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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第六章 神聖悲劇
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「――確認する。全員、最も注意すべきは歌声だ。僅かでも歌が聞こえたならば、両耳を塞ぎ大声を上げてかき消せ。戦闘中でも何とかしろ。眠らされてしまえば死ぬしかない。」


「「はっ!」」


「主力は魔法部隊だ。非魔法使いはみな魔法部隊の身を守ることに注力せよ。魔法部隊は“炎”を主体に虫どもの群れを近づけるな。取り付かれたら終わりだと思え。」


「「はっ!」」


「そして、我々の任務は民間人の救助では無い。被害地域が広すぎて手が足りない為だ。非情でも切り捨てて前へ進め。――我々の目的はただひとつ!首魁たる“聖女”を討伐する!虫どもは“聖女”の一部だ、“聖女”さえやれば全ての民は救われる!いいな、忘れるなッ!“聖女”の討伐、それだけが我々の目的だッ!!」


「「はっ!」」


 東都に近づいていく船上、指揮官である騎士が命令を確認する。騎士たちは皆それに応じ、全体の認識を共通させる。


 指揮官が何か目で合図をすると、一人の少年が前に進み出でる。ありふれた茶髪を持つ少年は、指揮官の傍らに立つと騎士たちを見回した。


「更に!今回の作戦における主力は我々では無い!ここにおられる英雄殿の身を守り、“聖女”の下へ送り届けるのだ!英雄殿が“聖女”へ到達しさえすれば我々の勝ち!何としてもその身を傷つけさせるなッ!」


「「はっ!!」」


 自分へ向けられる全幅の信頼に満ちた騎士たちの目、目、目――。“英雄殿”シックは一つ呼吸を意識してから、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「皆さん。これは、危険な戦いになります。間違いなく、ここにいる全員では……帰れない。」


 息を呑むような気配。死ぬのは誰だ。友か、上司か、部下か。仲間か、好敵手か、相棒か。あるいは、自分か。


「しかし、勝ちます。……いいですか、絶対に!俺たちは勝ちますッ!!“聖女”は俺が討つ!人々を襲う脅威を、この手と剣で払い除けるッ!約束します。我と我が身を左の皿に。我が信仰に誓って、“聖女”を討つッ!!」


 正直に言えば、シックは自信など無かった。“聖女”は一度戦った相手。あの山のような巨体と自分との相性の悪さも分かっている。前回曲がりなりにも戦えていたのは、“従者”という極めて強力な魔法使いが共に居たからだ。自分一人剣一本で、あの魔物を討伐出来る自信など無かった。


 それでも、勝つと言わねばならなかった。絶対の自信があるように見せかけねばならなかった。不安など何も無いかのように、いっそ傲慢なほど力強く振舞わねばならなかった。それが、“英雄”に課せられた本分であったから。


「……皆さん。きっと、少なくない人が二度と帰れない。それでもどうか、お願いします。民のため、矜持のため、信仰のため。」


 言いたくない。それでも、言わねばならない。


「――。俺の道を開くため、死んで下さいッ!!!」


 言った。死ね、と。顔が歪みそうになるのを、必死で堪える。胸を貫くような痛みを、噛み締める事で無視する。


「「――はッ!!」」


一際、大きな声が返ってきた。


 怖い。シックは、どうしようもなく怖かった。この人たちを死なせることが、どうしようも無い程に怖い。


 そして、騎士たちのその目が怖い。とても澄み渡った、恐怖も未練も見せない篤き瞳。シックには分からなかった。どうして、死ねと言われてそんな目が出来るのだ。どうして、そんなにも自分を信頼してくれるのだ。自分はそんな、大層な人間なんかじゃないのに――。


 堪える。胸に到来するおぞましい程の感情の濁流、それを必死で我慢する。声が震えそうになる。それでも、最後の一言を叫んだ。


「我らの傍に、神はありッ!!主の導きよ、あれかしッ!!!」


「「あれかしッ!!!」」






 船は行く。傷跡深き西都から、地獄が広がる東都へと。死にゆくための騎士たちを乗せて。


 船は、行く――。





















 接舷は嫌に静かだった。


血だまりだけが広がる港には人影も無く、虫たちは大空に展開したまま降りてこない。周囲一帯にあらゆる存在が無い事を確かめ、騎士たちは港に展開。手に武器を取って、乗せてきた僅かな兵器を牽いて、東都の街へと進んでいく。


