208 ラヴェイラ派会議
「――アタシたちが全員揃うのって、結構久々ね?」
真っ赤なドレスを身に纏い、妖艶な色香を漂わせる女、ロッソ。如何なる男も手玉に取り、今や国さえその手に収めようとする魔性の女だ。
「――まぁ、ぼくたちは結構忙しいからねぇ。こういう事態でも無いとねぇ」
いつも通りの柔和な表情を浮かべる、身なりの良い男、フランコ。一見ただの紳士だが、分かる者は分かるだろう。彼が漂わせる血の匂いが。
「――貴重な機会には違いありません。それになんとも、ふふ、悪い会議というのも何だかわくわくするものですね」
黒に近い茶髪を整えた美男子、アルマン。自信に満ち溢れ、その声には不思議と引き込まれるような深みがある。数多の人々を惑わす、悪魔の旗振りだ。
「――良い会議にしましょう。皆さんお元気そうで何よりです」
金髪と空色の瞳を持つ美しい少女、サンタンカ。可憐な見た目とは裏腹に、おぞましい闇を魂に宿し、邪悪なる力を行使する闇の使徒である。
「――そうだな。お前たちが無事揃って何よりだ。誰が失われても大きすぎる損失だからな」
そして、黒い衣装に身を包んだ男、贄の王。名前を失い、悪魔に堕ち、かつて手にする筈だった祖国へ偶然にも舞い戻った闇の王。
ラツアを裏から手にしようとする者どもが集う。
王殺しを企てる、陰りの中にしか生きられない影の者ども。
五名はそれぞれの顔を見ては、再会を言祝ぐのだった。
「――さて、雑談はこのくらいでよかろう。サン、状況をまとめろ」
「はい、主様。――現状はラツアの民、表裏を問わず、およそ半分ほどが我々ラヴェイラ派に同調し、共和制を積極的に歓迎。最大勢力として、これからもこれ以後も順調な成果が見られると思います。」
サンはそこで言葉を切ると、残る四名の顔を見渡す。彼らは皆、サンの目を静かに見つめている。
「しかし、ここに来て大きな問題が発生する事となりました。教会の支持表明です。教会はここまで黙してきましたが、主様が入手された情報によりますと、王政派を支持するつもりです。我々ラヴェイラ派は最悪『異端』と断じられ、一気に民の支持を失うでしょう」
異端という言葉を聞いて、ロッソ、フランコ、アルマンの三名はそれぞれに反応を示した。
ロッソは形のいい眉を寄せて不機嫌そうに、フランコは柔和な表情に僅かな怒りを滲ませ、アルマンは目を閉じて表情を消した。
「教会に『異端』の烙印を押されれば、我々ラヴェイラ派は大きく失速、最悪はそのまま潰されてしまいます。これについて、皆さんと協議すべくお集まりいただきました」
全員、この会合が何の目的で開かれたのかは事前に把握している。ただ、一応の確認の意味を込めてサンがそこまでを述べた。
「ご苦労、サン。……さて、我々はどうすべきか? ……アルマン」
「はい、殿下。……異端宣告は死刑宣告に同じ。教会が王政派支持を表明する事自体を妨害したいですね」
「ロッソ」
「えぇ。そうね、アルマンに同じですわ。最悪でも異端宣告だけは避ける必要があります。神官騎士団まで出てきたら武力では敵いませんもの」
「フランコ」
「二人に同じ。支持表明の出所はどこですかねぇ? 教会内でも派閥はあるはず。教会にも多少伝手はありますが、教会内で足を引っ張らせる、なんてのはどうかなぁ?」
フランコの疑問に答えるのはサンだ。既に、集められる情報は集めている。
「ラツア王政への支持表明は教皇主導のようです。今の教皇は枢機卿団に嫌われています。それでも支持表明の意向を固めているという事は、既に教会内での権力闘争は決着がついている可能性が高いかと思っています」
「うへぇ。じゃあ、早期決着しか無いかなぁ」
「アタシならラツア司教にスキャンダル騒ぎを起こせるわ。それでタイミングを潰すのはどうかしら?」
「ぼくは暗殺も考えたねぇ。でもイマイチかなぁ。アルマン、異端宣告は無いとして、教会が王政派支持を表明したら、民衆はどれくらいついてくるかなぁ?」
「……半分は諦める必要があるでしょう。その場合、数よりもむしろ失速する事が問題ですね。どちらにせよ痛手です」
「そうかぁ。厳しいねぇ」
「そもそも、何で教会は一月も黙っていたのかしらね? サン、何か分かる?」
「いえ、ごめんなさい姉さま」
「そう……。単純にラヴェイラ派がここまで大きくなるとは読んでなかった、とか?んー……」
「私もそこは疑問ですね。教会は何を考えているんだ?」
「ぼくが思うに、まぁ王政に続いて欲しいってのは明らかとしても、王に恩を売るつもりじゃないかなぁ。ほら、ここで教会介入でぼく達が潰れれば、ラツア王は教会に借りを作ることになるだろう?」
「アタシ達を利用しようって? ふざけた奴等。徹底的に叩きのめしてあげなきゃ」
そこで、間を切るようにサンは贄の王に話題を振った。黙して聞いている贄の王に考えを示してもらおうと思ったのだ。
「主様。主様は、如何お考えですか?」
