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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第七章 欲しかったものは過ぎ去りて
211/292

210 噓から出たまこと

遅れた上に短い。だが私は謝らない。ごめんなさい


「戻りました、主様」


 サンは司教の邸宅から直接、贄の王が居るアジトの一つに転移してきた。贄の王は報告や連絡が遅れる事を嫌うのだ。


「どうだった」


「ご命令通りです。司教暗殺の失敗を演出しました。」


 サンは司教邸宅での出来事を丁寧かつ無駄の無いように報告する。贄の王は無言でそれを聞き、一連の報告が終わると一つ頷いた。


「ご苦労。聞いた様子では問題無いようだ。よくやった。」


「ありがとうございます。……それと、司教を尋問した際の内容ですが、気になる事が」


「と言うと」


 サンはまず、教皇自身が司教に『ラヴェイラ派を潰せ』と指示していた事を報告する。その見返りとして、司教に枢機卿座を約束していた事も。


「――ふむ。紅の衣を約束するほどに、教皇にとって重要という事か。ふむ、ふむ……」


 何やら頭の中であれこれと咀嚼しているらしい贄の王に、サンはもう一つの情報を報告する。つまり、『教皇がザーツラントに手出しするなと釘を刺した』という情報。


 人を殺せそうな鋭い視線をサンにやる贄の王は、どうやらサンと同じ部分に引っかかったようで、サンに確認する。


()()()()()()()と言ったのか? ザーツラントの()()()、では無く?」


「はい。私もそこに気づき、司教に同じ確認をしました。すると、司教ははっきりと『しまった』という顔を。あれは、見間違いではありませんでした」


 贄の王は目を閉じると、頭を回し始めたらしい。


「……教会が、ザーツラントに指示、だと? 一国が、教会に指示を受ける……?」


「司教の顔は明確に口を滑らせた、と表していました。何か、世間に隠すような関係があるものと」


「あぁ。そしてザーツラントと言えば継承戦争を起こした国。もし、継承戦争当時から教会の指示を受けていたとしたら」


「継承戦争自体、教会の思惑だったという事ですか」


「……そして今、ラヴェイラ派が革命を目論む今、ザーツラントには好機だ。実際ザーツラントは私も警戒していた。加えて、ラヴェイラ派を潰せとラツア司教に指示をした」


 ごくり、とサンはつい息を呑んでいた。


 何かは分からない。だが、何か大きな思惑を感じる。贄の王が何かを掴みかけているという予感。


「もし。……もし、ザーツラントが教会の手の上だとしたら。もし、継承戦争が仕組まれたものだとしたら。もし、そもそも継承戦争の火種を()()()のが教会だとすれば?」


 贄の王が示唆する可能性。それは、一つの恐ろしい事実を指している。


「それ、は……。まさか……?」


「分からん。全ては推測だ。だが可能性は……ある」


「だとしたら、教会は……!」


「継承戦争の火種は私がラツア王位を継がなかったこと。私が贄の王になったこと。……なった、のではなく、された、のであれば」


「主様を贄の王に選んだのは、教会……」




 贄の王がサンを見る。意外にも、その瞳は落ち着いていた。


「ザーツラントが教会の指示を受ける立場、最悪は傀儡(かいらい)であるという可能性。これは誰にも明かすな。迂闊には扱えん」


「……分かりました。そのように」


「お前なら心配は不要だと思うが、口は軽々しく開くなよ。情報の取り扱いは私が決める。いいな」


「もちろんです。全て、主様の意のままに」





















 『ラツア司教、暗殺さる!!!』


 『昨日夜、ラツア司教であるマリーチオ様が司教邸宅の自室にて殺害された。死因は胸に受けた銃撃。現場を目撃した司教の従僕であるベッソ氏によると犯人はなんと、かの【従者】本人だと名乗った。ベッソ氏が不自然な物音に気付き司教様が居る筈の隣室に入ると、そこには拳銃を司教様に突きつける犯人の姿があった。ベッソ氏は果敢にも犯人を捕らえようとしたが敵わず、【従者】は司教様を銃撃で惨たらしくも殺害。逃走して行ったと言う。また【従者】とは――』






「――なるほど。司教は死んだか」


 サンから手渡された新聞を放ると、贄の王はまるで動揺した様子も無くお茶のカップを手に取り、口に運んだ。


 つい今朝、サンがこの新聞を初めて目にした時など、それは酷く驚かされたものだったのだが、贄の王の落ち着きぶりは全く想定内と言わんばかりで、サンは戸惑う。


「しかし、主様。私は――」


「殺していない。そうだな?」


 サンは無言で頷く。昨夜、贄の王に報告をした通りだ。


「だが、死んでいる。自殺のはずは無いな。ならば他の誰かが殺し、お前に罪を押し付けたのだ」


「それは……」


 言われてみれば、とても単純な論理だ。


 サンは殺していない。なのに死んだ。ならば、他の誰かが殺した。


「では、誰が――いえ……」


 反射的に贄の王に答えを求めようとして、やはり自分で考える。頭によぎる可能性があったからだ。


 贄の王はとうに答えに辿り着いているらしく、どことなく楽しそうにサンを眺めている。


「司教を殺したのは……あの付き人……?」


「それと、護衛連中。従僕と護衛の両方だ。そうでなければ、お前の報告とこの記事を両立させられない。後は、記事自体が偽りという可能性もあるが……死を偽る必要は見つからんな。真実だろう」


「でも、どうしてでしょう……」


「教会も一枚岩では無いという事だ。恐らく、司教座を欲していた者の手だろう。枢機卿座を約束する程の重要な事態、死んだ司教に代わって果たせば教皇の覚えが良くなる。そんなところだ」


 贄の王はまるで見てきたように語る。その事実が、サンにとある思い付きをもたらした。


「もしかして、私に失敗を命じた時からこの可能性を?」


「司教が生きていれば、ラヴェイラ派への圧力を減じられる。【従者】がラヴェイラ派に居ると理解する筈だからな。死んでいれば、教会内の状況が分かり利用出来る。競争があるなら味方を作れるだろう? どちらにしても我々の得だ」


「はぁー……」


 教会が王政派支持を表明してからサンに命令を下すまではほんの僅かな時間しか無かった。だと言うのに、サンの主はそんなことまで考えていたらしい。


恐ろしい頭脳だ。少なくともサンには真似出来ない。


「これより再び幹部を集める。お前も同席し、報告をするといい。ただし、ザーツラントについては言及するなよ」


「はい。ザーツラントを除く部分については、全て?」


「そうだ。私からの命令、暗殺未遂の真実、教皇から司教への指示、司教殺害の下手人の推測。全てだ」


「分かりました」







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