 その中央、最も安全な場所にいるシックと直掩の騎士たち。周囲への警戒を油断なく行いながら、言葉少なに会話を交わす。


「……何も、いませんね。」


「不気味だ……。絶対に気付いてやがるだろうに。」


「英雄殿、お気をつけて。不意打ちであなたを失っては我々の意味が無くなってしまう。」


「……もちろんです。」


 シックは当然、準備と覚悟を済ませていた。それでもやはり、失うことは恐ろしい。全て失う事を避けるため、自ら手放す事になる。それは皮肉に満ちていたが、きっと人生の真理も含んでいるのだ。


 騎士たちは進む。なるべく大通りを通って、一切の隙を見せないように。


 そしてその時、空が動いた。


 いや、空では無い。大空を黒く塗りつぶす落とし子たちの群れだ。黒い空の如きそれは、ぐわりと一つ大きく動くと、自らの一部を切り離した。


「上だッ!虫どもが来るぞッ!!」


 黒い空の一部が、落ちてくる。ぶぉー……ん、という耳障りな音を近づけながら。


「――ふざけんな。なんて数だ……ッ!」


近づいてくるにつれ分かる。空から切り離されたたった一部。それは、全ての騎士たちの頭上を真っ黒に塗りつぶす程の大群。文字通り空に押しつぶされるような恐怖。どんどん、どんどん、近づいてくる――。




「魔法部隊!撃てぇーーッ!!!」


 指揮官の怒号じみた指示と共に、散開している魔法部隊の面々が一斉に集団魔術を発動。地上から空に向けて立ち昇る、幾本もの火炎の柱。柱は空にぶつかると爆発的に赤く広がり、迫りくる空の表面を一斉に焼き焦がした。


 個体では元々脆弱極まる羽の落とし子たち。“空”の表面を形成していたものたちは大半が焼き殺され、バラバラに弾け、消し炭になり、そして落ちてくる。


 ばらばらばらと黒く汚れた雨のように残骸が振ってくる。騎士たちは顔をしかめながらも空から目を逸らさない。


 やがて、空を炙る炎が消えると――。


「――クソが……。」


 現実を呪うような声は誰のものだったろう。火が消えた後の空には、依然として黒い落とし子たちの群れが埋め尽くしていた。数、いや量が多すぎるのだ。いくら表面を炎で焼き焦がそうと、次から次から出てきてしまう。何より、今上空を覆っているのは全体のたった一部に過ぎないと言うのに。


 「魔法部隊!もう一度だ!近づかれるまでに数を減らせッ!!」


 指揮官の命令に従い、魔法部隊が再び詠唱を開始しようとする。複数名の魔法使いが息を合わせ、まるで単独の魔法使いのように一つの魔法を行使する術、集団魔術の準備だ。個人の域を大きく超えた強力な魔法を放てるため、個として力の弱い魔法使いたちには必須の技術。


 だが集団魔術が完成するよりもずっと早く、あちらこちらから声が上がる。


「新手だ!地上、正面!」


「側面にもいる!同じく、新手だ!」


「後方にも、いつの間に!……新手だッ!」


 それは地上において更なる敵が現れた事を知らせる声。馬上から周囲を見渡す指揮官は、すぐにその新手たちを発見した。


 それはやはり、黒い。全身は真っ黒で、丸々とした胴体に丸太に壁をつけたような6本足。一体ずつが人の背丈ほどもあり、外表は金属的な光沢を放っている。それら新たな落とし子たちが群れを成し、展開する騎士たちを包囲するように迫ってきていた。


