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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第一章 世界の敵たる孤独な主従
18/292

18 【衝撃】


 サンの日課は、と言えば掃除である。城を細かく区切り、日毎に場所を変えて掃除をする。城全体を一周するには一月以上かかるが、幸いにして汚れがひどくなるような場所は多くない。せいぜい自分と主が使用する辺りだけだ。


 そして、主の書斎。


 贄の王はひたすら散らかすタイプだった。片づけが出来ない訳ではないと思うのだが、違う事を優先しつづける結果、手に負えないまでに散らかるらしかった。恐るべきは、それがたった一日で起こることだが。


 朝起きて支度をする。朝食を食べ、その日の掃除を行う。それから、武芸の稽古や勉強。夕暮れになると主の書斎を訪れ、片づけをする。部屋に戻り、夕食と入浴、そして就寝。ここに、最近は主の為に軽食を作ったり、コーヒーやお茶を入れたりすることがある。


 食料や消耗品が切れたら主に送ってもらい買い出し。変わらないサイクルをしばらく繰り返していた。






 ある時、サンが都へ送ってもらえば、そこはリーフェンという街だった。内陸の南北を流れる大河の一つに沿う街であり、その上流を辿ればファーテルの都がある。エルメアとファーテルの都を直線で結んだとき、ほぼ中間に位置する街である。


 東西南北の交易が豊かなこともあり、ファーテルの言葉もそれなり以上に通じる街で、サンは大分擦り切れたエルメア・ファーテルの辞書を持ち歩く必要は無くなったのだった。


 サンがエルメアの都を訪れていたのは早いもので二月ほど前のことになっていた。


 贄の王にあっちこっちの街へ転移してもらううち、サンにはささやかな楽しみが出来た。他の街との違いや、その街の成り立ちを知る。見たことの無い食べ物や、逆に知っている食べ物を探す。端的に言えば観光だった。






 そんな楽しみの内の一つ、他の街には無いものを探すことだが、このリーフェンという街には一つの目玉があるらしい。


 何か、と思えばエルメア主導の大陸鉄道。その現時点での終着駅がこの街であるらしい。大陸を貫く巨大な鉄道の最先端ともなれば、ヒト・モノ・カネがよく集まる。リーフェンに終着駅が出来てから数年。この街は栄える一方なのだとか。


 当然その駅とやらを見に行くサン。近づいてみれば、それは実に巨大な建築物だった。


 巨大、としか評しようの無い鉄の塊。現代建築の最高峰を極めるその建築物は維持するだけでも魔術陣が必要らしい。


 何でも、建物が重すぎてそのままだと自重で崩れてしまうのだとか。


 ちなみに、魔術陣とは機械の発展とともに生み出された魔術の最新技術であり、人の手を離れても魔法を持続させる技術だ。


 見たことも無い程の高さ。走っても終わりが見えないほどの広さ。建築には明るくないサンだったが、ファーテルの大聖堂よりもずっと大きいそれが並々ならぬ存在であることは何となく分かり、感心しきりなのだった。


 大陸鉄道、と言えば思い出されるのはシックのことだ。ここが最先端なのだから、シックもこの街を訪れるはずだが、今頃どこにいるのやら。そんなことを考えながら歩いていると――。


 ――魔物が出た、という話を聞いた。


 ――曰く、鉄道が被害にあったらしい。


 サンの耳に入ってくるのはそんな話だった。






 魔物。闇に属する生物であり、光に属する生命全ての天敵。


 魔境を中心に数を多くし離れるほどに少なくなるのは、魔物の主人たる大悪魔【贄の王】が人々を傷つけるべく世界中に散らせている為とされている。


 ――それが事実でないことをサンは既に知っていたが。


 そんな魔物もサンが暮らす魔境には溢れているわけだが、リーフェンはまだ魔境から相当に遠い上に贄捧げもされた後だ。


 勿論、特異点的に発生することもあるとされているが、珍しいことには変わりなかった。


 そして、サンは少し調べてみよう、と決める。


 【贄の王】について何か分からないか、そのヒントだけでも、と考えたからだった。


 街を歩き、人々に尋ね、知ったことを重ね合わせて事実を推測し、まとまればこうなる。


 ・2日前、走行中の鉄道が凄まじい衝撃に緊急停止した。


 ・その原因は大きな魔物が鉄道に衝突したこと。幸いか、けが人は衝撃及び緊急停止時の転倒者が数名だけ。


 ・魔物は鉄道に衝突したさいに傷でも負ったか、走り去ってしまい以前姿が見えない。討伐の軍隊が捜索中、とのこと。


 ・魔物につけられた俗称は、【衝撃】。






 リーフェン周辺は起伏に富んだ丘陵地帯であり、高低差は大きい場所で数十m以上になっている。つまり、ちょっとした山だ。そこに森林や川なども加わり、捜索は簡単ではない。崖や森林以外に遮るもののないため、既にリーフェンからは遠く離れている可能性すらある。