一同が黙る。この場の最上位者である贄の王が口を開くなら、黙らねばならないからだ。贄の王の信奉者であるアルマンはさておき、フランコとロッソまでもが素直に黙る。その事が、この場における力関係を如実に物語っていた。
話題を振られた贄の王は少しの間を置いてから、一つ頷くと語り出す。
「教会の王政派支持表明は避けたい。かつ異端宣告は何としても防ぐ必要がある。教会の思惑については、一度捨て置く。その上で、確実に異端宣告を避ける術が欲しい。……何かある者は?」
「ラツア司教は引きずり降ろしましょう。奴は教皇派だから、何をするにも邪魔ですわ」
「うん、ぼくそれに賛成。ロッソに任せた方がいいかなぁ?」
「暗殺したいならそれでもいいわよ」
「私は暗殺に賛成かな。スキャンダルで引きずり降ろしただけでは教会内で発言力が残ります。教皇派でない次のラツア司教を望むなら殺害しておいた方がいいかと。……サン、どうだい。やれるかい?」
「可能です。居所も割れていますし、暗殺するだけならそこまで難しくはありません」
「なら、サンにお願いしてラツア司教を暗殺。教会の足並みは乱れるだろうね。ただ、偽の暗殺犯を作る必要がありますから、お二方の助力をお願いしたいところです」
「王政派か中立派に押し付けるんでしょ? ならアタシに心当たりがあるわ。任せて」
「じゃ、ぼくは司教が死んだ後を見越して次の司教に唾つけとこうかなぁ。お姫様、暗殺ついでに教会からイイ感じの情報を盗れたらお願いしていいかい」
「はい。覚えておきます」
「2日だけもらえるかしら?準備しておくわ」
「助かります姉さま」
すると、その時部屋のドアをノックする音が聞こえた。
黙り込む一同を背に、サンが席を立ってノックの主を迎える。
「どなたですか?」
「姫ですか? ラマニです。緊急の報せが」
サンはドアを薄く開けると、ラマニと名乗る男の顔を確認する。それは確かに、フランコの手下の一人である男だった。
「ラマニさん。ここで聞きます。報せとは?」
「はい。――たった今、教会が王政派の支持を表明しました。外はあっちもこっちも大騒ぎです」
「――っ!? ……分かりました。それだけですか?」
「一先ずは」
「分かりました。ありがとうございます……。下がってもらえますか」
「はい、姫」
サンはドアを閉めて一息をつく。
ばくばくと心臓の音がやけにうるさく騒ぐのを聞きながら、元の席に戻ってから全員の顔を見渡した。
「――サン。今のは?」
贄の王に聞かれて、サンは一度頷いてから口を開く。
「たった今、教会が王政派の支持を表明したようです。外は大騒ぎだとか」
アルマンが思わずと言った様子で立ち上がる。
「馬鹿な! 早すぎる!」
それを諫めるのはロッソだ。
「座りなさい、アルマン。……やられた、ってワケね……」
両手を上げて降参、と言いたげなポーズを取るフランコ。
「あーあぁ……。目算がパーだよ。しかし、どういう手品かなぁ? あと10日前後は余裕があるって話じゃなかったかな?」
無言で何かしら考え込んでいた贄の王が目を開くと指示を飛ばす。
「アルマン、すぐに喧伝しろ。教会の選択は誤りだと」
「はい、殿下。直ちに」
「ロッソ、表のルートから大々的に教会を非難しろ」
「分かりましたわ、お任せください」
「フランコは武力革命の準備をしておけ。最悪、すぐに事を起こす」
「了解です、殿下」
「サンは解散次第、何としても司教を暗殺しろ。その際【従者】は匂わせるな。事故死が最良だ」
「はい、主様」
「これより我々ラヴェイラ派は教会と王政を一手に相手取る。長期戦は不可能だと知れ。革命によりラツア王を殺し、次の王を即座に据える。後の面倒事は後だ。いいな?」
贄の王の言葉に全員は了解の意を示し、その場は解散となった。ここに居るのはみな幹部であり、やらねばならない仕事は多いのだ。
「――サン」
「はい、主様」
会議が解散となり、残っているのはサンと贄の王だけである。
「司教の暗殺失敗しろ」
「――え? 失敗、ですか」
「そうだ。そして【従者】のものと見せかけろ。司教の前に姿を出し、間一髪で失敗してから撤退せよ」
それはおかしな話だった。先ほど会議の中で指示した事と真逆だ。
どうして、という疑問が湧いてくる。
どうして皆の前では嘘の支持を出したのか。どうして失敗しなければならないのか。どうして【従者】の存在を明かすのか。
だが、サンの口から出た言葉はそれらのどれでも無かった。
「――お任せください。必ずや、主様の意のままに」
贄の王がやれといった。ならば、サンはただ従うのみ。
疑問を挟むのは後でいい。
何故ならば、サンは贄の王の忠実なしもべ。
やれと言われたのなら、どんな事でもやるつもりだった。
「それでいい。……信頼している。任せたぞ」
贄の王もまた、そう言ってくれる。
「ありがとうございます」
なんて嬉しい言葉だろう。信頼している、とは。
サンは喜びの笑みを隠しきれずに笑顔を浮かべると、贄の王に頭を下げた。




