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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第六章 神聖悲劇
181/292

180 “聖女”去りて

そういえばツイッターにも生息してるので良ければどうぞ。

無言フォローとか唐突な絡みとか全然アリ派なのでお気軽に。

@isoraRoZi


 サンが予想したように、西都の復興は大変なものになった。


 単純に死者が多すぎるのだ。ありとあらゆる建物の内側に入り込んで人を喰らった落とし子たち。西都において“聖女”と落とし子の襲撃を受けた範囲はおよそ全体の2割。その範囲に居住、逗留していた人間のほぼ全てが死亡した。それは単純に考えて、西都の人口が2割近く減ったという事である。人類史全体においても稀に見る次元の被害者数であった。もしシックとサンが“聖女”を撃退しなければ、被害は更に加速していった事が予想出来るだけに、まだマシな方だったという事は誰かの慰めになるだろうか。


 幸い、あるいは不幸な事は、被害が人間に集約していた事だろう。偶発的な火事などは発生したが、いくつかの建物が全焼した以上の損害は無かった。家屋を虱潰しに回って遺体を運び出し血痕を拭い去れば、後には奇麗な街がそのまま残ったのである。落とし子の襲撃が無かった範囲では、いっそ何も無かったかのように普通の生活が続けられた。


 あまりに大量の死者。残された箱だけの街。根こそぎ人が喰われたので、遺族が少ないのは皮肉だった。


 ターレル政府と教会――両者は密接に結びついている――は対応に困難した。”従者“による”贄捧げ失敗に続き、魔物“聖女”による襲撃である。人々はどうしても不信を覚えたし、残された街には犯罪者や浮浪者が勝手に住み着いて治安が悪化。続けざまの闇の存在に民は怯え、西都を後にする者も多く出た。


 更に悪い事に、政府・教会の手足となって働く筈の騎士団が最も大きい被害を受けていた。騎士団本部――正確には神官騎士団西都支部――は焼け落ち、当時本部に居た騎士たちは全滅。その後の聖地における戦闘でも殉死者を出し、“聖女”対シックとサンの戦闘の余波でもまた多くが死亡した。加えて“聖女”の歌声は強烈な薬物に似た作用を持ち、戦闘を生き残った筈の騎士たちの半分ほどが夢から覚めず後に息を引き取った。西都の有する騎士団は、その規模を半分以下に縮小させられたのだ。


 最早慰めにもならないが、西都の騎士たちの長ジャッシュは無事なまま即時復帰した為、残された騎士たちの統制への影響は少なかった。数を半減していた事が幸いしたとも言えるだろう。


 一日にして住民が2割減少した襲撃事件による経済・社会的余波も致命的なものだった。民たちは大規模な喪に服し、消費と生産は停滞。一気に不景気が訪れ、失業者も相次ぐ。犯罪に手を染めざるを得ない者たちによって治安は悪化し、西都は荒れに荒れた。そこにはもう、西方教会のお膝元として輝かしい日々を謳歌した都の姿は無かった。






 焼け落ちた騎士団本部跡には新たな騎士団本部拠点が再建され、被害地域の中心地には巨大な公園が造られた。慰霊公園として、長く後世にまで残される事になる。


 無残な姿となった聖地シシリーア城、その前庭たる広場周辺は即時再建されることになった。これは被害が各国に伝えられた後、心を痛めた信徒たちの寄進が相次いだ為である。慰霊のため、西都という都のため、何より教会の権勢のため、聖地を破壊されたままにする事は許されなかった。


 また、人心を慰撫する目的で、大々的に英雄の存在が語られた。すなわち、シックザールである。


 “従者”、“聖女”。西都の襲った存在の両者と直接対峙、撃退せしめたという事実。見目も悪くない一方で普通の少年然とした風貌。ここにその敬虔さや血筋も加わり、民の心に“寄り添う”教会としては実に最適なキャラクターだった。


 連日遺族を弔問、民や記者の前でこれ見よがしに鎮魂を祈る。そして、その卓越した剣を披露して如何なる悪魔も斬り捨てて見せると断言する。


 彼自身の望みであったかはともかく、西都の復興に大きな役割を果たしたことは言うまでもない。


 結果、彼の身柄はターレルに拘束された。――本来の使命を置き去りにして。





















 サンにとって、教会がかの魔物を“聖女”と呼称した事は随分と意外に思える事だった。悪魔”贄の王“の手先である闇の存在が”聖“と呼ばれるなど皮肉にしても微妙だ。


 確かに正面に鎮座する女性部分は奇麗な人だな、と思ったし歌声も見事だった。だが、あの教会がそんな言い回しをするとは思い難かった。


 基本、民とは愚かである。


 極論だが、これはサンにとって明らかな帰結だ。恐らくこの点を何者よりも熟知しているのが教会で、教会は必ず最も愚かな人種に基準を作る。もちろんそれだけだと賢い者が寄り付かないので、そっちはそっちで独自のことをやるのだが、とにかく最初の基準は最底辺に作られる。


 分かりやすい話として「あれかし」という言葉がある。これは何かと言うと、唱えておけば信仰になりますよという単純過ぎる単語だ。曰く「主の愛あれかし」「神の慈悲あれかし」など、何々あれかし、という意味なのだそうだ。だが愚かな民にそんな高邁な知識は扱えない。よって、「あれかし」の部分だけが残っているのだ。付け加えたければ勝手に枕詞を付けろとでも言わんばかりに。


