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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第七章 欲しかったものは過ぎ去りて
201/292

200 旧友を探して


 ある夜。


ラツアの都の通りの一つで、壁にもたれながらサンは呟いた。


「困ったなぁ……。」


 今のサンはいつか贄の王にもらったエルメア式の衣装一式、コートの大きなフードを深く被って、イキシアから継いだ仮面も被った【従者】形態である。


 肌も顔も一切出さない恰好は一目で怪しく、何か後ろ暗いところを持つ人物だと誰もが分かるだろう。


 事実その通りなのだが、今はそれ以前の問題である。


 何故ならば、サンの周りに倒れ伏している4人の男と血だまりの現場を見れば、サンがどんな格好をしていても悲鳴しか上げられないだろうからだ。


 4人のうち二人は生きている。だが間もなく息絶えるだろうし、治療しようにも手遅れである。


 彼らが何者なのか、サンは知らない。本当は拘束するつもりだったのだが、うっかり深手を与えすぎてしまった。ちょっとした失敗である。


 ちょっとした失敗、で命を奪われる相手には堪らないだろうが、そもそも向こうが突然襲い掛かってきたのだ。これは言わば正当防衛である。サンは悪くない。悪くないったらない。


「あのー……。結局どちら様なのですか……?」


倒れ伏している男にそう問いかけるが、意識が無いのだから答える筈も無い。


 困ったなぁ、という訳である。旧知の人物を探し求めてきたら居ない上、謎の4人組に襲われる。今更、多少喧嘩慣れしているだけの一般人4人組くらいならサンの敵では無かったが、不意打ちは普通に危ない。やめて欲しい。


 はぁ。と、もう一度ため息を吐く。この現場を目撃されて衛兵――ラツアでは警察だが――に追われても面倒である。


サンは【転移】を使用すると、その場を後にするのだった。






 ラツアで活動するにあたって、どういった方針で動くべきか。贄の王との長い相談の結果、とにもかくにも現状を把握する事から、と決まった。


 今回は贄の王もラツアに出張ってきている。警戒すべき神託者は遠くターレルに居るし、何より贄の王自身がラツアの現状を直接知りたがったからだ。今はサンと別行動で、ラツア王の側を探っている筈である。


 サンはと言うと、前回ラツアで得た伝手を頼ろうと思ったのだ。つまり、ラツアの裏社会における大物、フランコの事である。ラツアの陰に精通する彼ならば、ラツアの状況にも詳しい筈だと考えたのだ。


 ところが、前回フランコと出会ったバーは潰れていたし、知っている彼のアジトはどれも引き払われた後だった。こうなると困った訳である。フランコの手下と思しき人物も見当たらず、どうやって連絡を取ったものだろうか、悩んでいたのだ。


 そんなアジト跡地の一つから出てきたタイミングでチンピラらしき4人組に襲われたのだった。彼らは情報らしい情報も喋らないまま血だまりに沈んでしまい、途方に暮れていたのがさっきまでである。


 今は当てもなく適当な通りを歩きながら、フランコの探し方を考えているところだ。


「うーん……。警察の方から探って……。でも……。」


 警察の方から探ってみる、というのも案の一つではある。以前聞いた話によると、警察は四六時中フランコ達を追い回しているらしい。サンよりかは何か手掛かりを持っているだろう。


 ただ、決定的な足取りは掴めまい。というか、掴めたらマズい。それはつまりフランコの逮捕が秒読みという意味だからだ。


 なので、警察から探るという方法もボツ。


「うーん……。当てが無いよ……。」


 前回のように適当なチンピラを尾行して、という方法も考えないでは無い。だがそれも結局ただの運だ。相当に時間がかかる事を覚悟しなければならない。


 これといった名案が浮かばないまま通りを歩いていると、ふと景色に見覚えがあることに気が付く。


 もしかして、と思って記憶を掘り起こしながら道を辿る。すると、予想通り。


 灯りで浮かび上がる、真っ白で大きな建物。都一番と名高い宿、ホテル・ヴィーノだ。


「わ、懐かしい……。」


 以前ラツアの都で活動していた際に利用した宿だ。もう一年近く前の事である。


 せっかくだから、と中に入ってみる。怪しげな仮面とフードは、人に見られないように気を付けつつ外した。


 入口を潜れば、豪華絢爛なエントランスである。あちこち、というよりはどこもかしこも、きらきらと煌めいている。金、銀、水晶などなど……。


 懐かしい気分になりつつロビーへ。フロントにはバッチリと衣装を着こなしたホテルマン達が居て、にこやかに他の客の対応をしている。彼らホテルマン達の仕草はいちいちが美しい。指先まで優雅だ。まさに一流、と評するべきか。


 すると、待機していたらしいホテルマンの一人がサンに気づいて歩み寄ってくる。にこやかな笑みを浮かべ、全身で歓迎を表している。


「ホテル・ヴィーノへようこそおいで下さいました、お客様。何か、お手伝い出来る事はございますでしょうか?」


 外面を取っ払ったなら「何の用?」である。入ってきた人間を自由にはさせておかないのだ。彼らは客をもてなすと同時に、宿の安全を守る役目がある。泊まりや食事の客なら良し、そうでなければ摘まみだすのである。


