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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第一章 世界の敵たる孤独な主従
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21 血の誓約


 シックがリーフェンを訪れるより少し前――。


 サンは自室のベッドの中にいた。目は覚めているが、身体を動かせないのだ。贄の王により城まで連れ帰られ手ずからの治療を受けたが、そのままなら命が失われていただろう状態だっただけに、とても一人では動けないのだった。


 左腕の肘から先と右脚を付け根近くから無くし、右腕には痺れが残ってしまい器用に動かすことは出来なくなった。


 左目は視力を酷く落としてしまい、右目を閉じれば世界がぼやけてほとんど何も視認できない。


 背中には大きな裂傷があり、身じろぎする度に痛みが走る。左足は比較的無事で、しばらく養生は要るが杖をつけば一人で歩くことは出来そうだった。


 そのほか、細かい打撲や切り傷は数える気も起きない。


 贄の王が『生きているだけ幸運だ』と言うし、事実その通りだと思う。


 【衝撃】のもたらした被害は甚大だった。


 サンはリーフェンが狙われる可能性も考えなくは無かっただけに悔やまれる。賢さを低く見積もったつもりはなかったが、まさか巨大な駅を維持する魔術陣をピンポイントで破壊するとまでは読めなかった。


 たしかにあれだけ巨大な建造物が崩壊すれば【衝撃】自身が何もしなくとも多くの命を奪えただろう。鉄道や北の町を襲撃して人の目を集めたのは恐らく合っていた。駅の崩落で押しつぶすつもりで、少しでも多くの人間を巻き込もうとしたのだ。






 コンコン、とノックの音がする。返事をすれば、贄の王が入ってくる。


「サン。体調はどうだ」


「はい。痛みはありますが、問題ありません」


「何よりだ。――食事の用意をする。少し待て」


「……ありがとうございます」


 従者としては主に世話をされるなど噴飯ものなのだが、動けないのでしょうがない。おとなしく待てば、細かく砕かれた野菜と肉のスープが出てくる。食べさせてもらうのまでは断固遠慮し、痺れる右手で何とか口に運ぶ。


 贄の王は意外と言っては無礼だが、それなりに料理が出来るのだ。


「サン、食事しながら聞くといい。――お前の身体だが、以前通りの状態を取り戻す手段が、無いでも無い……。上手くいく保証すら無い上、失うものもまた大きいが、説明だけはしておく」


 サンは驚く。このぼろぼろの身体を以前通りに戻せる、というのか。


「端的に言えば、私の――【贄の王】の血を身体に受け入れるのだ。知っての通り血液は魂を育て維持するもの。そこに【贄の王】の血が混ぜることで、お前の魂を【贄の王】の闇に浸す。そうすれば、お前に僅かだけ、権能が宿るはずだ。そして権能により、お前自身の身体を作り直す」


「……私が 【贄の王】になるということでしょうか」


「違う。遠からずではあるが、【贄の王】とは唯一の存在。いうなれば、【贄の王】の眷属と言ったところか。――無論、問題は多くある。まずお前という個人が維持されない可能性。闇に浸りすぎて、魔物と化してしまう、またはそのまま命を落とす。権能が上手く宿るかも分からない。権能で元通りに作り直せるとも限らない。それから、二度と人には戻れない。……まぁ、そんなところか」


「……そう、ですか……」


 二人の間に短い沈黙が降り、サンがスープを不器用にすする音が静寂を強調する。


「聞いての通り、賢いとは言えない案だ。だが、他に思いつく案は何も無かった。つまり、その身体で人として生きてゆくか、人をやめて五体を取り戻すか。――個人的には、さっさとここを離れて人の街に移り住むのが良いと思うが……」






 何とも言いぐるしそうにする主を見てサンは思う。常々思っていたことでもあるが、彼女の主は随分と優しい性格のようだ。


 語る言葉には、サンへの気遣いが見え隠れする。恐らく、最後の言葉が一番賢明だと思っているのだ。サンは、贄の王のもとを離れて人の世界で生きるべきだと。それでも敢えて選択をサンにさせてくれるのは、誠実さゆえなのか。


