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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第七章 欲しかったものは過ぎ去りて
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203 赤の邸宅


 贄の王は暫く黙り込んでいたが、やがて重々しく口を開いた。


「……ドン・バッティーノを殺害したとあっては、裏の者たちはラツア王を殺すまで止まるまい。」


 それは、そうだろう。この反王政の流れを操っている者たちの望みは王政の終わりでは無く、ラツア王に報復する事なのだから。


「ラツアの平穏の為には、速やかにラツア王が退位し、新たな王が立つか、新たな政府が成立する必要がある。……私は既に国を捨てた身。だが……フランコ、ロッソ。私に出来る事ならば協力しよう。今後の展望を教えろ。」


 贄の王は、むしろはっきりと、そう言い切った。自分は実の弟を切り捨てると、そう宣言した。


「……主様。よろしいのですか……?」


「良いも悪いも無い。私はただ故国の安寧、その最善を思うだけだ。」


 淡々としたその答えには、もう苦悩の色は無かった。だが、サンには何となく分かる気がした。贄の王は苦悩を押し隠しているだけだ。恐らく、その胸中はまだ葛藤を抱えている。


 その贄の王の言葉を聞いたフランコはにやりと笑みを深めると、流石だ、と贄の王を褒め称えた。


「殿下ならばそう仰って下さると思っておりました。国の平穏のために。まさに、まさにですねぇ。」


「ただし、条件がある。お前たちも我々の目的の為に協力せよ。」


「協力、ですか。具体的な事をお聞きしても?」


「お前たちは国を手に入れる筈だ。その時、ラツアと内海における情報網により、我々に各地の情勢を教えてもらう。また、教会がひた隠しにしている真実を暴く手伝いをせよ。戦争をしろとは言わないが、国として我々に全面的な協力をしろ。」


「……それは、また随分と大きな話ですねぇ。ぼく達の差し出す物が大きすぎるのでは?」


「これはいわば、我々とお前たちの同盟を結ぶ協定だ。無論この騒動に限らず、我々に出来る協力はする。互いに利益のある話の筈だ。」


「ふむ。」


 フランコは考え込むような仕草を取ったが、ロッソがすぐにその後を勝手に続けた。


「それで構いませんわ。アタシたちと殿下の、全面的な協力関係。一蓮托生とまでいかないのが残念ですけど、利害は一致していましてよ。」


 フランコが勝手に持っていかれた事に不服そうな顔をする。


「ロッソ。」


「どうせそれが最善よ、フランコ。殿下の御力があれば、王殺しは簡単に成るわ。でしょう?」


「……まぁ、そうだねぇ。呑みましょう、殿下。ぼく達と殿下たちの、同盟を。」


「よかろう。賢明で何よりだ。……サン、お前もそれでよいな。」


 贄の王がサンの方を窺ってくるが、サンに否やなどある筈も無い。座ったまま深く頭を下げると、言う。


「主様の御意思とあれば、私は従うのみです。どうぞ、お気に召すままに私をお使いください。」


「あぁ。お前にも働いてもらう事になろう。……助かる。」


「勿体無いお言葉です。」






「――それで、今後の展望ですが。殿下は国にお戻りになるつもりはおありですかねぇ。」


「いや、それは難しい。一国に留まる事は無理だ。」


「分かりました。でしたら、予定通りに進めましょう。我々の目的はラツア王を引きずり降ろして落とし前をつけさせる事ですが、表面上は反王政――共和制を唱えます。この国にもう王はいらない、って感じにですねぇ。このまま民衆を煽って煽りまくって、そのまま王が降りるなら暗殺。降りないなら革命で王を討ちます。」


「ラツア王は降りんだろうな。奴は昔から王位への執着が強かった。」


「でしたら、暴力革命になりますかねぇ。宮殿に攻め入って王を討ち取り、新政府の樹立を宣言します。その後はまぁ、我々の紐付きの貴族たちを使って上手い事国の手綱を握ります。ざっくりこんな感じですねぇ。」


「民は新政府に納得するか?」


「させます。その事について、ちょいと秘策がありまして。ここだけの話ですよ?……王の血が一人だけ生き残ってます。まだほんの子供ですが、この子を新王に戴冠させると同時に共和国の成立を宣言するって寸法ですねぇ。」


 そのフランコの言葉に、贄の王は少なくない驚きを覚えたようだった。


「ラツア王は血族を皆殺しにした筈だが、生き残りが居たのか。」


 血族の皆殺し、という言葉にサンは驚いたが、どうやら残り三人の間では常識だったようで、話は進んで行く。


「ちょっと遠いですけれど、先々代の曾孫に当たる方がおられますわ。たまたまターレルまで巡礼に行っていて、助かったようですわね。」


「そうか、生き残りが……。」


 贄の王の呟きは感慨深げだった。サンが聞いていた話からすれば、唯一の贄の王の血族という事になる。思うところがあるのだろう。


「その生き残りは今どこに居る。」


「地方貴族の子でして、そっちに。暗殺の恐れありとして転々とさせてます。」


「なるほど。安全ならいい。」


「では、もう少し具体的な話……と思いましたが、そろそろ到着するようです。中に入ってからにしましょうかねぇ。」


 馬車の窓は厚いカーテンで覆われ塞がれていたが、フランコはその隙間を指で広げて覗き込むとそう言った。サンも真似して外を見てみるが、ファーテルでいう貴族街のような街並みとしか分からなかった。土地勘が無いので当然である。


