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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
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23  封じられた部屋


 サンが眷属として改めて忠誠を誓ったのち、贄の王のサンに対する態度は少し変わった。


 例えばそれは会話の中での言葉の数だったり、サンの仕事振りへの感謝だったり、稽古の中での指導に現れていた。明確に違う点を挙げろと言われればサンも困るだろうが、雰囲気の違いとでも言える何かを感じていた。


 今日も日課と化している贄の王の書斎の片づけを終えると、書斎の中で本を手にしている贄の王から声を掛けられる。ちなみに、片づけの邪魔にならないように部屋の端で立ち読みである。


「――サン。毎日助かっている……。感謝、している……」


 酷く言いづらそうな様子は恥ずかしさからだろうか。サンとしては悪い気はしないものの、何だか居心地が悪い。


「光栄です、主様。……しかし、感謝など不要です。従者として普通の事ですから……。いくらでも、お申しつけください」


「……従者の仕事ぶりを認めてやるのも”主人“の務めだろう。それとも、不快だったか」


「そんなことはありません。お褒めの言葉を頂けて嬉しいです。ですが、その……」


 勿論サンは不快などでは無かった。自分のやった事が認められれば嬉しいのだが、サンは褒められ慣れていないのだ。


「それより主様。私に気遣ってそんな端におられずとも……。私が主様を押しのけてしまっているようではありませんか」


「自分の後始末をさせているのだ。せめて邪魔になるわけにもいかないだろう」


「お気持ちは嬉しいですが、何というか、私の方が居たたまれませんので……。その、自室の方にいて下さる、など……」


 その言葉に、何が意外だったのか贄の王は不意を突かれたような顔をする。


「……確かに、それなら邪魔にはならんな……」


「主様の居る場所を私が決めるなどおこがましいですが……お互い、都合が良いのではと思いますが……」


「……うむ……。そう、だな……」


 何か気まずい。サンは思った。


 というか、何というか主が砕けているような気がする。こんな、大変不敬だが、とぼけたことをする人だっただろうか。当人は納得したような様子で本を片手に部屋を出ていこうとしているが……。


 そのドア際で贄の王が振り返り、サンに口にした。


「サン。――次からでいいのだが、私の自室も片づけを頼んでいいか」


 その言葉に目を丸くしながらサンは答える。


「――はい、勿論です。では、明日からお伺いします」


「あぁ。頼んだ」


 そう言って部屋の外へ出ていく主人。サンはどことなく呆然としたまま閉まるドアを見つめていた。


「主様……。最近、どうかなされたのでしょうか……?」






 翌日もやはり散らかっていた書斎を片付けた夕暮れ、サンはそのまま主の寝室のドアの前に立つ。以前来た時にあった黒い×印は消えており、最早なんの変哲も無いドアである。


 コンコン、とノックをすると勝手に開くドア。失礼致します――と中に入れば、そこは広々とした居間。


 正確には、広々としていただろう居間。最近の書斎はサンの手でこまめに片づけられている為にそこまで酷いことになっていないのだが、最初期の書斎よりも凄かった。


 恐らく、主が贄の王として魔境を訪れた10年前から積み重ねられたのだろう。主が行き来するのであろう()の脇には所によりサンの身長を越える山が出来ており、崩れたら生き埋めにされそうである。


 流石に人生で一度だけの体験にしたい――そう思いながら辺りを見回していると、()の先にあるドアが開き贄の王が姿を現した。


 二人の目が合う。


 気まずげに逸らすのは彼女の主の方である。この状況は実に居心地が悪いらしい。もしかすると、あの×印はこの部屋の惨状を隠すためだったのだろうか――。そんな主の様子がおかしくて、サンは思わずくすり、と笑いを零してしまう。


「――お任せください、主様。正直に申し上げると想定以上ですが……三日もあれば終わるかと思います」


「……すまんな」






 いざ、とサンが気合を入れて片付けに取り掛かろうとすると、贄の王が手伝いを申し入れてくる。


 主にそんなことはさせられない、と断るのだが、自分でないと分からない物も多い、と言われればその通りであると引き下がらざるを得なかった。自分が下手な扱いをして壊してしまったりしたら困る。特に魔道の器具らしいものも多く見えるために、助かるというのも事実なのだ。


 ひとまずは、と最初の書斎の時と同じく散らかりに散らかった物たちを廊下へ出して広げていく。あっという間に廊下が埋まり、近くの部屋にもどんどんと広げていく。


 居間の物を全て運び出し終える頃には”王様“の区画の4分の1くらいは埋まっただろうか。”王様“の区画がサンの使う”お姫様“の区画よりもさらに広い事も考えれば、尋常でない物の数である。


 全ての物を出し終えるだけで夜を迎えてしまったサンは一度自室に引き上げ、さっさと食事や夕食を済ませて眠りについた。


 そして次の日は朝から主の寝室に訪れる。ノックをするが、今度はドアが勝手に開かない。主の返事も聞こえてこないので、まだ眠っているのだろうか。


 暫し逡巡してから、サンはドアを開けて中に入る。物が無くなって広くなった居間。昨日主が姿を見せた方が恐らく寝室と当たりをつけて、ノックをしてみるがやはり返事は無い。そのドアも続けてこっそり開けてみる。


