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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第八章 鏡を割りて殺せ
232/292

230 破軍星

リアル多忙につき、大幅に遅れてしまいました…。

ごめんなさい!

五月中までは多忙が続きそうなので、毎日更新は難しいかもしれません。でも消えたりしませんよ!


 魔法の風が吹き荒れる。丘陵に茂る草達はばさばさと暴れ、ごうごうと大気のぶつかり合う音が響く。


 ずん、ずん、と地面が幾度も震える。“土”の魔法が何度も何度も衝突し合い、余波がぼこぼこと大地を耕す。


 ごろごろと雷が音を鳴らしたかと思うと、眩い光が一度走り、それに遅れてどどぉん! という轟音が轟いた。


 戦場の空は、滑稽なほどにいい天気だった。






「引くなァーーーッ!! 殿下は生きておられるッ! 何としても取り返せェーーーッ!!」


 女の声が響いた。“土”の魔法で作られた即席の防御陣地の中、数百の兵士たちを鼓舞する。兵士たちはその声に応えるように、壁から身を乗り出して果敢に銃撃を放つ。穴から両手と顔だけ出して、魔法を詠唱する。


 その向かう先は、百m程度の平原だった荒れ地を挟んだ敵軍だ。およそ同等規模の敵軍は白い軍装に身を包んでおり、土埃舞う戦場においてもその存在を強く主張していた。


 ふと、白い軍隊の後方から雷のような大音が轟く。


 ドドドォォン!!! というようなその音は、大砲の音である。


 直後、大隊が守る、いや大隊を守る防御陣地の一角が大爆発と共に吹き飛んだ。当然、そこに居た数十名も吹き飛んで命を散らす。


 両軍は人数こそ近かっただ、その装備はまるで違ったのだ。白い軍隊は良く整備された最新鋭のライフル銃を持ち、7門の大砲まで備えている。更には極めて練度の高い魔法部隊までが存在し、大隊を攻め滅ぼさんと歩みを進める。


 その足を緩めることさえせずに、陣形を組んで攻め続ける。攻撃は徹底的かつ淡々と行われており、もはや戦いの勝者は決まっているような、そんな空気が漂うほどだった。


 だが、その空気はふいに変わる事になる。


 最初は、ほんの小さな違和感だった。誰の意識にも上らないくらいに小さな、僅かな違い。


 次第に。


 次第に、それ(・・)が存在感を増していく。


 ごごご、ごごごご……!!! と、大地を揺るがし、深い深い大地の底から上り来る。


 “壁”だ。両軍のちょうど中間の辺りで、両軍を別つように、壁がせり上がる。


 そしてそれは、厚く、長く、高く、ひたすらに巨大であった。






 唐突に現れたその存在に、誰もが意識を奪われた。銃声も爆破音も止んだ。荒れていた風も収まり、晴れ晴れとして陽気の下で、不自然な静寂が辺りを支配した。


 それから、壁が次なる動きを見せる。


 ずん……!!! と、もう一度大地を震わせると、白い軍隊に向かって()()()()()のだ。


 巨大な壁に押し出され、猛烈な風が吹き抜ける。白い兵士たちがその風を浴びて、壁が倒れてきているのだと気づいて、バラバラに、必死に、逃げ始める。


 だが、天まで届くような大きな壁だ。白い兵士たちは、間に合わない。彼らは、間に合わない――。






 そして、壁が。


 壁が、倒れて――。






















「ふぅ……。こんな所でしょうか?」


 大魔法【星芒壁】の制御を手放すと、サンは背後のベルノフリートに問いかける。だが、返事の代わりに返ったのはひとり言のような呟きだった。


「とんでもないな……。これが大魔法ってヤツか……」


 サンが振り向くと、呆然としているような表情のベルノフリートが固まっている。サンに見られていることに気が付くと、彼もまたサンに目を向ける。


 その時、ベルノフリートは初めて見る目――サンのこれまでの人生で一度も向けられた事の無い類――をしていた。


 それは恐怖のようでいて、恐怖ではない。感動のようでいて、感動ではない。驚愕のようでいて、驚愕ではない。


 サンは少し考えてから、その目の正体、その奥にある感情を理解する。


 それはむしろ、どちらかと言えばサンが向ける側だった感情。


 それは崇敬であり、戦慄であり、畏れである。


 すなわちそれは、畏怖、であろう。





















 何者かに捕縛された状態から一度安全な城に帰ったサンだったが、再び元の戦場に戻ると素早く状況の把握に努めた。戦場から少し離れたところで【透視】で観察して、何が起こっているのかを見通そうとした。


