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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第八章 鏡を割りて殺せ
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231 デブリーフィング


 ベルノフリートの大隊が受けた損害は相当に大きなものだった。


 全体の三割以上が死亡または重傷であり、サンが合流しなければ幾ばくも無く全滅していた事だろう。あるいは、本当に皆殺しにされていた可能性すらあったのかもしれない。


 大隊は負傷者の応急処置だけを済ませると、死者の回収や弔いすらせずに離脱、即座にザーツラントの都を目指して移動を再開した。


 サンの大魔法【星芒壁】によって敵軍は壊滅したが、そもそもからして別の場所で敵部隊を二つも撃破した後だったのである。流石に、とサンは思いたいのだが、また新たな敵が現れないとも限らない。


 また、比較的近い距離にあるヴェーアドの街へ退却しないのは、ヴェーアドにいる軍隊が信用出来ないかららしかった。ヴェーアドは親ラヴェイラ系の街であり、ザーツラント本国の皇子ベルノフリートには気を許せる土地では無いのだと言う。


 大損害を受けながらまともに再編もせずに進む。そうなればもちろん不安なのは、道中で更なる襲撃を受ける事だが――。


「――そこはほら、そこに強い戦力が居るだろ。……との仰せだ」


 苦笑いを浮かべつつサンにそう言うのは、ゲルトルーデである。ベルノフリートの腹心の一人であり、今はサンのお目付け役である彼女は、先ほどの戦闘でも無事に生き残っていたのだ。


「その戦力と言うのはやはり、私の事なのですよね?」


 サンが分かり切った質問をすれば、ゲルトルーデも苦笑いのまま頷く。


「しかし実際、あの魔法は凄かったぞ。最初は何が起こっているのかと思い、その後は主の起こしたもうた奇跡かと思ったものだ。あんな偉大な力が存在するとはな!」


「まぁ……。いくらでも出来るとは言えませんが、あれくらいでしたら……」


 集中して詠唱を唱える時間をくれるなら、あと数度は使えるはずだ。サンがそう言えば、ゲルトルーデは大げさに驚いて見せる。


「何と謙虚な事だ。現代最強の魔法使いという可能性だってあるのではないか? エッフェンティートの再誕のようだな!」


 現代最強、などと言われてもサンの記憶には贄の王とラツア王の凄まじい戦いがまだ色濃く残っている。あれを見てなお自分が最強かもなどと自惚れられる訳は無い。今度は、サンが苦笑いを浮かべる番だった。


「まさか……。私なんて、本当にまだまだですよ。私の師ならば、あれくらい息をするくらい簡単に使えてしまいます」


 それは誇張どころか控えめかもしれない程の話だったが、ゲルトルーデは冗談だと思ったらしい。はっはっはと豪快に笑うと、あり得ないと言ってきた。


「それこそまさか、だろうに。全く謙虚なのだなぁ。憧れてしまいそうだ。はっはっは!」


 本当の話なんだけどな、と思ったが、黙っておいた。信じてもらえない気がしたからだ。






「それで、あれは何と言う魔法だったのだ? あの、偉大な魔法は?」


「【星芒壁】という魔法です。“星”に属する“土”の大魔法で、高さにして数百mの壁を生み出すだけの、比較的単純な魔法ですね」


「【星芒壁】か……。私に使える日は来ないだろうが、あの光景は今も目に焼き付いているぞ。あぁ、私がもう少し若ければ、まだ夢も見られたのにな!」


 一個人が扱える魔力量には限界がある。産まれてから増え続け、二十歳ごろ最大に達すると、後は緩やかに減っていく。ゲルトルーデはもう二十歳を越えているだろうから、現時点で大魔法に足りない魔力量ならば、今後も使える可能性は無いのだ。


 大魔法を扱えるほどの魔力量を持ち、かつそれが衰えるより前の若さで大魔法に至るほど魔力制御に優れるような人間は、普通いない。


 十分な魔力量を持つには若い必要があるが、若すぎては実力が足りない。十分な実力を得る頃には、魔力量が衰えてしまって使えない。これは古代から続く、魔法使いにとって有名なジレンマだ。


