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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第六章 神聖悲劇
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184 悪辣なりし


 手早く再編を済ませた騎士たちは周囲、特に羽の落とし子たちが形作る黒い上空を警戒しながら目的地へ進んで行く。向かうは東都の象徴にして異教の聖地、大祈祷殿ムッスル=ア城。そこに居ると目されている“聖女”本体を討ち、この未曽有の災厄を終わらせるためだ。


 東都の街並みに人は見えない。屋内にすら未だ人影は見えず、もうこの都に人間は自分たちしかいないのではないか、といった不安感に苛まれる。


 辺りはどこまでも静かで、残る騎士たちが生み出す足音の合奏だけが響く。


 全部隊の最も中央の部分、最も安全なそこは決して死んではならない人物、指揮官と“英雄”が居る。全軍は徒歩の騎士たちからなる前線部隊と、騎馬の騎士たちからなる中央部隊からなる。中核部隊は指揮官と直掩、“英雄”と直掩の二部隊だけだ。


 この作戦は“聖女”を討伐する為の作戦だが、歌声を聞くだけで戦闘不能に陥らせてくる魔物だけに大多数の騎士は戦力にならない。故に、歌声の無効化が確実視される“英雄”を“聖女”本体の下まで送り届ける事こそが肝要になる。逆に言えば、“英雄”以外の戦力は彼を“聖女”の下まで運ぶ為だけの存在。使い捨てが前提の、『パッケージ』なのだ。






 そんな騎士たちに守られる中核部隊、“英雄”たるシックもまた、周囲の人影がまるで無い事を気にかけていた。


「人が、全然居ない……。」


 何気なく、ぽつりと呟く。誰に向けたものでも無かったが、異様な静けさに包まれているだけにその声は本来以上に大きく聞こえた。


「大方、生存者は屋内に隠れているでしょうな。割れている窓もいくつか見受けられます。窓に近づく事も無いとすれば、吾輩らからは誰も居ないように見えるのが道理です。」


 その呟きに答えてきたのは直掩の一人、シュムル。短く刈り込んだ白ひげの年齢不詳、推定老人の騎士である。


 シックに返すその答えは『見えないが生きている』という優しさを含んでいた。シックだけでなく、誰もが抱いているであろう恐怖――『皆殺し』にシュムルが気づいていない筈が無い。


 年の離れた友人が敢えて選んでくれた優しい答えをわざわざ否定するような事はしない。シックは頷きと共に応え返し、更に問いかけた。


「シュムル。どうして敵はひたすらに力押しをして来ないんだろう。それこそ俺たちが最も恐れていた事の筈なのに。」


ちなみに、敬語はやめてくれと言われたので無しである。


「何か出来ぬ理由があるからに違いありませんな。あの上空のを丸ごと落とすだけで吾輩らは殲滅されかねませんが……。思ったよりも、相手の戦力は多くないのでは。」


 事前の打ち合わせで最も恐れられたのは“聖女”がその全戦力で力押しにしてくる事だった。落とし子たちがどれほど単体で弱くとも、数の暴力に抗うは限界がある。事実、数ならば余程多かった聖地での戦闘でも少なくない騎士たちが落とし子に命を奪われた。


 だが、それをしてこない。“聖女”に高い知能がある事は既に確認されているため、力押しがされないならされないなりの理由がある筈だと思ったのだ。


 シュムルが推測するには、数による力押しをするには戦力が足りないのではないか、という事。しかし絶対に無いとは言えないが、やはり希望的だと言わざるを得ない。シックは首を振りつつ答えた。


「それはないと思う。西都で襲われた人々の数と東都にあの空が現れてからの時間。それからして、もう俺たちを一気に呑み込むくらいは出来る筈だ。」


 既に判明している点はいくつかある。“聖女”の歌声を聞くと眠ってしまう事や、“聖女”が無数の虫たちを産み落として操ることなどだ。中でも、“聖女”が自分を糧として落とし子を生み出している事が上げられる。


