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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第六章 神聖悲劇
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175 “聖女”拝謁

あけおめです~

新年閑話とかは特に無い!


今年も本作をどうぞよろしくお願いいたしまする。


 シシリーア城全体から湧き上がり続ける歓喜の声。雄叫びや笑い声。その中には友や仲間を失い嘆く者も居たが、数としては少ない。


 どこもかしこも非常に賑やかだ。城門前で休みなく剣を振り続けていたシックも、その歓声が響き渡る光景に安堵を覚え、微笑みと共に剣を収めた。


それから都やシシリーア城の状況を俯瞰している指揮官を求めて、聖地の奥へ。安全と利便性の観点からシシリーア城本丸のどこかだと思われる。先日の”従者“との戦いで一階の聖堂部は大荒れだが、その他の部分は無事なまま。元が戦時用の城なので頑丈なのだ。軍議室の辺りは特に頑丈かつ安全さを考慮されており、例え虫たちが本丸に集ったとしてもすぐには辿り着けないだろう場所にある。


 軍議室はいくつかあるが、籠城戦の最中でも無いので最奥の部屋では無いだろう。それよりも手前にあるいくつかの部屋のどれか。そう当たりをつけてシックは歩き出す。道中、常に騎士たちに絡まれながらだ。


「英雄殿!勝利万歳!我らが主のご加護に感謝を!」


「えぇ!主のご加護に感謝を!」


「シックザール様!凄まじい剣でした!流石です!」


「ありがとう!これも主のお導きあっての事です!」


「英雄様ァ!汝の行く末に主の愛あれかし!」


「ありがとうございます!あなたにも、主の愛あれかし!」


 シックにかけられる声は様々だ。だがその全てが歓喜と幸福に満ちており、同じ信仰の道を歩む者同士の愛に溢れていた。戦場の中央を歩くシックの姿は騎士たちに崇敬をもって見守られていた。シックは彼らの精神的拠り所の一つ。神の加護を一身に受けし英雄なのだ。






 やがてその歩みはシシリーア城聖堂部の正門に辿り着く。先日”従者“の大火によって焼き払われてしまった聖堂部は見るも無残な姿だが、それでもなお闇のものには負けまいと立つ力強さを見せてもくれる。シックは先日の殉死者たちに小さく祈りを捧げると、聖堂部から奥の城塞部に進もうとした。


 ところが、その時こちらに向かってくる人影を認めた。


 厳重な護衛を引き連れるその人影が何者であるか理解すると、シックは慌ててその場に跪き、頭を垂れた。


「おぉ、面を上げよシックザール。此度の戦いに参加していたのだな。素晴らしい。神もお前の働きを照覧なさっていた事だろう。」


「は。この身は主に捧げられし剣の一振りにありますれば。教皇台下、ご機嫌麗しゅう。」


 頭を垂れたシックの正面まで来ると、面を上げるように言いながら祝福するその人は今代の教皇その人である。城塞部のどこかから戦況を眺めていたのか、今しがた出てきたところらしい。


「うむ。立つがいい、シックザール。」


「はい、台下。……しかし、申し訳ありません。今この身は西都の指揮を執るお方の下へ急ぐ途中なのです。御前を失礼せねばなりません。」


「分かった。この先の第一軍議室に騎士ジャッシュがおる。奴の下へ行くがいい。」


 騎士ジャッシュ。エルメア出身の騎士であり、神官騎士団のターレル支部長にして中央副騎士長。神官騎士団はその本拠を『騎士の国』ファーテルに置くため、彼が西都及び聖地を守る騎士たちの長だ。元は高貴な血筋であり、礼儀作法を尊ぶ壮年の騎士だ。


 騎士団本部の惨状から生存を絶望視していた一人だったが、無事でいるようだ。


「騎士ジャッシュ!無事だったのですね。よかった……。――それでは、失礼を致します。台下。」


「あぁ。行くと良い。」


 教皇の前を辞し、第一軍議室に居るらしいジャッシュの下へ急ごう――と、した時のことだった。その違和感に気付いたのはたまたまだった。




 ――歓声が、静かになりつつある。




 何かあったのかな、と軽い気持ちで振り返るシックが見たのは、シシリーア城正面の城門、その屋上から落ちていく人の姿だった。


「え?」


 広場に多数いる騎士たちに遮られて落下地点は見えない。だが、あの高さから人が落ちて助かる筈が無い。


 ――いや、きっとあれは何かの手違いで亡くなった騎士の遺体が落ちてしまったんだ。きっと、その筈だ。


 シックは心の中で言い訳をする。馬鹿げているのは自覚していたが、戦いが終わったこのタイミングで人が亡くなったなどと思いたくなかった。それに、落ちていく人は動いていなかったと思う。生きていれば、手足を動かすとか、そういう反応があってもいい筈だ。だから、あれは、きっと――。


