17 贄の王の制約
サンの予感は当たっていた。
つまり、贄の王が転移で送ってくれる場所はどんどん変わった。
サンは海を気に入っていて、もう一度訪れたいと思っていたのだが、残念ながらそれは叶わなくなった。
エルメアの都から、サレッジに。そこからさらに内陸へ。
贄の王は何も語っていなかったが、サンにも何となく分かった。地図をみれば簡単だ。エルメアから、魔境に一直線に近づいている。つまり、転移の距離が短くなっている。
権能が弱まっているのか、転移だけが出来ないのか。何故、当初はエルメアに何度も飛べて、今は短くなっているのか。
原因や過程は何も分からなかったが、ただ転移先が魔境に近づいている。それだけは確かだった。
主の顔はどことなく深刻な何かを浮かべている事が多い。恐らく主には何が起こっているか分かっているのだろう。
ある日、サンはついに問うことにした。何が起こっているのか、教えてはくれないか、と。
「――気づいているのは知っていた。ふむ……」
贄の王は【贄の王座】に座し、考え込む。
「分かった。ある程度を話そう。――【贄の王】の権能が持つ、制約について」
「制約……」
「この権能は極めて強力であり、転移に代表される利便性もさることながら、戦いに用いれば軍隊とて敵にならん。なにせ只人では傷一つつけられない。しかし制約もある。――天敵の存在だ。【神託を受けるもの】、【神託者】。神より神託を受け、剣を手に【贄の王】を討たんとする存在。【贄の王】はこれから決して逃げることは出来ない。【神託者】が魔境へ近づくほど、私も魔境から離れられなくなる。転移先が変わっているのは、これの為だ」
「【神託者】……。それが、今まさに近づいていると?」
「その通りだ。そして【神託者】が現れたということは――」
「――神託が降りた。この贄の王を討て、と」
「とはいえ、焦る話ではない。【神託者】が現れたとして、この魔境にたどり着くまでに2年はかかるだろう。――それまでに、どうにかする必要がある、ということだな」
「どうにか、など……。かつての【贄の王】たちも、同じことを考えたはずでは?」
「案外、そうでもないかもしれん。少なくとも私の先代はおとなしく討たれるつもりだった。記録を残している」
サンが幼いころから伝え聞いた【贄の王】は、長い歴史の中で幾度か現れ、必ず【神託者】に討たれている。
「しかし……。全ての方がそうだったはずはありません。それでも、成すすべなく討たれてしまったのでしょう?」
「そうなるな。私としては……まぁ、特別死にたいとは思っていないが」
――本当に?
根拠はなくとも、サンには疑問だった。この主からは、生きる事への渇望を感じない。……それはつまり、かつての自分と同じなのだ。かつての自分と、同じ匂いを感じるのだ。
死なせたくはない。
“従者”として、“サンタンカ”として。
一人の少女は、はっきりとその想いを自覚した。
――その日から、サンは生まれて初めて生きる目的を持ったのだ。