表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第七章 欲しかったものは過ぎ去りて
213/292

212 引き金の名は、赤

「コードネーム・ロッソ」みたいにルビ振ったらカッコイイ


「馬車で移動中に狙われたそう――」






「詳細は分からんが、襲撃は――」






「狙いはロッソの命と――」






「それは確かなので――」






「亡骸を確――」






「どうし――」






「な――」



















「つまり、命じたのはラツア王と見て間違いない」




















「――ねぇ、サン」


 呼びかけられて、サンは振り返る。


「はい、姉さま?」


 ロッソはどことなく物憂げな、それでいて真剣な顔をしていた。


「貴女、殿下が好き?」


「ヹ……っ」


「なにその声……。それで、どうなの?」


「そっ、ん……な、訳無いじゃないっ、ですかッ?」


「喜劇みたいに分かりやすいけど……。一応聞くわ。本音?」


「うっ……」


 サンはたじろぐ。


 何故ならこの話題では、ロッソに真剣に立ち向かわねばならない負い目があったからだ。


「……ぅ」


 バレ切っていることくらい分かっている。それでも、その一言を口に出せず、躊躇う。


 思わず顔を逸らしてしまったサンの心境などお見通しなのだろう、ロッソが続けて言葉をかけてくる。


「言葉にしなさい。……好きなんでしょう?」


 逃がしてくれる気は無いらしい。


 少しの間、沈黙していた。ロッソは急かそうとはしなかった。ただ、じっと、静かにサンの返答を待っていた。


 どれほどだろう、観念したサンがようやく、言葉を絞り出す。


「……好き、ですよ……」


「そう。貴女は殿下が好き。そうね?」


 こくり。サンは顔を合わせられないまま、一つ頷いた。


「……こっちへおいでなさい、サン」


 ロッソは自分が座るソファの傍らを手で示す。


 サンは顔が燃えていると錯覚するくらいの熱を感じながら、ロッソの隣に座った。


「貴女は、殿下とどうなりたい?」


「ど、どうと言われても……。良く、分からないです……」


「そうなの。……サンは、人を好きになるのは初めてね?」


 こくり。サンはもう一度頷いた。


「実際、私も本気の恋なんて一度しかしてないけれど、貴女よりは色々と経験してるわ。お節介かもしれないけれど、聞いてくれる?」


「……はい」






 ロッソは一度長い息を吐くと、語り出した。


「アタシもね。殿下が好きだったわ。知っているでしょう?」


 サンは頷く。以前、ロッソと仲良くなるきっかけの時に知った事だ。


「本当はね、少し違うの。……今も、好きよ」


 サンは思わず、ロッソの顔を見た。


 ロッソは憂うような、懐かしむような、そんな遠い目をしていた。


「まだ話してなかったわね? ホテル・ヴィーノで抗争に巻き込まれた時、アタシは死ぬところだったのよ。それを、殿下が助けて下さった」


 ホテル・ヴィーノでサンが初めてロッソに出会う前の話だろう。サンと贄の王が合流した時には既に、贄の王とロッソ、それからフランコは一緒に居た。


「正直、ガラじゃないけど……ときめいたわ。10年以上も、待っていたのね、アタシ。あの日と変わらない姿であの人が現れた時、生娘みたいに夢を見たわ。あぁ、やっと……なんて、ね」


 サンは何も言えない。


 何を言えるというのだ?


「出会った頃の貴女に嫌な態度取って、ごめんね。妬ましかったのよ、貴女が……。アタシが立ちたかった場所に苦労も知らないような小娘が居るって。アタシはあんなに頑張ったのにって。馬鹿な女よね、笑ってちょうだい」


 既に、サンは過去のロッソの話を聞かされていた。






 過去、ラツアにいた頃の主は次の王だった。


 容貌に優れ、知性に優れ 武に優れ、将来も約束されている。礼儀作法や気遣いも完璧で、やや不愛想だが欠点と呼ぶ程でもない。


それはまるで絵に描いたような王子様。少女たちは、誰もがその隣に立つことを夢見たと言う。


 ロッソもまた、その一人であった。


 ラツア裏社会の王ドン・バッティーノの娘でもある彼女は、自分こそが次代の王妃に相応しいと信じて疑わなかったという。


 ロッソは己を磨いた。自分に持てる全ての才覚と努力を、自分を磨く事に費やした。


 化粧や作法に始まり、果てには兵法や戦史まで。ありとあらゆる面で最上の女は自分だと研鑽に研鑽を尽くした。それが出来るだけの能力が彼女にはあった。


 当時の贄の王は恋人も婚約者も持たなかったという。異例と言えば異例だが、だからこそ女たちはその立場に焦がれた。




 そして贄の王の立太子と婚約者の選定が間近になった時。ロッソが己こそがと絶対の自信を持ち、事実そうなると思われた時。


 主は失踪した。


 国――当時はラヴェイラという名だった――は荒れに荒れた。暗殺や誘拐が疑われ、駆け落ちや陰謀が囁かれ、全ての兵と警察がその行方を捜した。


 だが、見つからなかった。


 当然だろう。周辺をいくら捜しても、その頃主は魔境に辿り着き【贄の王】となっていたのだから。


 そしていつまでたっても見つからない王子を待てぬまま、王が崩御。次男だった王子が即位したが、ザーツラント皇帝がラヴェイラ王位の継承権を主張した事を発端に継承戦争が勃発。