 だが、サンにはこの【衝撃】が、まだ遠くない場所にいる気がした。人々の多数が【衝撃】と鉄道の衝突は偶然だと思っているらしいが、恐らく違う。


 サンが魔境の文献から仕入れた知識によれば、魔物には知能がある。それもただの動物と比較すればずっと高く、時には人にも迫る知能が。大陸鉄道は巨大だ。縦幅も横幅も非常に大きい。間違っても近くにいて気付かないことはあり得ない。それでなお衝突したのなら、そこには何かの意図がある。


 サンにはそう思えてならなかった。






 翌日もサンは主に願ってリーフェンを訪れる。


 残念ながら新しい情報は手に入らなかったが、リーフェン周辺の地図を見て、魔獣の行く先を探る。鉄道とぶつかった場所。そこから大きな体を持つ魔物が行くとすれば……?


 さらに翌日。その日は新しい情報があった。というよりも、街中がその話で持ちきりになっていたのだ。


 昨日の晩にリーフェンから北の町が【衝撃】と思われる魔物に襲われた。【衝撃】はどこから現れたのか、その町を踏み荒らし大勢の人を殺め、いずこかへと消えたという。


 サンは考える。北の町はとても遠い訳では無い。既に討伐の軍隊が捜索している範囲内の筈なのだ。つまり、【衝撃】は姿を隠す何かの能力がある。


 ――最初に鉄道。次に北の町。その次は?


 最初の衝突地点と北の町はほぼ直線にある。途中で姿を隠したとしても、進路自体はまっすぐ。ならば、次に現れるのはその延長線上か。


 ――その先には……小さな村がいくつか。さらに先には、遠いが大きめの町。


 だが、何かが違うとサンは思う。人を襲いたいだけならば、最初からリーフェンを狙えばいい。そうでなくても、最初から北の町でも良かったはず。


 ――最初の衝突に狙いがある、というのが誤り?あれは偶然だった?


 そんなはずはない、と否定する。


 鉄道は高低差に弱いらしく、周辺でもなるべく平坦で見晴らしのよいところを通っている。周囲に何もない平原で、轟音と巨体の大陸鉄道に知能ある魔物が偶然衝突するなど、どうしても思えなかった。


 大陸の注目の的、大陸国家たちの友好の証。それに魔物がぶつかれば、必ず注目が集まる。すると、周辺の国家及びエルメアから討伐の軍隊が派遣される。魔物は強いが、一体の魔物など軍隊の勝てない相手ではない。遠からず討伐される。


 ――ならば、一体でなければどうか。


 ――ならば、討伐されても構わないとすればどうか。


 ――ならば……。






 サンはいくつもいくつも考えるが、答えは出ない。【衝撃】が何を考えているのか、あるいは何も考えていないのか?


 サンとしては【衝撃】による被害などあまり関心が無かった。ただ知りたかった。なぜ【衝撃】は現れたのか。何が狙いで、何を望んでいるか。そこに、【贄の王】の物語の最後を変えるヒントが欲しかった。






 そのままさらに5日が経過するが、【衝撃】の続報は無かった。


 サンは贄の王にも問うてみるが、分からないと返される。情報が少なすぎるから、と。ただ、同時にこうも言われた。『魔物の最終的な狙いは必ず光の生命を傷つけることにある』と。


 サンの推測によれば、恐らく【衝撃】の狙いは誘導にある。


 人の目を、討伐の軍隊を、誘導したいのだ。リーフェンから、どこへ?その先が分からない。討伐の軍隊は次々に到着し、規模を拡大している。【衝撃】に仲間がいたとして、数体の魔物では勝てない規模だ。


 ならば数十体か、と言えばそれは贄の王に否定された。魔境から離れた土地で、それほどの数が一気に現れるとは考えにくいのだそうだ。


 つまり、狙いは軍隊では無い。


 そして光の生命を傷つけることが狙いだとすれば……やはり、リーフェンに集めた軍隊がいなくなった隙?


 サンもそろそろ考えすぎか、と思い始める。いくら魔物に知能があると言っても、これ以上は考えすぎではないか。


 目的は分からないが、人目を集めようとした。そして想像以上に集まってしまった軍隊に手が出せず、姿を潜めている。そういったところではないか――。






 ところで、サンが今いるのはリーフェンにあるカフェだ。リーフェン名物の巨大な駅のすぐ傍にある石造りの建物の二階の席で、机に向かって地図を広げている。左手にはカフェのバルコニーがあり、その手すりのすぐ向こうに駅の鉄の壁がある。


 したがって、サンが反応するよりも鉄の壁がひしゃげて崩れ落ちる方が早かったし、轟音とともに鉄と石の津波がカフェに襲い掛かる方が早かった。


 巨大な駅周辺は舞い上がる粉塵で全てが覆い隠され、視界はゼロになる。サンがいたカフェの建物も周りの街並みと一緒に崩れ落ち、押しつぶされる。


 ――鉄の津波に飲まれなかった幸運な人々が聞いたのは、一体の魔物の咆哮だったらしい。






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