211 ラツアの混沌
「消えろ! この売国奴どもが!!」
「そうよ! 消えろ! 消えろ!」
「ふざけるな! 司教様を殺した外道どもが!」
「それはお前らラヴェイラ派だろうが!」
「馬鹿野郎! お前らに決まってる!」
「そうだそうだ! 国を売るような奴らは消えろ!」
「風見鶏は黙ってろ! ぶん殴られてぇか!?」
「全くだよ! この国の名前はラヴェイラだろうが! ラツアなんかじゃねぇ!」
「聞いたか! こいつは異端者だ! 共和主義者だぞ!」
「不敬罪だ! おらおら捕まえちまうぞ!?」
「何が不敬罪よ! 家族皆殺しの血塗られた王なんて正統なはずがないのに!」
「教会の犬だ! 躾けてやれよ、おい!!」
「お貴族さまの犬でもあるぞ! 俺がひっぱたいてやる!」
「黙れラヴェイラ派ども! お前ら全員消えちまえ!」
「王政派こそ消えろ! この国にもう王は要らねぇ!!」
王政派、ラヴェイラ派、中立派。その中でもまた過激派、宥和派、血統重視の貴族派に、全く関係の無い大小の派閥などなど……。
ここに汚職や賄賂、他国の間者なども入り混じって、ラツアは完全に混沌としていた。
サンは窓の外の広場でとうとう乱闘にまで発展している各派閥の衝突を見てため息を吐くと、背後のアルマンに話しかけた。
「アルマン。この状況をどう見ますか?」
「どうもこうも無いね。混沌、混乱、ひたすらカオスだ。教会も余計な事をしてくれたよ」
ラヴェイラ派の優勢は教会が王政派支持を表明した事で崩れた。
サンにとっては認めたくない事だが、やはり民衆に対する教会の影響力は大きい。ラヴェイラ派は日和見思想の強い者から離脱し、最盛期の7割以下に減じた。
一方、サン達の暗躍により、教会から王政派への協力も妨害出来たために、王政派はラヴェイラ派を打倒出来なかった。
そして世が乱れると、当然のように小派閥が乱立し始める。好機と見た者が周囲を巻き込んで動き出すからだ。
他国の間者もいる。ラツアが弱った隙に、その利権を掠め取ろうとするものたちだ。
「なにか、一撃で混沌に終止符を打ちたいところだけれど……。どうしたものかな」
「アルマン周辺の者たちはどのような感じですか?」
「まぁ、近いだけあって私に追従するつもりみたいだよ。ただ、教会が敵に回ったせいで不安がってもいる。教会を口説き落とせればいいんだけど、難しいよな……」
「【従者】の存在が裏目に出た部分ですね……」
「そこはほら、牽制や威圧にかなり役立っているじゃないか。多少デメリットが出るのは仕方の無いことさ」
「そうですね……。何か、一撃でこの混乱に終止符を打ちたいものですが」
「さて。殿下の事だから、何かお考えをお持ちなのは間違いないだろうしね。私はあまり心配していないよ」
このアルマンは贄の王の信奉者なのだ。どうやら贄の王が王子としてラツアにいた頃関わりがあったらしく、完全に心酔している。なお、そのお陰でサンとは割と仲が良い。
「そうですね。主様ならこの状況も計算の内だとは思うのですが、こうして混乱を目にしているとつい……」
「サンは心優しいシニョリーナだからね。私のような薄情者は、なんだ馬鹿な奴らだな、としか思わないのさ」
「別に心優しい訳ではありませんが」
サンだって別に乱闘している彼らを心配している訳では無い。ただ、彼らを見ていると、自分たちの行く先が何となく不安になってしまうだけなのだ。
「我々は手足。求められたならいざ知らず、勝手にあれこれ考えてしまったら頭脳の居場所が無くなってしまうだろ? 殿下の指令を待って居れば大丈夫だよ」
「それは、そうなのですが」
「煮え切らないね。いいかい、サン。殿下の隣に立てるのは君だけなんだ。君がすべきは殿下を信じて支える事であって、殿下の為さりようを不安がる事じゃない。殿下の帰る場所になって差し上げて、お茶でも淹れてにっこり笑うんだ。それだけで、男なんてのは頑張れるものなのさ」
「……そんなものですか?」
「そんなものさ」
「ふぅん……」
アルマンの言いようは、分からなくもない、程度の共感を抱けるものだった。
確かに理想的な女性という姿があれば、奥ゆかしくて、いつも微笑みを浮かべていて、とても大きな慈愛で他者を包み込むような――そんな姿だろうか。
そんな人ならば、確かにアルマンの言う通りかもしれない。男性の帰ってくる場所を守って、疲れを癒してあげるような。そういう姿に憧れが無いかと言えば嘘になる。
だが、サンは大人しく待つだけなんて嫌だった。ただ従順に、何も考えず受け入れ癒すだけが役目だなんて嫌だった。
自分は戦いたい。剣を握り、魔法を操り、常に贄の王の傍らにありたい。血飛沫の戦場であれ、暖炉の焚かれる家であれ、その隣にあるのはいつも自分でありたい。
戦いに行く時であれ、家に帰る時であれ。
剣を振るい命を懸ける時であれ、お茶を啜り命を癒す時であれ。
常にその傍に付き従い、その力になる。
それがサンの思う理想の姿。
わがままだろうか? 独り善がりだろうか? ……分からない。
人の心が分かったらいいのに、とサンは思った。
そうだったら、贄の王がどんな自分を望んでいるのか分かる。楚々とした癒し手か、凛とした戦友か。どんな望まれようだって、きっと叶えて見せるのに。
「――ま、悩むと良いよ。きっとサンは良い奥方になるさ」
「お、奥方じゃありませんってば!」
「今は、ね。そうだろ?」
「……し、しりません」
奥方。
誰の?