 苦難の先の戦勝には僅かな賠償金だけ。そればかりか、ラヴェイラの名を失いラツアとなった。


 相次ぐ国の難事に、いつしかラヴェイラにこの人ありと謳われた王子は忘れられていったと言う。




 だが忘れなかった人もいた。


 忘れられなかった、と言った方が正しいか。


 ロッソもまた、その一人であった。


 幼き日より恋焦がれ、ついに手にすると思われた男を失い、次なる心のやり場を見つけられぬまま10年を過ごし、いつしか表裏を問わず『ラツアの女帝』と称されるようになった。


……その壮絶な人生で、ロッソが何を思ってきたのか。サンには想像など出来ようはずも無い。






 サンはてっきり、10年の間にロッソも贄の王への恋心など失ってしまっていたのだと思っていた。


 だが、それは違うと言う。


 ロッソは、今この瞬間でさえ、贄の王に焦がれているのだと。


「勘違いしないでね。貴女の場所を奪うつもりはないわ。そういう意味では、諦めているから。……ただ、忘れられない。今でもそうよ、あの人の顔を見ると、胸がどきどきする。あの人の声を聞くと、心が震える。あの人が生きてここに居るんだって思うだけで、アタシは……」


 血を吐くような言葉だった。


 人間が、こんなにも苦しそうに言葉を紡げるものかと、サンは衝撃を受けた。


「姉さま……」


「あぁ、サン。良く聞いて……。絶対に、アタシと同じ後悔をしてはダメよ。絶対、何が何でも、その恋を叶えなさい。そうでなければ、はっきりとフラれなさい。どちらでもなく、そこに居るのに届かない……。アタシは、今、地獄に居るのよ」


「……っ」


「そんな顔をしないで? 貴女を苦しめたいワケじゃないわ。ただ、アタシの後悔を知って欲しかったの。アタシは、あの人に一度だって想いを告げたことなんて無いわ。そして、これからも無い」


「い――」


「今から、なんて言わないでね。そんな事、絶対に出来ないわ。……あり得ないと分かっているけれど、妹分を脅かすようなマネ、アタシは死んでもしない。もう遅すぎたのよ、アタシは」


 ロッソの顔は、サンに向けられる顔は、酷く優しい。


 サンは知らなかった。あの日ロッソが自分を『妹』としてくれたことに、それほどの覚悟があったなんて、ほんの少しだって知らずに喜ぶばかりだった。


「いい? 後悔しないこと。必ず、アタシの分まで、その恋を叶えなさい。勝手で悪いけれど、貴女にアタシの想いを託すわ。一緒に連れて行って。そして出来るなら、代わりに叶えてあげて」


「姉さま……っ」


 ロッソはぎゅっと、でも優しく、サンを抱きしめてくれた。


 サンもまた、それに応える。


「かわいい子。貴女はアタシの妹よ。どんな苦難も、貴女は乗り越えていける。そうでしょ……?」


 いつの間にか、ロッソの声は涙ぐんでいる気がした。抱きしめられているサンには、その顔は見えない。


「可哀想に。何か、迷っているんでしょう。何か、思い切れない理由があるんでしょう。……でもね、サン。貴女は絶対に想いを叶えられるわ。だから、迷ってもいいの。止まらないこと。信じて、自分を。……一番大事なところで、自分を信じられなかったアタシのようには、ならないで」


「姉さま……。何だか、お別れみたいでいやですよ……」


「ふふ、そうね。お別れなんかじゃないわ。ちゃんとここに居るでしょ?」


「はい。ずっと、傍にいてくれますか?」


「もちろんよ。例え何が起こっても、かわいい妹と一緒に居る」






















「――約束よ」





















 ロッソ死亡の報は、贄の王の指示で仲間内に知れ渡った。


 表と裏とを問わず、すぐに国中に広まるだろう。


 ロッソを襲撃した者たちが近衛兵であった事から、指示した者がラツア王であることは明白。隠すつもりなど欠片も無いような不遜さはロッソを慕う者たちを余計に怒らせる。


 ラツア裏社会に王として長く君臨してきたドン・バッティーノの死と併せ、バッティーノ親子謀殺さる、と紙面にも書かれる予定だ。


 ドン・バッティーノを父と呼ぶ者たちにとって、ロッソは家族のようなものだった。ラヴェイラ派はこれまで以上の勢いを持つはずだ。




 ――その全ての情報を、サンはいっそ淡々と処理した。


 最初は驚いて、真っ白になった。次に悲しみ、それから何も感じず、いつも通りのようになった。


 もう、慣れ始めていたのだ。


 親しい者を失う事に。


 ブルートゥをその手で殺した。


 イキシアと仲違いし、仲直りした直後に亡くした。


 それから……。


 それに、『サン』を生んだ魂の欠片たち、その元の持ち主たちから遺された僅かな記憶たちも合わせれば、もう数えるのも馬鹿らしいくらいだ。


 エルザ。ラインファーン。ソトナ。それから、それから……。






 だからこそ、サンは酷く冷静だった。己を見失いなどしなかった。


 どこまでも冷徹に、贄の王のその言葉を聞いていた。




「――我々ラヴェイラ派は多くの傷を負った。いい加減、決着をつけようと思う」


「機は熟した、って事ですかねぇ? ぼくは、あの王様をズタズタに出来ればそれで満足ですよぉ」


「私は、この国が良くなるのであれば。後は、殿下をどこまでも信じる所存です」


「全て、主様の御心のままに」




「うむ。ならば、次の作戦を明かす。」






 贄の王は、ほんの少しだけ間を開けた。


 両目を閉じて、まるで躊躇うように。






 それから、また両目を開けると宣言した。






「――革命を起こす。宮殿を攻め落とし、ラツア王を殺す」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