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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第七章 欲しかったものは過ぎ去りて
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204 悪だくみ開始

ブクマ嬉しい…嬉しい…

2話「魔境の邂逅」に世界地図を乗せました。クオリティは……うん……。


 コンコン、と応接間にノックの音が小さく響いた。


 控えていた従僕がドアを開けると、そこには装いを改めたロッソが立っている。


 真っ赤なドレスを脱いだロッソはゆったりとした真っ赤なガウンを纏っており、優雅に歩いてサン達に近づいてくる。


 ロッソが歩く度、揺れるガウンの裾からその白く艶めかしい脚が見え隠れして、身体のラインはドレスの時よりも隠れているのに、むしろ先ほどよりも色香を漂わせている。


 「お待たせ致しました、殿下。御前を失礼しますわ。」


 そう言って贄の王に挨拶をすると、下座の一つにふわりと座って長い脚を組む。その動作の一つ一つまで美しく、同じ女の身であるサンも見惚れるほどだった。


 しかし、サンはすぐにハッと気が付くと首を横に振って考えを振り払い、さり気なくロッソから目を逸らす。ついでに贄の王の様子を窺うが、特にロッソを見て鼻の下を伸ばしているような事は無かった。流石は主である。


 ――い、いやいや……。私だって、あれくらい……。


 脳内で自分に言い聞かせるが、サンの脳内に浮かんだ自分の姿に、ロッソの匂い立つような色気は全く感じなかった。何というか、如何にも小娘と呼ぶべき、とでも言おうか。醜さは無いが、どことなく淡白なのだ。


 ――ぐぐ……。わ、私だって、もうちょっと……。


 ちら、とロッソを窺う。


 真っ赤なガウンは厚手の物で、身体のラインはあまり出ない。しかし、それがむしろ想像を掻き立てさせるというか、そこから除く脚や手先が引き立てられるような、とにかく奇麗なのだ。


 感じる、確かな敗北感。認めざるを得なかった。


 ――私にあの色気は、無い……。


 自分も女を磨かねば。そんな決意を密かに固めているサンであった。






「――さて、話はどこまで?フランコ。」


「何も。来てからでいいかなと思ってねぇ。」


「そう。じゃあ、現状の続きからお話しますわ、殿下。」


「聞こう。」


 ロッソは従僕に持って来させたキセルを咥えると、それから一つ煙を吐いた。


「お父様が殺されて、アタシたちはラツア王に落とし前をつけさせる事を決めました。お仲間たちも皆使って、民の不満を煽って火を付けましたわ。ラツア王はアタシたちを潰そうと躍起になりすぎて、税や規制をやりすぎですわね、民の生活まで苦しめていたんです。不満を煽るのは簡単でしたわ。」


「ぼくたち側の貴族も引き込んで、反王政を掲げました。エルメア議会なんかを引き合いにだしてですねぇ。」


「ところが、お父様への大恩を忘れた屑どもが居て……。アタシのホテルが襲われたのもそれですわ。」


「今、ラツアの裏は幹部がそれぞれに好き放題やってましてねぇ。多数派はぼくたちですが、ラツア王側についた奴等もいますし、中立気取ってる奴もいます。どいつもこいつも親父様殺られて平気な顔してるカスどもです。皆まとめて片付けてやらなきゃなぁ。」


 聞くだに混沌とした状況である。


 ラツアは今、王政派、反王政派、中立の三勢力に分かれている訳だ。


「アタシたちはこれから、生き残りの王族の子を旗印に共和制を唱えます。その裏で中立派を取り込み、王政派を潰していくつもりですわ。」


 ロッソはそうまとめると、キセルを一つ吹かすのだった。






「――状況は理解した。では、私がすべきは貴族どもの相手か?」


 静かにフランコとロッソの話を聞いていた贄の王が言葉を発する。


 その言葉に、フランコとロッソは実に嬉しそうな顔をする。


「流石、殿下ですわ。『英邁王子』は健在ということですわね。」


「その呼び名はやめろ……。私が生きていた事にすれば、それだけで臣従する貴族は居るだろう。問題は名前が失われている事だが、都合の悪いことはラツア王のせいにしてしまえばいい。万一贄の王だと気づくような敏い者が居れば少し面倒かもしれんが、それはそれで歯向かいはしまい。」