「銃撃にて先制する!地上の新手を迎撃しろッ!!」


 指揮官の指示に従い、各部隊はすかさず銃撃体勢へ以降。最前線の騎士たちはその場でしゃがみ込むと、ライフルを構え狙いを定めた。


 号令に合わせて一斉に発砲。騎士たちの放った弾丸の雨が地上を迫る落とし子たちにお襲い掛かる。鈍重な足取りで迫る落とし子たちは避けるような知能を持たない。ただ、彼らの全力疾走で獲物に迫るのみ。よって、放たれた弾丸のほぼ全てが見事落とし子たちに命中した。――しかし。


「倒れねぇッ!硬いんだ、鉄に当てたような音がするッ!!」


「足じゃダメだ!胴体を狙え!!」


 地上に現れた大きな落とし子たちは鉄のような硬く分厚い体表を持ち、銃撃を浴びても平然としている固体ばかり。銃撃を浴びて倒れた落とし子たちは僅か数体。指さしで数えられる程度でしかなかった。


「落ち着けぇ!!敵は倒れている!銃は効くぞ!もう一度斉射だぁ!!」


 再び、騎士たちが銃を構えて斉射。今度は胴体の部分を狙っての発砲。――しかしやはり、倒れる落とし子はいくらか増えた程度。大挙して押し寄せる群れはまるで揺るがない。


 そうこうする内に上空から迫る羽の落とし子たちが眼前まで迫る。もはや大規模な魔法は間に合わない距離。


 指揮官はそれでも怯む事無く指示を下す。


「魔法部隊は続けて上空の虫を追い払え!数は確実に減っている!怯むな!それ以外は銃撃で地上の虫どもを攻撃!包囲を破れ、前へ進むぞ!」


 ぶぉーん、という耳障りな羽音が頭上のすぐそこまで迫る。がつっがつっという重い足音は地上から。羽根の落とし子と、鎧の落とし子。それぞれが、騎士たちに迫りくる。


「――ッ!戦力を正面に集中しろ!背後はいい、前へ!突破口を開け!!」


 指揮官の指示により、騎士たちはその戦力を更に正面へ集中。鎧の落とし子たちが作り上げている壁を打ち崩さんと、必死で銃撃を浴びせかける。


 その時、騎士たちが牽いていた数門の大砲が準備を終えて火を噴く。騎士たちの正面、鎧の落とし子たちを一斉に吹き飛ばした。


「おおおおぉぉぉーー!!見ろ!大砲は効く!大砲は効くぞ!!」


 騎士たちがその手で牽いてこれた大砲は小型で威力も低いもの。それでも、それは大砲なのだ。人が手に持って使うライフルとは比較にならない威力を発揮する。


「大砲は第二射急げ!正面だ、ひたすら正面に放てッ!!」


 大砲の威力に押され、正面に広がっていた鎧の落とし子たちの壁が崩れる。ゆっくりと再生していくが、それでも確かな効力があった。


 ついに上空から迫っていた羽の落とし子の群れが騎士たちに到達する。その軍服ごと肉も骨も齧り尽くさんと纏わりついてくる。しかし、必死に迎撃する魔法部隊の炎を突破して来れた落とし子は多く無く、騎士たちはその手で無理やり撃退。脱落者はなかなか生まれなかった。


 そして正面。二度の砲撃を受けてぼろぼろになった鎧の落とし子たちの壁。それがついに前線の騎士たちと接した。


「があああああああぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!!!」


「クソッ!虫どもが――っふぶぇ、ごぼっ――。」


 硬く分厚い外表を貫けず、その巨体に押しつぶされる騎士たち。鎧の落とし子たちは一斉に、ばかりと胴体を割り開くとそれは無数の黒い牙に満ちた口だった。ばくりと騎士たちの体をまるごと挟み込むように喰らいつき、一撃の下に絶命させていく。


「くっ……。皆が……!」


 最も守られた中央付近から戦況を見るばかりだったシックは、鎧の落とし子たちに喰われていく前線の騎士たちの死を想って顔を歪めた。硬いと言ってもあの“聖女”本体ほどではあるまい。シックなら剣術で鎧の落とし子たちを撃退出来ると思った。


