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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第七章 欲しかったものは過ぎ去りて
214/292

213 革命


 朝から賑やかな日だった。


 異様な目をした男や女がラツアの都を行き、一所に集まり始める。


 そこは宮殿前の広場。


 続々と、都中から人々があつまってくる。


 普段は穏やかな空気漂う広場に、ぴりぴりとするような緊迫感が満ちていた。


 そして、一人の男が木の箱を即席の壇上として立つと、通りの良い声を響かせる。


「諸君!!! この声を聞く、国民諸君!!!」






「今こそ時は来た!! もはや百の言葉より、一つの拳を持って我らの使命を果たさなくてはならない!! 武器を取れ、旗を振りかざせ!! 我ら誇り高き、ラヴェイラの民なるぞ!!!」


 そして、男が大きな旗を持ち上げ、高々と両手で掲げる。


 風に舞い、その旗が広がり、宙にひるがえる。


 それはラヴェイラの旗。長くこの国の民が背負い続けた、偉大なる旗。




「今こそ叫べッ!!! 我らの母、ラヴェイラの名をッ!!!」




「「ラヴェイラッ!!! ラヴェイラッ!!! ラヴェイラッ!!!」」




「そうだッ!!! この国を!! 母を!! 我らの手に取り戻せッ!!!」




「「ラヴェイラッ!!! ラヴェイラッ!!! ラヴェイラッ!!!」」




「立てよ民よォーーッ!!! ラヴェイラの子らよォーーッ!!!」




「「ラヴェイラッ!!! ラヴェイラッ!!! ラヴェイラッ!!!」」




「今こそッ!!! 悪逆非道のラツア王を倒せェーーーーッ!!!!」






「「ウォォォォォォオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」」






 ――革命が、始まった。





















 ぼうっ、ぼうっ、と、次々に火が掲げられる。


 男たちはその手に剣や鍬、オールや木槌を持ち、宮殿正門へと駆けていく。女たちも居る。いや、この局面に男女など関係無い。誰もが皆、己の信念を抱く闘士であった。


 正門を守る衛士たちが集団を止めようとするが、数が違い過ぎる。特に暴力的な者たちが真っ先に衛士に殴りかかり、地面に引き倒しては殴殺してしまう。


 集団たちの大多数はただの住民である。だが、集団と過熱という狂気に呑まれた彼らは、目の前で人が血を流し、悲鳴をあげ、やがて力無くなっていく有様を見ても、恐怖しない。


 血が、暴力が、零れおつ命が薪となって、熱狂の炎をいや増していく。


「どけェエエエエエエエエエエエエーーーーーーッ!!!」


 怒号。


「ぎぃぃぃああああああああッ!」


 悲鳴。


「殺せェーーッ!! 殺せェーーッ!!」


 また怒号。


「やめッ、やめてぇええええええええッ!!!」


 また、悲鳴。







「「ワァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」







 叫びが上がる。憤怒か、苦痛か、混じり合って分からない。ただ、ただ叫びが広がっていく。


「王を倒せェーッ! 王を倒せェーーッ!!」


「向こうだ! 向こうから入れるッ!!」


「ラヴェイラァァァァ!! 万歳ィィィ!!」


「おい! 違うっ、やめろ! 俺は――っ」


「逃げたっ! クソが逃がすなァーーー!!」


「撃てッ! 撃てよッ! 何のために銃持ってやがる!?」


「イヤァアアアアアッ! やめ――」


「馬鹿が! 殺――!!!」


「――てェえええ!! 死にた――」


「腐った貴族共がッ!! 死ねよ! 死ねッ!!」


「――てよ!! 私の子を返せぇえええええ!!!」


「王はどこだッ!! 王を殺せッ! 王を――」


(きん)ッ! 金だ!! こんなにあるぞ!!」


「キャァァァァァ――!! ――!!」


「放し――ッ!!! こ――どもが――ッ!」


「――なのに! 私は――っ!!! そん――」


「――を!! 王――」


「――!! ――だぞ!! ――!!」


「待――! 待――!!」


「――!!!」


「――!」





















「……なんて、醜い……」


 宮殿前の広場に集っていたラヴェイラ派の集団が、暴徒と化して暴れ狂う。


 宮殿の正門はとうに破られ、あちらこちらで悲鳴と怒号があがる。


 一部では火をつけた者が居るらしく、煙が細く上がっている。


 広場には執拗に殴られた衛士や、明らかにただの住民だったはずの遺体がいくつも並ぶ。


「こんな……」


 言葉にならなかった。


 分かっているつもりだった。


 だが“つもり”に過ぎなかった。




 彼らは皆、重税や理不尽な規制に苦しんだ民では無かったか。


 彼女らは皆、自由と誇りを求めた闘志では無かったか。


 あそこに居るのは、国を愛し取り戻さんとした普通の人々では無かったか。




 それがどうだ?


