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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第六章 神聖悲劇
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176 “聖女“戦


「台下……。どうぞ、お下がりに……。」


 シックは剣をゆっくりと抜き放つと、少しだけ前に進み出でる。教皇を背に庇うように、両手で剣を構える。


 じっ――。と、シックは眼前の巨体を睨みつける。なんという体格差だろうか。いや、体格差などという言葉は相応しくないのかもしれない。建造物と人間の大きさを比べてどうしようというのか。


「――シックザールよ。」


 背後から、幾分落ち着きを取り戻した教皇の声がする。まだ若干の震えを残してはいるが、普段の威厳を取り戻していた。


「はい、台下。」


「この――魔物を。……倒せるか。」


 躊躇い、躊躇いだらけの言葉。もう二度と目にすることは無いと思っていた筈の孫娘の変わり果てた姿を前に、その心は何を思っているだろう。シックには、察することも出来はしない。


「無論です。我が身は神の無私なる剣。何としても、斬り捨ててご覧に入れます。」


「ならば……倒せ。サンダソニアの魂を解放してやれ。もう、何も苦しむことは無いのだと、あの娘を安らかに眠らせてやってくれ……!――お前にしか、出来ぬ……ッ!」


 苦しく、絞り出すような言葉は徐々に力を取り戻していく。


 シックは知らない。何故にこの魔物が現れたのか。何故にこの魔物はサンダソニア瓜二つの女性を核としているのか。何故に教皇が動揺していたのか。


 だが、その言葉は教皇の願い。一人の男の、一人の父の、心よりの願いの言葉。


 ならば、シックが応える。その剣に、迷いは僅かほどもありはしない。


「お任せください。台下の願い、我が剣が叶えましょう。」





















「オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォン!!!!」






 叫ぶ。魔物が、“聖女”が、叫びを上げる。それはサンダソニアの声では無い。この巨体に見合った、大地を震わすような重低音。それを発した口がまたどこかにでもあるのだろうか、シックには見当もついていない。




「~~♪~~♪~~♪」




 相変わらず、歌い続ける“聖女”。その声は、確かに言われてみれば生前のサンダソニアの声と同じ。美しく、流れゆくような旋律は、歌うものの幸福さを象徴するかのよう。それが無残な皮肉であることは疑いようも無い。


「オオオオオオォォォォォーーーーーーッッ!!!」


 負けじと、シックは咆哮する。その肉体の全てを震わせ、天まで轟かすような咆哮。


 そして、剣を構えて駆けだした。






 動いたシックを見た“聖女”は、これまでの鈍重な歩みとは打って変わって俊敏さを示し、8本の足で大地を蹴ると大きく飛び退った。広場の中央付近まで一手に後退し、着地の際にはまたもずずぅうん……という地響きが鳴る。


 そして、なおも駆けてくるシック目掛けて、最も前方の足2本を器用に振るって横薙ぎを放つ。


 大気を叩き割りながら迫る2本の巨柱の如き足。当たればただでは済まず、また長すぎる足は前後に走っても避けきれず、両側から迫る為に横へも逃げられない。


 シックは向かって右手側の足の方に体を向けると、走りながら跳躍。豪速で迫ってくる超重量に真上から振り下ろした剣を全力でぶつける。


 ガァン!と鳴り響く重い金属音。まさかシックもこの柱のような足を斬り落とせるとは思っていない。びりびりと手に伝わりくる反動に耐えつつ、剣を支えに体を更に持ち上げる。ただの跳躍では足りない高さを無理やりに稼いだのだ。


 辛うじて1本の足を飛び越え、躱す。だが、2本の足を同時に振るったという事は、交差の為に上下で足がすれ違うということ。1本を飛び越えたなら、まさしくそこにもう1本がやってくる。


 想像を絶するエネルギーと共に迫る2本目の足。これに対し、シックは己の二本足を回転させるように上へ蹴りだす。すると、見事タイミングがかち合って“聖女”の足の下側を思いきり蹴り上げる事に成功する。


 結果、ギリギリで2本目の足も潜って躱したシック。頭から地面に落ちそうなところを、両手を盾に転がる事で回避。無事着地する。


 超重量かつ豪速で迫る2本足を辛くも躱したシックの両手両足は、その極大のエネルギーに掠ったことで既に大きなダメージを負っていた。


 じんじんびりびりと痛む手足を堪え、シックはすぐに走り出す。再び“聖女”へ距離を詰めんと、真っすぐに。


 しかし、シックにとって全身全霊でようやく躱した一撃も、“聖女”にとっては何気ない攻撃の初撃に過ぎない。振り終えた2本足をそのまま持ち上げると、シック目掛けて勢いよく振り下ろしてきた。


 雷もかくや、とでも言わんばかりの速度で落ちてくる2本の巨柱。必死の疾走から前に飛び込み、落ちてくる2本足の隙間へ身を躍らせる。


 ドオオォドオオオオオオオォォッッッ!!!


