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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第八章 鏡を割りて殺せ
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227 淑女の会話

ブクマ増えたので踊ります。遅刻ごめんなさい。

そして設定の話に終始してしまいました。読み飛ばす感じでも問題無いです。


 ――夜。


 旅においては当たり前の事だが、毎晩毎晩を人里で過ごせる訳では無い。むしろ割合としては、道の只中で過ごさなければならない時の方がずっと多いだろう。


 つまりは、野営である。


 軍隊の野営において、兵士は基本的に地べたに寝る。当然全員が入れる屋根など無いからだが、夜襲を受けた際に素早く動くため、という理由もあるそうだ。


 サンは驚いたが、僅かに居る女性兵士――全員魔法兵だ――も当然地べたで眠る。人によっては、それなりに階級の高い者でも地べたで眠る。馬車は敵に狙われるから、だそうだ。


 サンも野営の経験はあるので地べたで眠る事自体は構わなかったのだが、半分客人という扱いで空いた馬車を宛がってくれた。


 ありがたい事だが、これはどうやら半分監視という意味もあるらしい。迂闊に自由にさせて暗殺などされては堪らない、という事だ。


 よって、寝床は女性兵士のゲルトルーデと一緒である。


 ゲルトルーデは鍛え上げられた軍人であり、優れた魔法使いでもある。普段はベルノフリートの直掩をしたり小隊を率いたりしているらしい。ベルノフリートの腹心の一人で、彼が皇帝になった暁には近衛の長を任される予定だとか。


「――まぁ、今回はエルザ殿のお付き人といった所だな」


 これはこれで名誉だ、とゲルトルーデは笑いながら締めくくる。


 その豪快な満面の笑みを見ながら、サンは頷いて返した。


「何となく分かっていましたが、やはり偉い方だったのですね」


「今はまだ階級として高い訳では無いが、いわゆるエリートコースだな。目をつけて下さった大隊長殿には返しきれぬ恩がある」


 何とか、という階級だと教えてもらったが、サンは階級など詳しくないので良く分からない。


「そんな方がわざわざ私に付いて下さるなんて、何だか意外に思ってしまいます」


「そうでもない。こういう異例の事態には意思疎通のしやすい人間の方が適している。それに、それだけ大隊長殿がエルザ殿を重視しているという事だろう」


「私、そんなに何かしました……?」


 割と、本音の疑問である。今のところ、それほど大それた事をした自覚は無い。


 するとゲルトルーデはニヤリとした笑みを浮かべ、サンに言う。


「またまた、謙虚な事だ。ディルクから聞いた。普通詠唱の部分省略が出来るそうじゃないか。こんな可憐な女性が、とは私だって思うがね」


 ディルクって誰だっけ、と思ったが、すぐに思い出す。ベルノフリートに会う前の繋ぎの人だ。サンの頭の中では連絡将校としか呼んでいなかったので、一瞬分からなかった。


 確かにサンは連絡将校が襲撃された際、襲撃を退ける為に魔法を使った。良く覚えていないが、普通詠唱を使ったなら部分省略もしただろう。わざわざ全文を唱えたりはしない。


 そう言うと、ゲルトルーデは怪訝な顔をしてから、サンが本気で言っているらしいと分かると、何とも言えない顔になった。


「たまげたな。まさかそこまで事も無げに言うとは。その年で普通詠唱の部分省略など、世界に何人いると思っているんだ」


 言葉の最後の方はむしろ呆れを感じた。


 だが、改めてそう言われてみるとサンも驚いた。


「……私、意外とすごい……?」


「本気か……。どんな世間で育ってきたんだ……」


 どんな世間で、と言われると『魔境』で、なるだろうか。




 ――そう、サンは最近気づいた事がある。


 『私』って何歳? である。


 『サンタンカ』というのは、魔物である。エルザやラインファーンの死をきっかけに魔境で誕生したところ、贄の王に拾われたという経緯である。


 とすると、である。


 『サン』という存在が生まれたのは、およそ一年半前という事にならないだろうか。


 つまりサンの年齢は――。






 ぶんぶん。サンは思考を止めた。考えてはならない事である。


「そう言うゲルトルーデさんはどこまで出来るのですか?」


 と、サンは露骨に話題を逸らした。()()をあまり掘り下げさせたくないという思惑あっての事である。断じて、他の理由では無い。


「私か? 私は省略など出来ない。長詠唱を唱える事は出来るが、それだけだな」


 と、ゲルトルーデは言った。


 実際、長詠唱を唱えられるだけと、短詠唱でも省略が出来るというのには大きな隔たりがある。サンも長らく――当人の感覚としては――詠唱の省略という壁を超えられずにいた。贄の王の指導が無ければ、今もそうだったろう。