 だが、その視界に次なる異常が飛び込んできて、そんな思考は掻き消えた。




 場所は同じ、城門の屋上。三門の魔導砲が砲身を覗かせるそこに、何かの影があった。


 何か、としか言い様が無い。それでも表現しろと言うのなら巨大な化け物だ。




「おい、なんだあれ……。」


「なんだ、なんだよあのデカさ……。」


「ば、化け物……?」


 付近に居る騎士たちが同じ影に気付き、そんな声をちらほらと上げ始める。


 そして、誰もが呆然とその影を見やる中、影が飛び降りた。




 ずぅぅうううん……!!と、一拍遅れて地響きと地鳴りのような音が響き渡る。ぐらぐらと、大地が揺れる。




「~~♪~~♪~~♪」




 奇麗な、歌声が耳に届く。気づけば何度も聞いた歌声。だがこんなにもはっきりと、そして近くで聞いたのは初めてだ。


とても奇麗なその女性の歌声はすっかり静まり返ったシシリーア城に響き渡る。


 ハッ、とシックが戦慄する。――マズイ、と。


「台下!耳を塞いで!歌を聞いてはいけないッ!!」


「な、なに?これは、何が――。」




 ずん、ずん、ずん、と。地響きが近づいてくる。それは余りに巨大な足音。逃げもせずぼんやりと突っ立っている騎士たちを踏み潰し蹴飛ばしながら、ゆっくりとこちらへ向かってくる。そして共に近づいてくるのは、あまりに美しい歌声。


 何の因果か必然か、先に気付いたのは教皇だ。足下の騎士たちを踏み潰しながら近づいてくるその巨体に、“何か”を見つけて呟いた。


「……サンダソニア……?」


「……え?」






 それは、確かに“サンダソニア”という娘に瓜二つであった。


 その巨体の正面、普通の生物なら頭でもある筈の場所だろうか、そこに一人の人間の女性が埋められている。黒く艶やかな髪は長く、地響きに合わせて舞うように揺れる。母譲りの薄い褐色の肌は衣を纏わない。見えているのは腰回りと足の一部を除いた全身。胸の前で両手を組み合わせ、穏やかに閉じられた瞼と合わさって、まるで祈りでも捧げているようである。そして、その口からは世にも美しい調べを奏でていた。




「~~♪~~♪~~♪」




 もう、シックの目には怪物の全貌が見えている。


 それは、例えるならば巨大なクモにアリを掛け合わせたような生物。全身真っ黒な肉体は複雑な模様を持ち、また金属めいた光沢を放ってその硬さを表明している。


 滑稽なほど細く見える足は8本。もちろん、巨体に比して細いのであって、人と比べれば巨大な柱のようだ。その8本足を器用に動かして、その巨体を進めている。


 巨大で丸い胴体。歪な泥だんごのような形状で、あるいは巨岩と例えればそのままだろうか。


 正面からは良く見えないが、胴体の向こうにもう一つ腹がついている。こちらも巨大だが、正面に見える胴体よりは些か小さめ。これを背の上に持ち上げるような恰好で歩いている。


 そして、胴体の正面。黒い岩壁に埋められたようなヒトの女性。この女性だけが黒々とした全身において例外的な色彩を持ち、否が応でも目線がいく。本来ならばクモの頭部でもあるべき場所には、祈るような女性だけが鎮座していた。






「――魔物……!」


 その結論は当然のもの。こんな生物が大地に居てたまるものか。これは、歪なる生命。本来生まれて然らざるべき過ちの命。全ての光ある者を憎み、傷つけんとする悪逆の僕。


「馬鹿な、そんな……。あぁ、サンダソニア、お前がまさか……。」


 酷く動揺しているのは教皇。この威厳ある老人がこうも弱々しい姿を見せるなど、シックには意外に思えた。いや、そんな事を考えている余裕は無かった。目の前にいる巨大な存在に押されて、とても他のことに意識を裂くことなど出来なかった。


 ずぅん、と巨大な足音を立てると、魔物はシックの少し手前で止まった。目などあるのか分からないが、もしそうだとすれば、舐めるようにシックと教皇を眺めていたに違いない。――どうして、こいつらは眠っていない、とでも言うかのように。






「~~♪~~♪~~♪」






 もう周囲の騎士たちの中で正気を保っている者は一人も居なかった。皆がぼんやりと虚空を眺め、ここならざるどこかを見つめている。


 彼らはみんな、夢の中に居たのだ。とても幸せで、苦痛など何も無い夢の世界に。


 “サンダソニア”の歌声は、聞いた者を夢へと誘う。いや、そんな優しい言い回しは不適切だ。彼女の歌は、引きずり込む。二度と覚めない、永遠の夢に。


 眠り込んだ者たちを落とし子たちが喰らって殺す。それが本来の狩りの形。






 のち、幸運にも現世へ帰還した人々は、みんなが一様に同じことを言った。――曰く、『聖女を見た』と。


 この魔物が“聖女”という似つかわしくない呼び名を得たのは、この為だと言われている。


 だが、実際には少し違う。最初にこの魔物を見て、“聖女”と評したのは夢に囚われていない人物だったからだ。


 その人物は、死してなお一心に祈るような、そんな彼女の姿に聖性を見た。それが無数の人命を奪ったおぞましい魔物だとしても、その時だけは罪も穢れも無い、とても尊い存在に思えたのだ。




「……“聖女”さま……。」




 この時、シックが小さくそう呟いたことを知る者は、彼自身を除いてこの世にただ一人として存在しない。







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