 すると――。


 予想に違わず、居間と同じように散らかりつくしている寝室。物がかき分けられた()はまっすぐにベッドへ続いており、その布団は盛り上がっている。


 まだ眠っているらしい。静かにドアを閉めなおし、再度ノック。さらに主様、と呼び掛けてみる。しばらく続けるも状況に変わりは無く、サンは諦めて寝室に入ることにする。


 許可も得ないで勝手に入ったことにやや罪悪感を覚えつつ、ベッド脇まで来て再度主様、と声をかける。しかし起きない。


 ついに直接揺さぶりつつ声をかけると――もぞもぞと贄の王の身体が動いて、サンと目が合う。


 しばし、沈黙。


 やがてゆっくりと、贄の王の目が、閉じられる。






 寝た――。






 流石のサンも少なからず衝撃を受けて硬直する。再起動すると、先ほどよりやや力を込めて揺さぶりつつ、声をかける。


「あ、主様。おはようございます、朝ですよ。起きて下さい、主様……!」


んぅぅ、うぅ……と謎の呻き声をあげつつゆっくりと贄の王の上体が起き上がる。


「主様、おはようございます。お目覚めですか」


「……。……サン? 何故ここに……」


「お返事がありませんでしたので、勝手ながら……。お水か何か、お持ちしましょうか」


「いゃ、いぃ……」


 贄の王の聞いたことも無い程情けない声を聞きつつ、サンは主がベッドから出る介添えをする。


 ようやく目覚めきったらしく、欠伸を噛み殺しつつサンに着替えるから出るように言う。それに従ったサンが居間に戻り、折角なので台所からコップを持ってきて魔法で水を注ぎ、主が出てくるのを待つ。


 10分ほども無く現れた贄の王は完全に普段の冷徹な雰囲気を纏い、先ほどの様子とは完全に別人である。


 サンは差し出した水が飲み干されるのを眺めつつ、笑み交じりに口を開く。


「しかし、驚きました。主様は朝がお強くないのですね」


「……うむ……。昔から、どうもな……」


 最近見慣れた気がする主の気まずげな様子に、何となく微笑ましい気分になりつつコップを受け取り台所に片付ける。


 ちなみに、この区画にある台所も初めて訪れた時はそれなりに散らかっていた。






「しかし、本当に物が多いのですね……。でも、どれも汚れたりはしていません」


「この通り退屈なものでな。魔道や科学の研究は良い時間つぶしになるのだ」


「研究、ですか……。例えば、どのような?」


「例えば、そうだな……。魔術陣というものが最近現れ始めただろう。あれを応用して、空間の温度を一定に保つ、というようなものがある。まだ完成まではしていないが、なかなか便利だ」


「空間の温度を……? と言うと、かまどのような?」


「そうだな。温度の下がらないかまども作れれば、逆に冷やすことも出来る。温度の低い方が難しくてな。氷の解けない箱などを作ろうとしてみている」


「それは、面白そうですね……。小さな氷室のようなものですか」


「そうなる。箱ごと持ち運びが出来れば、ガリアの砂漠でも雪が見られる訳だな」


「でしたらお肉なども傷めずに運べるのではないでしょうか。是非とも欲しいですね」


「ふむ。確かにな……。もう少し高い温度でも試してみるか……」


 二人は雑談をしながら片付けを進めていく。途中、生物の実験の為か、保存された動物の死骸にサンが飛び上がるなどのアクシデントを挟みつつ、日が暮れ始める頃には寝室の片づけを始められていた。


 寝室の方は巨大なベッドを中心として、クローゼットやナイトテーブルといった家具が置かれている。なお、物に半分ほど埋まっている。


 浴室のドアもあったがそちらには()が続いておらず、使われていないらしい。聞けば、年齢が止まると同時に新陳代謝も止まったのか、垢も出なければ汗もかかないのだとか。


 それは何とも羨ましい、とサンが真似をしたい言うと止められる。


 曰く、人間の身体はそんな単純に出来ていないので、壊してしまう、とのこと。主にそう止められてしまえば逆らうわけにもいかないが、汚れない身体への憧れは消えず、いつかやってみようと思うサンだった。






 そうして、三日目の夜には全ての片づけが終わり――。


「確かに、10年前にここを自室と定めた頃はこれくらいに広かった気がするな……」


 感慨深げにそう呟く贄の王。奇麗に片づけられた部屋は、多少物も多いが広々としていて贅沢な空間だ。今も昔も地位に困らない者はどうして無駄な空間を好むのか、とサンは疑問を抱きつつ、主に向かって口を開く。


「主様。書斎と同じく片付けには毎日くるつもりですが、なるべく散らかさないようにしてくださいね」


「……努力は、する」


 贄の王は目を逸らした。そんな贄の王を見て、サンはまた微笑むのだった。







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