179 惑いの種
章分けしてみました
章立てはしてなかったので気分で名前とか変えるかもしれませんがね!
光と闇とは釣り合う。
そのどちらも、絶対に片方だけが上回ることは無い。
光とは、すなわち“始まり”。生命に例えるなら、それは誕生。
闇とは、すなわち“終わり”。生命に例えるなら、それは死滅。
生ある故に死があるように、死がある故に生があるように。
光と闇もまた、互いが存在する事それ自体が、存在の原因。理由。根幹。由来。因果。
光と闇とは釣り合う。
それは絶対の法則。天地万象、魔導物理、ありとあらゆる概念の根源的ルール。
覆す、とか、書き換える、とか、そういう概念では無い。
ただ、そうある。
かつて、大きな光を求めたものが居た。
そのものは、光と闇とをそれぞれの器に集めることにした。
どちらか一方を集める事は出来ない。出来なくは無いが、その対極には自動的に闇が集まる。
コインという物は表と裏があるが、“コイン”を集める事は出来ても“表”を集める事は出来ないという事だ。二つに割ったとして、どこかには割られた“裏”がある訳であるから。割られた面は、新しく出来た“裏”とも言える訳だから。
そのものは光が欲しかった。ゆえに、闇も集める必要があったのだ。
試みはうまくいった。長い時をかけて、光と闇とは集められた。
それぞれの器は満たされ、一見すると、光だけと闇だけとが集まっているように見えた。
二つの器は相反し、相反するがゆえに互いの存在を確立し合う。
絶対の法則に従って。
光と闇とは相反し合う。
互いを否定し、否定ゆえに肯定し、肯定ゆえに否定する。
だが確かに光は闇を照らし消すし、闇は光を呑み込み消す。
強すぎる光は闇を照らし過ぎ、強すぎる闇は光を呑み込み過ぎる。
ヒトは、光と闇とを併せ持つ存在である。
その根源たる魂は、常に光と闇とが相反し合い形作られている。
どちらでもいけない。
強すぎる光は魂を焼き焦がし、無くしてしまう。
強すぎる闇は魂を凍てつかせ、無くしてしまう。
そうなのだ。
二つの器はいつしか、ヒトには過ぎたるものになっていたのだ。
求められ、求められるものを果たし、求められぬものを齎した。
その悲劇的で喜劇的な帰結は、ごく自然で当然の成り行き。
何故なら、光と闇とは釣り合うのだから。
さながら、一つの天秤のように。
――光。
光を、感じる。
暖かく、幸福で、全てを癒してしまう。
眩く、鮮烈で、強烈で、全てを照らしてしまう。
そんな、光だ。
薄く、瞼を開ける。夕闇が近い。まだ明るいけれど、どことなくぼんやりとした暗がりが辺りを包み込み始めている。
もうじき日が暮れるのだな、と思った。
すると、忙しない足音が近づいてくるのが分かる。走っているらしい。大慌てのようだ。
ゆっくりと、両手を突いて体を起こす。
寝ていた姿勢から、座った姿勢になる。
足音が自分の前で止まった。
ひどく億劫だけれど、顔を上げた。眩しくて、思わず目を細めた。
すぐ目の前に、少年が居た。
ありふれた茶髪と、奇麗な金色の瞳を持っている。
それは――。
サンは、ゆっくりと体を起こした。酷い倦怠感、全身がのりで固められて、それを無理やり解きほぐすような苦痛。数日前に負った胸と腹の傷が痛い。
「……起きたか?」
起こした体、その背中側から声がかかる。返事をしようとして、慌てて思い出す。そうだ、そのまま喋ったらバレる。
「……どう、なった?」
権能と呼ばれる力の正体は、万物万象の裏の面である“闇”に、自分の”闇“を介して干渉する能力。いつもは応用して”闇“の魔法を操っているが、単純に使った方が便利な事も多い。例えば、自分の声に干渉して声色を変える、とか。
お陰様で、普通に話したら即バレる友人に対しても普通に話しかける事が出来る。二つしか併用出来ない権能・魔法の一つを占めてしまう事が難点。
「勝ったよ。倒せなかったけど、追い払った。お前も無事みたいで良かったよ。」
「……そう。」
勝ったらしい。シックが、“聖女”にだ。一体どうやったのやら。気絶した後の事が気になる。
「……どう、やって?」
喋り方は意識して変えている。この友人は意外と敏い。気づかれるような点は減らしたい。
「……腹の中、滅多切りにしてやった。多分、魔物はまだ元気だ。俺と戦い続けるか悩んでから逃げてった。虫も全部引っ込めてったけど、次にどう出てくるかは分からないな。」
なるほど。あの魔物は硬い外表を持っていたが腹の中は柔らかそうだった。シックの斬撃をめちゃめちゃに貰ったとしたら、流石に痛いだろう。
「……おめでとう。」
「お前のお陰だ。俺は、大した事は出来なかったよ。」
そう謙遜するシックは実に“らしい”。確か、謙虚は美徳として数えられていた気がする。教会の教えなんて詳しくないが。
そっと右手で顔を触れば、硬質な仮面の感触。髪の上にはフード。見られては、いない?