 かつてシックと”従者“がシシリーア城で”聖女“相手に共闘した際、シックは気付いていた。”聖女“が胎から落とし子を産み落とす度、その躯がほんの少しずつ、ほんの僅かずつだけ、小さくなっていたのだ。正確にはばかり(・・・)と大きく割れる腹の内側、柔らかい部分が縮んでいた。


 つまり、落とし子は“聖女”の分身であり一部。本体に還る事で肉の一部となり、産み落とされる事で分かたれ戦力となる。有限なのだ。


 しかし一方、あの巨躯分だけは少なくとも落とし子を産み落とす事ができ、更に伴って消えた無数の落とし子、餌とされた人々の数からして、その効率は目を見張るものがある。ざっくりとしたシックの計算によれば、既にこの程度の騎士たちを丸のみに出来る程度の数は容易に確保出来る筈なのだ。


「そうですな。しかし、であればこそ、分かりません。何故にこうも吾輩らに自由を与えるのか……。最初の襲撃以降、嫌がらせすらありません。何を考えているやら……。」


「何かを警戒している……むしろ、待っているとか。それか、待ち伏せとかかな?」


「あり得る話です。なんにせよ、敵の掌の上でない事を祈りたいですな。吾輩も死ぬ覚悟は出来ておりますが、可能ならば帰りたいと思っておりますので。」


「……当然。ちゃんと生き延びてくれなきゃ困るよ。」






 その時、前方から大声が上がった。


「民間人を発見!意識不明なれど、生存!」


 おぉ、と騎士たちからどよめきが上がる。それは明らかに嬉しそうな色を孕んでおり、みな人影がない事に不安を覚えていたのだと分かる。


 遅れて、指揮官の下まで一人の女が運ばれてくる。妙齢で肌は薄い褐色。頭に布を巻いており、髪は見えない。一見すると傷も血も見えないが意識は無く、力無く抱えられている。


「外傷などは見当たりません。しかし、目を覚まさず……。」


「む……。捨て置く事は出来ん、しかし……。」


 指揮官は迷い困ったように唸った。当然だろう。神の手に代わり人々を救済すると謳う神官騎士団がこの惨禍に民間人を見捨てていくとは言えない。騎士たちの士気にも関わる。しかし、連れていくなら一人分の戦力が削られる事になる。軍事的には邪魔でしかない。


「私の馬に乗せる。背後に乗せるんだ。」


 結果、指揮官はそう選択した。指揮官自身の邪魔になるが、かと言って手足の騎士たちに背負わせても戦力が減る。ならばいっそ、という判断だろう。発見された女が比較的小柄な事も幸いした。


 そして意識不明の女一人を加えて、騎士たちは進軍を再開する。大きな通りを一直線に、ムッスル=ア城まで。






 ところで、“聖女”が歌声という特異な能力を持つことは全ての騎士たちに周知されていた。


 一部の人間を除き、歌声を聞くだけで眠りに落ちたように意識を失ってしまうという恐ろしい力。当然その時には周囲に居るはずの“聖女”か落とし子の犠牲になる事が多く、万一そのまま“聖女”が去っても眠りから覚められず命を失う事すらある。シシリーア城での落とし子たちとの戦いを生き延びたが、のち“聖女”の歌声に囚われた事で夢から覚められなくなり命を落とした者はその場の半数近くにも上る。


 つまり、歌声を無効化出来る一部の者以外は聞くだけで半死半生と戦闘不能が確定するという余りに脅威となる能力なのだ。


 歌声を無効化出来る者という例は僅か三例。“英雄”シックと、教皇ハリアドス二世。公にはされていないが、闇の魔法使い“従者”である。


 “従者”はそもそも“聖女”と戦った事自体伏せられている上、元からして闇の存在であるため歌声を無効化出来る事は納得されやすかった。


 “英雄”シックは色々と特殊すぎるため、参考にはしづらい。


 教皇も神の代理人として全教会の頂点に立つ最も神に近しいとされる人である。その類まれなる信仰から神が直接守ったとしてもおかしいことは無い。勿論教皇など権力を持っただけの人である事を知る教会上層部はその他条件を徹底的に探したが、やはり何も見つからず。


