()()()指示をした』という言葉が思い出されますが」


「うむ。教会とザーツラントの並々ならぬ関係を示唆しているが、その正体が掴めんな」


「うーん……。その指示と前後関係を巡って揉めたという可能性はありませんか?」


「考えんでは無い。だが、執拗にベルノフリート殺害を求めた辺り納得は出来んな」


「そうですか……」


 贄の王に分からないものを自分が分かるとは元より思っていない。もちろん、だからといって何も考えないなんて事はしない。


「――まぁ、いい。分からぬものは一度捨て置く。戦争についてだ。サン」


「はい。今後はどうされますか?」


「ラヴェイラ・ザーツラント戦線は膠着している。そもそもが時間をかけたくない戦争だ。ここで一度戦局を動かす」


「動かすというと、どのように?」


「戦線の後方を抑える。兵站を破壊し、前線の維持を不可能にした後にファーテルと共謀して大攻勢をかける。これ以上他勢力が介入する前にザーツラントを降伏させるとしよう」


「分かりました。私はどのように動きましょうか、主様」


「少し悩むが……。ザーツラント後方を叩く役目、お前に任せようと思う。この時【従者】による攻撃だと喧伝せよ」


「それはつまり、教会の思惑を探るという事でしょうか?」


「そうだ。神敵【従者】がザーツラント滅亡に一枚嚙んでいるとなれば、教会も動きを変えざるを得ないかもしれん。加えて、ザーツラントも揺れるかもしれない」


「承知しました。全て主様の御心のままに」





















 それから、サンと贄の王は細かい話し合いに入り、今後ザーツラントをどう滅ぼすか決めていった。贄の王の計画では、ザーツラントはファーテルと分割し、皇室は解体するつもりらしい。


 そんな打ち合わせも終わり、休憩とばかりにお茶を淹れていると、部屋のドアが開いてヴィルアイドが入ってきた。恐る恐るとばかりに部屋を覗き込み、入っても問題無いと理解すると小走りでサンの下までやってくる。


「おっと……。危ないですよ、ヴィル。火傷しちゃいますよ」


 ティーポットにお湯を注いでいたサンのスカートにしがみついて来たヴィルを受け止めつつ、それとなくティーポットや熱湯から離す。


 そのままお茶を蒸らし終え、三人分のカップに注ぐと、ヴィルを持ち上げてソファーに座らせる。


「んっ……しょ、と。重くなりましたね。背も伸びた気がします」


「子供の半年は長い。良く成長しているという事だ」


「本当に。……嬉しい事です」


 ヴィルの分のお茶に砂糖を入れてやり、ティースプーンで混ぜる。サンと主の分には不要だ。


「はい、どうぞ、主様。ヴィルも、はい」


「頂こう」






「――それにしても、ヴィルが来てからもう半年ですか。何だかあっという間でした」


 かつてターレルの都で贄にされる所だったヴィルを救い、【聖女】との戦いを終え、およそ半年が過ぎていた。


「そうだな。早いものだ」


 贄の王も頷いて同意してくれる。


 しかし、サンが贄の王の下に現れたのだってまだ一年半くらい前の話だ。何だかもっと長い時間を過ごしていた気がするのは、この魔境に来てからが“サン”の全てだからだろうか。


 今から一年が経過したとして、その日も同じような感慨にふけっているのだろうか?


 ――それとも、その頃には――。


 サンは目を閉じると、ゆっくり息を吐く。胸の奥で、何かの傷が強く疼いたからだった。


 くい、と袖を引かれ、見ればヴィルが不安そうな顔をしている。サンの心中が伝わってしまっていたのかもしれない。


 大丈夫だよ、という意味を込めてヴィルの頭を撫でてやる。灰色の髪は細く、触れる手が心地良い。


 そこでふと、思い出した。


 ヴィルについて、思い当たった事があるのだった。


「あの、主様」


「何だ」


「実は、ヴィルについて気が付いた事が――」


「なんだ」


「――って、え?」


「なん、だ?」


 一瞬、硬直する。サンの目戦は贄の王の方を向いたままだが、主もまた硬直していた。


「なんだ、さん」


贄の王の声では無い。もちろん、サンの声でも無い。


 それはつまり。


 サンの目が隣のヴィルに向く。灰色の瞳と視線がぶつかると――。


「さん。なんだ」


 喋った。


 話した。


 あの、ヴィルが。


 今まで一度も朽ちの効けなかったヴィルが。


 サンの名を、呼んだ。


「ヴィ、ヴィル。あなた……」


「さん。さん、さん」


 ひどく舌っ足らずで、幼い声。


 それは確かに、ヴィルの声だった。


「主様……! 今、ヴィルが……!」


 じわじわと込み上げてくる喜びを隠せもしないまま、主の方を向く。贄の王もまた、酷く驚いた顔でヴィルを見ている。


「あぁ、私も聞いた。これは、驚いたな」


「ヴィル! ヴィル、もう一回! もう一回言えますか!?」


「さん。さん」


「――!! そ、そう! サンですよ、ヴィル!」


 嬉しさのあまり、ヴィルの頭を抱きしめてしまう。


「ヴィルが! ヴィルが、話せるようになるなんて!」


 腕の中にあるヴィルの顔を見下ろせば、ヴィルは嬉しそうにはにかんでいた。それがまたとても可愛らしくて、サンは抱きしめる腕により力を入れてしまう。


「落ち着け、サン。ヴィルが窒息するぞ」


「あ、そ、そうですね。ごめんなさい、ヴィル。……あぁ、でも! とっても嬉しい。ね、ヴィル」


「ん。さん」


 サンは嬉しさのあまり涙ぐんでしまい、それを拭いながらヴィルを撫でる。


「じゃ、じゃあ、ヴィル。こちらは? こちらの方は?」


そう言ってヴィルに贄の王を示すと、少しもごもごしてから言葉を発した。


「あ、ぅじさ」


「――!! 主様! 今、主様って!」


「サンの呼び方が移ったのか。成る程……」


「あじ、さぁ」


「あぁ! もう、ヴィル! そうですよ、主様です!」


 サンはヴィルが口を利いた事に感激しっぱなしだった。ヴィルが言葉を喋ったというそれだけの事が、とにかく嬉しくて堪らないのだった。


 それはどうやら贄の王も同じようで、珍しく嬉しそうな笑みを浮かべていた。






 この時以来、ヴィルは拙いながらも言葉を使うようになり、それはどんどんと達者になっていく。


 サンにとって、あるいは贄の王にとっても、喜ばしい日々になるのであった。







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