 そして、扱える魔力量は生まれで決まる。


 それは遺伝だ。親の魔力量が多いほど、子の魔力量も多くなる。


 だからこそ、古来より魔法使いたちは魔法使いの血を濃くし、それが現代に続く貴族王族になっていった。王族であるエルザの肉体を持つサンの魔力量は多くて当然なのだ。


 歴史書に載っているような偉大な魔法使い達が揃って貴い血筋なのもまた、偶然ではない。


「――そう考えると、エルザ殿はさぞ良い血筋なのだろうなぁ。あぁ、いや。詮索するつもりはないのだが」


 そう言われて、サンはややぎくりとする。偽名を『エルザ』にしたのは失敗だったかもしれない。


 今のサンの設定を考えると、ファーテル出身の亡命貴族で、恵まれた魔力量を持ち、死んだ筈のお姫様の名前を名乗る少女。また、外見はそのお姫様そのもの。


 ……今更考え直すと、隠す気があるのかと思われても仕方ない気がする。


 特にベルノフリートなどは、隣国の皇子だ。


 ――これ、手遅れ……?


 いや、いや。生前エルザは全く外に顔を晒していなかった。まだ、何とかなる。サンはそう思い直す。いや、言い聞かせる。


 大丈夫。大丈夫である。……きっと。






「それよりゲルトルーデさん。あの……先ほどの敵の正体というか……」


「あぁ……」


 話題を変えようとサンが聞いたのは、サンと大隊が襲撃された敵についてである。ずっと気になっていた事があったのだが、聞かれたゲルトルーデはあからさまに顔をしかめた。


「控えた方が良いですか?」


「いや、特に口留めはされていないが……。むーぅ」


 口留めはされていないが、積極的に広めたくも無い。そんな葛藤が感じられた。


 ゲルトルーデはサンの耳の方に顔を寄せると、出来る限り声量を落として聞いてきた。


「エルザ殿は、あー、知っているのか?」


 聞きたいのは多分、敵の正体を既に知っているかどうかだろう。


「えぇ、まぁ……。それを確かめたいと思ったのですが」


 二度目の襲撃を受ける直前の時だ。サンはベルノフリートから投げ渡された布の切れ端、そこにあった印を思い出す。


「ならまぁ……いいか。敵の正体は――神官騎士団だ」


 やっぱりか、とサンは心中で呟く。


 あの敵はラヴェイラでもファーテルでも無い。


 教会の持つ固有の戦力。神官騎士団だったのだ。






 ザーツラントという国が現在、正式に戦争をしているのは、まずラヴェイラ。一連の動乱の発端である、()()()王位を巡っての戦争だ。


 次に、ザーツラント国内の親ファーテル系。ラヴェイラとザーツラントの戦争開始と同時に彼らが発した独立宣言が切っ掛けである。


 更に、非公式だがファーテル。直接の戦端は開かれていないが、親ファーテル系をファーテルが裏から支援しているのは自明である。


 既に、ザーツラントは南北から包囲されているのだ。


 そしてここに、教会までが加わるという。


 この状況が、いまいちサンには理解出来ない。ザーツラントの窮状は別にいい。特に思い入れも無い国である。


 だが、一連の戦争を最初に起こしたのはザーツラントなのだ。


 軍事の素人であるサンにだって、敵に包囲されたらマズいという事くらい分かる。ザーツラントの軍人たちにそれが分からなかったはずは無い。


 端的に言えば、何故ザーツラントは自殺同然の引き金を引いたのか?


 教会の思惑も謎だ。一体どんな理由があって、教会はベルノフリートを襲撃したのか?


 サンは思い出す。そもそも、サンと贄の王がザーツラントに興味を抱いた最初の時だ。


 それは、ラヴェイラがまだラツアであった頃。サンがラツア司教の下を訪れ、暗殺狂言を行った時。


 ラツア司教は確かに言った。『教皇はザーツラントに指示をした。ラヴェイラ革命を潰す邪魔をするな』と。


 だから、サンは教会とザーツラントが何か繋がりを持っているものと思っていた。贄の王も同じような推測をしているはずだ。


 それなのに、現実は違った。教会の手先である神官騎士団は、ザーツラントの皇子であるベルノフリートを襲撃したのである。それも、相当な念の入れようだった。


 まず大砲を備えた部隊を配備し、強力な魔法兵部隊を用意して、更にもう一つ大隊規模の部隊を準備。兵法になど明るくはないが、これは明らかに過剰な戦力であろう。


 そこまでして教会がベルノフリートの命を狙う意味。『教皇がザーツラントに指示をした』という言葉の真相。そもそも教会が表立って参戦しない理由。


 ――一度、主様と相談しなきゃ。


 その為にも、ひとまずは今回の護衛を達成しなければいけない。


 サンはひとり、己の為すべき事を確かめるのだった。







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