 サンに迷いなどあるはずも無かった。何故なら、彼女が瓦礫の下で自覚した思い。彼女の生への渇望――『生きる目的』とは、この主のもとにしか無いのだ。


「主様。――その方法、やってみようと思います」


「……正気か。確実なのは、化け物になることだけだぞ」


「構いません。――私はサンタンカ。主様の従者。ならば何を迷うことがありましょう」


 どこか苦しそうな顔をする贄の王。出会った当初は、こんなにも”人間らしい“悪魔だとは思いもしなかった。


「……それに【贄の王】の配下が、化け物というのもお似合いではありませんか」


 そう言って、傷のひきつりを振り払うようにサンは笑いかける。


「……権能が宿ったとして、制約もつきまとう。お前も、【神託者】から逃れることは出来なくなるぞ」


「えぇ。……【神託者】が主様の前に現れるときまで、私は主様とともにありましょう」


「……しかし」


「主様」


 なおも翻意を迫る主の言葉を遮る。サンが思っていたよりも、もっともっと優しいのかもしれない――。なら、なおのこと。


 言葉を遮られた贄の王の目に、諦観の色が見え始める。


 サンは思う。――むしろ主様にとってこそ、つらい選択なのかもしれない。


「――お願いいたします」


「……。……分かった」











 黒い短剣が虚空から現れ、贄の王の手に握られる。贄の王は自らの右手に傷をつける。従者の手をとり、同じように傷をつける。


 二人の手が、重ね合わされる――。


 サンは手に焼けそうなほどの熱を感じる。同じものを主も感じているのか、顔をしかめている。


そして贄の王が祈りの言葉を――いや、呪いの言葉を唱える。


「『我は贄の王。我が意は世界を歪め、大地を呪う。今ここに、一つの魂を闇に沈めよう。目を閉じ、耳を塞ぎ、触れるがよい。世界の闇に――。』」











 視界が闇に染まる。暗く、暗い闇の中に。あらゆる感覚が消滅する。闇の中でぽつりと浮かぶ。


 その闇はかつて一度だけ見たことのあるもの。おぞましく、蠱惑的で、とても深い。


 闇が魂を飲み込んでいく。じわりじわりと、魂を蝕み、深い場所へと引き込んでいく。それがなんだか心地よくて、魂は闇に身を任せようとする。







 だが、何かが魂を引き止めた。






 ――思い出せ。


 いったい、なにを?






 ――思い出せ。


 何かを忘れている……?






 ――思い出せ。


 私はなに……?






 ――思い出せ!


 私は……?






 ――思い出せ!


 私は……。






 私は、“サンタンカ”。






 ぽつり、と闇だけの世界で色が生まれる。それは青。とても冷たく、冷徹で、なのにとても優しい、青。


 闇の中の魂は、サンタンカは、そっと青に触れようとして――。





















 「――『我の名は、サンタンカ。』」


 やさしい人だ。


 「――『今ここに、誓いましょう。』」


 さびしい人だ。


 「――『この魂を、捧げましょう。』」


 だからあげよう。


 「――『この身命を、捧げましょう。』」


 私の忠誠を。






 「――『あなたの傍で、うたいましょう。全ての宿命が果たされる日まで、あなたとともにありましょう。遥かな誓いが終わるまで、最初の願いが叶うまで。』」


 「「――『ここに、誓いを』」」






 重ねられた手のひらはより一層の熱を持つ。それでも、決してその手を放さない。手から優しい闇があふれ出し、サンの身体がそれを纏う。


 闇は徐々にサンの身体となり、その傷を癒していく。失われた腕も、傷ついた左目も、流した血も、傷跡さえも、癒されていく。


 やがて闇が晴れ、姿を消す。重ねた手のひらに熱はもう無い。


「……上手く、いったようだが……これは。これではまるで……」


「……主様?」


「あぁ、いや……。何でもない……」


 どちらからともなく二人は手を放す。


 サンはベッドから出て、自分の足で立つ。その様子は崩落に巻き込まれる前と変わらず、重体になった少女はどこにもいなかった。






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