「顔は明かさずとも、あの殿下が共和派についていると匂わせるだけで効果は大、ですわね。」


「うんうん。ついでに戦力としても期待させてもらいますよぉ。殿下なら、軍も敵じゃないでしょうからねぇ。」


 戦力は言わずもがな、存在を匂わせるだけで貴族たちを臣従させられるとは、人だった頃の贄の王は一体どんな存在だったのだろうか。是非とも知りたいところであるが、贄の王は教えてくれなそうだ。フランコ辺りに聞いてみよう。


 贄の王はふとサンの方を見ると、サンの役目を教えてくれる。


「サン。お前は【従者】の名前を使え。共和派につかぬ裏の者どもを脅し、敵対するなら滅ぼす構えでいろ。私が表、お前が裏の者どもを引き込むのだ。」


「よろしいのですか?【従者】が共和派に居るとなれば、教会が敵に回ります。それならばむしろ、王政派につくと見せかけて教会を共和派につかせるべきでは?」


「【従者】が王政派に居たとしても、教会は共和派にはつかん。奴等は王の周りに根を張りすぎている。共和派に大勢を決めさせ、教会には沈黙する他無い状況に持ち込みたいところだ。」


「でしたら、教会にはまた別口から襲撃や陽動をかけてはどうでしょう。ラツア司教などを暗殺すれば、動きを遅らせる事が出来るのでは、と考えます。」


「ふむ……。一度司教が篭絡出来ないか試し、失敗したなら暗殺。これで教会の動きを鈍らせ、余計な手出しが出来んようにしておく。悪くないな。時期を誤ると悪手になりかねんが、頭に置いておこう。」


 贄の王とそんな風に教会の話をしていると、フランコが何度も頷きながら褒めてくる。


「なるほどねぇ。流石教会の仇敵だけはある。教会対策なら右に出る者は居ないって訳だねぇ。」


「そ、そんな大層なものではありませんが……。」


「いやいや、流石流石。殿下の従者だけはあるよ。」


「そそ、そんな……。そんな……。そんなこと、無いですよぅ……。」


 『贄の王の従者だけはある』というフランコの言葉がサンの胸を撃ち抜いた。口では否定しているようだったが、自分の口元がにまぁー……と笑みの形に歪んでいくのが分かった。慌てて机のカップを手に取り、飲むフリをして隠す。




「いや、お前は確かに良くやっている。私の従者として、もっと誇るがいい。」




 そんな事を言ってくるのは、あろうことか――当然だが――贄の王本人である。


「ぅぇ……っ!」


 思わず、変な声が漏れた。咳払いして誤魔化すが、にやけていく顔が抑えられない。




「……ぇ、ぇへ……。」




 つい、奇妙な笑い声まで漏らしてしまう。


 恥ずかしくなって、必死に顔を逸らした。


 ……何だか生温かい視線を感じて、居たたまれなかった。











「――さて、今のところ民衆はラツア王への不満を高めているだけで、革命まで一直線という訳にはいかない。そこで、指導者が必要になります。カリスマで民衆の人気を集め、彼らに共和国という幻想を夢見させる人物が。……ロッソ?」


「呼びつけてあるわ。もう間もなく着くんじゃないかしら。」


「それは何より。……と、まさに、かな?」


 コンコン、というノックの音に遮られて、フランコがドアの方を見やる。ロッソが従僕にドアを開けるよう手を振って指示すると、開けられたドアから一人の男が入ってくる。


 歳は30代くらいに見える。黒に近い茶髪をキッチリと整え、真っ白な歯を輝かせるような笑顔を浮かべている。


 貴公子然としたその男は何か自信を漲らせており、集団の中に居ても自然に目立つような、如何にもリーダーと言った風だった。


 その男を見た贄の王は納得したようである。どうやら知っているらしい。


「確かに、お前なら共和派の指導者にも相応しかろう。――久しいな、アルマン。」


 アルマン、と呼ばれた男は贄の王を見ると、感慨深げに目を閉じ、それから臣下の礼を取った。


「おぉ……殿下。お久しぶりでございます。再びそのご尊顔を拝謁出来ますこと、

まことに我が喜び……。あぁ、またこの名を呼んで頂けるとは!殿下、このアルマン、涙を堪えるのに精一杯です……!」


 贄の王は苦笑すると、顔を上げるように言った。


「変わらんな、アルマン。いや、流石に老けたか?」


 アルマンは顔を上げて贄の王の目を見ると、如何にも嬉しそうに笑った。何とその目は本当に潤んでいる。


 「10年が経ちました。殿下が去られて、随分長い時間でした……。私めも多少は髭の似合う男になったのではと思います。しかし、殿下はあの頃から全くお変わりない!いや、羨ましい事です。」