 これが“聖女”の話にどう繋がるかと言うと、こうだ。


 “聖女”というからには神聖なのだ、と誤解する民が出てくる、と。


 あの事件と被害を知れば自明ではないかと思うだろうが、実際そういった誤謬を避ける為に教会は悪いモノには徹底して悪い名前をつける。逆に、良いモノには徹底して良い名前をつける。皮肉や機知に富むような類の“高度”な名前はつけない。絶対に、徹底して、安直でもその本質――と教会が思わせたい性質――をそのまま表した名前をつけたがるのだ。教会の仇敵“贄の王”などはやや分かりづらいので、必ず“悪魔贄の王”など枕詞に悪魔がつく。


 ところが、“聖女”である。教会の大好きな“聖”の字を魔物に宛がうなど、一体何を考えているのだろうか。サンにとってはその辺良く分からなかったのである。贄の王にも話題として振ってみたが、贄の王は人心の支配にはあまり興味が無いらしく然程乗ってくれなかった。






 それよりも、彼女の主にとっては“聖女”の生態がとにかく気になったようである。


 歌声で人の意識を奪う。子を産み落とし狩りを行う。自分は安全圏から一方的に攻撃出来るのである。また、子を取り込む能力と、再び子として産み直す能力。種類の違う子を産む能力。その巨体と虫そっくりの生態や形状、特徴的な女性部分などなど……。


 サンをしてちょっとうんざりするほど根掘り葉掘り聞きだされ、痕跡を探る為に西都へ行くと言い出した。“神託者”が間違いなく居るからダメです、と必死に説得したものだ。研究の為に死ぬつもりですか、と。ちょっとだけ「それも本望」とか思っていそうな主を何とか宥め、傷だらけの体を引きずり引きずり主の望む情報を集めたのである。大変だった。それはもう。


 そして“聖女”が死んでいないらしいという事にも注目していた。必ずや再度現れる、知能からして何かしら対策を取ってくる、次は西都か東都か、などなど……。多分サンでなければハッキリうんざりしていた事だろう。それとも、ここまで付き合わされてまだ笑って許せるサンがおかしいのか。






 「という訳で主様。申し訳ありませんが、“聖女”の行き先についてはカンレンギ海峡に潜ったとしか判明しませんでした。その後については全く……。」


「分かった。……しかし、海に逃げた、か。水中でも生存出来るのか?それとも、すぐにどこか陸上へ上がり姿を隠したのか。いや、話に聞く巨体及び形状では素早い水中行動など取れまい。すると、やはり潜り続けている?なんにせよ、呼吸についてはやや疑問が多いな。」


「……。」


「そもそも巨体が過ぎる。生物として、あぁいや、魔物を通常の生物と考えてはいけないが、しかしそれにしても巨大だ。大きさだけで言えばガリアで見た“接吻魔”の方が余程大きいが、アレは水中でしか生存出来なかった。陸上においてそこまでの巨体を有するメリットとは何だ。しかも、狩りの方法は本体が姿を現さないようになっている。……そもそも、狩りの最中本体はどこに隠れていたのだ。あぁ、分からん事が多すぎる。」


「……主様、一度休憩をなされては……。」


「ダメだ。……子を産む。子を回収する。ターレル、都周辺でそれほどの巨体が隠れられる場所はどこだ。やはり、体を拡縮する能力でもあるのか。街中で歌声が聞こえたという事は、街中に存在していたという事に他ならない筈だ。だが、そんな巨体で隠れる事は不可能だ。分離、これか?歌を発する器官、人間の女そっくりだという部分だけが独立出来る、などどうだ。それならば――。」






 ふぅ、と嘆息する。贄の王は元来“考える”事が好きらしく、こうして延々思考を巡らせている事が多々ある。今回は過去と比べても中々だが、まぁ無いでも無かった。そしてこういう時は大抵何を言っても無駄で、疲れた頃にふと寝るのだ。自由だなぁ、と思わないでもない。


 先ほど休憩を、とお茶を淹れたのだが、飲みながらも何か思考を回していたし、というか自分がお茶を飲んでいるという事すら認識していないような具合だった。ここまで来ると特殊能力に思えてくる。


 自分は“従者”なのだし、基本的に主のやりたいようにやらせるべきだと思っている。別にここには二人しか居ないのだし、誰に迷惑がかかる訳でも無い。


 と、ぎゅっと手が握られた。


「……そうでした。貴方もいるから三人ですね。」


 見上げてくる灰色の瞳を見返しながらそう呟く。そう、かつて西都の“贄捧げ”から救出した灰色髪の子供だ。今はサンの隣で呟きながら歩き回る贄の王を眺めている。……眺めて面白いものだろうか。


 するり、と繋がっていた手が離されると、子供が贄の王に向かって突進していく。あ、と思った時には遅く、子供は贄の王の左足にがっしりと抱き着く格好になった。


 しかし、贄の王は気付いていないのかそのまま歩き回りながら何事か呟いている。延々思考の海に潜っているのだ。その足に子供一人を引っ付けたまま、何も無いかのように歩いている。


 ぽかん、とするのはサンである。鈍すぎないだろうか。いや鈍いとは違うのか。子供がぶんぶん振り回されている。あれ、引き剥がすべきだろうか。でも心なしか楽しそうな顔をしている気がする。――あ、落ちた。


 力の限界を迎えたのか、子供がごろと床に転げ落ちる。勢いよく行った訳では無いがちょっと心配になって近づく。


「大丈夫、ですか……?」


 子供の顔を見ると、心なしか満足気である。ゆっくり立ち上がると、今度はサンの方に抱き着いてくる。


「わっと……。何だか、随分元気になりましたね、あなたも。」


使用人服のスカート、エプロンに埋めるようにしていた顔が上げられる。エプロンにしがみつくようにしながらこちらを無表情で見上げてくる子供。


 サンはふっ、と笑みを浮かべるとその頭を撫でた。


「何だかなぁ……。」


 まぁ、命を張って助けた意味はあったのかもしれない。そんな事を、ふと思うサンであった。







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