「……顔。……見た?」
聞きたくないけど聞く。正体がバレているかどうかは大事だ。シックの性格からして、嘘はつかないと思う。
「見てない。……見せてくれるのか?」
「ダメ。」
即答。当然である。
「……でも、ありがとう。」
お礼は言っておく。見ないでくれてありがとう、と。実は今力尽くで仮面をはぎ取られたら抵抗しきれないのもある。要は牽制だ。
「そりゃ、勝手に見る訳にはいかないだろ。」
「……お人好し。」
知っているが。この友人が極度のお人好しである事くらい、とっくに知っているが。
普通、殺し合ったり仲間を惨殺されたりした相手が気絶していたら、弱みの一つも握りたくなると思う。というか、よく気絶している間に殺されなかったな、と思うくらいだ。
「なんで、殺さない?」
……いや、考えてみたら本当におかしい。どうして殺していない。顔を見て、それで殺さなかったならともかく、見てはいないらしいし。お人好しというにも行き過ぎでは無いか。最早狂気の域では。
「……お前は、俺を助けた。」
どうやら、“聖女”に打ち上げられたシックを”飛翔“で拾った時のことを言っているらしい。確かにあれは見た時焦った。あの高さから落ちたら死んじゃう、と思って大急ぎで回収したのだ。めちゃくちゃ重かったが耐えた。
「お前は、一緒に戦ってくれた。お前が居なきゃ、追い払えなかった。……ありがとう。」
唖然。サンは返事が出来なかった。
まさかお礼を言われるとは。自分は教会の公式的な神敵であり、数日前にシックと殺し合いまでした仲なのだが。……本当に顔見ていないだろうな、と疑いを持ったのも仕方ないことだろう。
しかし流石にそれは突っ込めない。そこを突っ込むとシックの知人……いや友人だと自供することになるからだ。なので、疑いもそこそこに、お礼を言い返すことにする。
「こっちこそ。助けられた。……ありがとう。」
「だからそれは、お互い様だ。」
……?あぁ、命を助け合ったのがお互い様、という事か。細かい。いいけども。
「じゃ、戦ってくれてありがとう。……一人じゃ、厳しかった。」
「嘘つけ。どう見ても足を引っ張ったのは俺だった。お前がやられたのも、俺を助けての事だったろ。」
……確かに。
……じゃなくて。
「……痛かった。」
……でも無い気がする。
「いや、実際、すまなかった。俺の不覚をお前が庇ってくれた。生きてて良かったよ。」
「いいよ。許す。」
許した。少なくともサンの視点では、シックと助け助けられはお互い様だ。何度共に死線を潜ったと思っているのだ。
「……軽いな。」
ところがシックからすればそんな訳も無い。彼からすれば仇敵と奇妙な共闘関係になったと思ったら命懸けで庇われた挙句、あっさり流された訳である。どう心を置けばいいのか分からなかった。
「そんなもの、だよ。」
バレるような話をする訳にもいかないので雑に流した。が、シックにはそうは捉えられなかったようである。
「そんなものって……。もっと自分を大事にしろよ。死んでもいいみたいな……そんなの、絶対、良くない。」
そういう意味では無かったのだが、シックが本気でそう言っているのが分かるだけに何となく撤回し辛い。サンは別に自分の命を軽く見ているつもりは無い。むしろ、とても大事だ。贄の王の次くらいには大事だ。
「……もうすぐ、夕暮れ。」
「え?あぁ……。そうだな。」
続けるとやり辛そうだったので無理やりに話題を転換。辺りはどんどん暗さを増している。