「私も師から教わった事ですが、省略というのはコツがあるんです。それさえ掴めれば短詠唱の完全省略はすぐですよ」


「ほう、コツか。それは是非とも聞いておきたいものだが」


 ゲルトルーデがあからさまに身を乗り出してきたので、サンも折角ならばと教えてやる事にする。


「魔法というのは、魔力を練り、編み上げて“かたち”を作る事から始まります。単純な魔法ならば最初の“かたち”だけで発動してくれますが――」


 そう言って、サンは手の上に小さな水の球を浮かべる。


「難しい魔法、つまり複雑な事象になればなるほど長い『詠唱』が必要になります。では、この『詠唱』とはそもそも何だと思いますか?」


 サンは贄の王に習った時の事を思い出しながら、なるべく同じようにゲルトルーデに語る。


「私が軍学校で習った通りならば……。詠唱とは術式である、と。声に魔力を乗せ、詠唱をなぞる事で術式を編み上げていくのだと」


「そうです。ただ、より正確に言うならば『音』そのものにも“かたち”があるのです。意識的に編み上げた元素の“かたち”と、詠唱の音が持つ“かたち”。これらが重なり合う事で複雑な事象を導く“かたち”の連鎖――『術式』になるのです」


 これはほとんど贄の王からの受け売りだ。だが、それだけにこの世で最も進んだ魔導学という事になる。この場合、サンの主観で捻じ曲げるべきでは無い。


「では、この『詠唱の音がもつ“かたち”』を意識的に再現出来れば、それは詠唱が不要になるという事でしょう? 端的に言えば、詠唱の省略とはこういう理論になります」


「ほぉぉ……。確かにそんな事を習った気がしたが、実に分かりやすいな。もっとこう、ややこしい言い方で習った気がする」


「『学問は単純な帰結に導かれる』というのが私の師の理念だそうですね。まぁ、あの方の単純は単純でない事も多いのですが……」


「頭の出来が違い過ぎる手合いか。たまに居るな」


「全く、ですね……。ともかく、省略とはこういう理論な訳です。ただ、これは言うは易しであって、複雑かつ不可視の術式を再現する事は簡単ではありません」


「そこで、コツという訳か」


「はい。『自然』を利用するのです」


「……しぜん……?」


「魔法が無くとも、風は吹く。水は流れ、火は燃えます。私たちがわざわざ複雑な術式など編み上げなくても、自然の中には無数の、本当にたくさんの“かたち”が溢れているのです。無限とも言える“かたち”の折り重なりこそが自然なのですから」


「む、むむ……」


「それら自然の中に満ちている、事象を導く“かたち”たち。これを集め、自らの術式の代わりとします。例えば、風が吹けばそこには”風“という”かたち“が既にあるのだから、それを自分の術式にしてしまえば勝手に疑似的な魔法が出来上がる、という訳です。この『自然にある”かたち“を術式の代理とする技法』を不定的代理用式と呼びます」


「不定的代理用式……。名前は聞いたことがあるな……?」


「はい。今よりおよそ200年前に確立された、比較的新しい理論だそうです。考え自体はもっと昔からあったとも仰っていましたが……。それで詠唱省略のコツ、とは、端的に言えばこの理論を体で覚えてしまうという事ですね」


「体で覚える、か。最後はそうなるだろうな」


「はい。この練習方法として、『他人が唱えた魔法の術式を拾う』というものがあります」


「どういうことだ……? それは、受奪式だろう?」


 他人の魔法を奪い取る魔術を受奪式と言う。


「いいえ。受奪式は『相手の魔法を奪う』魔術。ここで私が言っているのは、『魔法が手放された後』の事です」


「魔法が手放された後だと、術式が散って――いや、なるほど! 既に完成された術式が散っていくのを丸ごと拾って自分の物にするのか!」


「はい。その通りです」


 他人が魔力から編み上げた“かたち”、つまりは術式。それは当然、自然に溢れている物では無い。だがそれ故に、自然に満ちている物よりも『拾い』やすい。


「他人が唱え、手放した魔法の術式は急速に散ってしまいます。これを拾い上げる。段々手放してから拾うまでの時間を空けていって、最後は完全に自然から拾う。そういう練習方法です」


「ははぁー……。それは確かに、何だか出来そうな気がするな!」


「もちろん簡単ではありません。それに、不定的代理用式を利用せずイチから術式を完成させた方が早いのも事実です。最終的には、意識的に術式を編み上げられるようになるのが最良ですね」


「これは勉強になるな……。すぐに部隊の者にも教えてやらなければ」


「全て師からの受け売りなのですけどね。実のところ、私も理屈の全てが分かっている訳では無いのです」


「いやはや、それでも充分だった。感謝する、エルザ殿」


「いいえ、減るものでもありませんから」


 そもそも贄の王から教えてもらった話だ。感謝を受けるべきは贄の王の方だろう。ちなみに、主は知識を広められて嫌な顔をする人種では無い。単に興味が無いだけだが。






 それから、二人は消灯の時間となるまで魔法談議に花を咲かせるのだった。


 ゲルトルーデは就寝前に『淑女の会話とは思えないな』と言って笑っていたが。







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