 とはいえ、別にサンは用事があって入ってきた訳では無い。取り敢えず不審人物でないことは示しておく必要があるだろう。


「いえ、以前このホテルにお世話になった事がありまして……。通りがかったので、つい懐かしくて入ってみただけなのです。」


 ホテルマンはサンを『客』側と判定したらしく、如何にも嬉しそうに頷いて見せる。


「そうでございましたか。それはそれは、当ホテルを御贔屓下さりありがとうございました。まことに光栄でございます。」


「相変わらず、素晴らしい宿ですね。」


 それはサンの本音である。大国ラツアの都で一番と名高いだけあって、ありとあらゆる面で最高峰の宿だと思っている。各地で色々な宿に滞在してきたサンだからこそ、自信を持ってそう言える。


「恐縮です。今後ともご機会があれば、是非ともご利用下さいませ。私共ホテル一同、心より歓迎させて頂きます。」


「えぇ、機会があれば必ず。」


 ホテルマンとにこやかに会話しつつ、そういえばと思い出す。今日はまだ夕食を取っていない。


「そういえば、こちらのレストランは予約が必要でしたでしょうか?実はまだ夕食を取っていなくて。」


「それでしたら、何の問題もありません、お客様。予約の必要な特別なコースはご用意出来ませんが、お食事はして頂けますよ。」


 それならば、ここで夕食を取ってしまおうか。せっかくだし、贄の王も誘ってみよう。ホテル・ヴィーノの食事は絶品なのだ。


「それは嬉しい事を聞きました。でしたら、お連れしたい方も居ますから、またこちらに伺おうと思います。二人分、席を空けておいてくれませんか。」


「かしこまりました、お客様。いつ頃お戻りになられるか、お分かりになりますか?」


「それほどかからないとは思うのですが……。」


「分かりました。それでは、テーブルをご用意してお待ちしております。」


「ありがとうございます。では、早速お呼びしてきますから。」


「はい。どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ。」


 と、言う訳である。サンは踵を返してホテルの外へ出ると、少しだけ歩いてから通りの壁に寄りかかる。


 右手人差し指に嵌められている指輪に魔力を込めれば、贄の王の意識と繋がって、連絡が可能になる。


「――主様。今、よろしいでしょうか。」


『――少し待て。』


「はい。」


 この指輪も改良されている。以前はサンからの一方通行だったが、指輪を起動すれば贄の王からの声や視界がサンの意識に繋げられるようになっている。ただし、視界は贄の王の許可制である。見せたくない物もある、との事だ。


『……よし。どうした、サン。』


「いえ、重要な用事では無いのですが。よろしければ夕食をご一緒しませんか、と……。」


 今更だが、それどころじゃなかったらどうしよう。叱られるだろうか。


『夕食?構わんが……。』


 特に忙しくは無かったらしい。一安心である。


「でしたら、ホテル・ヴィーノのレストランで夕食を頂こうと思うのです。」


『分かった。先に座っていろ。少し片づける事がある。』


「我儘をお許し下さってありがとうございます、主様。テーブルで待っておりますね。」


『あぁ。切るぞ。』


「はい。」


 指輪へ魔力を込めるのをやめる。贄の王との意識の繋がりが途切れた。


「……やった。」


 小声で思わず呟いた。贄の王と高級ホテルのレストランで夕食である。知らず、上機嫌になる。


 サンは幾分軽くなった足取りで、ホテルに戻って行った。






 案内されたテーブルで静かに待つ。たまに水を含みつつ、メニューを眺めている。


 今日は肉が良いか、魚が良いか。どれも美味しそうで、迷ってしまう。前菜は何が良いだろう。デザートは季節のケーキと言うのが気になる。


 贄の王が好みそうな料理はあるだろうか。同じ料理を頼む方が良いか、違う料理を頼む方が良いか。


 こんな風に迷っている時間も楽しい。早く贄の王も来ないだろうか。あぁ、ただ、フランコと合流出来なかった報告もしなければならない。叱られないと良いのだが……。


 早く来ないかな、早く来ないかな、と心を弾ませてサンは贄の王を待つ。


 ――あ。私たちだけ美味しいものを食べて帰ったらヴィルに怒られるかも。


 ヴィルの食事は城に用意してある。余分な間食なども置いてあるので、お腹を空かせる心配は無いと思うのだが。あれで嗅覚の鋭いヴィルである。二人だけ良いレストランに行ってきた事に感づく恐れは中々高い。


 ――何かお土産で誤魔化さなきゃかな……。


 さりげなくお土産を渡して上手くやり過ごそう、と対策を立てる。ヴィルは本の類が好きだ。好きというよりは、それくらいしか楽しみを知らない、と言った感じではあるが、とにかく好きだ。


 ――本。いや……いっそ、新しい剣、はやりすぎかな。


 贄の王が来たら相談しよう。ヴィルが怒ると主な被害者は贄の王になるので、多分真剣に考えてくれるだろう。多分――。






 そんな風に、サンがあれこれ楽しみながらも悩んでいた時の事だった。


 唐突に、大きな爆発音が響き渡った。


 びりびり、と空気が震え、夜の都に轟いていく。


 レストランの向こう、大きなバルコニーの更に向こう。


 もうもうとした黒煙が立ち昇っていた。







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