「フランコ。そもそも、この馬車はどこに向かっているのですか?」


 サンが聞くと、答えたのはフランコでは無くロッソの方だった。


「もう着くわ。アタシの家の一つよ。」












 やがて馬車が止まり――殆ど音も無かった――外からノックの後、扉が開かれる。


 サンが最初に外に出て、一応周囲を警戒する。そこは建物に囲まれるような形の庭であり、すぐ目の前には豪華な扉付きの豪邸がそびえている。


 サンに続いて、フランコ、ロッソ、それから贄の王が降りて来る。


 ロッソは慣れた様子で颯爽と歩き、従僕が開けた玄関のドアを潜っていった。フランコもそれに続き、贄の王とサンも追う。


 豪邸は外見からも立派だったが、中はさらに絢爛豪華だった。


 キラキラと煌めくシャンデリア、黄金の額に収められた見事な海の風景画、素人にも一級品と分かる鯨の彫刻、幾何学的な模様の彩り豊かな絨毯。


 如何にも『お金持ち』と言った風だが、趣味の悪さは感じさせない。全体的に統一感があって、それぞれが程よく調和している。……ロッソの趣味は良いらしい。


「我が邸宅へようこそおいで下さいました、殿下。応接間へご案内しますわ。アタシは少し着替えてから参りますから、少々お待ちになっていて下さるかしら。」


「あぁ。」


 指先まで美しい所作でもって贄の王に挨拶をして見せたロッソと、鷹揚にそれに応える贄の王。どちらもまさに一級の人物だと、誰もが一目で分かるだろう。


 ――……。


 サンは自分の恰好を見下ろす。服装自体は、悪くないと思う。エルメアの洗練されたデザインだ。


 しかし、着ている自分はどうだろうか。


 ――み、みっともなくはない、はず……。


 だが、あのロッソのような華々しさはやはり、無いかもしれない。贄の王の隣に立っていても見劣りしないような、一級の人物に見えるか、と思うと……。


 ――ぅ、むむむ……。


 素材は悪くない、と思う。いや信じている。


 金の髪も空色の瞳も自慢である。肌も白くて奇麗だと思う。戦ってばかりのせいで傷が絶えないサンだが、何故か傷跡はいつも残らないので、醜かったりはしない。多分。


 血統だって、まぁ、一応王族であった。エルザだった当時は。魔物として再構築された肉体が人の王族の血と言っていいかはかなり微妙なところだが。


 そう、サンは美しい。誰が見たって不細工とは言えない。……だと言うのに、ロッソを前にした時のあの敗北感は一体何であろう。何か、女として決定的に負けているような……。


「――サン。何をしている、行くぞ。」


「――あ、はい。」


 呼ばれて、慌てて主の背中を追う。途中、贄の王に向かって頭を下げた姿勢を続けるロッソをちらりと見やったが、たまたま視線が合う。


 すると、ロッソはフッ――と、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


 ――なっ!!!!


 かちーん!と音が鳴ったような気がするが、今は贄の王に付き従わねばならない。感情を表に出さないよう堪えつつ、必死に堪えつつ、贄の王を追うのだった。






 案内された応接間では、すかさず温かなお茶が出され、見た目にも美しいお茶菓子が出され、座らされたソファは沈み込んでいくようだった。


 下座に座ったフランコは苦笑を浮かべると、サンに対して謝ってきた。


「いやぁ、申し訳ないねぇ。従者さんとロッソはどうも相性が良くないのかもねぇ。」


 サンはやたらと香り高いお茶にまたしても敗北感を覚えつつ、ジトっとした目でフランコを見る。


「何なんですか。あの無礼な人は。」


「彼女はホテル・ヴィーノの支配人であり、ラツア有数の富豪さ。もちろん貴族だよ。加えて言うなら、さっき話に出たドン・バッティーノの実の娘さんでもある。ま、大物中の大物だねぇ。」


「そ、そうですか……。」


 つまり、表でも裏でも超大物という事だ。そしてあの輝くような美貌。少々主に対する態度は頂けないが、所作や作法自体は一流のそれであった。


「ぐぅ……。」


 思わず唸ってしまう。


 ――な、何か……。弱点とか無いかな……。


 戦えば勝てると思う。が、そんなところで勝っても嬉しくない。


 無言でお茶を啜り続けるサンに対し、贄の王はふと疑問を抱いたようである。


「どうした、サン。やけに機嫌が悪いが。」


 言えない。ロッソに敗北感を覚え続けているのが悔しいとか、言えない。


「い、いえ……。なんでもありません……。」


「しかし。」


「何でも無いのですっ。」


「そうか……?」


 やはり黙ってお茶菓子を齧り続けるサンと、困ったような贄の王。


 二人を眺めて苦笑いをするフランコだけは、全て察しているようだった。







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