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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第六章 神聖悲劇
179/292

178 “聖女”の戦舞踊


 ――なんでこうなったのかな。






 それは随分今更な感慨であった。


 元はと言えば、何やら西都に怪事件が起こっているようだ、と思って調査に来ただけだったのに。


 そりゃあ、助けられる人が居たら助けてあげるくらいの事はしてもいいし、実際一人くらいは助けたと思う。


 ――でも、親玉がこんなに大きくて、しかも退治する羽目になるなんて思ってなかったのになぁ……。


 仮面の下で、サンは溜息を一つ吐いた。同時、自分に正面から迫る豪速の巨柱を”飛翔“で避ける。いくら速くて大きいとは言え、十分な距離があれば躱す事は難しくない。”飛翔“様様である。


 今避けたばかりの足に向かって魔法を行使。


「『――“雷竜の右爪”!』」


 三本の雷撃が宙を切り裂き、魔物の巨大な足を強かに打つ。ばばぁん、と鳴る雷音にももう慣れてしまった。巨体に痛打を与えるため、攻撃力の高い”雷“中心に使用しているからだ。


ちなみに、最も攻撃力が低いのは”風“か”水“だと言われている。とは言え、きちんと長詠唱を唱えれば十分すぎる攻撃力を持つので、あくまで相対的な話だ。同じ程度の詠唱なら”雷“が一番攻撃に向いている、みたいな。”雷“は魔力効率が極端に悪いという明確な欠点もある為、戦闘に最も向いているというのは一概に言えなかったりもする。


 現状に不平不満を零しつつ、大事な友人を放置して一人逃げ帰る訳にもいかない。サンはもう一度ため息を吐き出すと、次なる魔法の準備に取り掛かった。






 魔物――“聖女”と呼ばれていた――が高く跳び上がる。8本の足を広げて伸ばし、そのまま広範囲を叩き潰す腹積もりだ。


 ――マズイ、シックを……。


 地上のシックが潰される、と慌てて地上を探すが、シックはとっくに走り出しその広大な攻撃範囲から逃れようとしている。だがこのままでは間に合わない。範囲が広すぎるのだ。


 サンは自分の身が安全な事を把握すると、”風“の魔法を詠唱。シックを思いきり突風で殴りつけ、攻撃範囲から強引に逃がす。――やりすぎた。シックが吹っ飛んでしまった。


 だがこれで大丈夫――。




どぉぉおおおおおおおおん!!!




 “聖女”の巨体が大地へと叩きつけられ、形容しがたい程の轟音が鳴り響く。ぐらぐらぐら、と大地が揺れているのが上空から見て分かる。吹っ飛ばされたシックも揺れのせいで立ち上がれず、しゃがみこんだ姿勢で耐えている。


 ばかり、と“聖女”の巨大な腹が開く。そこから黒い滝のように、無数の落とし子が産み落とされる。8本の足を広く叩きつけた姿勢のまま、無数の落とし子たちが大地に広がっていき、シック目掛けて大行進を始める。


 助けようか迷うが、いつまで経っても“聖女”本体が倒れないのも困るのでそちらへの攻撃を優先する。次は、“炎”だ。ついでに落とし子も少し焼き払えればいい。


「『青界の火、大いなる火球、ここに分かたれ、その断片を爆ぜさせん。赤く、紅く、爆炎の花を咲かせ、空と地へその存在と記憶を焼き付け、断片消ゆるとき、そこに在るものは何も無く、また許されぬ。――“天片滅火”!』」


 “聖女”の開かれた腹付近を狙って、魔法を放つ。それは、至極単純な魔法。高熱と衝撃で対象地点を攻撃する、つまりは大爆発を起こすだけの魔法。


 大気を揺るがす爆音。赤々とした火炎が“聖女”の巨体にも負けじと大きく広がり、その多大なる衝撃と高熱で以て“聖女”の胎と産み落とされたばかりの落とし子たちを焼き払う。


 粉塵と熱風が放たれ、空へと高い煙が昇ってゆく。天球を支える柱のようにも見えるそれは、その爆発の威力の大きさを雄弁に物語る。


 爆発に巻き込まれた落とし子、衝撃に直撃した落とし子らは爆ぜ潰れ、粉々になって命を散らす。硬く頑健な外表では無く、柔らかな胎へ爆発を食らった“聖女”は悲鳴を上げて身を竦ませる。


 だが、凄まじい耐久力、生命力である。僅かに怯んだもののすぐさま立ち上がり、再び落とし子たちをばらまき産み落とす。


 先に産み落とされていた落とし子たちが大挙してシックに駆け寄り、その身を喰らい尽くそうと牙を剥く。だが、固体として脆弱な落とし子たちはまとめて斬り飛ばされ、剣と乱舞するシックに近づけない。数の暴力を個の暴力で拮抗せしめるシックの戦いぶりに些か戦慄しつつ、あの様子なら援護は必要無いとサン自身は“聖女”本体へ眼を向ける。


