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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第七章 欲しかったものは過ぎ去りて
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215 悪魔の王と人の王


 贄の王の策略は至極単純だった。


 ラツア王がロッソに注目している間に、大貴族たちとラツア軍を味方に引き入れる。


 それだけだ。




 ラツア王は決して頭の回らない男では無いと知っていた贄の王は、ドン・バッティーノ殺害がフランコたち裏社会の敵意を煽る目的だと見抜いた。


 敵意を煽ってどうするか? 一つしか無い。相手を“合法”的に討つために相手が“先に剣を抜けば”いい。


 ならば次なる激発の為にロッソ・バッティーノが狙われる事は可能性として低くない。実際、ホテル・ヴィーノへの襲撃はロッソの命が目的だったのだ。


 襲撃自体は制圧されたが、ラツア王がロッソの命を簡単に諦めるとは思えなかった贄の王はロッソを囮にすることを思いついた。


 ロッソがラツアの都に留まり続ければ、ラツア王の目は都に向く。ラツア各地では、アルマン将軍を扇動者として目立たせつつ、フランコあるいは贄の王自らが主要貴族に調略を仕掛ける。


 そして貴族を介し各地の民とラツア軍を支配下に置き、ラツア王を討つ。


 民の物量を使った革命であり、軍の戦力を使ったクーデターでもある。


 つまり、贄の王の策略を端的に評するならば、ただの正攻法である。


 ラツア王始めとする現政府に不満を抱かせ、数で国家を転覆させる。この単純な戦略にほんの少し手を加えただけである。


 この際、都の外部から迫る革命本隊の先鋒として、都のラヴェイラ派による暴動を誘発した。ラツア王という最大戦力を釘付けにしておく重石として、サンを送り込んだ。不測の事態に対応する為、贄の王本人も宮殿を見通せる位置で待機していた。




 そして今、贄の王の全ての策は成った。


 各地より集った民とラツア軍は宮殿を包囲し、既に逃げ場は無い。如何に近衛兵やラツア王が魔法使いだとしても、この数を覆す事は不可能だ。


 革命は成る。


 その未来が、確定したのだ。





















 しばらくの間、誰も、何も、口を開かなかった。


 遠くから聞こえてくる喚声と、それに交じる銃声や剣戟の音。


 聞こえてくる。


 遠くどこかから、あるいは周り全てから。


 ――ラヴェイラ、ラヴェイラ、と。






「ふ、ふふふ……はっはっは……。そうか、そうか……。私は、また、兄上に負けたのだな」


 ラツア王の不気味に落ち着いた声音。


「ラヴェイラ。ラヴェイラか……」






「――ふざけるな……ッ」






「なぁ、兄上よ。貴様がふらっと消えてから、10年だ。俺が王位を継いでから10年が経った」


「……そうだな。長い10年だった」


「そう、長かった。――10年だぞ? 10年……。俺はこの国に王として尽くして来た……ッ。王として、この国に己を捧げて来たのだぞ……ッ!」


「……私は、そも――」


「それがどうだッ!? 貴様がふらっとこの国に戻ってきた途端、この国は貴様になびくというのかッ!! 何がラヴェイラ、ラヴェイラと!! その名を最も欲し続けたのは俺だと言うのにッ!!」


「私では無い。この国の民は――」


「馬鹿にするかッ!! 俺など所詮出涸らし、“代替の王“に過ぎんと言うのかッ!! 敗者はどこまで行っても敗者だと……ッ!!」


「違う、聞け――」


「黙れェ!! 知っていたとも、貴様ならもっと上手くやれたと!! 貴様が王なら継承戦争など起きずッ! 貴様が王ならこの国は今もラヴェイラであったとッ!! ――それでも俺はやってきた、王をやってきたッ!! その結果がこれだと言うのかァッ!!!」