辺りを見回せば、荒れに荒れ果てた聖地の光景が目に入る。広場はもはや原型も無い。丁寧な石畳はひっくり返り、割れ、砕け、地面は隆起と陥没だらけで酷い有様だ。騎士の亡骸や血痕もそこら中にあるし、落とし子たちの残骸も散らばっていて大変気持ち悪い。
周囲の建物たちはまだマシだが、広場に飾られていた芸術品たちは、それはもう無残な姿だった。教会は嫌いなので別にいいのだが、ちょっともったいないくらいには思う。
地面に手をついて立ち上がる。まだちょっとふらつくが、ほぼ問題無さそうだ。咄嗟に作った”闇“の盾だったが、いい仕事をしてくれたらしい。
「帰るよ。」
そう告げる。彼はまだこれからも大変だろう。“聖女と戦う前にざっと見回した限り、西都の被害は甚大だ。落とし子たちに喰われた人々はもちろん、火事になった場所も多々ある。一番酷いのが聖地だと言うのは皮肉だが、西都の復興は大変なものになるだろう。サンと違って逃げられない彼はそれに付き合わされるのだ。
「……そうか。体、大事にしろよ。」
シックはそう言ってくる。先ほどの転換された話題をちょっと引きずっているらしい。
「あなたも、ね。」
見た目にはシックの方が余程痛々しい。サンが来た時には既に、だったが全身に細かい傷があって、そこら中から血が出ているのだ。
「……なぁ、お前の目的は、何なんだ?」
ふと問いかけてくる。確かにシックの視点からは良く分からないかもしれない。このまま“従者”とシックの間に友好的な流れが出来るのは悪くないか、と思い答えることにする。
「私の主は、贄の王。助けたいの。」
ちょっとあくどいが、全ては説明しない。切っ掛けにしてシック自身が”呪い“や”贄の王“に疑問を持ってくれれば最高なのだ。なにせ、その答えはシックの方が余程近い場所にあるのだから。
「助け……?どういう事だ。」
食いついた。よし、と内心で拳を握る。自分や贄の王が答えを探すより、シックが教会を探ってくれた方が余程答えが近くなるだろう。何やら重要な立場にいるようだし。
「教会は、全てを知ってる。気になるなら、探してみて。……世界の真実、ね。」
意味ありげな言い回し。実際に何があるのかはまだ不明だが、少なくともシックの常識はひっくり返るような真実がある筈だ。是非とも自分の届かない所を探って欲しい。
……騙して使っているようで申し訳ない気分になってきた。後でサンとして会った時に謝ろうと決める。
「また、会う事になるかも。……じゃあね。」
そう言って歩き出す。“転移”は何度か見せている。目の前で使っても問題あるまい。
「……あ、なあ!」
呼び止められる。振り返って、仮面越しにシックを見返した。ありふれた茶髪の少年は、その茶色の瞳に迷いを乗せて、サンを見ていた。
「……。……ぁ……。」
何かを言いよどむ。何か聞きたいことがあるのに、聞けない。そんな感じだ。
「……ありがとうな。」
結局、そう言って誤魔化した。聞かない事にしたのなら、サンから問い直す事でも無いだろう。
「ん。……ありがと、ね。」
“こっち”の自分でも、シックとは仲良くやれそうだ。先日の戦いの時に覚えた悲しさが癒され、自然に微笑みが零れる。
しかし、流石に長居しすぎだ。最後にちょっとだけ手を振って、“転移”を使用する。視界が闇に包まれて、すぐにシックは見えなくなった。それは当然、シックの方からも見えなくなったという事でもあった。




