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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第八章 鏡を割りて殺せ
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229 二の手三の手

私は謝らない。何故なら、いい加減にしろと怒られるのが目に見えているからだ。

遅れた。しかし、それが一体何だというのだろごめんなさい。


 襲撃、襲撃、と繰り返してきたにしては、意外とあっさり決着がついてしまった。完全に一方的な掃討戦へと移行した戦場を見下ろしながら、サンは一人、馬上で拍子抜けしたような思いを抱いていた。


 確かに、いきなり砲声が轟いてきた時にはどうなるかと思ったが、終わってしまえばどうと言う事も無い。むしろ、昨晩唐突に砲撃を防げと言われた時には、もっととんでもない無茶をやらされるかと思ったものだが。


 まぁ、無事に済んだなら幸いである。


 戦争など無い方が良い。そもそもからして、サンは別に戦いなど好きでは無かった。






 そんな風に胸を撫で下ろしていると、一足先に戦場を抜け出して来たらしいベルノフリートが、小隊を連れて向かってくる。


 皇子を上から見下ろす訳にもいかないので、サンは馬から下りるとベルノフリートに礼をして迎えた。


「よお、エルザ。流石の魔法だったな。助かったぜ」


「ありがとうございます、殿下。ご無事で何よりです」


「こんな戦いで死ぬ訳にもな。ちょっと格好がつかないだろ?」


 どんな戦いでも死ぬ人は死ぬだろう。恰好がつかない、なんて言い方はあんまりではと思ったが、自分が言えた事でも無いかと黙ったままでいた。


 だが、ベルノフリートにはサンの考えたことが何となく伝わっていたらしい。肩を竦めると、サンに言う。


「我が大隊はこれでも精鋭揃いなんだ。隊長にもそれなりの傲慢さが求められるのさ。気に障ったなら、すまんな」


「いいえ。どの道、私が言っていい台詞でも無いかな、と」


「真面目だなぁ、エルザ。もう少し適当に生きてもバチは当たらないと思うぜ、俺は」


 すると、彼の率いている小隊の中から、大隊長殿はもっと真面目に生きるべきだ、そうだそうだ、なんて声が上がる。


 ベルノフリートはこれ見よがしに心外そうな顔をして見せながら言う。


「おいおい酷ぇなお前ら。俺ほど真面目に生きているヤツも居ないって言うのに」


 わははは、と笑い声をあげる彼らの様子からは、お互いへの強い信頼と確かな親しみがあって、彼ら小隊の絆を感じさせた。


 何となく置いてけぼりだったが、眺めているのも悪くない雰囲気だと思った。






「それで、これで終わりですか? それなら――」


 ザーツラントの都への旅を再開しよう、と言おうとしたサンをベルノフリートの言葉が遮る。


「あぁいや、確かに今回は終わりなんだが。旅程の消化へ戻る前に、寄る所があるんだ。直に隊も帰ってくるだろうし、そっちへ向かおう」


「寄る所ですか。それはまた、一体どちらへ?」


「行けばわかるさ」


 わざわざ何処へ行こうというのか全く見当はつかなかったが、教えてくれるつもりも無さそうである。取り敢えず、大人しくついていく事にした。






 ベルノフリートに連れられて来た場所は、既に戦いの終わった戦場跡だった。先にベルノフリートらが戦っていたのとは、また別の場所である。


 恐らくだが、戦いの規模はこちらの方がずっと小さかったようだ。生きている人間も、そうでない人間も、さっきの方が多かった。


 敵兵と思しき死体をまとめたり、装備を拾い集めたり、忙しなく動き回っている味方兵たちが、ベルノフリートに気づいて敬礼の姿勢を取る。


「ご苦労、諸君。作業に戻ってくれ!」


 ベルノフリートはそう言うと、率いる大隊にも手伝うよう指示を出す。部下たちが動き出しても、彼自身はその場で眺めているままだ。流石に、皇子自ら死体運びをしたりはしないらしい。


 当然、護衛として雇われているだけのサンも手伝うつもりは無い。ベルノフリートの傍に立つと、話しかける。


「殿下。ここは……?」


「敵の後詰……いや、主力を撃破したところだ。さっきの戦場、魔法使いがほとんど居なかったのに気づいたか?」


「言われてみれば、確かに……」


 そう言えば、そうである。先ほどの戦場ではあまり魔法が見られなかった。


 それと比べると、こちらの戦場跡は派手に荒れていて、魔法の撃ち合いがかなりあったように見える。


「俺たちに砲撃をくれた本隊とは別に、選りすぐりの魔法兵だけを集めた精鋭部隊が用意されていたんだ。砲撃だけじゃ心配とは、俺らも高く買われたもんだ」


「それは……本当に、随分な念の入れようですね?」


 普通に考えて、唐突に向けられた砲撃から生き延びられる人間はまず居ない。サンだって、予め来ると聞かされていたから間に合ったようなものだ。事前の情報無しに防ぎきれたかどうかは、正直自信が無い。