「大仰な男だ。……座るがいい。いつまで床に張り付いている?」


「ははは!あぁ、殿下と同じ席に座らせて頂けるなど、夢を見ているようです。こんなに光栄なことは無い!」


 確かに大仰な男だな、とサンも思った。だが、贄の王に対する敬意は本物であるようで、サンも満足である。


「シニョーラ・バッティーノ、ご機嫌麗しゅう。相変わらず海も見惚れるようなお美しさだ。シニョール・フランコ、同席させて頂きます、どうぞよろしく。お二人とも、殿下に会えるこの機会を下さった事、心より感謝申し上げますとも。」


 アルマンは立ち上がると、ロッソとフランコにも挨拶をする。


「バッティーノと呼ばないでと言った筈よ。ロッソと呼びなさい。」


「うんうん、よろしくねぇ。」


 それからアルマンはサンの目を見つめると、自信に満ちながらも優しい笑顔を向けてきた。


シニョリーナ(お嬢さん)。おぉ、何と美しい。青空のような瞳をしておられる。その髪の煌めき、月も星々も恥じらう事でしょう。――私はアルマン。非才の身ながら、この国で将軍の末席を預かっております。どうぞあなたのお名前を、お教え下さいませんか。」


「ぇ、あ、ええと……。サンタンカ、と申します。サンとお呼び下さい。」


 ラツアの男が取り敢えず女性を褒めるのは彼らの流儀だが、それにしても慣れない。しかし悪い気はしない辺り、上手いなぁと思ってしまう。


 ちょっと照れていると、サンの肩に大きな手がぽんと乗せられる。




「アルマン。これは私の従者をしている。居なくなられては困るのでな、あまり色目を使ってくれるなよ。」




 ちょっと冗談めかした贄の王の台詞に、サンの心臓がどきりと跳ねる。


 ――『私の従者』だって。『居なくなられては困る』だって……!


 しかも色目を使うな、というのも、何だか取られまいとしてくれているみたいではないか?自分のだから上げないぞ、みたいな。


 ――分かってる。そういう意味じゃない事くらい分かってるけど、分かってるけど!


 肩に乗せられている大きな手をやけに意識してしまう。その体温が何だか恥ずかしくて、でも嬉しくて、胸が苦しくなってしまう。


 端的に言って、乙女的にクリティカルヒットであった。


 一瞬目の前のアルマンの事すら頭から吹き飛んでしまうくらい、必殺の一撃であった。


アルマンは目を丸くして驚きを露わにすると、それから満面の笑みを浮かべた。


「あぁ、そうでしたか!なるほど、流石は殿下。傍にお仕えする者も何と気品高く麗しい。殿下の物であるのが些か残念に感じるくらいですとも!」


 ――『殿下の物』だって。……いや、そうじゃなくて。


「――ですね。――なシニョリーナ。お名前を呼ぶ事をお許し願えますか?」


「あ、はいっ。私の事は単にサン、と。」


 ちょっと聞いてなかった。危ない。


「サン、ですね。呼び名も本当に素敵な響きだ。それでは、同席を失礼致します。」


 そこまで言って、アルマンはようやく下座の一つに座った。


「やっと役者は揃ったわね。殿下、アタシ、フランコ、アルマン、サン。」


 ロッソが全員の顔を見回しながら名前を呼ぶ。


 そして、如何にも妖艶に微笑むと、宣言した。


「じゃあ、始めましょう。ラツアの影を動かす者たちの記念すべき初会合を。」






「――あぁ、その前に。これからアタシたちは()()()()()を名乗るわ。殿下も、よろしくお願いしますわね?」







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