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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第一章 世界の敵たる孤独な主従
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22 後悔


 ――これでよかったのか。


 男は自問する。






 つい先ほどまで重症の身でベッドから動けないでいた少女は今、男の前に跪いている。その様子は実に様になっており、怪我もその痕もまるで見当たらない。


「感謝申し上げます、主様――」


 外見には怪我が消えただけにしか見えない。しかし、その魂が深い闇に染まったのが男の目には見える。


「このサンタンカ、一層の忠誠を誓います――」


 美しい金の髪に陰りは無く、空色の瞳に曇りは無い。しかし、その血液は人ならぬ黒に汚れている。


「主様に頂いたこの名、この身体、主様のために使うことをお許しください」


 少女はもはや、人では無い。自分と同じ、化け物になってしまった。


「あぁ……許そう」


 許さない訳にはいかなかった。もう、少女はほかのどこにも行けはしないのだから。


「ありがとうございます、主様――」


 やめてくれ。礼など、言わないでくれ。


「この地に招かれ、主様に出会えたことこそ、私の幸運です――」


 違う。そもそも、お前は最初からここにいるべきではなかったのに。


「心より……本当に、感謝致します。主様」


 それなのにどうして、そんなにもまっすぐに自分を見るのか。






 少女に預けた鈴が鳴らされて自分に届いた。それはもうすっかり慣れてしまって、とてもいつも通りだった。


 だから“いつものように”転移した先が吹き上げる土砂の最中だったことには心底驚いたし、倒れ伏す血まみれの“それ”が少女だと気づいた時の衝撃は生涯忘れないだろう。急ぎ様子を見てみれば何とか生きてはいるが、瀕死の状態だった。


 権能は便利な力だ。しかし万能ではない。少女の身体を構成する血肉に干渉し、最低限の応急処置を施せば、命だけは繋げられた。


 しかし失った部位は取り戻しようもないし、元々のかたちを把握していない男の力ではそれが限界でもあった。


 血肉と魂は密接なつながりがある。無理やりに欠損の治癒をしたとして、魂をむやみに傷つけるわけにはいかなかったからだ。それに、少女の身体が権能の負担に耐えられるかも分からない。


 混乱しながらも周囲を把握すれば、瓦礫の海の中央に残る魔物の痕跡と、外にいる魔物。詳しい事は分からないまでも、魔物がこの事態を引き起こしたことは分かった。鈴は遥か遠いところに転がっていて、入れ物の袋はズタボロで方々に散っていた。


 男は酷く冷たい思考で魔物のもとへ転移すると、一撃で葬った。そのまま軽くなってしまった少女を抱えて城へ戻り、意識の無い少女の治療をした――。






 やがて意識を取り戻した少女から話を聞けば、男は後悔に拳を握っていた。魔物が人の身には危険な存在であることは分かっていたのだ。


 魔物を調べる少女を止めておけば、巻き込まれなかった。自分が同行していれば、魔物は手を出せなかった。せめて連絡手段が違ったなら、自らの足ごと吹き飛ばすような真似は必要無かった。


 それらは全て後出しで、結果論なのか。――違うのだ。少なくとも半分は。


 魔物が出没した街へ行くことの危険性は分かっていた。なのに止めなかった。所詮他人、何かあっても……などと考えて。


 同行した方が良いかとも考えた。なのに行かなかった。どうしてそこまでしてやらねば……などと考えて。


 どうしてあの袋と鈴だったのか。少女を信用していなかったからだ。あの鈴は周囲の光景や音を全て把握できるようになっている。それが常では煩わしいから遮るための袋に入れた。何者なのか、何を考えているのか……などと疑って。


 それがどうだろうか。血と埃に汚れた金髪に気づいたとき、心臓が止まったと思った。“それ”が何なのか分かりたくなかった、認めたくない自分に気づいた。






 大事だったのだ。大切になり始めていたのだ。その瞬間に少女への疑いなど欠片も抱けなかったではないか。


 包帯まみれで眠る少女の横で、無表情がちなのに偶にほころぶ顔が、自分をまっすぐ見つめる瞳が、必死に剣を振る腕が――、脳裏に浮かんでは、消えた。


 放すべきだ、と思った。傷がある程度癒えたら、人の街に行かせよう。そこで暮らせと突き放そうと考えた。片腕片足が無くとも、それを補う技術もあるではないか。元々賢い少女ならやっていけるはずだ。どこがいいだろう、エルメアは転移出来ない、ファーテルはダメだ、ならば、ならば……。






 だが目覚めた少女が口にしたのは、「これでは主様に何も出来ない」という嘆きだった。


 心が揺らいだ。揺らいでしまった。まだ、こんな自分を主などと呼ぶ少女が痛ましかった。同時に、確かに嬉しかったのだ。少女の居ない城を思った時、感じた欠落感を『寂しさ』と呼ぶことくらい知っていたから。


 少女の望みを叶える手段は初めから頭にあった。かつての【贄の王】たちのいずれかが残した記録にあったのは、『魔物の眷属化』。


 魔物に対し血を分け与えることで魔物に権能の一部を分け与え、強化することが出来るとあった。恐らくは【神託者】に抗う為の知恵だったと思われるが、それを応用するのだ。


 元来人間とは、光に属しながら闇をも内包する奇妙な生き物だ。その闇の部分だけに馴染むようにすれば人にも応用出来ると考えた。人にしてはやけに闇が濃い少女だけに成功の見通しは十分に立った。


 だが、それは少女が二度と自分の元から離れられなくなることを意味する。


 【贄の王】が討たれた時にまでどうなるかは分からないものの、権能を宿すということは【神託者】から逃れられなくなるという事だ。遠くない未来にここへ来るだろう【神託者】に対し、少女はどう出るか予想は難しくない。


 だが。


 だが――。






 数日悩んで、少女に選択させようと決めた。――どちらを選ぶかくらい、分かっていたはずなのに。


 当然のように、少女は化け物となる道を選んだ。事実以上に不安を煽ったのは、少女が翻意さえしてくれたら諦めるしかないからか。それとも、自分への言い訳の為か。


 少女と手を重ね合わせ、手のひらの傷から血を流し込む。同時に、暗い闇を込めていく。少女の魂を【贄の王】の闇で染めていく。


 途中気になる事は多少あったものの目論見は無事成功し、溢れる力で少女は回復した。――【贄の王】の眷属となって。






 立ち上がった少女が部屋から出ていく。治療と世話の礼に食事でも作らせてほしいと言いながら、ドアの向こうへ姿を消す。


 ぱたん、と閉まるドアをぼんやりと見つめながら、考える。






 ――これでよかったのか。


 男は、自問する。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 第一章まで読ませて頂きました。 重厚なお話なのに読みやすかったです。 描写も丁寧でひきこまれました。 これからも続け続けて読んで行こうと思います。
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