 少しの間を開けて大地を叩く2本足。凄まじい轟音がシックの脳内を支配し、他のあらゆる一切の音が置き去りにされる。粉々に叩き割られた石畳の破片が爆発するように飛び散り、そのいくつもがシックの身体を傷つけた。


 無数の石破片に切り刻まれ、全身に血を滲ませる。砕かれた石畳の地面へ着地すると、また刺々しく割れた石がシックの身体に傷をつくる。


 轟音に眩む脳を叱咤して、すぐさま立ち上がると前へ、前へ。


 “聖女”の攻撃はやまない。振り下ろした2本足を持ち上げると、シックに遠い方の1本を高く持ち上げて振り下ろしを構えつつ、近い方の1本で押し出すような薙ぎ払いを放つ。


 またも豪速で迫る足に、天高く構えられた足が不穏さを放つ。


 シックは先の時と同じ要領で、跳躍から剣を支えに体を持ち上げる事で薙ぎ払いを無理やりに跳び越える。そして宙に浮くシックの身体を、天から降り落ちてきたもう1本の足が狙った。


 先に地面へ着地したシックは、間髪入れずに前方、大地を割らんとする足を避けるべく飛び込んだ。


 ドォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!


 爪先ギリギリの所で叩きつけを回避したシック。轟音が聴覚を破壊し、不自然な静寂が訪れる。叩き割られ飛び散る石畳の破片がシックの身体をズタズタに斬り刻む。そして着地、再び疾走を開始――。


 しかし、“聖女”は高い知能があった。馬鹿正直に一手一手攻撃してやり直す必要が無い事を理解していたのだ。


 先に薙ぎ払っていた1本を地面に押し付け、壁としてシックの逃げ道を塞いでいた。そのまま、地面を削ってシックを2本足で挟みつ潰しにくる。


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!


 地面を巨柱が擦る地鳴り。再び跳躍して飛び越える為には時間が足りない。


 だが、シックはすぐ傍らに横たわったままの足1本をそのまま壁とすると、三角跳びの要領で無理やりに高さを稼いだ。それでもすぐ足下で勢いよく打ち合わされる2本足の衝撃まではどうしようもなく、爆風となって押し出される大気に吹き飛ばされ、上空へ持ち上げられてしまう。


 上手く着地しなければ怪我は必須、最悪打ちどころが悪ければ――。そんな高さに打ち上げられたシックは凄まじい事に上下感覚を失っていなかった。眼下の2本足を睨むと、着地の瞬間を捉えようと――。


 だが、そう。“聖女”には知能があるのだ。いちいち大振りな攻撃は人間一人には大げさで不要だと分かっていた。故に、自分の足の僅か上空にいるシックを、足を思いきり持ち上げることで天高く打ち飛ばした。


「ぐォっ……!」


持ち上げられる足は遅かったが、その超重量は動かすだけで膨大なエネルギーを孕み、触れただけで人間程度ならバラバラにしてしまうような威力がある。


 何とか意識を保ったままのシックだったが、打ち上げ――むしろ持ち上げと言うべき――を直撃したダメージは大きく、苦悶の声を上げて全身がバラバラに砕けるような激痛を味わった。


 真っすぐ打ち上げられた事が幸いし、シックは乱回転による平衡感覚の崩壊までは味わわずに済んだ。だが、それは却って絶望を呼んだかもしれない。なぜなら、彼の身体は上空高く、それこそ“聖女”の巨体すらを越えて天高い場所にあったからだ。


 落ちれば死は必須。受け身とか着地とかそういう高さでは無い。そして、人間のシックに空で取れる行動など無い。


 やがて、打ち上げられる身体の速度が落ち、頂点に達しようとする。そうなれば、後は落ちるのみ。下手な建物の屋上よりもずっと高いその場所から落ちれば無事でなど居られる筈も無いことくらい、誰にだって分かる。






 ゆっくり、ゆっくり、打ち上げられた速度が緩む。


 ゆっくり、ゆっくり、落ちる時が近づく。


 ゆっくり、ゆっくり、確かに。


 ゆっくり、ゆっくり、死が迫る――。






 シックの脳内が空白に支配され、打開の策すら探す事が出来なくなる。


 そしてついに速度はゼロになり、彼の身体は大地へ向けて落ちゆこうとする。シックの脳裏に、今度は訳も分からぬ思い出たちがよぎっては消えていく。それが所謂“走馬灯”である事に気が付いたのは後になってから。






 そして――。






















 影が宙を走る。


 空を舞う、空を切る。




 影は空高くでシックに衝突すると、そのまま彼の身体を引っ張って行く。


 そして、空を舞って緩やかにシシリーア城城門の屋上に彼を放り出した。あくまで怪我などしないよう、加減して。


「――っ。い、てて……。」


 シックは何が起こったのか分かっていない。自分は今に落下して死に向かうところでは無かったか。思考が追いつかない。


 混乱するままに周囲を見回す。相変わらずぼんやりと虚空を眺める騎士たち。砲身を眼下へ向けたままの魔導砲が三門。それから――。






 フードで完全に顔を隠し、一切肌を出さぬ怪しい服装。意外に小柄なその人物は、宙に浮いたままこちらを見下ろしている。


 先日死闘を演じた筈の仇敵、“従者”がそこに居た。


 静かに、シックを見つめていた。







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