 “聖女”もその高い知能により、シックよりもサンの方が遥かに恐ろしい敵だと認識していて、積極的にこちらを狙おうとしてくる。


 しかし、所詮は地を這うしか出来ない“聖女”。如何に巨体とて、空中を自在に舞うサンには届かない。これは一方的なゲームなのだ。問題となるのは勝敗では無く、サンの魔力が“聖女”を絶命させるに足りるかどうか。地上付近へ降りなければ、まず負ける事はあり得ない。


 動きを奪う為にも、やはり足を落とすべき。そう考えたサンは、“土”の魔法を詠唱。先に”雷“でダメージを与えた1本を狙う。


「『我は大地の子。怒れるままに振り上げる。右の拳が大地を砕く。腕を伸ばして、天を掴む。――“憤怒の城拳”!』」


 ごご、とクモの巣状の地割れが生まれたかと思うと、大地が凄まじい勢いで土砂を噴き上げた。それは“聖女”の足の1本に直撃し、『城をも砕く拳』と称えられる破壊を浴びせかける。普通詠唱のわりに威力が高く、サンがよく使う魔法の一つだ。魔力効率も悪くは無い。優等生だ。


 だが、“聖女”の鉄を思わせる外表は石壁を容易に粉砕する威力を浴びても平気らしい。土砂の噴出が収まったあと、そこには全くダメージを負った様子の無い足があった。


 ――あれ。シック、斬りかかってなかったっけ?


 ……まぁ、それはいいとして。流石に頑丈である。中々有効打を与えられない。序盤に放った”土“の大魔法ならば大穴を開けられたのだが、大魔法級を放つ余裕は余り無い。撃てなくは無いが、一極天に限る上、その後のサンはほぼ戦力外になりかねない。止めを刺しきれる確信も無い以上、出来れば大魔法は控えたかった。


 なお、大魔法とは『神』『星』『精霊』『龍』のいずれか一つ以上に属するとされる魔法であり、一つのみに属する魔法が一極天。四つ全てに属する魔法が四極天である。同じ大魔法と言えど一極天と二極天の間には隔絶した差があり、それはまた二極天と三極天、三極天と四極天にも通ずる。要するに、同じ大魔法と言ってもまるで格の違う別物という事だ。


 魔法使いに生まれた身としてはやはり、いつか四極天魔法を放ってみたいものだが、まぁ現実的では無い。少なくとも魔法史上、三極天が一度だけで、四極天が使用された事は無い。二極天以下はままあるのだが。四つ全てに属し、大地を業火で呑み込むと言われる“克醒開く地獄門”など憧れる。“己白守陣”なども良い。いやいや“至征瀑布”も……。全天空を雷が埋める“零の邂逅”なんて、もう涎が……。――ハッ!それどころじゃない!


 危なかった。正直ちょっとだけ油断していたせいで思考が違う方へ流れかけていた。危ない危ない。……贄の王とか、四極天魔法も使えそうな、気がする。期待。






 戦況は依然変わりなく、無数の落とし子たちを踊るように斬り払いながら徐々に前進するシック。落とし子を産み落としながらサンを窺う“聖女”。上空から次なる魔法の手を考えるサン。


 その時、落とし子たちの動きがぴたりと変わった。全ての落とし子たちがシックに背を向けて“聖女”の下へ駆け戻る。そしてその外表に触れると、溶け込むように同化して消えていく。


 ――何のつもり……?


折角産み落とした落とし子たちを回収していく。一体、何の狙いだろう。そうこうするうちに、全ての落とし子、気付くと、広場に散らばっていた落とし子たちの体液も残骸も余すところなく回収されていた。どうやら、先の無数の落とし子は残骸を回収していたらしい。海のような落とし子たちに紛れて良く分からなかった。


 ばかり、と“聖女”の腹が開く。また産み落とすつもりか、と“天片滅火”を準備しようとしたサンの目に、信じがたい光景が映った。


 開いた“聖女”の腹から、黒い霧が吹きだされる。……いや、霧では無い。極小、まさに手のひら程度に小さい、羽を持って空を飛ぶ落とし子の群れだ。


 ――そういうこと出来るの!?