 するとそこで、戦場の様子を理解するより先に、驚くべき発見をすることになる。


 ベルノフリートだ。


 たった一人で、白い服の軍から隠れつつ逃げて来ている。どうやら見つかってはいないらしく、追手はいない。


 サンはやや戸惑ったが、ベルノフリートが生きている事自体は喜ばしい。彼が死んでいたら、これまでのスパイ活動は全て無駄になってしまうからである。


 ひとまず合流を、とサンはベルノフリートの近くまで向かうと、声をかけた。


「殿下! こちらです、殿下!」


 ギッ――と、ベルノフリートの灰色の瞳がサンを睨む。そして、瞬くような素早さで拳銃を抜き放ち――。


「――あぁ、エルザか……。無事だったんだな」


 危うく引き金を引くところで、ベルノフリートがそう言って動きを止める。銃口を下げると、サンのすぐ傍までやってきた。


「しかし、本当によく逃げ出せたな? ま、無事なら何よりだ」


「殿下こそ、よくご無事で。お怪我はありませんか?」


「幸いに、な」


 事実、ベルノフリートは土埃に汚れてこそいるものの、怪我らしいものは特に無かった。それはそれで奇妙だが、幸運だったという事だろう。サンはベルノフリートから視線を外すと、戦場の方に目を向ける。


「しかし、どうしましょう、殿下。味方はかなり劣勢のようですが」


「んー……? そうだな……」


「私の大魔法なら、敵方を崩す事は出来るかと思いますが……」


「……。ん? ()()()?」


「はい。私たちの帰り道を開く意味でも、“土”が良いかなと――」


「待て待て。本気――いや、そんなの一体何処で、じゃなくて、あー……!」


 頭痛を堪えるように手で頭を抑えると、ベルノフリートはサンに言う。


「もういい。あー、とにかく、出来るんだな?」


「二極天までなら、何とか。三以上は無理です」


「二!? マジかよ、おいおい……。あぁ、もういいや。とにかく、なんかやってくれ。そんで帰る」


 ベルノフリートは握ったままだった拳銃を仕舞いながら、投げやり気味にそう言った。


 サンは頷くと、両手に魔力を集めて集中を始める。使うべき魔法は、既に決めていた。


「分かりました。では――」






 かくして、巨大な壁を作る()()の魔法【星芒壁】によって、僅か一手で敵軍を壊滅に追いやったサンは、ベルノフリートと共に味方の下へ帰っていく。


 舞い上がった土埃を“風”で押し流し、晴れた視界の中、サンとベルノフリートは味方部隊へと近づいていく。すると、二人に気づいた大体は俄かにざわつき始め、その内近い者たちから二人へと走り寄ってくる。


「大隊長殿! 大隊長殿だ! 生きておられたぞ!」


「大隊長殿! ご無事ですか! お怪我は!」


「大隊長―! 死んでしまったものと!」


 続々と駆け寄ってくる集団に若干の恐怖を覚えたサンは一人足を止め、ベルノフリートとの距離を開けた。


 それは正解で、大量の軍人たちに取り囲まれたベルノフリートはたちまちの内に姿を見えなくしてしまう。


 大隊長、大隊長、と合唱しながら、何故かベルノフリートを胴上げし始める一同。


「――おい! こら、やめろお前ら――」


「せーの! わっしょい! わっしょい!」


「――やめ――普通に怖――待てって――」


「わっしょい! わっしょい!」


――良く分からない流れだったが、何だか楽しそうだなぁと、サンは離れて胴上げを眺めるのだった。







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