 宮殿の衛士や近衛兵に女は居ないはずだ。ならば聞こえてくる女の悲鳴は誰のものだ。


 金品を抱えて宮殿から走り去る男は何だ。何をしに、ここまで来たのだ。


 燃え上がる火はどこから来た。火をつける必要なんてどこにあるのだ。




「やっぱり、人類は――」


 『醜い』。


 そう続けようとして、サンは口を噤んだ。


 そんな事を言う資格は無い自覚があったからだ。


 これは自分たちが作った光景。何の関係も無いのに死んだ人々は、サンたちが殺した人々。


 これは自分たちが煽った業火。罪も無いのに火に焼かれる亡骸は、サンたちが生んだ亡骸。


 例え、こんなものを望んだ訳では無かったのだとしても。






「――見ているのが苦痛か、サン」


「主様」


 サンの背後から、贄の王がやって来て声をかけてきた。


「正直に言えば、そうですね。あまり、気持ちの良い景色ではありません」


 サンはそう言いながら、贄の王こそ苦痛のはずだと思った。


 あの宮殿は、贄の王が生まれ育った場所なのだ。


 主の思い出の場所が、暴徒どもに踏み汚されていく。そう思うとまた不愉快さが増したが、サンは努めてそれを飲み込んだ。


「当然だな。だが、こうするのが最も軽微な被害のはずだ。このまま革命が成れば、内戦には発展しない」


「……主様がそう仰るなら、きっとそうなのだと思います。でも、巻き込まれた人たちにとっては全てなのだと思うと……」


「そうだな……。私のような者は人を数で見過ぎる。お前は、その心を大事にしなくてはならないぞ」


「……主様が必要と仰られるのなら、そう致します」


「必要だとも」


「……はい」






 サンは改めて、宮殿を見やる。贄の王が来たという事は、サンの出番なのだろう。


「準備はいいな?」


「はい。いつでも問題ありません」


「よし。――では、行け。最大限気を付けろ」


「分かりました。それでは、行って参ります」


 サンは贄の王に一度頭を下げると、宮殿を睨む。


 そして、【転移】を発動。


 ラツア王を求めて、宮殿へと向かった。





















 サンの任務はラツア王を発見、仕留める事である。


 贄の王曰く、ラツア王は暴徒に倒されたりはしないだろうという事だ。


 剣を振るえば万夫不当、魔法を操れば一騎当千の贄の王。その実の弟ともなればやはり武に優れるのも理解しやすい。王族だけあって魔力も豊富な魔法使い、剣魔に優れる戦士だとか。


 それでも常人には違いない。いくら何でも暴徒に囲まれては危ないのでは、と思ったが、主の策ではそもそもこの革命は放っておくと鎮圧されるのだとか。


 順調なのは滑り出しだけ。王側つまり近衛兵たちが態勢を立て直してしまえば、暴徒たちでは相手にならないからだ。


 強弱の差はあれど、近衛兵は大部分が貴族。つまり、魔法使いだ。多少数が居る程度では暴徒たちなど敵ではない。


 贄の王の計算通りに進めば、宮殿のおよそ一割から二割程に暴徒が浸透した段階で王側が反撃に転じる。暴徒たちは順当に鎮圧されて行き、押し返される。


 革命の火は王まで届きもしない。


 そんな程度しか進めないのか、と正直サンは驚いたが、非魔法使いの暴徒たちと、魔法使いの近衛兵たちの差であろう。


 逆に言えば、近衛兵と渡り合える戦力が数名でも居れば、革命は一気に成功し得る。それにそもそも、単純に革命を成功させたいだけなら贄の王が出れば終わりだ。


 ならばどうしてこんな迂遠な策を、と思わないでも無かったが、主は「これが私の最善だ」としか言ってくれなかった。サンが察するに、説明が面倒だったらしい。






 故にこの革命を成功させるには一計を案じる必要がある。


 一つ。民衆による暴力の突入。


 二つ。暴徒と化した民衆を鎮圧しようと近衛兵たちが集中する。


 三つ。護衛の減ったラツア王の下へサンを突入させ、仕留める。


 四つ。現王崩御により王位継承が為され、王族唯一の生き残りの子が王となり共和制へ移行する。


 以上が、大まかな贄の王の戦略だ。


 暴徒たちが進行し、鎮圧するため寡兵の近衛兵が集中。ラツア王の護衛が減っている今こそまさに三つ目の段階。


 この革命におけるサンの役目だ。


 贄の王の策を完成させる重大な役割。何としても果たさねばならない。


 ――そして今、宮殿の屋上にサンが降り立つのであった。






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