 ふーッ、ふーッ、と、ラツア王は息を乱し、目を見開いて贄の王を睨みつける。


「……もう俺には何も無い。残っているのは下らぬ王座よ。――故に、兄上! 俺は貴様に決闘を申し込むッ! まさか、受けんとは言うまいッ!」


「何を……」


「決闘を受けよ、兄上! 貴様が勝てばラヴェイラは貴様の物だ!」


「……っ」






 サンの目にも明らかだ。


 贄の王は、迷っていた。


 大きく取り乱したりはしていないが、サンの主は、明らかに迷っていた。


 負ける事を恐れているのでは無いだろう。贄の王は権能の力で守られ、【神託の剣】で無ければ傷一つ負うことは無い。残酷だが、ラツア王は絶対に勝てない。


 恐らく。


 恐らく、贄の王は“己の手でラツア王を殺すこと”を躊躇っている。少なくとも、サンはそう見た。


 その理由までは推察しきれない。


 策略の為か、人情の為か。


 計算か、家族か。


 理か、血か。


 サンには分からない。


 だが、分からなくとも、サンがしたいことはただ一つ。


 自らの主を支えることだ。


「――主様」


「サン……」


 贄の王がサンの目を見る。その顔は一見すると無表情で、弟を殺す事に躊躇っているとはとても思えない。


 だがサンには、そんな主の顔が、必死に感情を押し殺しているようにしか見えなかった。


「主様。……例え、主様がどのようにご決断なさろうとも。私は、その味方ですから」


「……」


「ご決断を。……手放した決断の先にこそ、最も大きい後悔はあると私は思います。どんな形であれ、決意を持って選ばれた道は全て尊い。私はそう、信じています」


 贄の王は両目を閉じた。


 そのまま一度、二度、静かに呼吸を繰り返す。


 それから、両目を開いたとき。


 そこにもう迷いの色は無かった。


「……そうだな。ありがとう、サン」


 サンに向けられたのは、とても優しい微笑み。


 その顔を見て、サンは安心する。――自分の言葉は、届いたようだ、と。


「――ラツア王よ。その決闘、この私が受けて立とう」





















 贄の王とラツア王が近い位置で向かい合う。


 贄の王の手には黒色の剣、ラツア王の手には銀色の剣が、それぞれ握られている。


 二人は同時に、左手に持ったコインを額、胸の順に当ててから、立会人のサンに差し出す。


 サンはそれを受け取り、二枚一緒に握りしめる。


 立会人がこの二枚のコインを投げ上げ、二枚ともが落ちた瞬間に決闘が始まる。


 ラツア――いや、ラヴェイラに古くから伝わる決闘の作法だ。


 二人は一礼を互いに、一礼を立会人のサンにしてから、距離を離して、互いの間合いの外に立つ。


 サンは二人が確かに立ち止まったのを見届けてから、厳かな声を意識して、習ったばかりの文言を唱える。


「この私、サンタンカが立会人となりまして、これより両者の決闘を見届けます。片方の命失われるか、または負けを認めるまで、我が名誉にかけて両者の戦いに一切の邪魔立てを許しません。両者、この決闘に際し、正々堂々たるを誓いますか?」


 贄の王が言う。


「誓おう」


 ラツア王が言う。


「誓う」


 二人の声が消えてから、サンは文言を続ける。


「確かに、両者の宣誓を聞き届けました。それでは、これより両者の身命を賭したコインを投げ、二枚ともが地に落ちた瞬間より、決闘を始めるものとします。――両者、決闘の前に言う事はありますか?」


 贄の王が言う。


「無い」


 ラツア王が言う。


「無い」


 同じく、二人の声が消えてから、サンは文言を続ける。


「それでは、両者、心すること。――これより、両者の身命のコインを投げます」


 ぎゅっと、胸の前で二枚のコインを握りしめる。


「いざ、この戦いを、海と大地と天とに捧げん!」


 そして、コインを力いっぱい、投げ上げた。






 二枚のコインは宙高く上り、陽光を浴びて煌めきを放つ。


 それから、ゆっくりと頂点に達してから、一気に落ちて行き――。


 チャリン、チャリン、と。


 決闘の始まりを告げた。







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