 ――まぁ、その時は【転移】で逃げるだけだけど……。


「それだけ、どうしても俺らを潰したかったんだろうさ。残念無念、ってな」


 ベルノフリートの口ぶりは、まるで襲撃者の思惑を知り尽くしているかのようだった。それで、サンはつい聞いてしまう。


「殿下は、敵の狙いをご存知だったのですか?」


 すると、ベルノフリートはサンの目を見て、わざとらしい笑顔を浮かべて言った。


「そりゃもちろん、俺が皇子だからだろ?」


 それは、嘘を吐いている顔だった。






「大隊長殿!」


 突然、駆け戻ってきた兵士がベルノフリートに敬礼と共に何かを見せた。サンの位置からはよく見えないが、何か布の切れ端のような物だ。


「ご覧ください、これは……」


 兵士が布の切れ端をベルノフリートに差し出す。それを見たベルノフリートは、納得げに頷く。


「あぁ、その事なら承知済みだ。心配いらんよ」


「しかし――」


「大丈夫だって。ほら、仕事に戻ってくれ。――あぁ、一応内密に、な」


「……分かりました。大隊長殿がそう言うなら」


 兵士はもう一度敬礼をすると、走って去って行った。


「あの、私が聞いても良いお話ですか?」


 何があって、何が承知済みなのか。気になったサンは、素直に聞いてみた。


 すると、ベルノフリートが手渡されていた布の切れ端をサンに放り投げて渡してくる。サンはそれをつかみ取って広げ――。






 ドドドォォ……ン……。






 遠くから、雷のような音が聞こえてきた。


 その瞬間、サンは目を見開く。何故なら、その音は間違っても雷などでは無かったからだ。


「――おっと。流石にこれは予想外」


「言っている場合では――もう!『いざ。【風神礼賛】』!」


 ごおぉ、と大気が震え、縦横に入り乱れる豪風が発現する。それは急速に、圧縮されるように形を作ると、サンとベルノフリートだけを包み込む盾になる。


 その直後。






 キィィイイイイイイイイイッ!!! という、甲高い大音が響く。






 更に直後。


 天と地が全部割れ砕けたような衝撃が襲い来る。衝撃が、サンの五感全てをぐちゃぐちゃにかき混ぜて押し流す――。





















 ジィー……。


 そんな、音が聞こえる。


 いや、それしか聞こえない。


 どれくらい時間が経ったのかも分からないが、とにかく短くない時間が経った頃、サンは意識を取り戻した。


 だが、意識が戻ったと自覚してからも、すぐには動けなかった。どうしようもなく体が重くて、全身の血液が鉛に入れ替えられたみたいだった。


 ――何が、どうなったの……?私は、一体?


 ずん、ずぅん、という衝撃が身体に伝わってくる。爆発か、何か。


 それから、ようやく全身の血が元通りに流れ始めたみたいな痺れが出て、少しずつ感覚が帰ってくる。


 どうやら、自分は横向きに倒れているらしいと知る。


 だが、そこで違和感を抱く。


 両腕が動かないのだ。後ろ手に、縄か何かで縛られている。


 ――あぁ、これは本当にマズい状況かも。


 こういう時は、まず落ち着く。焦っても良いことは何も無い。


 サンはゆっくり、じっくりと五感と身体の回復を待って、それから薄く薄く目を開く。


 場所は大きく変わってはいないらしい。視界には、先ほどまでと同じ戦場跡が映っている。


 いや、決定的に変わっているところが一つ。


 戦場跡ではない。


 ()()だ。






 回復した聴覚にも、銃声や爆発音、怒声や悲鳴が聞こえている。サンとは少し離れた場所では今も戦いが続いているようだ。瞼を閉じたまま【透視】で見える範囲を見回してみるが、戦いの場は背後らしく何も見えない。


 しかし、少なくともサンは放って置かれているらしい。好都合である。


 今の内に、とサンは【転移】を発動。絶対に安全な魔境の城まで帰った。






















 城の自室に無事転移出来た、と一安心すると、サンは動き出す。


 両腕は縛られていたが両足は自由なままだったので、大きく回すように勢いをつけると、何とか立ち上がった。


「ふぅ……」


 ぐいぐい、と手を引っ張ってみるが、びくともしない。どうしたものか、と考えていると、ふいに部屋のドアが開いた。


 ドアの方を見れば、開けた格好のまま固まってサンを見ている子供の姿がある。かつてターレルで救った灰髪の子、ヴィルアイドだ。


 何か衝撃だったのか、目と口を丸く開けている。


「あ。ヴィル、丁度良いところに。ちょっと、手伝ってくれませんか」


 名前を呼ばれた再起動したらしいヴィルが恐る恐る近づいてくる。


「これ、ちょっと外して欲しいんですが……。出来ますか?」


 そう言って後ろ手に縛られている手をヴィルに示す。すると伝わったらしく、外してくれようとする。


 やがて、しばらく苦戦していたが、何とか縄が外れた。


「ありがとうございます、ヴィル」


 解放された手首をくるくると回しながらお礼を言い、良く出来たと褒めてやる。ヴィルは未だ話せないが、サン達の言葉は通じる。サンに褒められて、ヴィルは満足そうに笑った。


 ――ふと、その顔を見て、とある映像が頭をよぎる。


「……ヴィル。あなた……まさか?」


 サンの脳裏に浮かんだ可能性は、正直に言って突拍子もないものだった。


 だが、絶対にあり得ないとも言えない。


 しかし。


 しかし、それが真実だとすれば――。


「――ううん。まだ、決まった訳じゃない」


 それに、これは自分だけでどうにか出来る話ではない。贄の王にも相談しなければ。






「――さて、取り敢えずはあの戦場に戻らないと」


 きょとんとした顔で見上げて来るヴィルの頭を撫で、ありがとう、ともう一度言う。


 それから、【転移】を発動させると、飛んできた戦場へと戻っていくのだった。







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