 種類の違う落とし子を産み落とすという“聖女”の行動に驚愕するサンだが、敵は待ってなどくれない。吹きだされる霧、いや雲、いや大気そのもののような、羽をもつ小さな落とし子の群れがサンに迫ってくる。


「くっ……!」


 準備していた“天片滅火”をそのまま詠唱して放つ。空中に起こった大爆発は無数の落とし子たちを焼き払い消し炭に変える。しかし、爆風で押しのけられて霧に大穴を空けるも、それは霧自体のほんの一部に過ぎない。瞬く間に穴を塞ぐと、サンへと迫ってくる。


 “飛翔”を操り後退しながら更に詠唱。


「『華開け、紅の華!“炎仙華”!』」


 小詠唱にて発現するは、手から噴き出される火炎の花。長く広がるような赤い花は落とし子たちの霧を焼き払う。それでも、ほんの僅か一部に過ぎない。


「『華開け、紅の華!“炎仙華”!』」


 繰り返す。己の身を喰い散らかさんとする落とし子の群れを焼き払う。だが、やはり数が多すぎる。


「『華開け、紅の――』痛いっ!」


 ふいに訪れた背中の痛みに思わず詠唱を中断してしまう。ぐるり、と勢いよく回転しながら急降下すれば、自身の背中から剥がされ流れてゆく一体の落とし子。気づかない間に喰いつかれていたようだ。






 今まで地上を這っていたクモっぽい落とし子と違い、羽を持つこの落とし子は小さい。手のひらくらいはあるので普通の虫と比べれば随分大きいが、とにかく一撃でサンを戦闘不能に陥らせるまでの攻撃力が無い。そうでなければ、先の不意打ちで死んでいただろう。


 サンは気を引き締め直し、自身に振りかかろうとしてくる落とし子たちの霧に“雷”を構える。


「『切り裂き、貫き、穿ちて、砕け。万象最も(はや)きもの。汝雷光を操りて、汝が敵を打ち払わん。開け、開きて万象、破滅を齎し、閉じるは終末、敵の終也!――“是雷風相”!』」


 カッ、とサンの手から光が走り、糸あるいは針のように細い細い雷が空に風を表すような紋様を焼き付ける。それは黒々とした不気味な落とし子の霧を伝い、焼きながら広がった雷の様。


 無数の落とし子たちが死骸となって雨の如く地上へ降り注いでいく。眼前に迫っていた黒い霧の大半を墜とし、サンは背を向けて加速。振り切りつつ“聖女”本体へ迫ろうとする。


 “聖女”は高く掲げた腹から休みなく羽の落とし子を産み続け、それを自身の傍に纏わせて溜めている。足下を走り回りつつ斬りつけ続けるシックを薙ぎ払おうと足を振るう。


 ずん、ずぅん、と地鳴りが起こるが、その柱のような足はシックを捉えられない。晒した隙はシックによって傷を増やされる結果となり、苛立ち紛れに巨体を震わす。






 その時、“聖女”の勇壮な歌に合わせて、周囲に纏わりついている羽の落とし子たちが揺れた。右へ、左へ、踊り舞う黒雲のように、落とし子たちが揺れる。


 そして、一度溜めを作るとシックへ目掛けて一斉に飛び掛かった。


 シックは懸命に剣を振るうが、相性が悪すぎる。冴え渡る剣閃も黒い雲には有効打足り得ない。どんどんその身に喰いつかれ、血を流し始める。


 ――シック!


 危うく声に出しそうになりながら、急速に近づいていたサンが魔法を詠唱。


「『炎、炎よ、我に尽くせ。この身を纏う鎧となりて、我に向かう害より守れ。我は炎の恩寵賜りし者――。』」


シックを後ろから抱きすくめるような恰好になってから、魔法を発動する。


「『――“赤ノ鎧”!』」


 ごう、とサンの身体を中心に赤い炎が広がる。シックへと襲い掛かる落とし子たちの一部を焼き払い絶命させ、シックに纏わりついている落とし子たちも熱で殺す。シックも多少熱いだろうが、軽い火傷は許して欲しい。


 そのままシックから離れて上昇、庇うように位置取ると、無詠唱にて周囲に”炎“をばらまく。熱量にも勢いにも劣るが、無詠唱の利点は早さと効率だ。そのまま炎と共に舞い続けるようにシックの盾となる。


 その間、シックは相性の悪さを理解して大きく後退、距離を取っていた。サンは彼が下がり切るまでの時間を稼ぐ――。




「危ないッ!!避けろッ!!!」




 ふと後ろからシックの叫びが聞こえてくる。黒い霧と炎で視界が遮られ周囲が良く見えない。だが、どちらに良ければいいのか分からない。咄嗟に”闇“を物質化させて周囲に纏い、即席の盾とした。


 だが、それは豪速で振られる“聖女”の薙ぎ払いにはあまりに貧弱な防御だった。






 衝撃。大きすぎるそれは最早痛みを感じさせず、ただただ脳も全感覚も真っ白に染め上げる。サンの身体は”闇“の盾に守られながらも吹き飛び、そして城門脇の壁に叩きつけられた。


 サン自身が理解出来たのは、そこまでだった。


 衝撃、全身を襲うそれに脳がブラックアウト。


 意識が、闇に落ちる――。







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