 今回の東都救出兼“聖女”討伐作戦に参加する騎士たちには、歌声らしきを耳にしたなら報告と共に耳を潰せとまで通達された。実際に、事前に済ませたと名乗り出る騎士すら出てくる始末だったが、それでは指示が聞けないと混乱が起こったりもした。


 全ての騎士たちは恐れていた。指揮官から末端の一人に至るまで。もちろん、“英雄”であるシックもそうだ。


 だから、それが聞こえてきた時の対応は早かった。






「~~♪~~♪~~♪」






 その瞬間、全ての騎士が戦慄する。


 唯一歌声を無効化出来ると確実視されているシックもまた、嘘だ、と驚愕する。何故ならば、その歌声が余りに近かった(・・・・)からだ。






「~~♪~~♪――。」


「耳を塞げェェェェェェーーーーーーーーッ!!!!!!」


 指揮官の絶叫が響き渡る。それが僅かに歌声をかき消す事が出来たのか、騎士たちに一つだけ行動を許す時間が生まれていた。


 ある者は短剣ですかさず己の耳を突き刺して聴覚を潰し、ある者は両耳を手で塞ぎ、ある者は用意していた石を耳に詰め、またある者は並行して大声を上げて歌声をかき消そうとした。


 だが、それでも音の発生源に近かったものたちははっきりと歌声を聞いていたし、対応が間に合わなかったものも居た。だが、倒れる者も夢に囚われる者もあらわれない。代わりにその者たちは、集中が散漫になり薄っすらとした眠気を覚えた。


ざわざわとした混乱がゆっくりと静まり始め、代わって困惑が現れる。一体、どういうことか?と。


 それを断じたのは、やはり指揮官の男であった。


「この歌声は()()!すぐには、眠らないようだッ!聞こえるか!すぐには眠らないッ!気を強く持て、そうするだけで平気だッ!!」


 だが、耳を塞いでしまった騎士たちが多い中、その指示の多くが中々届ききらない。


 そして、指揮系統が乱れた次の瞬間。騎士たちの周囲、囲む家々の屋根の上に無数の黒い影が現れた。恐るべき速さで迫りくる黒い波は、丸い胴体に滑稽な程細い4本足。“聖女”の放つ落とし子である。


「敵だッ!!敵襲ッ!全員戦闘態勢だッ!!クソッ、周りだ!周りを見るんだッ!!」


 指揮官が必死に叫ぶ。身振り手振りで周囲を指し示し、敵の接近を伝えようとする。しかし、歌声への恐怖からすぐに耳を解放出来ない者達の混乱は中々収まらない。それでも落とし子たちが屋根から飛び降りて着地、地を走って騎士たちに駆け寄れば当然誰もが気付く。


 だが集団である騎士たちにとって、指揮の混乱は致命的だ。


 揃っての斉射は成らず、円滑な装填もままならず、散発的な攻撃で次々と前線の騎士たちが喰われ殺されていく。


 それでも前線部隊はふんばり、喰い尽くされるより早く体勢を立て直した。数を大きく減じながらも持ちこたえ、必死に後ろの中央部隊を守ろうと奮戦する。


「足を止めるなッ!無理やりにでも前へ進めッ!銃を使うな、剣で叩け!前だ、止まるな、進み続けろーーッ!!!」


 指揮官が声を張り上げる。指揮を乱しつつも、それでも統制を崩しきらなかった騎士たちは必死に落とし子をかき分け、前へ進む。


 だが、その前方に広がっていたのは騎士たちの勇猛な心を打ち崩さんとするほどのものだった。


 最初の襲撃を遥かに超える数の鎧の落とし子が道を塞ぎ、こちらへ迫って来ていた。がつっがつっという重い足音が、前方から近づいてくる。




「~~♪~~♪~~♪」




 加えて、常に周囲へ響き続ける歌声が騎士たちの心を苛む。


 戦局は、混迷を究めようとしていた。







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