 しかし、それをしてはならない。例え何人見殺しにしようと、シックの役目はひたすら守られて“聖女”本体へ辿り着くこと。そのうち嫌でも戦う事になるのだ。こんなところで消耗する訳にはいかなかった。






 そして更に、落とし子たちの用兵は悪辣であった。数を減らしながらも騎士たちを喰らい部隊に穴を空けていく鎧の落とし子たちの背後から、最初に現れたのと同じ、膝下程度の大きさで4本足の落とし子たちが大挙して現れたのだ。


 普通の落とし子たちの軍勢では近づけなかった。統制された銃撃によって薙ぎ払われ、ただ数を減らす一方であっただろう。それが分かっていたからこそ、“聖女”は鎧の落とし子を産みだした。そして鎧の落とし子が空けた穴に普通の落とし子たちを流し込んだのだ。


「痛っ、が、あああああああーーーーッ!!!」


「出たぞ!前のと同じ虫!踏め!殴れ!こいつらに武器は要らない!」


「数が多いぞ!ダメだ、押し返せ――ごひゅっ。」


 騎士たちの被害が加速する。鎧の落とし子に気を取られ、足下を潜り抜けてくる普通の落とし子たちへの対処が遅れたのだ。一体ずつは弱くとも、肉も骨も一齧りにしてしまう落とし子たちはその数と併せて脅威となる。次々、次々、騎士たちが死んでいく。


 その様子を見ていた指揮官はすぐさま判断。指示を下す。


「前線の騎士たちは盾となり穴をこじ開けろ!後続部隊と中央部隊は前線の空いた穴を走り抜ける!急げ!全滅する前に!」


 前線の左右を下げ中央を突出。戦力を集中して漏斗のような陣形を作り、前線部隊は後方の部隊を無理やり前方に離脱させる。それはあらかじめ想定されていた戦術の一つであり、前線の騎士たちを使い捨てにする苦肉の策。


 盾となり取り残される前線部隊は全滅するだろう。それでも誰もが迷わない。折角西都で助かった命を捨てることにも、捨てさせることにも迷わない。何としても、“英雄”を奥へ、前へ。


 指示通りに動き、前線に少しずつ穴をこじ開けていく前線部隊。己の肉体をそのまま壁とすつめちゃくちゃな戦い方はしかし、確かな効果を発揮した。


「今だッ!後続と中央は全力で駆けろ!前方へ突破するッ!!!」


 前線部隊を見殺しにして、残る騎士たちが一斉に駆け出す。誰もが残していく戦友の冥福を祈り、その雄姿を脇目に走り抜ける。ある者はこう叫んだという。「すぐに俺たちも行くからな」と。


 強引に駆け抜ける騎士たち。その最中にあって、シックはただ一人悔し涙を浮かべていた。彼だけはただ一人、前線の盾たちを見捨てていく決心がついていなかった。周りに流されるように運ばれていく。前へ、奥へ。


 そんな“英雄殿”の胸中などつゆ知らず、盾となった英雄たちは猛々しく笑う。我らここで死のうとも、我らの“英雄”を守ったぞ、と。我らここで朽ちようと、我らの“勝利”は約束された、と。


 走り抜けていく仲間たちを追わせまいと、残された前線部隊たちは落とし子の軍勢に食らいつく。


「行かせるなァーーッ!!英雄を追わせるなッ!道連れにしてやれェーーッ!!」


「「オオオオオオォォォォォーーーーッ!!!!」」






 そして、しばらくの激戦ののち、そこには屍一つ残らなかった。骨肉の一片に至るまで徹底的に喰い尽くされ、跡には血だまりしか残らなかったのだ。それも隣り合う者の血と混ざりあい、大通りを真っ赤に塗りつぶす大きな一つの海となって、そこで何人死んだのかさえ分からない。


 全てを喰らい尽くした落とし子たちは本能と母に従い、逃がした獲物たちを追って走り出した。


 だが、その数は当初のほんの一部でしか無かった。







一話辺り4,000字を目安にしていますが今回は約6,000字。キリが悪かったとは言え安定しねぇです。許せよ。

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