決まっている。事実、その想像はサンにとっても、まぁ、悪くない。
悪くはない、のだが――。
「……はぁ」
「おや? どうしたんだ、急に暗い顔をして」
「……なんでもありません」
「私の経験上、女性の『何でもありません』ほど信用ならない言葉は無いんだけどね」
「ないったらないんですっ」
「……どうやら、私の出る幕じゃなさそうだ。黙っておくよ」
アルマンはそう言いながら肩を竦めて見せた。
気遣ってもらったのかもしれない。だが、素直にお礼を言うのもなんだか決まりが悪い。
別にアルマンに話したくないのではない。ただ、誰に話せばいいか分からないだけなのだ。
サンは窓の外を眺める。
派閥入り乱れての乱闘が、警察たちに無理やり鎮められていくところだった。
とある街、とあるアジト、とある一室。
執拗な程に盗み聞き対策の施された部屋に、ラヴェイラ派の幹部たちが集結している。
部屋に居るのはフランコ、アルマン、サン、そして贄の王の4名。
ロッソの姿がまだ見えていない。遅れているらしい。珍しいことである。
贄の王は全員の顔を見回すと、口を開いた。
「さて、ロッソが遅れているようだが始めてしまおう。時間は貴重だ」
全員が真剣な顔で贄の王の言葉に耳を傾ける。
「いい加減、この半端な状況にも飽いてきただろう。ラヴェイラ派、王政派、その他。今のラツアには様々な派閥が入り乱れているが……」
一度、言葉を切った。
重々しい沈黙。重要な一言が来る、という予感を与えられる。
「――王政派とラヴェイラ派の二つを除き、片付ける」
サンはもう少しで己の耳を疑うところだった。
『王政派とラヴェイラ派の二つを除き、片付ける』。そんな事が、果たして可能なのだろうか?
ちらり、とサンはアルマンとフランコの様子を窺う。
だが、両者ともサンと同じような心境のようだ。大げさに跳び上がったりはしないまでも、驚いている様子を隠せていない。
「疑問もあろう。だが、可能だ。一言で言えば、どちらかにならざるを得ない状況に追いやる。ちまちまと一つずつ潰していたのではキリが無いゆえ、一手でこれを成す。そもそも、小派閥の乱立している理由は――」
コンコン。
贄の王が口を閉じ、ノックされた扉を見る。
「……サン」
「はい、主様」
サンは既に立ち上がって、扉の方に向かっていた。
「どなたですか?」
扉の向こうに問いかける。
「姫。ラマニです。『王子』に急ぎです」
ラマニ、とはフランコの腹心の一人だ。この幹部会議の取次を許されている唯一の人物でもある。
サンはドアを薄く開けラマニを確認する。
「私が伝言します」
「いえ、申し訳ありません。恐らく、『王子』が最初に知るべきです」
「……そうですか?」
サンは少し迷ったが、扉を開けてラマニを迎え入れる。
「主様。ラマニから急ぎの報せです。直接、との事です」
ラマニは早歩きで贄の王の下に近づき、その耳に口を寄せると何事か伝えたらしい。
一体何を伝えているのか気になったが、サンは努めて聞かない、贄の王の様子も探らないようにした。フランコとアルマンも同じだろう。自分たちも知るべきかどうか、贄の王が判断すべきとラマニが思ったから“直接”なのだ。
少し間が空いてから、ラマニが去って行く。
サンは元通りに鍵をかけ、自分の席に戻ると贄の王の方を見た。
贄の王は、片手で口元を覆い隠すようにしながら、両眼を閉じて考え込んでいた。
贄の王の黙考は長かった。
サンが少しずつ焦れを感じて始めた頃、贄の王はようやく目を開いて全員の顔を見回す。
「……全員、聞け」
やっとか、とサンは紡がれる言葉に注意を向ける。
「――ロッソが死んだ」
「――え?」




